48 ティオルの野望
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「ミネハルさん、どうですか?」
その場でクルッと回ったティオルが、上目遣いで俺を見つめてくる。
昼食後、グラハムさん達とは別れて、冒険者らしい装備を調えるべく、北区の貴族や金持ち御用達っぽい高級感のある大きな武具屋までやってきた。
ただいま、試着しての吟味検討中だ。
「冒険者用の装備って言うより旅装束みたいなもんだけど、生地は厚手だし、縫製もしっかりしてるみたいだな。さすがに帝王熊の巻き上げた土砂相手だとズタズタにされそうだけど、そうじゃなかったら怪我からしっかり守ってくれそうでいいんじゃないかな」
「違います、そういうことじゃありません」
かなり真面目に品評したのに、ジト目で返されてしまった。
「えっと、じゃあ……サイズも合ってそうだし、ちょっと値は張るけどお値段分はありそうだし、問題なさそうだな」
「そういうことでもありません」
ジト目に溜息まで追加されてしまった。
ティオルに聞かれて脳裏に浮かんだのは、ギャルゲーの選択肢、三択問題だ。
イケメンだと無罪になるけど、どうでもいい男から言われたらセクハラになりそうな選択肢を、敢えて避けて模範的に答えてみたのに。
仕方なく、真っ先に除外した選択肢を採用する。
「明るい草色の上着と、ズボンの上に厚手のスカートが女の子らしくていいと思う。ティオルによく似合ってて可愛いよ」
「えへへ、ありがとうございます♪」
俺に言われて本当に嬉しいのかどうか分からないけど、どうやら正解だったらしい。
敢えて四択目の『上から鎧を着けたら、ちゃんと冒険者に見えるよ』を選択しないで良かった。
そんな調子で、替えを含めて何着か選んだ後、ティオルが俺の袖を遠慮がちに摘まんで引っ張る。
「じゃあ次は、あたしがミネハルさんに似合う服を選んであげますね?」
「ああ、よろしく頼むよ」
「はい♪」
何故か上機嫌に、俺の装備を選び始めるティオル。
正直、服なんてTPOに合ってさえいれば特にこだわりはないし、そっちのセンスは皆無なんで、ティオルにお任せする。
そうしてティオルに任せている間、手持ち無沙汰そうにしていたユーリシスへと声をかけた。
「ユーリシスは欲しい服とか、必要な装備とかないのか?」
「私にはこのドレスがあるから必要ありません。もし必要があれば自ら創造します」
「いやまあ、そうなんだろうけどさ」
これからも、そのゴシックドレスと日傘で冒険をしていくつもりなのか。
実に優雅な冒険譚の光景が目に浮かんだよ。
「あっ、どうせなら巫女服を冒険者装備と言い張って着るのは――」
「お前の前では二度と巫女服は着ないと言ったはずです」
「――ああ、はい、そうですね……」
チッ、ノリと勢いでいけるかと思ったけど、残念。
「じゃあ、ユーリシスは魔法の発動体の指輪一つだけで買い物は終わりか」
ユーリシスの右手の薬指には、赤く澄んだ色の魔石が嵌められた指輪が一つ、新たに装備されていた。
これは魔術師が持っている赤い魔石が嵌まった杖と同じ物で、その魔石は魔力の流れをコントロールする性質があり、魔法の発動や制御を補助してくれるそうだ。
当然、魔法のシステムそのものを構築した創造神たるユーリシスには、全く必要のない装備だ。これまでも、杖も指輪もなしに魔法を使っていたし。
だけど、上級魔術師として冒険者をやっていくには相応の装備をしている姿を周囲に見せる必要がある。
そこで、杖は邪魔で持ちたくないって言うから、指輪を選んだわけだ。
武具店の店員の話を聞いて推察するに、ユーリシスならむしろ杖より指輪型の発動体を持つ方が普通らしい。
何故かというと、杖は所詮木の杖で、大きいけどそこそこの品質でしかない魔石を使うことで、一般的な冒険者が買い求めやすい、お手頃価格に設定されている。
対して装飾品型は、貴金属の高騰、杖と同等の性能を持たせるための小さくても高品質の魔石、などがあり、むしろ一点物など装飾品としての付加価値も上乗せして、高級品として棲み分けされている。
だから、金持ちや貴族の魔術師は、身を飾る宝飾品としての意味も含めて、装飾品型の発動体を選ぶのが一般的なようだ。
