34 ティオル育成ゲーム
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「ティオルお待たせ。急に外して悪かったな」
現実世界に戻って、建物の陰からティオルの側に戻る。
ユーリシスはお手並み拝見とばかりに、その場……日陰から出てこずに事の成り行きを見守るつもりらしい。
「い、いえ、あたしは……」
何故かティオルが物問いたげな顔で俺とユーリシスを見比べた。
「いまユーリシスと相談したんだけど、ティオルの稽古に協力させてくれないかな」
「あたしに協力ですか?」
「俺達が止めても戦うつもりなのは分かったからな。ティオルが刺し違えなくても済むように、必ず勝って生き残れるように、少しでも協力させて欲しいんだ」
「ミネハルさん……そこまであたしのことを…………」
なんだか思った以上に感謝、というか感激されてしまってるけど……。
いや、乗り気になってくれたってことで、よしとしよう。
「じゃあまずはお互いの動きを確認するところからいこうか」
木剣と木製の盾を二組取り出して、一組をティオルに渡す。
「これは……!? どうしてミネハルさんが剣と盾を持ってるんですか!? これ、新品ですよね!? 私とお父さんが持ってたの以外で、剣と盾を見たの初めてです!」
しまった!
練習用にと思って、ユーリシスから許可を貰って創造したんだけど、そういう問題を失念してた!
「えっと、それは……そ、そう、こんなこともあろうかと、王都を出発する前に急遽準備しておいたんだ!」
「……すごいです! 出発前のあの短い時間で、よく剣と盾が準備できましたね、本当にすごいです!」
「い、いやあ……あはは」
良かった、ティオルが人の言葉を疑わない素直ないい子で。
「そ、それより、ほら、稽古を始めよう」
剣と盾を持って構えると、ティオルも釣られるように構えた。
さて、今の俺でどこまで出来るかな。
ホロタブを表示して、そこに一つの映像を映し出す。
二年と少し前、この場所でティオルとティオルの父親が剣術の稽古をしている映像だ。
この世界が誕生した瞬間から現在までのありとあらゆる情報を検索できるホロタブ。
なら、数字や光点、グラフだけじゃなく、当時の様子も記録映像のように再生できるんじゃないかって考えて、ユーリシスに許可を取って機能の強化をして貰った。
これが本題の三つ目だ。
疑似神界で、この映像を見ながら……正確には、俺のステータスを上昇させた複製を創造――本来の俺の貧弱な身体では動きに付いていけないから――して、そこに俺の意識を移してVRゲームのように動きを再現させながら、新しいスキルの研究と実験を行ったわけだ。
そこで俺の複製が得た剣術の経験値は、残念ながら現実世界の俺に持ち込むのは不許可とされてしまったけど。
そういうわけで、猿真似どころか、ごっこ遊び以下の動きしか出来ないだろうけど、ホロタブの映像を見て真似しながら、ティオルの剣術の稽古の相手として剣を振るう。
もちろん、いきなり実戦さながらには動けないから、ゆっくりとした動作で動きや型を確認しながらの稽古だ。
「すごいですミネハルさん、学者さんで全然鍛えてないって話だったのに、剣術が使えるんですね」
「ま、まあ、そのなんだ、博物誌を書くために、色々と情報収集してた時に、ちょっと機会があって、ね」
苦しい、非常に苦しい言い訳だ。
「自分で稽古までして博物誌を書こうなんて、ミネハルさんすごいです!」
「あはは……」
ちょっとばかり良心がチクチクと……。
改めてホロタブにワイプでティオルを映し出して、ステータスを表示する。
少しだけ、本当にほんの少しだけだけど、経験値のゲージが増えていた。
「うん、なんかいい感じだ」
「はい!」
ティオルにしてみれば、きっと二年ぶりの、誰かと一緒の稽古なんだろうな。
すごくいい笑顔だ。
