42 三人目の冒険者
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「お待たせしました。こちらが身分証になります」
「わあ~~~~!」
受付のお姉さんから受け取ったティオルは身分証を高く掲げて歓声を上げると、今朝拗ねて不機嫌だったのが嘘みたいに輝く笑顔で、俺の目の前にも掲げてきた。
「見て下さいミネハルさん、あたしも冒険者になれました!」
「ああ、これでティオルも正真正銘、冒険者の仲間入りだな」
「はい、ミネハルさんと一緒ですね、えへへ」
この世界の冒険者ギルドは、来る者拒まず去る者追わずに加え、登録と仕事の斡旋はするけど後は全て自己責任、って丸投げのシステムで運営されている。
だから、ただの村娘にしか見えないティオルが冒険者に登録しても、誰もそれを止めない。
ティオルの格好は相変わらずだ。
後ろで一つにまとめた少しふわりとウェーブがかった長いくすんだ金髪、大きくつぶらな瞳、そして歳は十六歳だけど少しばかり幼く見える容姿。
服装も、年季が入って薄汚れている淡緑色のシンプルな長袖シャツと、同じく薄汚れて所々擦り切れくたびれているシンプルな青いオーバーオール。
どこからどう見ても、どこにでもいそうな農家の村娘だ。
ただし、普通の農家の村娘と違うのは、左腕に木製の円い盾がくくりつけられ、腰には短めの片手剣を帯びているところ。
そして盾の表面に刻まれた雷刀山猫の牙で削られた二筋の傷跡が二組。そう、少なくとも二度魔物の攻撃を受け止め、その上で生き残った証が付いているところだ。
かく言う俺も、そしてユーリシスも、場違い感はティオルと大差ない。
俺の格好は、市の露店で吊し売りされていたちょっと上等な服を着ているだけで、武器は扱えないから持っていないし、防具も身に着けていない。
ユーリシスの格好は、黒を基調としたゴシックドレスで、今は屋内だから日傘をたたんで手にしている。
年の頃は一見すると二十歳過ぎくらい。とはいえ神だから、実年齢は不明。
長く艶やかな黒髪と切れ長で少しきつめの瞳が気の強さを感じさせ、気品溢れる高貴な貴族のご令嬢か、大商人か金持ちのお嬢様といった風情がある。そして俺と同じく、武器は持っていないし、防具も身に着けていない。
お世辞にも冒険者には見えない三人で組んだ即席パーティーだ。
「それで、あたし達はどんなお仕事を受けるんですか?」
期待に満ちた瞳に、逆に尋ねてみる。
「ティオルはどんな依頼を受けたい?」
「できたら魔物討伐がいいです」
即答か。
そのための剣と盾、父親から学んだ剣術だもんな。
「じゃあ魔物討伐の依頼を探そう」
「はい!」
というわけで、やる気十分のティオルと一緒に早速掲示板の前へと移動して、何十枚と貼り出されている依頼書を、一枚一枚確かめながら片っ端から読んでみた。
そう、片っ端から読んでみたんだけど……。
「ない、な……」
「……全然ない……ですね…………」
俺達が引き受けられそうな弱い魔物の討伐依頼がただの一枚もなかった。
「ここ王都だよな? なのにその周辺に、初心者じゃ手出し出来ないくらい強い魔物しかいないって……」
魔物討伐ってだけなら、依頼のおよそ六割強が魔物討伐だ。
しかも、そのうち半分強の十数枚を、雷刀山猫の討伐依頼が占めている。
ベテラン冒険者でも戦うのを避ける雷刀山猫。
その雷刀山猫の群れと、俺達は二度対峙している。
一度目は、冒険者パーティーの『アックスストーム』が請った帝王熊討伐に同行させて貰った時に不幸にも遭遇した時。
このときは、足手まといだからって荷馬車で逃がされて、追撃を振り切った程度でお世辞にも戦ったとは言えない。
二度目は、ティオルの故郷のリセナ村が襲われた時。
このときは、一度目と違って正面切って戦い、ティオルが見事ボスの雄を仕留めて群れを撃退するのに成功した。
