5 上司と部下と疑似神界
なんとか蛮族コスプレから元の服に戻して貰った後、すぐに本格的な情報収集へと乗り出した。
市に立っている露店は、本当に様々な店があった。
エルフの綺麗なお姉さんが色とりどりの果物を売っている店。
犬耳犬尻尾のお兄さんが鮮やかな織物や染め物の生地を売っている店。
ドワーフのおじさんが金物を売っている店。
人間の小太りおばさんが薬草や薬を売っている店。
とりわけ果物や野菜、穀物を使った料理の露店が多いみたいだ。
他にも串焼き、綺麗な水、革製品、アクセサリー、などなど、ここで揃わない物なんてないんじゃないかってくらい、色々な商品が売られている。
「売ってる人達も、買ってる人達も、誰も彼も人型の種族ばかりですね」
「この世界で人または人類と呼ばれるのは、人間、エルフ、ドワーフ、獣人の四種族だけです。獣人の場合は、犬や猫や虎などの外見的特徴となる獣相の如何に関わらず、一括りで獣人という扱いですが」
見ての通りでいちいち確認するほどのことかと言わんばかりの口ぶりだったけど、女神様の説明だとそういうことらしい。
見た感じの比率で言えば、人間が気持ち多めで、エルフとドワーフは同じくらい、獣人が気持ち少なめの、六:五:五:四といったところか。
この王都だけがそうなのか、この国全体や世界中で見るとどうなのか、それは今後の調査次第ってことで。
「それに、種族で差別されたり迫害されたり種族仲が悪くていがみ合ったりしてない上、奴隷扱いされてる人もいないみたいだし、そういう意味では平和っぽいですね」
ただ、それとは別に見て回ってて気になったのが……。
「おいおい、また値上がりか? 先月もだっただろう、勘弁してくれよ」
「仕方ないだろう、そろそろ『中の街道』もやばい雰囲気なんだ。こっちもぼったくられてんだよ。北回りで迂回してくる商人も増えてきたし、これからもっと値上がりしてくぜ」
なんて景気が悪い話をしている客と店主。
「薬草の品数も量も減ってないかい?」
「国王様の命令で外掃除があったばかりだろう? 摘みに行ってくれる子が減っちまったんだよ」
意味はよく分からなかったけど、人手不足か何か問題があったみたいな店主。
市のあちこちで、そういう景気が悪い話とか、何かしら商売に不都合が生じてるって話とかが、頻繁に聞こえてきた。
しかも大国の王都だっていうのに、微妙に活気がない気がするというか、人々の笑顔に翳りというか、生活に疲れたような、そんな覇気のなさまで垣間見える。
この国が何かしら問題を抱えているのか、それとも、世界が滅亡へと向かっていく最中だから、世界中がこんな感じなのか……。
「世間話を聞きかじってるだけじゃ情報が足りないな……もっと詳しく聞いてみるか」
咳払いをして、金物を売っているドワーフのおじさんへと近づいていく。
やっぱりドワーフと言えば物作りの達人だから、ジャンルは違えどリスペクトがあるわけで。決して、これまで女性に縁がなかったせいで、綺麗なエルフのお姉さんや可愛いうさ耳っ娘へ話しかけるのに、気後れしたとか恥ずかしいとかじゃあない。
二度、深呼吸して、それから仕事モードの外向けで丁寧な対応を心がける。
「今日は、お聞きしたいことがあるんですけど、いいですか?」
「おう、らっしゃい」
ドワーフのおじさんは、俺の格好を見て不審そうに眉をひそめたけど、すぐに商売人の顔で笑顔を見せてくれた。
おおっ、ドワーフと話してしまった! それにちゃんと通じてくれた!
背が低くてずんぐりむっくりな体型。短くガッシリと逞しい手足。きっと器用な太くごつい指。顔の半分を覆い隠してる豊かな髭。まさに、これぞドワーフ!
しかも、露店に並んでいる切れ味鋭そうな包丁の美しさときたらもう!
「お目が高いねお客さん。どれも俺の自信作、しかも今時貴重な鉄製だぜ鉄製。そっちのべっぴんさんは奥さんかい? どうだい包丁でも一つプレゼントってのは」
「ああ、いえ、彼女とはそういう関係じゃなくてですね、少しお話を聞かせて貰えないかと――」
「なら彼女かい? 俺の包丁をプレゼントして『毎日俺の為に美味い飯を作ってくれ』ってな具合にプロポーズってのはどうだい?」
ニコニコ笑顔で俺の話を遮った目が『買わねぇ奴に聞かせてやる話はねぇな』って語ってる。
まあ、これもお約束と言えばお約束か。
とはいえ、俺がこの世界のお金を持っているはずもなく。
「ユーリシス様、お金持ってます? ちょっと貸して欲しいんですけど」
「ありませんよ」
「……え?」
「なぜ私が持っていると思ったのです。この私にそのような物が必要だったとでも?」
「た、確かに……ということは俺達一文無し!?」
これ、かなり不味いんじゃないか!?
