50 駄肉趣味と猫娘 1
「初めましてぇ、ララルマ・ケクド二十二歳ですぅ。ケクドって呼ばれるのは困るんでぇ、ララルマって呼んでくださいぃ」
俺の正面の席に着くと、グラマーな猫型獣人の女の人改めララルマは、猫背で縮こまるようにして、なんだかすごく申し訳なさそうに、おっとり口調で自己紹介してくれた。
これが就職の面接なら減点だらけで即お祈り決定だけど、今は一旦保留する。
特にケクドって名字で呼ばれるのが困るとか、明らかにトラブル臭が漂っているんだけど、それ以上に突っ込みどころが多すぎる現状じゃ、どう判断すべきなのか上手く気が回らない。
「初めましてミネハル・ナオシマです。このパーティーの…………なんだろう? そういえば、このパーティーのリーダーって誰だ?」
「ミネハルさんじゃないんですか?」
「お前がやればいいでしょう。お前の下に着くのは業腹ですが、お前が決めて始めたことです。責任を持って自ら雑事を片付けなさい」
ティオルは偉そうなユーリシスじゃなく、本気で俺だと思っていたみたいだな。
ユーリシスは……『お前がやればいいでしょう』でおしまいにすればいいのに、本当に一言多いな。
「え~、ゴホン……というわけで改めて、パーティーのリーダーに就任したミネハル・ナオシマです」
「は、はぁ……」
うん、引かれてる。
こっちも減点だらけだったな。
「それでララルマさんは、所属するパーティーを探している、でいいんですよね?」
「はいそうですぅ。あ、アタシのことはララルマって呼び捨てでいいですよぉ。さん付けとか丁寧に話されるの慣れてなくてぇ、もっとぞんざいに扱われる方が気楽ですぅ」
「そ、そうなんだ……それじゃあ砕けた口調で話すってことで」
なんだか不遇な香りが漂ってくる内容だけど……周りの反応を見るに、さもありなんって感じなんだろうか?
しかもさっきから……。
「ちょっとどういうことよ、なんであんなブスが?」
「駄肉趣味なんじゃねーか?」
「あのドレスを着たスタイルがいい美人が隣にいるのにか?」
なんて、例の冒険者達がヒソヒソと鬱陶しい。
しかも、駄肉趣味ってなんなんだ?
俺に聞こえているってことは、当然俺達全員に聞こえているわけで。
ララルマが申し訳なさそうに小さくなりっぱなしで、非常に話を続けにくい。
「本題に入る前に、良かったら場所を変えようか。ここだと雑音が多いし」
というわけで、冒険者ギルドの二階にある、職員の休憩室だか談話室だかっぽい部屋を貸して貰い、そこで改めて席に着く。
本当は宿屋の俺達の部屋か適当な食堂にでも移動しようと思ったんだけど、受付のお姉さんが率先して動いて部屋を貸してくれることになった。
こういうパーティーメンバーの加入脱退も、原則自己責任でお願いしますなんだろうけど、もしかしたら俺達の噂のせいで、さすがに目の前で『被害』が出るのを防ぎたかったのかも知れないな。
いざとなれば一階には他の冒険者達がいるし。
ともあれ、仕切り直す。
「それでララルマは冒険者、それも一人で来たところを見ると、ソロってことでいいのかな?」
「はいそうですぅ」
「この王都を拠点に活動を?」
「今はそうですぅ」
「今はって言うと?」
「最初は冒険者じゃなくてぇ、普通の仕事をしてたんですけどぉ、アタシこんな見た目だからぁ、表に出せないって雇ってくれるところがほとんどなくってぇ。それで仕方なく冒険者を始めたんですけどぉ、入れてもらえるパーティーもなくってぇ、できる仕事もあんまりなくってぇ、仕方なくあちこちを転々としてたんですぅ。王都には起死回生の大逆転を狙ってぇ、最近来ましたぁ」
うん、俺も聞いていて段々と冷静になってきた。
これは地雷臭がする。
ユーリシスは厳しい顔に変わっていたし、ティオルの表情も不安さが増している。
「じゃあ冒険者になってからは、どんな仕事を?」
「お届け物とかぁ、木の実や薬草の採取とかぁ、ウサギ狩りとかぁ、ネズミ退治とかですねぇ」
「魔物と戦ったことは?」
「部族を追い出される前はぁ、同年代の子達や妹達と何度かぁ。でもアタシは前に出るなって言われてぇ、直接戦ったことはあんまりないですぅ。冒険者になってからはぁ、ないですぅ」
今さらっと『部族を追い出される前』って言わなかったか……?
