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ゲームプランナーなので無理ゲーな異世界を大型アップデートします  作者: 浦和篤樹
第一章 ゲームプランナーの異世界を救う仕事
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36 村娘一人だけの最終防衛ライン



 四日後。


 太陽が頂点に差し掛かる前の、村人達はまだ農作業に従事している時間。

 俺はティオルの家の庭木の木陰に立って、ホロタブを見つめていた。


 映し出しているのはこの村の周辺マップ。

 俺達がこの村へ来るときに抜けてきた森の外れには、光点が六つ。徐々に村へと近づいてくる。


「……いよいよですか」

 側に立って、ホロタブを覗き込んだユーリシスが、わずかに重たい溜息を吐いた。

「あれから何度も話し合って、とうに結論は出たはずだけど?」

「分かっています。お前の策に乗ると決めたのです。創造神として非常に複雑で気が重くありますが、役目は果たします」

「ああ、よろしく頼む。全てが作戦通りにいけば、ユーリシスの出番はないからさ」


 そう、作戦は考えた。

 現実世界では時間が足りないから、疑似神界を展開して貰って、その中で時間の感覚をなくすくらい考えた。

 レベルが十以上も上の魔物六匹を相手にティオルがたった一人で勝利して生き残るという、無理ゲーをクリアするために。


 とはいえ、相手の魔物と、俺達の指揮下にない何も知らない村人達の動き次第だ。


 ザルな作戦もいいところで、何がどうなるか蓋を開けてみなければ分からない。

 正直言えば、ティオルは本当に生き残れるのか、村人にどれだけ犠牲が出るのか、希望より不安が遥かに大きくて、すでに心臓がバクバク煩くて今にも吐きそうだよ。

 それでも、現状考えうる最高の結果を出すために考え抜いた作戦だ。成功して貰わなくちゃ俺が困る。


「来たぞ」

 ホロタブに表示された六つの光点が、森を抜けた。

 それとほぼ同時に、共用の牧草地から家畜達が騒ぎ出したのが聞こえてくる。


 ガンガンガン! ガンガンガン! ガンガンガン!

 そこから数秒遅れて、櫓の上の警鐘が大きく鳴り響いた。


「魔物だーーーっ! 魔物が来たぞーーーーーっ!」

 見張りの男が警鐘を鳴らし続ける中、さらに門番の男が叫びながら村中を駆け回り、村中が騒然となった。


 ホロタブに表示しているマップに、村人と家畜の光点を追加表示する。

 村人を示す光点が、乱雑に動き回っていた。

 村のあちこちを行ったり来たりする光点。

 家畜の光点の側でうろうろするだけの光点。

 数人が集まっては散り、集まっては散りを繰り返すだけの光点。

 右往左往という言葉がぴったりくる動きだ。


 避難訓練とか有事の際の行動マニュアルとか、そういった(たぐ)いの概念がないのかも知れない。

 意味がある動きをしているのは、家の中に逃げ込んだり、家畜を引き連れて各自の厩舎へ連れて行こうとしたりする光点くらいか。

 それも全体からするとごく少数だ。


 ティオルだけ色を変えて表示すると、まさに家畜を引き連れて厩舎に戻ってきている途中だった。

 側にもう一人いるのは、お姉さんかな?


