33 新たな方策
「ようやく起きてきたのか、丁度いい」
他人様の家に世話になっているのに、二度寝スタイルを変えないユーリシス。
そんなユーリシスが家から出てきたところを捕まえて、ティオルからは見えない建物の陰へと引っ張っていく。
と、ジト目で俺を見ながら、面倒臭そうに疲れたような溜息を漏らした。
「今度はなんです」
「話が早くて助かる。疑似神界を頼む」
やれやれと言いたげにユーリシスが右手を振ると、疑似神界が展開されて周囲の景色が一瞬で切り替わった。
ホロタブを起動して、今現在、つまり疑似神界が展開されて、時間と空間が断絶された瞬間の、庭木の下に座って休憩しているティオルを映し出す。
顔を上げて俺の方を振り返り、何か聞きたそうな顔をしているような気がするけど、それについては後で考えるとして、ユーリシスが二度寝している間に調べたこととティオルとの会話を一通り説明する。
「そうですか。短い付き合いでしたね」
「おいおい、諦めるのはまだ早いからな?」
別れを惜しむなり、犠牲を悼むなりするならともかく、些事のように淡々と話を終わらせたら、ティオルが不憫すぎる。
「少しでも勝てる可能性、ティオルが生き残れる可能性を上げるために、ティオルの戦力を底上げしようと思う。ユーリシスにはそれに協力して欲しいんだ」
「三日程度で何が変わるというのです。お前が作らせたのですよ、ホロタブで見たでしょう。文字通りレベルが違いすぎます」
「そうだな……確かに、普通に考えたらレベルが違いすぎる」
レベル二十以上の魔物六匹を相手に、レベル八の初心者が一人で立ち向かう。まず、勝てるわけがない。
でも、勝算はある。
「電源系ゲームなら確かにそれだけレベル差のある敵と戦闘したら、システム上絶対に勝てないな。でも、幸か不幸かこれは現実だ。仮にゲームだとしてもテーブルトークRPGに近い。ティオルの言う通りサシで勝負できる状況を作り出して、最初の一撃で急所に致命傷を与えられれば勝てる。だから刺し違える必要がないように、ティオルの戦力を可能な限り底上げして、確実性を上げるんだ」
「言いたいことは分かりましたが、随分と希望的観測と楽観論に基づく作戦とも呼べない作戦ですね。状況をお膳立てする方法については今は置いておくとして、刺し違えるどころか一方的に蹂躙される未来しか見えませんが、どう底上げするつもりです」
起死回生の名案を全く期待してない冷めた目をするユーリシス。
だから、一度深く息を吸って溜めてから、その答えを突きつけてやる。
「盾がその役割を効果的に発揮できる新しいスキルを創造する」
「……!?」
冷めた目が驚愕に開かれると、きつく睨み付けてきた。
「私が納得いくまで説明するという約束は覚えていますね?」
「ああ、もちろん。だからこうして話し合う場を作ったんだ」
「いいでしょう、納得いくまで説明して貰うとしましょう。それで、それはこれまでと違い、遂に現実世界にお前の改変を持ち込むということですね」
「その通りだ」
「まさかこの状況にしか対応できない限定的なスキルを、急場しのぎで作ろうなどというふざけた了見だったら、有無を言わさず滅ぼしますよ」
「ゲームプランナーを舐めるなよ。そんなゲームバランスを崩すような、そして他に使い道がないようなスキルを、貴重なリソースを割いてまで導入するわけがないだろう」
そんなのゲームプランナーの矜持と言うまでのこともない、当然のことだ。
「もちろん、ティオル専用のユニークスキルとか事実上他の奴が使う意味がないとか、ましてや俺TUEEEや無敵のスキルにするつもりもない。現在のスキルシステムの枠内に収まった上で、盾を持てば誰でも使えるし、ちゃんと他のシチュエーションでも有用に使える、むしろ片手武器と盾の戦闘スタイルでスタンダードな戦い方の一つとして選べるコモンスキルにするつもりだ。上手くいけば確実に人類側の戦力の底上げに繋がる」
「……」
一応、俺の方針が世界のバランスを崩しかねない危険を孕んでいないことは理解してくれたようだけど、納得とまではいってない顔だな。
「万が一の場合でも、世界への影響は無視できるほど微々たるものだから、ここは納得して任せて欲しいところだけど」
「何故、無視できるほど微々たるものだと断言出来るのですか」
「何故も何も、盾を使ってるのは世界でたった五人だけなんだぞ? しかも、新スキルを教えるのはティオルただ一人だ。他の使い手が新スキルの存在に気付くのはかなり先の話になるはずで、気付かれないままで終わる可能性の方が高い。つまり俺達が意図的に広めない限り、当面は世界でティオルただ一人しか使えないことになる。もし運用してみて問題があるならそのスキルは最悪削除すればいい。その場合でも誤魔化すのはティオル一人で済む」
俺に言われて気付いたのか、それは確かにとようやく真剣に吟味してくれる。
だから、駄目を押しておく。
「仮にティオルが使ってるのを誰かに目撃されても、今の世の中、剣と盾を使うってだけで馬鹿にされて端から選択肢にないんだから、新スキルの存在が即座に広まることはない。第一、目撃者や話を聞いた奴が真似しようと思っても、盾はゼロから練習しないと駄目なんだ。独学でどうやって上達する? 新スキルを使える境地まで至れなかったと、勝手に諦めてくれるさ」
そして最後に、偽悪的に肩を竦めてみせた。
「言い方は悪いけど、これは俺が目指す世界を救う方向性が効果的かどうかを探るための実験だ。ティオルには悪いけど、俺達の実験に命懸けで付き合って貰う」
まだ数日の短い付き合いだけど、ユーリシスは情に訴えかけるよりも理詰めでメリットを提示した方が説得しやすいタイプとみた。
だからそのメリットに一考の価値があれば、感情論で無下にはしないはずだ。
「……確かに、お前の主張には一理あります。問題が起きても対処しやすいでしょう。全ての不安が拭えたわけではありませんが、今回の実験を許可します」
「ああ、理解してくれてありがとう」
よし、これで第一段階クリアだ。
続けて第二段階の説得だな。
「そういうわけで、決戦にはユーリシスにも参加して貰いたい。普通に魔法が使えるんだよな? 神の奇跡じゃなく、一般的な魔法使いの範囲で魔法を使ってティオルをフォローして欲しい」
「お前は私の話を聞いていたのですか、私が――」
「もちろん覚えてるよ。創造神として、ただの弱肉強食の摂理には介入したくないんだろう?」
「――覚えておきながら、片方の種族に肩入れしろと?」
「今度の決戦は、ただの弱肉強食じゃない。いま言ったように世界改変のための実験だ。新スキルを使ってティオルが勝って生き残れば、人類が滅亡する未来を回避するための第一歩になる」
「……だから私に普通の魔法使いの振りをして介入しろと、そういうわけですか」
「今の俺じゃあ直接的な戦力にはならないから、少しでも戦力が欲しいんだ。普通に考えれば、単独で雷刀山猫の群れと戦う方がレアケースだろう?」
ユーリシスを説得するために実験だって偽悪的な言い方をしたけど、こんなことでティオルを死なせてたまるものか。
創造神のご加護があれば、最悪の事態はきっと避けられる。
「……いいでしょう。癪ではありますが、お前の主張には見るべきところがあります」
「良かったよ、納得してくれて」
さあ、これで第二段階クリアだ。
「さて次なんだけど」
「まだ何かあるのですか?」
「ああ、あと二つほど」
そう嫌そうな顔をしないでくれよ、ここからが本題なんだから。