そういった理由から、ユーリシスが満足する見栄えの発動体を求めて、杖以外の発動体も扱っている大きな武具屋へ行ってみたんだけど……。
お眼鏡に適うデザインの物が一つもなく、適当なところで妥協もしてくれないから、何軒も回ることに。
それで、遂には北区の高級店にまでやってくる羽目になったというわけだ。
ところが、それでも満足のいく物がないって言うんで、ティオルにはお店で買ったと説明することにして、ユーリシスの許可の上、俺が神の権能を使って創造に挑戦。
リクエストを聞きつつ何度か作り直した結果……。
『ふむ……ようやく及第点といったところでしょうか』
と、なんとか装備してくれたというわけだ。
ちなみに、巫女服をモチーフに、ゴシックドレスより巫女服に似合うイメージでデザインしたのは秘密だ。
「ところで、魔法のシステムについてなんだけど」
「それに関しては条件があります。それを満たせば…………教えましょう」
不本意さと葛藤を隠しもしないユーリシスだけど、教えてくれることは教えてくれるらしい。
「それで条件って?」
「まずこの世界で一般的に普及している魔法学の知識を学びなさい」
「ああ、なるほど。根幹のシステムはまだ学問的に解明されていないから、一般人が知らない、知られちゃいけない知識を、俺が知らずに漏らさないようにするためか」
「……理解が早くて助かります」
『高度な内容を学ぶ前に、まずは初歩の知識を身につけておきなさい』じゃなく、せっかく本来の意図を理解してやったのに、俺の察しが良かったのが気に食わないみたいな顔をされるのは、非常に理不尽なんだけど。
「そういうことなら魔法書を買っておきたいな。後で本屋も見に行くか」
「それがいいでしょう。ただし、数冊は目を通しておきなさい。学派により見解や解釈が異なる場合があります」
「システムの解明が不完全だから仮説が幾つもあるみたいなものか……それは読むのにかなり時間が掛かりそうだな。出来ればすぐにでも魔法システムを把握したいんだけど」
「必要なことです」
「必要か……魔法システム改変の着手がかなり先になりそうだなぁ……でもそれが条件って言われたら仕方ないか」
当面は、ティオルの英雄化計画と新スキルの創造、不遇武器の布教に集中するしかないようだ。
話がきりのいい所まで終わったところで、タイミング良くティオルがウキウキと俺を手招きする。
「ミネハルさん、選びました。試着して下さい」
「ああ、分かった」
庶民向けの武具屋にはなかった、所謂試着室で、ティオルが選んだ服を着てみる。
「いいです、すごく格好いいです!」
「そ、そうかな? 俺にはちょっと格好良すぎない?」
商人や一般人がちょっと旅をするのに着る丈夫な服、というより、なんだかラノベの主人公が着ていそうな、ビシッとした冒険装束っぽい。
「ミネハルさんはすごい学者さんなんだから、このくらい格好いい服を着た方が、みんな尊敬してくれます」
学者っぽい服じゃないし、特に尊敬されたいわけでもないけど、せっかくティオルが選んでくれたんだしな。
「じゃあティオルのセンスを信じて、これにしようかな」
「はい♪」
俺も数着をティオルに選んで貰って、まとめて支払いをしてから店を出る。
やけに満足げな、やりきったほくほく顔で隣を歩いていたティオルが、ふと、伺うように俺を見上げてきた。
「あの、お代……本当に良かったんですか?」
「ああ、もちろん。ティオルを村から連れ出しちゃったのに、これまで何もしてあげてなかったからな。準備金というか、先行投資というか、そういった物だと思って遠慮なく受け取ってくれると嬉しい」
もっと言えば、俺が稼いだお金じゃないからな。
俺が感謝される筋合いじゃないし、ちょっと心苦しいけど。
「そう、ですか……」
……あれ、今ちょっとがっかりされた?
「ありがとうございます、ミネハルさんの期待に応えられるように頑張りますね♪」
と思ったら、顔を上げて元気よく笑ってくれる。
なんなんだろうな、リセナ村を出てからというもの、ティオルが一喜一憂するポイントが分かりづらくてちょっと難しい。
これが思春期って奴なんだろうか?