 今日、このタイミングで雷刀山猫ライトニングサーベルワイルドキャットの襲撃があることは、ティオルを含めて誰にも伝えなかった。

 下手なことを言って、『お前が魔物を呼び寄せて村を襲わせたんだな!』なんて冤罪をかけられたら溜まったもんじゃないし。

 だけど、ティオルの家族を含めて、ティオルの家族に好意的だった移住組と、あんなのでも一応村長だから村長には、それとなくほのめかしておいた。


『学者として雷刀山猫の生態を調べた結果、定期的に縄張りを巡回してるのが分かったので、数日うちにまたこの村を狙ってやってくるかも知れません』

 といった感じに。


 その後、その情報をどう生かすかは各自に任せたけど。

 だから動きがいいのは、ティオルの一家と、移住組だと思う。

 対して村長は、なんの対策も取らず、村人にも伝えていなかったんだろうな。

 村長は俺の話をろくに聞かずに、相手にもしないって態度を取ってたし。


「皮肉な話だけど、この混乱状況の方がかえって犠牲が少なくて済むかも知れないな」

「普通は逆に犠牲が増えるものでしょうが、お前が調べたとおりだとしたら、そうなのでしょうね」

 淡々と、だけどどこかそれを期待してるのを感じさせる声音に、苦笑を隠して頷く。


 弱肉強食が自然の摂理で、創造神として公平な立場を貫かなくてはいけないんだろうけど、やっぱり自らの被造物たる人が無駄に命を散らすよりは助かって欲しいと思ってるんだろう。

 むしろ公平を貫いて、どっちがどれだけ死のうが知ったことじゃない、なんて態度を取られたら、俺がキレる。


「ああ。なんのために俺が疲れないのをいいことに、疑似神界で何百ケースもの雷刀山猫が人を襲う過去映像を見て分析したと思ってるんだ」


 雷刀山猫は獲物との数や力量差を無視したように群れで一斉に狩りに来る割に、獲物を囲うときは数的不利は作らない慎重な面を持っている。

 しかも危険な狩りは基本的に雌の仕事で、雄は後方から雌に指示を出すだけであまり前に出ず、いざとなったら真っ先に撤退する。雌もそんな雄を守るように立ち回って、何に付けても群れのボスたる雄の生存が最優先のようだ。

 そして雌は獲物を牙にかけたら一旦放置し、敵対してくる危険性がある生き物を次々に襲って牙にかけていき、敵に止めを刺すのも食べるのも、周囲の安全を確保してからになる。

 それを許すのが、一撃死にも等しい、牙から分泌する『強麻痺』の唾液だ。


「右往左往と逃げ回る村人や家畜がいる限り、そっちを麻痺させて無力化するのを優先するから、牙にかかった人達は麻痺して動けなくなりこそすれ、しばらくは安全になる」

 俺達が村の外で迎撃しないのは、その習性を利用するためだ。

 危機が目の前にあるのが分かっているのに、これまでなんの対策もしてこなかった村長と村人達には、相応のリスクを負って貰う。

 そうして、ティオルの安全を少しでも確保するんだ。


「ミネハルさん!」

 俺を呼ぶ声に振り返ると、ティオルがお姉さんと一緒に厩舎から走ってきていた。

 自分達の家の家畜は、無事厩舎に戻せたんだろう。


「ほ、本当に来ました! だ、大丈夫なんでしょうか!?」

 お姉さんは真っ青になって酷く動揺している。動揺しすぎて、次にどうしたらいいのか分からないって感じだ。

「大丈夫ですよお姉さん、魔物は俺達がなんとかしますから、旦那さんとお母さんと一緒に家に隠れて、じっとしてて下さい」

「は、はい!」

 なんとか頷いて家へと駆け戻りかけて、ティオルが後に続いていないことに気付き、足を止めて振り返った。

「ティオルどうしたの? 早く逃げましょう!」


 ティオルは俺の前に立って、俺を見上げていた。

 覚悟を決めた目だ。

 それでもやっぱり緊張でガチガチで、不安が顔に出てるけど。

 お姉さんがこの狼狽えようだったから、かえって自分がしっかりしなくちゃと覚悟が決まったのかも知れないな。

 どこにでもいる普通の女の子にしか見えないのに、強い子だ。

 なら、そんなティオルを不安にさせないように、俺はもっと堂々としてないといけない。


「やるぞティオル、気合いを入れろ」

 ティオルは大きく頷くと、お姉さんを振り返った。

「大丈夫、あたし達に任せてお姉ちゃん」



 俺とユーリシス、そして剣と盾で武装したティオルは、建物の陰から陰へと身を隠しながら、雷刀山猫が侵入してきた場所、前回と同じ防壁に空いた穴へと向かう。

 案の定、あの応急修理では簡単に破られてしまったというわけだ。


「こっちだ」

 後ろから付いてくる二人に合図を送りながら、雷刀山猫を避けつつ進む。

 ホロタブに雷刀山猫の視界をサーチライトで照らすみたいに追加表示させて、その視界には絶対に入らないよう、魔法で強化された聴覚に足音や話し声を拾われないよう、注意を払いながら移動する。おかげで全速力で向かえない。


