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ゲームプランナーなので無理ゲーな異世界を大型アップデートします  作者: 浦和篤樹
第一章 ゲームプランナーの異世界を救う仕事
35/120

35 眠れぬ夜

◆◆



「お姉ちゃん、お義兄さん、お休みなさい」

「ええ、お休みなさいティオル」

 お姉ちゃん達にお休みの挨拶をして、あたしは自分の部屋じゃなく、子供部屋予定の空き部屋へ入る。


 あたしの部屋は、ミネハルさんが村に滞在する間の宿代わりに使って貰ってる。

 知り合って間もない男の人に部屋とベッドを使われるのはちょっと恥ずかしいけど、お母さんとお姉ちゃんが何故か真剣な顔で色々と話し合った結果、そうなった。


 窓から差し込む月明かりで部屋の中は薄明るいから、ランタンには火を付けず、そのままベッドにゴロンと仰向けに寝転がった。

 夜は日が暮れたら就寝になる。

 油代も馬鹿にならないから、そういう日々の節約って大事だと思う。

 でも夏は日が暮れるのが遅くて節約とか考えずに夜遅くまで起きていられるから、家族といっぱいお喋りができて楽しい。その時間は、あたしにとっての唯一の癒やし、日々の楽しみと言っても過言じゃない。

 もちろんその分、朝が早いし、畑や家畜の世話も増えるから大変だけど。


 でも、今日はお姉ちゃん達とのお喋りもそこそこに、早々に部屋に引っ込んだ。

 だって今日はいつもの何倍も剣術の稽古を頑張って、すごく疲れが溜まってたから。


 なのに……。


「…………」

 ……気が(たか)ぶってるのか、身体はすごく疲れてるのに全然眠くならない。

 身体が少し火照ってる気がするし、そのせいもあるのかも。


「ふぅ……」

 無理に寝るのは諦めて、窓から夜空を眺めながら眠気が来るのを待つことにする。


 白い月が半分より少し欠けてるのが見えた。

 今夜は晴れてて、満月ほど明るくないから、たくさん星が見える。

 そよそよと窓から入ってくる夜風が涼しい。


 ベッドに寝転がったまま、ぼうっと星を眺めてると、なんの前触れもなく、何故かお昼にかけられた言葉が脳裏に甦った。


『親父さんの自慢の剣術だってんなら、次は逃げんじゃねぇぞ』

『そうよ、すごいんでしょ? 自慢なんでしょ? だったらそれを証明しなさいよね』

『仕事サボってまでやってんのを見逃してやってんだから、刺し違えてでもオレ達を守ってくれねぇと、なあ?』


 悪意ある(あざけ)りと脅迫が、頭の中をグルグルと回る。


 仕事はサボってない。

 誰にも後ろ指を指されないように、日々の仕事をきっちりとこなして、休憩時間を削って稽古をしてるんだから。


 見逃してくれてもない。

 魔物に狙われてる状況が不安なのか、何かと突っかかってくる。

 ううん、それ以前から、何かと絡んできて馬鹿にしてきた。


 こういう小さな村だと、自分より弱いと思った者や余所者に対して、そういう憂さ晴しをするのはよくある話だって、お母さんも、お母さんと一緒にこの村に移住してきたおじさんも言ってた。


 あたしはこの村で生まれ育ったのに、いつまで余所者扱いなんだろう……。


「……はぁ…………」

 こんな時に思い出すのは、いつも決まってお父さんの言葉だ。


『彼らには戦う術がない。誰かに守って貰わないと、魔物に殺されてしまうんだ。だから不安で、その不安を紛らわして安心したくてたまらないんだよ』

『だったら自分で強くなって戦えって? 確かにそういう反論も出来るが、それを彼らに言うのは酷というものだ。彼らの仕事は農作業で、みんなが食べる物を作るのが仕事で、それを止めてしまったら多くの人達が困ってしまう。それに本来、彼らを、そしてお前や私達を守るのは、国と兵士の仕事なんだから』


『でも、誰も守ってくれないのなら、誰かが立ち上がって自分を、そして村の仲間達を守らなくちゃならない。幸いなことに、我が家には先祖代々伝えられてきた剣術という力がある』

『馬鹿にしたい奴には言わせておけばいい。我が家の剣術はとてもすごいんだ。ご先祖様達は、魔物をバッタバッタと倒して、人々を守って戦っていたんだからな。鍛えれば、私もティオルも、きっとそうなれる。私はそう信じているよ』

『そうなればきっと、村の人達ももう余所者扱いなんてしないで、同じ村の仲間として受け入れてくれる。それを目的にして剣術を鍛えるのはよくないけど、そう思えば少しは気が楽だろう』