そうか、名字を呼ばれたくない件もあるし、多分それがトラブル臭の原因だ。
「あ~……それだと、うちでやっていくのは、少し難しいかも知れないなぁ」
「……やっぱりそれってぇ、アタシがこんな身体だからですかぁ?」
羞恥を堪えて泣きそうな顔になって、両手で胸を隠す。
というか、到底隠しきれるもんじゃなくて、両手で潰されてぶにゅっと形を変えて腕からはみ出るそれは、注視しないようにするのに精神力が必要だった。
「いや、それは全然関係なくて、俺達のパーティーの目的は――」
これまで冒険者を勧誘してきたように、セールスポイントを説明する。
つい、力が入りすぎて、説明が終わってから熱く語りすぎて引かれたかもって心配になってしまったくらいに。
何しろ、まともに話を聞いてくれる人は初めてだったから。
でも、どうやらそれは杞憂だったようだ。
「はぁ~、そんな大胆なこと考えて冒険者してたんですかぁ、格好いいですねぇ」
尊敬の眼差しで見られてしまった。
「それもぉ、そんな普通の女の子がぁ、剣と盾なんかを使ってですかぁ」
「『なんか』じゃないです。お父さんの剣術も、剣も盾も、すごいんです」
やっぱり昨日今日のあれこれで欝憤が溜まっていたみたいで、ティオルが唇を尖らせて強く抗議する。
「あ、ごめんなさいぃ、そんなつもりじゃなかったんですぅ」
「……分かってくれたらいいんです。あたしもきつい言い方してごめんなさい」
ララルマが素直に頭を下げて謝罪してくれたから、ティオルも素直に頭を下げる。
ララルマって、基本的にはティオルと似たタイプなのかも知れないな。
そういうわけでと、重くなりかけた空気を変える。
「魔物と戦いたくない人を無理には勧誘したくないんだ。安定的な狩り場や獲物、攻略法を決めたりせずに、色々な場所で色々な魔物と戦って情報を集めたいんで、むしろ他のパーティーより危険度は高いかも知れないから」
「なるほどぉ、そういう意味だったんですねぇ」
なんというか、安心したようにほにゃっと笑うのは、反則級に可愛いんだけど。
それで、腕を下ろして隠していた胸を解放するもんだから、却って目のやり場に困ってしまう。
と思ったら、一転して怖ず怖ずと、申し訳なさそうに小さく手を挙げるララルマ。
「あのぉ、それってアタシにもできませんかぁ?」
「えっ……?」
「ちょっと小振りだけどぉ、両手斧使えますしぃ、お話を聞いてぇ、アタシも仲間に入れて欲しいなぁってぇ、思ったんですけどぉ」
これは……すごくポイントが高いんじゃないか?
俺の話を聞いた上で、自分から参加したいって言ってくれるなんて。
少なくとも、ただ腕が立つだけの奴なんかよりやる気があって、よっぽど期待出来そうだ。
「あの……あたしが言うのもなんですけど、魔物と戦うのって、すっごく怖くて、すっごく危険ですよ? 殺されかけますよ? もう駄目死んだって思いますよ? 本当に戦えますか?」
不安そうだったティオルが、不安を強くしながら、でも迷うように言う。
なるほど、ティオルの不安の原因は、そこにあったってわけか。
「お前は、その身体で本気で魔物と渡り合えると思っているのですか? 無駄に命を散らすような危険に身を投じる愚かな真似は避け、このまま出来る仕事を続け、長らえ幸せを探す方が賢明だと思わないのですか?」
最後まで黙っているつもりなのかと思っていたら、ユーリシスまでもがそんな口を挟んでくる。
「それはぁ、そうなんですけどぉ……」
ララルマは困ったような苦い笑いを浮かべて、視線を落としてしまう。
本人もそれは承知の上で、それでも仲間になりたいって言ってくれたに違いない。
だったら、俺のすべきことは、その意思を汲んであげることじゃないだろうか。
それに、仲間の不安は払拭しないといけないし、ララルマがどれだけ戦えるのか俺も確認したい。
「じゃあこうしよう。面接の一環として、実際にどれだけ戦えるのかを見せて貰おう」
受付のお姉さんに話を通して、ギルドの裏手にある練習用の広場を貸して貰う。
体育館の半分ほどの広さの広場には、打ち込み用なのか、身長くらいの長さの大きな丸太が数本並んで立っていた。
その丸太には傷跡が多数付いていて、どうやら俺達と似たような目的で何度も使われてきたみたいだ。