ただし防壁を破られて村へと侵入され、家畜や村人を囮にして負傷者を多数出した上で、だけど。
あんな運頼みの作戦で、よくぞ死者が出ずに済んだもんだと思うし、そんな被害を何度も出したら、たとえ討伐に成功しても、感謝されるどころかむしろ悪評が立ちそうだ。
だから俺もティオルも、雷刀山猫の討伐依頼は除外して考えたわけだけど……。
「困ったな……」
「困りましたね……」
残り半分弱の依頼にある雷刀山猫以外の魔物は、どれも初めて見る名前ばかりなんで、名前を元にホロタブでこっそり検索して情報を集めてみれば……。
例えば死炎軍狼。
赤茶色がかった体毛を持つ大型犬を二回りくらい大きくした狼で、レベル的には十六~二十一と雷刀山猫より少し弱いけど、やはり雷刀山猫と同じく十数匹程度の群れで行動している。
しかも、軍狼の名に恥じない、かなり組織だった行動を取る賢狼のようだ。
魔法で口から火炎を吐いて荷物や装備を焼き撤退。長期戦でこれを繰り返し、獲物の隊商や村人が装備を失い、食料や補給を断たれて弱ったところを止めを刺しに来るという、人間並みのゲリラ戦を仕掛けてくるらしい。
加えて、死んだ直後の死炎軍狼に火を近づけると、周囲数メートルを巻き込む爆炎を撒き散らし、死体が爆散するようだ。死炎軍狼は火炎を吐くんだから、まるで死体に爆薬を仕掛けた質の悪いトラップみたいだ。
例えば処刑執行蜂。
体長三十センチはある大型のスズメバチで、レベル的には十一~十六とお手頃ながら、蜂なので当然蜂の巣があり、そこにわんさかいるわけで。
風の魔法による加速で高速飛行し、針による攻撃で革鎧を貫き、鉄製の鎧すらへこませるという。
全身鎧でも装備していないと、全身穴だらけにされてしまうから、革鎧が標準装備の一般の冒険者では手が出せない相手だ。
しかもその強い蜂毒を体内に注入されると、タンパク質を分解され筋肉や血管が破壊されていき、もし血流に乗って心臓や脳に達したら、百パーセント死亡が確定する。
仮に生き残れても、次に刺されるとほぼ確実にアナフィラキシーショックを引き起こして死亡するという、処刑執行の名に相応しい死亡率を誇る蜂だ。
こんな感じの凶悪極悪な魔物の討伐依頼しか貼り出されてなくて、とてもじゃないけど手に負えない。
ちなみに、帝王熊の討伐依頼はさすがの人気なのか一枚もなかったけど、前足の攻撃で地面を陥没させて土砂を巻き上げる一撃必殺の熊は、たとえ新しい盾スキルを使ったとしてもティオルの力量じゃ受け止めきれないから、端から考慮外だ。
「魔物って強くて怖いのばっかりなんですね……あたし、てっきり雷刀山猫と帝王熊が飛び抜けて強くて怖いんだとばっかり思ってました」
「ああ、そうだな……どいつもこいつも怖い奴らばっかりだ」
そりゃあこんな魔物達に苦しめられているんだから、近い未来、人類が生存競争に負けて自然界から淘汰され、一人残らず絶滅してしまったのも納得の話だよ。
それにしても、こんな状況でどうやってティオルのレベルを上げればいいんだ?
これじゃあ一般人が冒険者を志しても、戦う前から挫折しか道がない。
他の冒険者達はどうやってそれを乗り越えたんだろう。
「やっぱりあたしに冒険者なんて無理なのかな……」
あぁ……すっかり気落ちしちゃって。
せっかく冒険者になったっていうのに、受けられる仕事が一つもありませんでした、なんて、あんまりだもんな。
……よし、ここは基本に立ち返るとしよう。
「ティオル」
呼びかけると、俯かせていた顔を上げる。
「大丈夫だ、手はある。落ち込むのはまだ早いぞ」
「本当ですか? どうするんですか?」
期待に満ちた瞳で見上げてくるティオルに、力強く言葉を返す。
「パーティーメンバーを集めよう。俺達の志に共感して一緒に魔物と戦ってくれる、そんな頼もしい仲間を」
そう、俺達だけで倒せないなら、倒せるだけの戦力を集めればいいんだ。