取りあえず、ドワーフのおじさんを振り返って、引きつりそうになる笑顔で愛想を振りまいてみる。
「えっと……おじさん、お話だけ聞かせて貰うわけには……?」
「はっ、一昨日来やがれ」
◆
女神様を引っ張って、人気のない路地裏へと場所を移す。
「不味いですよ! どうするんですか無一文って。こういう時は軍資金として、少しはお金が用意されてるものじゃないんですか!?」
「まるで当たり前のように言っていますが、それはどこの世界の常識です? お前の言うゲームや漫画のご都合主義を当然と思っているわけではないでしょうね、愚かしい」
「そう言われると、返す言葉もないですが……」
ただ、最後の一言は明らかに余計じゃないか?
「でも参ったな、これじゃあ情報収集どころじゃないですよ。しかも今日の食事も、今夜の宿も、何もないってことになりますからね?」
「それがなんだというのです?」
「いや、なんだと言われても……」
「私は神ですよ? 食事も睡眠も不要。もし必要な物があれば創り出せば済む話です」
うん、もっともな話だ。
「とはいえ、どうしたものかな……この異世界初心者に優しくない仕様は」
「働いて稼ぎなさい」
「いや、そうなんですけど――」
「この世界の者達は皆そうして生きているのです。いい年して出来ないとは言わせませんよ。それとも、『働きたくないでござる』でしたか? 泣き言を並べますか?」
いやもう、本当にいちいち一言多いな。
しかも正論だけど、それを暴論にしか聞こえないような言い方をわざとしてるんじゃないかって気がしてきた。
いや、薄い笑みを浮かべて、明らかに俺を煽ってるだろう、これ。
さすがにここまでされたら鈍い俺でも分かる。
この女神様、俺のことが嫌いだろう!?
神界での、あのしおらしく丁寧な態度で頭を下げたのは、いったいなんだったんだ!?
「……これは早急に手を打たないと不味いな」
「何が不味いというのです」
「いやもう、世界を救うどころか、大失敗する未来しか見えないんで」
真っ直ぐ女神様を捉えたまま言うと、不愉快そうに女神様の眉根に皺が寄った。
「人間風情が身の程を弁えて白旗を揚げた……わけではなさそうですね」
「ええ、その通りですよ。気持ちがバラバラのままじゃ、何をやっても上手くいきっこないですからね」
この先も、あんな子供じみた嫌がらせをして満足し勝ち誇るような、そんな精神的に幼い部下に足を引っ張られ続けたら、たまったもんじゃない。
「今後のためにも一度きちんと話を付けましょうか」
不愉快そうな表情を深めた女神様と真正面から対峙して、背筋を伸ばし胸を張る。
気持ちも頭も仕事モードに切り替えて、鹿島に改まって話をする時のような、上司として部下に接するように呼びかけた。
「ユーリシス、言いたいことがあるなら聞いてやるから言ってみろ」
纏う空気と口調を変えた俺に、女神様……いや、ユーリシスの頬が引きつった。
「人間ごときが、神である私に対してその不遜な態度はどういう了見ですか、滅ぼしますよ」
「上司として部下の話を聞いてやるって言ってるんだから、言いたいことがあればこの機会に全部ぶちまけた方がいいぞ」
我ながらちょっとわざとらしいけど、ことさら偉そうに、ことさら上から目線で、『上司』と『部下』って言葉に、俺の方が神格が上だってニュアンスを含ませた。
この際、実感や自覚の有無は脇に置いておく。
安い挑発だっていうのも、重々承知の上。
上司として部下の話を聞いて、不満を解消してやるのも大切な仕事のうちだ。
だけど、その意図が正しく伝わってなさそうな、ユーリシスの隠そうともしない憎々しげな瞳が俺を捉えた。
「いいでしょう、ならばこの私の……神の怒りを思い知らせてあげましょう」
闇堕ちして邪神にでもなりそうなオーラを立ち上らせて、ユーリシスが右手を前へ突き出すと、その手の平に神々しい力を集める。
「疑似神界」
そして、そう唱えた次の瞬間、周囲の光景が一変した。
「うわっ、ここって!?」
神様が神界と呼んでいた宇宙の外側、あの夜明け前の東の空のような薄明るい紺色の世界が目の前に広がっていた。
ただし、黒紫色の巨大な球体は一つも存在しない。
「ここは擬似的に創り出した神界です。ここであれば、被造物たる人はもちろん、我が師を始めとした他の神々にすら観測される恐れはありません」
なるほど、神様にも邪魔されずに話を付けるにはもってこいの場所ってわけだ。
ただ、口元をいやらしく歪めて笑うユーリシスを見る限り、話し合いだけで済ませるつもりはまったくなさそうに見えるけど。
まあ、思うところを全部ぶちまけるまでは、宣言通りいきなり俺を滅ぼすとか、そんな暴挙には出ないはずだ、多分。
まずは話を聞きながら落としどころを探していくか。
「それで、こんな空間を創ったくらいだし、それなりの話を聞かせてくれるんだよな」
ユーリシスは肯定の返事代わりに、日傘をたたむとその先端を足下に突き下ろした。
見えない足場に突き立てられた瞬間、たったそれだけで空間自体がズンと揺れたような錯覚を覚える。
「よく聞きなさい、私はお前が気に入りません」