なので、ララルマには、丸太相手に遠慮なくやって貰う。
「えいぃ、やあぁ、たあぁ!」
やや気が抜けそうになるおっとり感がある声を上げて、ララルマが愛用の両手斧を丸太に打ち込む。
「なるほど……」
ティオルとユーリシスの懸念が、ようやく俺にも理解出来た。
ララルマの動きが、予想を遙かに上回ってトロい。
小振りな両手斧というだけあって、『アックスストーム』のメンバーが使っていた両手斧と比べて、迫力が一段落ちる。
恐らく重さも相応に軽いんだろうけど、それをギリギリ持ち上げて扱っているって感じが、ド素人の俺にもありありと分かった。
しかも、柄の部分をいっぱいに使って持って、右手はもはや刃のほとんど真下辺りを持っている。
これじゃあ重量と遠心力を生かした攻撃は出来ない。
つまり本来持つべき位置へ右手を寄せたら、遠心力に振り回されてしまうんだろう。
ただし、それでも遠心力で振り回されていた。
何が、と言えば……胸が、だ。
両手斧を振るうたびに、右に、左に、上に、下に、ぶるんぶるん、ばいんばいん、揺れる揺れる揺れる揺れる……。
スピードを付けて大きく振り回すと、その巨乳が遠心力で振り回されて、重心が安定せずに体勢が崩れてしまう。
おかげで、体勢を崩さないようにと気を付けると、こぢんまりとした遅い攻撃になり、一撃一撃が威力の低い単発攻撃にしかなっていない。
仮に丸太が雷刀山猫だったとしよう。
恐らく、ララルマの攻撃じゃ、避けられまくるか、当たっても浅い傷しか与えられずに倒せない。
さらに言えば、胸に振り回されて体勢が崩れたところを狙われるまでもなく、牙を突き立てられてその強い麻痺毒の唾液で一発アウトだ。
帝王熊相手ともなれば、近づく前にミンチだな。
念のため、ホロタブを起動して、レベルとステータスを確認してみる。
レベルは五。
ステータスは、筋力が高めで耐久力もあるけど、鍛え方の差なのかグラハムさん達と比べて数段見劣りする。
知力や精神力、器用さは人並みといったところか。
ただ、敏捷度が人並以下……いや、圧倒的に劣っている。
猫型獣人ともなれば、しなやかで素早い動きが可能なイメージがあったのに。
これもひとえに、あの胸の巨大な死重量のせい……なんだろうな。
俺の、もしかしてという期待が、脆くも崩れ去っていく。
対して、ティオルとユーリシスは端から期待してなかったみたいだけど。
そんな俺達の空気を感じ取ったんだろう。
ララルマがちょっと焦った顔になって、数歩下がると、右手をもっと下の本来持つべき柄の方へとずらして構えた。
どうやら、大きな一撃で大逆転を狙っているみたいだ。
大きな垂れ目が、猫が獲物を狙うように細められて、ちょっとばかりエロい動きでペロリと唇を舐めて湿らすと、大きく息を吸って気合いを入れた。
「はああぁぁぁっ!」
その気合いの叫びもどこかおっとり感を残しながら、両手斧を振り上げて、高くジャンプする。
両手斧なんて重量物を持っているのに、さすが猫型獣人と言うべきか、そのジャンプは高かった。
陸上選手やフィギュアスケートの選手のジャンプに匹敵しそうな高さだ。
そして、つい目が吸い寄せられてしまう。
一瞬遅れて跳ね上がった、胸に。
もう、ぶるん、とか、ばいん、とか、そんな生易しいもんじゃない。
例えるなら、『どっぷぁぁぁん!』という勢いと大迫力だ。
両手斧を振り上げた体勢のせいで、視界の下半分が胸で塞がれて、目標の丸太が見えていないんじゃないかって心配になるくらいの、驚愕の跳ね上がりっぷりだった。
しかも、その跳ね上がった勢いのせいか、空中で体勢がわずかに崩れる。
それでも落下の勢いを借りて、ズドンと勢いよく、恐らく狙った位置とは違うだろう丸太の芯を外した位置へと叩き付けて着地した。
そして、一瞬遅れて、勢いと重力に従い胸が落ちてくる。
それも例えるなら、『ずっどぉぉぉん!』とばかりの勢いで。
勢いのままブチンと千切れ飛んで、地面に叩き付けられるんじゃないかって心配になるくらいに。
ララルマは両手斧を振り下りした体勢で、数瞬動きを止めていた。
「いったあああぁぁぁぁいぃぃぃっ!!」
そして次の瞬間、目にいっぱいの涙を浮かべながら、両手で胸を抱えて地面にうずくまってしまった。