 そう元気づけてくれた。

 そうだといいなって思う。


 自分を受け入れて欲しくて剣術を鍛えてるんじゃない。

 誰かの盾になって守れる立派な人になりたい。

 それがお父さんが信じて誇りにしてた剣術だから。

 だからあたしも、お父さんの教えてくれた剣術で、お父さんとその剣術のすごさを証明したい。

 そのために、誰に何も言われても稽古を続けてきたし、あたしが周りから色々言われないで済むようにってお母さんやお姉ちゃんが何度止めても、稽古は止めなかった。


 だけど……。

 やっぱり時々挫けそうになる。


 馬鹿にされてまで続ける意味ってあるのかな?

 見下して嘲る人達を仲間だと思って、命懸けで守ってあげる必要ってあるのかな?

 世界で一番強いって思ってた、自慢のお父さんさえ魔物に殺されちゃって、このまま一人で稽古を続けて本当に強くなれるのかな?


 誰もあたしの本当の気持ちを分かってくれないのに……。


 しかもこの前、そんなあたしに追い打ちをかける出来事があった。

 王都の冒険者ギルドで見た冒険者達の、鍛え抜かれた逞しい身体。

 本物の魔物の脅威と、そんな魔物と命懸けで戦う冒険者達の戦いぶり。


 あたしとは何もかもが違った。

 圧倒的なまでに足りてないって、まざまざと見せつけられた気分だった。


 そんな不安を振り払うように、吸収できることは吸収しようと戦いの真似もした。

 次に魔物が村を襲ってきたとき、一人でも戦おうと決意もした。


 でもそんなの、ただ意地になってるだけだ……。


 自分でも分かってる。

 気持ちだけじゃ勝てない。

 ううん、その気持ちだって、いつ挫けて折れるか分からない。

 覚悟なんていいものじゃない、ただの諦め。

 あたしが戦ったところで、刺し違えるどころか、犬死にするだけ。

 それが分かってても戦うのは、ただの意地と見栄だ。


 でも、それは昨日までのあたし。


 出会ったばかりの、学者さんだっていう、ミネハル・ナオシマって変わった名前の男の人。


「ふぅ……」

 脳裏に浮かんだ彼の姿に、今度は違う溜息が漏れる。


 ミネハルさんは、正直よく分からない人だ。

 だって、お互いに出会ってもない、ミネハルさんが偶然その場に現れて一方的にあたしを見かけただけで、あたしはミネハルさんに気付いてもなかったのに、急に話に割り込んできて、なんの対価も求めずに味方になってくれた。