ただ、こうしてほんの少し経験値が増えた程度じゃ焼け石に水だ。
それに、ティオルの動きに、ちょっと気になる点がある。
それを確かめるように、深く踏み込んで、上段から剣を振り下ろしてみた。
「えいっ!」
気持ちのいい気合いの入った声を出して、俺の剣を盾で受け止める。
やっぱりだ。
ティオルはさっきから、盾を使う時は必ず受け止めている。
受け流して体勢を崩させたり、ましてやシールドアタックなどの攻撃には一度も使わない。
思考でホロタブを操作して、まだ剣と盾が一般的に使われていた数百年前の映像に切り替えて確認する。
予想通り、当時の剣術の使い手は受け流しもシールドアタックも使っていた。
恐らく、剣術が廃れていく中で失伝してしまったんだろう。
型の確認の手を止めて、ティオルと適度な距離を取り直す。
「ミネハルさん、どうかしましたか?」
「ティオル、さっき俺がしたみたいに、上段から攻撃してみてくれないかな」
真剣に頼むと、ティオルは何かを感じ取ったのか、真剣な顔で素直に頷いてくれた。
「じゃあいきますね、えいっ」
深く踏み込んでの、ゆっくりとした振り下ろしが迫る。
その動きから目を逸らさず、ティオルに見せつけるようにこれまでとは全く違う動きで対処してみせた。
足捌きなんて、見様見真似の適当でバタバタしたものになってしまったけど、映像の中の動きを真似て身体を半歩ずらして盾を斜めに構え、盾の上を滑らせて剣を受け流す。
体勢を崩して前のめりになったティオルが、何が起きたのか理解出来ないって顔で目を丸くして俺を見上げた。
だからその首筋に剣を振り下ろして寸止めする。
ティオルの経験値ゲージが、これまでにないくらいジリッと増加した。
「……今の動き、なんですか!?」
「盾の使い方の一つ、受け流しだよ」
「そんな動き知りません! お父さんにも教えて貰ってないです! それをどうしてミネハルさんが……いえ、それよりも、あたしもやってみていいですか!?」
「ああ、もちろん」
ティオルはさっきの俺の動きを思い出して、盾を構えたり足捌きを確認したりして、何度かそれを繰り返した後、構え直した。
「ミネハルさん、お願いします!」
気合い十分のティオルに向かって、深く踏み込んでゆっくりと剣を振り下ろす。
ティオルは俺なんかよりよっぽどスムーズな足捌きで身体を半歩ずらし、見事に盾で剣を受け流してみせた。
その瞬間、これまでの比じゃない伸びで、ティオルの経験値ゲージがドンと跳ね上がって増える。
「!? 出来ました!」
花が咲き乱れたような眩しい笑顔で飛び跳ねてはしゃぐティオル。
さすが、まだまだ初心者レベルとはいえ本職の剣士だ、予想以上の成果にゾクゾクと鳥肌が立つ。
「ああ、すごいよティオル。初めてだったのに、俺よりよっぽど上手に出来てた」
「えへへ、ありがとうございます」
「盾っていうのは受け止めるだけじゃなくて、こうやって受け流すことで相手に隙を作って、そこを狙って反撃する使い方も出来るんだ。受け止める、受け流すを使い分けると、戦い方に幅が出るはずだよ」
俺の言葉を吟味したんだろう、また経験値ゲージがドンと跳ね上がった。
素直な子だからこその吸収力かも知れない。
「すごい、すごいですミネハルさん! えっと、その、なんて言えばいいのか……とにかくすごいです!」
「あはは、ありがとう。じゃあ、もっと受け流しの練習してみようか」
「はい、お願いします!」
まずは最初に見せた上段を繰り返し、それに慣れてティオルが体捌きを最適化していったら、次は様々な方向から、さらに切る動きだけじゃなくて突いたり払ったりと色々な動きを、記録映像を真似しながら再現していく。
ティオルは可能な限り受け流し、無理だと思った攻撃は受け止め、その動きに慣れてきたら反撃を意識し始める。
一度受け流すたびに、さっき程じゃないけど、経験値ゲージがグン、グンと目に見えて増えていく。
……やばい、楽しい!