それから、かさばるから服と一緒に宿の方に配達を頼んだんだけど、ティオルには革鎧も買っている。
今回買った服の上から装備する、胸当てと腰当て、それと籠手とブーツだ。
肩当ては慣れなくて腕が動かしづらい、兜は頭が重くて視界が狭くなる、と動きに不安がありそうだったので、今回は割愛した。
デザインは、俺がこれまで目にしてきた女性冒険者達が身に着けていたような物とは異なる、漫画やアニメでよく見た革鎧のデザインに近い奴だ。
何しろ、この世界で見かけた女性冒険者の装備と言えば、申し訳程度に腰に布を巻いて、後は胸当てと腰当て程度にしか身体を隠していない、非常に露出が高い格好ばかりだったからだ。
正直、革鎧のビキニアーマーって言った方がしっくりくる。
女性冒険者に憧れがあるのか、ティオルも最初そういうのを選ぼうとしていたから、俺が止めた。
忘れちゃいけないのが、ティオルはまだ十六歳だってこと。
謂わば女子高生と呼ぶべきお年頃だ。
実家から連れ出した十六歳の少女に大胆なビキニアーマーを着せて連れ回す、自称学者で身元不明の二十七歳の男。
字面にしただけでやばいくらい犯罪臭がプンプンする。
というわけで俺の精神安定のために、ティオルには悪いけど大人しめの無難な装備で我慢して貰いたい。
「後は剣と盾ですね……」
不満そうに、武具屋を振り返るティオル。
「こればっかりはもう、職人に頼んでオーダーメイドして貰うしかなさそうだな」
「作れる職人さん、いるでしょうか?」
「……片っ端から当たって、見つけるしかないな」
武具屋を何軒も回ったのは、何もユーリシスの気に入る指輪を探して回っていたからだけじゃない。
最初に回った商店街や職人街にある武具屋には、どこも剣と盾を売っていなかった。
商店街や職人街の武具屋の品揃えは、様々なデザインの両手斧が多いと三十本以上並べられていて圧巻だった。他に長短合わせて弓が数種類と杖が数種類。そして店の隅っこに片手斧と槍が二本ほど申し訳程度に置いてある店もあった、という感じだ。
後は一般的な革鎧が並んでいるだけで、それ以外の種類の武器や金属鎧はおろか、いま買ったばかりの厚手の服すら置いていなかった。
盾に至っては、店の主人に『そんなゴミ装備うちじゃ置いてねぇよ』って大爆笑されたくらいだ。
今の店はさすが高級店だけあって、品質のみならず品揃えもいいのか、お高そうな金属鎧も取り揃えてあったし、不遇武器の片手剣や両手剣、短剣やメイス、さらに盾まで置いてあった。
ただし、ワゴンセールのように一緒くたで箱の中に詰め込まれて、辛うじて店の隅にひっそりと置いてあるだけだったけど。
しかも……。
『見て下さいミネハルさん、盾がありました!』
そう喜び勇んで駆け寄ったティオルが、盾を持ち上げようとしてバランスを崩し前につんのめりかけた。
何しろその盾は完全に金属製で、もはやマンホールと呼べそうな代物だったからだ。
グラハムさんくらいガタイが良くて力があれば装備できるかも知れないけど、明らかにティオルには無理だった。
というか、俺にも無理なわけで。
木製の盾に、縁や表面に薄い金属板を貼り付けて補強した盾や、同じくなめし革を重ねて補強した盾、などという現実的に取り回せる盾じゃない。
どう考えても、金属のみで出来たマンホール盾は、形状を縦長の方形にして地面に立てて、隊伍を組んで壁として使うべき類いの盾だった。
『こんなの盾じゃないです……』
そう拗ねたティオルの気持ちはよく分かる。
本当に、盾に関する知識が皆無に等しいらしい。
この手の店の店主も、そして作り手たる職人でさえも。
そしてそれは盾だけじゃなくて、使用率が圧倒的に低い剣やメイスなんかの不遇武器も似たような問題を抱えていそうで頭が痛い。
「作ってくれる職人さんが見つかったら、あたし、一生懸命伝えます。お父さんが教えてくれた剣術は、こんなにすごいんだって。だから剣も盾もすごいんだって。魔物を倒せるちゃんとした装備なんだって」
「ああ、そうだな。みんな剣術のすごさを、剣と盾の有用性を知らなすぎる」
頷くと、ティオルが決意を秘めた目で大きく頷いた。
「あたし、もっとたくさんの人にお父さんの剣術を知ってもらって、どのお店にも、両手斧に負けないくらい、剣と盾をいっぱい並べさせたいです!」
「いいな、それ。俺も乗った。俺達で世界中に剣術を広めて、さっきの店の奴らに『どうだ剣と盾はすごいだろう!』ってドヤ顔してやろう!」
「はい!」
俺が拳を握ってガッと突き出すと、ティオルも意気込んで拳をぶつけてきた。
ユーリシスだけが一歩離れたところで微妙に嫌そうな顔をしているけど、これは無視。
「えへへ♪」
不安も不満も吹き飛んだのか、俺を見上げて妙に嬉しそうに笑うティオル。
そして、歩きづらいくらい妙にぴったりくっついてきて、遠慮がちに俺の服の袖を摘まむと、寄り添う影が長く伸びる夕暮れの中、宿を目指して歩き出した。