 村へ侵入したのは雌ばかり五匹。雄は穴の外で待機している。

 すでに村中は大混乱で、雌に追われて逃げ惑う村人や家畜が大勢いて、村中のあちこちから悲鳴や雷刀山猫の吼える声が聞こえてきた。

 そうして、一人また一人、一匹また一匹と『強麻痺』のステータスが表示されて動かなくなっていく。

 幸いなことに、目論見通り『死亡』のステータスに切り替わった光点は一つもない。

 おかげで俺達は比較的安全に動けているけど……それも時間の問題だ。

 急がないと、村人も家畜も残らず麻痺させられて食い殺されてしまう。


「よし、見えた」

 最後の建物の陰から飛び出すと、そこからは全速力で一直線に向かう。

 体当たりで粉砕したんだろう、塞いだ板の破片が内側に散らばっていた。

 その再び空いた穴から外へ出る。


 俺達の足音ですでに気付いて警戒していたんだろう、雄は立って待ち構えていた。

 雌は五匹とも村の中ですぐには戻ってこられない。

 望んでいた最高のシチュエーションだ。


「っ……!」

 雄を前にして、ティオルが硬直したように動かなくなる。


 手も足も、震えていた。

 その小さな背中を見せられると、胸が痛んで罪悪感が湧き上がってくる。

 大の大人で男の俺が後ろに下がって、こんな女の子一人を魔物の矢面に立たせているんだから。


 本来なら、それこそラノベやゲームの主人公なら、自分の身体が壊れてでも神の権能で身体能力を強化して戦うべきかも知れない。

 でも、それじゃあ世界を救う未来には繋がらない。

 この世界の本来の住人たるティオルが、両手斧以外の武器を使って魔物を倒して生き残る、その事実と実績が必要なんだ。


 だから、その震える肩に手を置く。

 この小さな肩にこの世界の未来を背負わせてしまっている罪悪感を抑え付けて、できるだけ優しく、同時に勇気と立ち向かう力を注ぎ込むように声をかけた。


「大丈夫だ、ティオルならやれる。あれだけ特訓したんだ。お父さんが教えてくれた剣術はすごいんだって証明してやるんだろう?」

 ピクリと揺れるティオルの身体。

 深呼吸一つ。その震えが止まった。

「……はい、その通りです」


 ティオルの肩から手を放して、一歩下がる。


「いきます……!」

 剣と盾を構えてティオルが前へと進み出た。

 雄は俺達の中でティオルが一番の脅威と判断したのか、威嚇するように牙を剥き出しにする。


 さあ、これでティオルと雄の一対一だ。

 俺とユーリシスは雄を刺激しないように気を付けながら、ティオルの邪魔にならないように下がって距離を取る。


「ティオル、練習を思い出せ、練習は自分を裏切らない。落ち着いて練習通りにすれば絶対に大丈夫だ!」

「……はい!」


 ここ数日の稽古でティオルはレベル十にまで成長した。

 この短期間で大進歩だ。

 それでもまだレベル差は大きくて、依然として勝率は低い……。


 だから、最初の一撃で決める。

 レベルが低いティオルが勝つにはそれしない。

 仕留め損なえば打つ手なし、だから初撃に全ての力を出し尽くせと言い含めてある。


「ティオル、勝て!」

「はい!!」


 ティオルは気合いを入れると、盾を前面にかざし、剣は腰だめに構えて、雄を真っ直ぐに睨み付けた。



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