43 次なる一手
◆
五日後。
「おかしい……こんなはずじゃなかったんだけど……」
冒険者ギルドで、受付カウンターとは反対側にある椅子に座って、ぐったりとテーブルに突っ伏す。
「そうですね……全然上手くいきませんね……」
同じくテーブルに突っ伏して、手慰みにテーブルに付いている色々な傷跡を指先でなぞるティオル。
「『こんなはずじゃなかったんだけど』ではありません。この五日、なんの成果も出ていませんが、どういう了見です」
ユーリシスだけがピシッと綺麗な姿勢で座ったまま、冷ややかな視線と言葉でチクリと刺してきた。
「どういう了見もなにも……」
この五日間のことを思い出す。
初日、つまりティオルが冒険者登録をしてパーティーメンバーを集めようと決めた後、俺とティオルはソロや俺達程度の少人数パーティーの冒険者達に声をかけまくった。
もちろん誰でもいいってわけじゃないから、これぞって思った人を選んでだけど。
パーティーの目的は、色々な魔物を討伐して困っている人々の助けになること、そして魔物の情報を集めて学者の俺が博物誌を編纂すること。
そのための戦力を募集している、という勧誘だ。
ただ口先で魔物討伐をしますって言っても信憑性がないだろうから、ティオルが雷刀山猫を倒してリセナ村を救った実績を前面に押し出して、セールスポイントにしてみた。
何しろティオルの盾に付いた二組の牙の跡が証拠としてあるし。
これなら興味を持って検討してくれる冒険者が少しは現れるはず、そう思ったわけだ。
ところが……。
「うわははははっ! お前らが雷刀山猫を仕留めたって? ないない、嘘を吐くならもうちっとマシな嘘を吐きな」
「剣と盾なんかで雷刀山猫を倒せるわけがねぇだろ。くだらねぇ冗談に付き合ってる暇はねぇんだ、失せろ」
とまあ、端から嘘だと決めつけられて、まともに取り合ってすら貰えなかった。
だから次の日から、盾役の存在意義と役割分担、両手斧以外の武器の使い手がいることで生まれる戦術の幅、敵の特性による得手不得手に対するパーティーバランスを取る必要性などなど、剣と盾を使える者がいるメリットと、ティオルが雷刀山猫を倒した信憑性を加味して説いてみた。
ところが……。
「弱い武器をちまちま当てたって意味ないだろ。両手斧じゃなきゃ勝てないよ」
と、異口同音であしらわれて、結果は変わらず……。
ただ、剣と盾がどうこう言う以前の問題があったのは不味かった。
「あんた弱そうだし、大した仕事も出来なさそうだからね、遠慮しとくよ」
「百歩譲って剣と盾が役に立ったとしてだ、そっちのお嬢さんが魔術師で、お前は? はあ、学者で司令塔? 戦えねぇ奴がどんな指示を出せるってんだ。そんな奴に命を預けられるかよ」
そんな風に、戦えない俺が足を引っ張っていたみたいだ。
さらに誤算だったのが……。
「無理無理、魔物怖いもん。あんな怖い思いするの、もうこりごりよ。薬草採ったり、警備や届け物したり、そっち方面で頑張るわ」
「魔物にやられた怪我が元で、もう両手斧は重たくて振るえなくてな、軽い槍で畑を荒らす狐を狩るのが精々だ」
などなど、どうやらソロの冒険者は魔物討伐以外の仕事をする場合がほとんどで、魔物討伐をしたがらないようだった。
というわけで、色よい返事をくれた冒険者は皆無だった。
こうして、気付けば五日が過ぎていた……という体たらくだ。
剣と盾を持つただの村娘が雷刀山猫を倒して村を救った。
この衝撃の事実があれば注目を集めて、同じくらい戦えるようになりたい冒険者達が向こうから声をかけてくる、くらいに思っていたのに。
「……ちょっと考えが甘かったかも知れないな、完全なリサーチ不足だ」
どんな神ゲーを作っても、ユーザーが求めていなければ売れないのと同じなわけで。
物語のリアルなら、ここで頼れる仲間が加わってパーティーが躍進するのが王道展開だけど、現実のリアルはそんなプロット通りにはいかないらしい。
しかも、魔物と戦いたくない冒険者が一定数いたことは完全に予想外だった。
魔物と戦う気がある冒険者は使っている武器に限らず、すでにそれなりの人数のパーティーに入っていて、ソロはそうじゃないからソロだった、と。
「せっかく冒険者になったのに……」
「ごめんなティオル、俺が不甲斐ないばっかりに」
「い、いえ、ミネハルさんは全然悪くありません。魔物討伐の仕事がしたいって、あたしが我が侭言ったから……」
まずいな、ティオルのモチベーションがダダ下がりしてる。
せっかく生まれ育った村を出てまで俺を手助けしたいって着いてきてくれたのに、これじゃあ申し訳なさ過ぎる。