 剣と盾ってだけじゃない、ただの村娘のあたしが魔物と戦うって言ったとき、冒険者の誰もが大笑いした。

 きっとそれが普通なんだ。

 笑われて、自分がどれだけ馬鹿なことを口にしたか気付いたから。

 恥ずかしかった。

 穴があったら入りたかった。

 なんかもう泣きそうだった。


 あたしですらそうだったのに……ミネハルさんだけは笑わなかった。

 笑うどころか、あたしの決意と覚悟を認めてくれて、笑った冒険者達を(いさ)めてくれた。


 驚いた。

 でもそれ以上に嬉しかった。

 しかもそれだけじゃない。


『ああ、ティオルのお父さんはすごい人だって思う。尊敬するよ』


 家族以外で、初めてお父さんを認めてくれた人だった。

 誰もが剣と盾なんてって馬鹿にするのに、馬鹿にするどころか、本心から尊敬するって言ってくれた。


 ああ、思い出しただけで泣きそう。

 なんだか、これまでの苦労が報われた気分。


 そんなミネハルさんが、あたし達を助けるために、いま村にいる。

 ミネハルさんには、自分が持つ知識を本にして多くの人に届けて人々の助けになるって崇高な理念があるのに。


 ただの村娘のあたしと違って、ミネハルさんは絶対にこんなところで死んじゃいけない人だと思う。

 だから、あたしの覚悟は本当の意味で決まった。

 刺し違えてでも魔物を倒して、ミネハルさんを無事にこの村から出て行かせてあげないといけない。


 だってもう昨日までのあたしじゃない。

 ミネハルさんが希望を灯してくれたから。


「ふふっ……」


 ミネハルさんが剣術の稽古に付き合ってくれるって言い出したときは驚いた。

 でも、付き合ってくれるのはいいけど、ミネハルさんは……言ったらなんだけど、本当にド素人で、なんの練習にもならなくて、最初どうしようって困ったのは秘密。


 足運びも分かってないから動くたびに重心がぐらついて見てて危なっかしくて、動きの緩急の付け方もおかしいからバタバタした感じがやりにくかった。

 時折、何かを考えてるのかそれとも思い出してるのか、なんにもないところをじっと見て、動きを確かめるようにしながら、相手をしてくれた。


 そのせいなのか分からないけど、時々ドキッとしてしまった。

 その剣筋が、ドキッとするくらいお父さんに似てる時があったから。


 顔も、性格も、体付きも、お父さんとは似ても似つかないのに。

 それなのに、お父さんの姿がダブってしまう。


 ミネハルさんは二十七歳って言ってたけど、もう少し若く見えるかな。

 多分、見た目だけなら二十二歳くらい。

 お父さんって言うには少し若過ぎて、お兄さんって言うには少し年上過ぎる感じ。


 そんな風に剣術の実践は全然駄目なのに、剣術の知識量には驚かされた。

 あたしが覚えるにはまだ早いって教えてくれてなかったのか、お父さんすら知らなかったのか……。

 今となってはどっちか分からないけど、初めて知ったこれまでとは違う盾の使い方。


 『受け流し』と『攻撃を弾く』。


 衝撃だった。


 使いこなすには反復練習が必要で、まだ見様見真似の域を出ないけど、自分のモノに出来たらきっとあたしはすごく強くなれる、そう感じた。

 そしてそれ以上に衝撃だったのは……。


 盾スキル。


 ミネハルさんは剣術が全然だったから、理屈と動きの説明だけでスキルは発動しなかった。

 でも、あたしがやったら発動した。


 もう夢中だった。

 何度も何度も新しく覚えたスキルを練習して、午後の仕事を始めるからってお母さんが呼びに来たとき、あたしは休憩するどころか稽古でヘロヘロになってたくらい。


 そして、そんなあたし以上にヘロヘロになってたのがミネハルさんだ。

 王都を出たときも、何故か自分の足で歩くと言って荷馬車に乗らずに歩いてたけど、すぐにヘロヘロになって荷台に乗ってた。

 ハッキリ言って、そこらの子供より体力がないと思う。


 なのに、時間いっぱい付き合ってくれた。その上、明日もまた付き合ってくれるって約束してくれた。


『俺達が止めても、戦うつもりなのは分かったからな。ティオルが刺し違えなくても済むように、必ず勝って生き残れるように、少しでも協力させて欲しいんだ』


 あたしが戦うって決意したから。

 あたしが死なずに済むように、勝てるように、力を貸してくれる。

 もう、ミネハルさんには感謝してもしきれない。


 ただ、それはとても嬉しいことなんだけど、疑問も大きい。

 どうしてあたしなんかのために、ここまでしてくれるんだろう?


「鍛え方は……全然足りてないもんね」

 冒険者ギルドで見た女冒険者のような、誰もが羨む魅力的な肉体になってない。


「胸は……村の中では結構小さい方で、ちょっとは自信があるかな?」

 触って確かめる。

 ギリギリAカップの大台だ。

 日々の農作業と家畜の世話に加えて、剣術の稽古をしてるおかげだと思う。

「でも、ユーリシス様のAAかAAAの理想的な小ささじゃないから……」

 あれだけ理想的な胸をした女の人が側に居れば、目も肥えるはず。


 それにあたしの顔は、どちらかと言えばおっとりしてて、瞳も丸くて大きくて、鋭さや野性味もない。

 性格も気が強い方じゃないから、見た目から性格から、世の男の人が求める理想の女性像には程遠い。

 少なくとも、男の人が声をかけたくなるような美人じゃない自覚はある。


「それなのに……」

 自問自答を終える前に、一つのやり取りが脳裏を駆け巡った。


『そうだな……一言で言えば、運命の出会いだったから、かな?』

『う……ううう運命の出会い……!?』

『ああ、これは絶対に運命の出会いだと思う』


 男の人が女の人に言う『運命の出会い』って、つまり、その、そういう意味……。

 途端に顔が熱くなって、ドキドキと鼓動が早くなる。


「何これ……何これ……!?」

 思わず枕を抱えて、ベッドの上をゴロゴロと転げ回る。


「うぅ~~……!」

 顔が熱くて、枕に顔を埋めて、自分でもよく分からない声が漏れてしまう。


 足が勝手にジタバタと、バタ足してしまう。


 よく分からないままに、そのやり取りが何度も何度も頭の中で繰り返されてしまう。


「うぅ~~~~…………!!」

 どうしよう、ますます眠れなくなっちゃった!



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