RPGで、お気に入りのキャラのレベル上げをしているみたいだ。
いやもう、そのものと言っても過言じゃない。
ノリはほとんどティオル育成ゲームだ。
「今の動きは、受け流すだけじゃなくて、こう、盾で攻撃を弾くようにすると、相手の隙が大きくならないかな?」
「こう、ですか? …………今のもう一度お願いします。こう、ですね!?」
また経験値ゲージがドンと跳ね上がって……ファンファーレもシステムメッセージも何もないけど、遂にレベルアップしてレベル九へと到達する。
くっ、楽しすぎる!
「ミネハルさん、なんだかご機嫌ですね?」
「そうかな? うん、そうかも」
もちろんこれはゲームじゃなくて現実だし、レベルは俺が実力を把握しやすいように後付けで設定したシステムだから、これで新たにスキルを覚えたり、ステータスアップして急に動きが良くなったりなんてしない。
でも、それに匹敵する新たな経験の蓄積と技術の向上をしたわけだから、戦闘中に取れる選択肢が増えて、生存率は確実に上がったはずだ。
「それでどうかな? ここまでしておいて今更だけど、ティオルに余計な事を教えて、お父さんが教えてくれた剣術のスタイルの邪魔になったりしてないかな?」
「そんなこと全然ないです! ミネハルさんに盾の新しい使い方をちょっと教えて貰っただけなのに、すごく強くなれた気がします!」
「そっか、それは良かった」
「盾のこんな技まで知ってるなんて、ミネハルさんって本当にすごくてすごくて……えっと、その、とにかくすごいです!」
「ありがとう。でも、ちょっと申し訳ないかな、俺が教えられるのは知識だけだから。俺が剣術を使えて、ちゃんと打ち合ったり技術指導出来たりしたら、もっと良かったんだけど」
「そんなこと気にしないで下さい、すっごく助かってます。もっと教えて下さい!」
「ああもちろん、俺でよければ」
よし、これなら、これらの動きに慣れてさえくれれば、俺の考えた新スキルもきっと使いこなしてくれるはずだ。
だけど、一気にあれこれ教えすぎて、新スキルを覚えるのは早すぎるかも知れない。
新しい技術を覚えたばかりでまだどれも身体に覚え込ませてないから、やれることが増えすぎてかえって混乱してしまうかも知れない。
でも、悠長なことを言っていられる時間もない……。
……いや、迷うな。
ティオルが勝って生き残るために必要だと思ったから創造したスキルなんだ。
これを教えなかったら、いま教えたことが全て無意味になる。
「ティオル、一気にあれこれと教えてしまったから、どれもまだ十分にモノに出来てないと思う。そんな状況で悪いけど、さらにもう一つ覚えて欲しいものがあるんだ」
俺の口調が少し改まったせいだろうか、ティオルの表情が引き締まった。
「それは、あたしが戦うために必要なものなんですよね? じゃあ覚えます。頑張って覚えます。教えて下さい」
「分かった。今のティオルならきっと使いこなしてくれると信じる」
頷いてくれたティオルに頷き返して、改めて背筋を伸ばして表情を引き締めた。
「これから教えることは、俺が教えたってことは絶対に秘密にして欲しい。同時に、なぜ俺がそれを知ってるのかってことも問わないで欲しい」
俺の言葉に何をどう想像したのかは知らないけど、深刻で、真剣で、非常に生真面目な強ばった顔になって、強く頷いてくれる。
「は、はい! 約束します!」
「うん、ありがとう、約束だ」
一度そこで言葉を切って、この世界の命運を左右する言葉を告げる。
「今からティオルに覚えて貰うのは、誰もが抱いている盾という存在の常識を覆す、守るだけじゃない、戦って勝つための、そして現在は使い手が皆無の『盾スキル』だ」
「――!?」
そして――
「こ……これは…………!? こんなスキル見たことないです!!」
――指導したとおりに動いて、ティオルは見事に新スキルを発動させてくれた。
これが、この世界で初めての、新スキル誕生の瞬間だった。