かといって、冒険者として食いつなぐのが目的じゃないんだから、魔物討伐以外の依頼を受けるのは意味がない。
さて、どうしたものか……。
頭を悩ませていると、ユーリシスが溜息を一つ吐いて軽く手を横に振り、いきなり疑似神界を展開させた。
「うわっ!?」
ぐったりテーブルに突っ伏してたもんだから、そのまま前のめりに倒れてしまう。
「だから疑似神界を展開する時は事前に言ってからにしてくれよ」
自分だけ倒れず、すくっと立ち上がったユーリシスを見上げながら抗議をして、それから立ち上がる。
相変わらず、足場も果てもない、夜明け前の東の空のような薄明るい紺色の世界が目の前に広がっていた。
現実世界とは時間も空間も断絶されていて、ここでなら何億年の時間をかけて考えようと、一瞬すら過ぎていない元の時間に戻れるわけだし、助かると言えば助かるけど。
「それで、ティオルに聞かれたらまずい話でもあるのか?」
俺の問いかけに、ユーリシスはもう一度溜息を吐いた。
「いつまで冒険者ごっこを続けるつもりです」
「冒険者ごっこはひどいな。間違ってもティオルには言うなよ?」
聞かせるつもりがなかったからこその疑似神界なんだろうけど。
「それはお前の説明次第です。なぜあの小娘を巻き込んで、冒険者ごっこなどしなくてはならないのです」
「それは、ティオルをリセナ村から連れ出すときに説明しただろう?」
一度そこで言葉を切って、力を込めて続ける。
「表舞台に立てない俺とユーリシスの代わりに、ティオルに世界を救う英雄になって貰うためだ」
このことは、ティオルにはまだ伝えていない。
余計なプレッシャーを与えたくないのはもちろん、方針が決まって勝算があっても、現状、達成の目処が全く付いていないからだ。
「なぜあの小娘なのですか。英雄として選ぶのであれば、むしろあの虎型獣人の方が能力的に適しているのではないですか」
ユーリシスの言う『あの虎型獣人』って言うのは、多分冒険者パーティーの『アックスストーム』のリーダー、グラハムさんのことだろうな。
「確かに、グラハムさんはこの王都を拠点にして活動するベテラン冒険者で、パーティーメンバーもベテラン揃いだし、チーム名の通り、各人の両手斧の攻撃力はかなりのものだから、一見するとティオルよりも何倍も目的達成の近道に見えるな」
「『一見すると』ですか、含みのある言い方ですね」
「ああ。英雄は戦闘能力の高い低いだけでなれるもんじゃないからな」
「では何を重視して、最強の両手斧ではなく、剣と盾という最弱に類する装備を持つ小娘を選んだというのです」
そこでユーリシスが一旦言葉を切ると、視線を冷たく鋭くして言葉を続けた。
「同情や発情したなどと答えたら、即座に滅ぼしますよ」
「いやいや発情って……確かにティオルは可愛い子だと思うけど、妹みたいな感じでそういう対象とは違うし、ましてや同情でもなんでもないからな」
そう、人類が滅亡するという確定した未来を回避して世界を救おうって大仕事を神様から依頼された以上、そんな個人的な感情で選んだりしない。この仕事の助けになる有用な人材たり得る、そう判断したからだ。
まあ、あのままあの村にティオルを置いておけないって気持ちがあったのも嘘じゃないけど。
「この世界を救うための方策は、王都での情報収集や『アックスストーム』の魔物討伐を見学させて貰いながら、幾つか考えていたんだ。人類滅亡の原因が魔物との生存競争に破れたことである以上、人類が魔物に対抗しうる手段を模索しないといけない」
かといって、魔物を全て消滅させたり、魔物を歯牙にもかけないくらい人類側の能力値を跳ね上げたりと、世界を混乱させるような安易な方法を採るわけにはいかない。
「だからリセナ村での戦いで、ティオルを助けるために新スキルを創造したり、ティオルを英雄にしようとしたりしたのは、時期尚早で状況に流された面は否めないけど、その方策のうちの一つを進めていく手段として適切だと判断したからだ。単にティオルを助けるためだけの、行き当たりばったりでしたことじゃない。ここまではいいか?」
「ええ、いいでしょう」
新スキルを創造するに当たって、ちゃんと筋道立てて説明しておいたおかげか、そこは疑わずに信じてくれたみたいだな。
「じゃあ、なぜそういう方策を採ったかと言うと……」
一瞬、どこまで言うべきか言い淀む。
でも、開き直って、核心をズバリと突くことにする。
「ユーリシスが創ったあの世界が中途半端でバランスが悪いからだ。あんなバランスじゃあ、クソゲーとまでは言わないけど、ハッキリ言って人類が生き残るのは無理ゲーだ」
こめかみに青筋を浮かべて頬を引きつらせたユーリシスから、『プチッ』と何かが切れた音が聞こえた気がした。