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ゲームプランナーなので無理ゲーな異世界を大型アップデートします  作者: 浦和篤樹
第一章 ゲームプランナーの異世界を救う仕事
32/120

32 村娘の覚悟

「はっ、やっ、せいっ!」


 気合いの入った掛け声で踏み込み剣を振るうのを邪魔しないように、少し離れた庭木の木陰に腰を下ろして眺める。

 その姿は、とても熱心なのは熱心なんだけど……。

 なんというか素人目にもたいしたことがない……ように見える。


 レベル二十四~三十になるベテラン揃いの『アックスストーム』のメンバー達の戦いを目の当たりにしたせいか、まだレベル八でしかないティオルの剣捌きと体捌きは稚拙と言っていいくらいだ。

 本格的な剣術を見たことがないからその評価が正確とは思わないけど、力強さや迫力はもとより、その姿からティオルが雷刀山猫ライトニングサーベルワイルドキャットに勝てるビジョンが見えてこない。


 ホロタブにティオルを捉えて、ステータスを表示する。

 経験値のゲージはほぼ動いていない。数値も思い出したように時々、一ずつ刻んで増える程度だ。

 帝王熊(エンペラーベア)と『アックスストーム』の戦いを見ながら荷馬車の荷台の上でイメージ戦闘をした時は、経験値のゲージがジリジリ増加していったのに。ああいう経験値の増加がほぼない稽古は……こう言ったら悪いけど、体力と時間の無駄じゃないか?


 だからと言って、さすがにそれを指摘する気にはなれないけど。


 多分、父親という指導者がいなくなったせい、だろうから。

 盾持ちが世界でたった五人しかいない状況じゃ、父親以外に剣と盾を持って戦う人を見たことすらないと思う。

 なのに誰でも我流で強くなれるのなら、道場も専属コーチもいらないって話だ。


 ティオルの実力が実力だけに、村人から有志を募って鍛えて貰うのも現実的じゃない。

 とはいえ残り日数がない現状で、戦力皆無のこの状況、どうしたものか……。


 これといった策が思い付かずに悩んでいると、ティオルが大きく息を吐いて、剣を下ろすと額の汗を拭った。

 俺を振り返ってちょっと照れ臭そうに笑うと、側まで来て隣に腰を下ろす。


「稽古はもういいんだ?」

「少し休憩です」

 ゆっくり肩で息をしながら、流れ落ちる汗を服の袖で拭う。


「随分気合いを入れてやってたけど、家の仕事もあるんだし、無理したら倒れるぞ?」

「でも、今この村で戦えるのはあたしだけだから……」

「ちょ……待った、まさか雷刀山猫と戦うつもりなのか!?」

「はい」


 まずい……迷いなく、とまではいかなくても、本気で戦うつもりだ……!


「いくらなんでも無謀すぎだ! 足跡を調べたら六匹いたんだ、六匹もだ! 『アックスストーム』が戦ったのを見てただろう!?」

「六匹って、群れの数が分かったんですか? すごいです、ミネハルさん冒険者じゃないのに」

「あっ、いや、それは……」

 しまった、思わず口が滑ってしまった……!

「もしかして、グラハムさん達に調べ方を教えて貰ったんですか?」

「な、なんというか、まあ……そんな感じ? というか……いや、それよりも!」


「ミネハルさんも見ましたよね、あたし、襲いかかってきた雷刀山猫の攻撃を防げたんですよ」

「確かに一撃は防げていたけど、あれは……」

「群れはボスをやっつけちゃえば、他のは逃げていっちゃいますよね。雄と一対一になれれば、きっとあたしでも刺し違えるくらいは出来るはずです」

「刺し違える!? そんな馬鹿なこと考えちゃ駄目だ! まさかさっきの連中にそんなこと言われたのか!?」


 困ったようにティオルは笑う。

 なんて奴らだ……!


「……でも、助けを呼べなかったんだから、次に襲われたら、あたしが責任を持って戦わないと」

「もしかして村長の言ってたことを気にしてるのか? あんなの自分のことを棚上げした責任転嫁なんだ、ティオルが気にする必要なんてないだろう?」

「あたし馬鹿だから、他にどうすればいいか分からなくって」


 情けなさそうな微笑みに、思わず喉まで出かかった言葉を無理矢理飲み込む。

 でも、俺が何を言おうとしたのか、ティオルには分かってしまったみたいだ。


「ミネハルさんもできっこないって、刺し違えるどころか犬死にするだけだって思ってますよね……」

「いや、それは……」

「いいんです、村のみんなからもいつも言われてますから……『剣や盾なんて、なんの役にも立たないのに必死になっちゃって馬鹿みたい』って、『そんなゴミを使って勝てるなら、みんな両手斧じゃなくて剣と盾を使ってる』って」

 自虐的に笑って俯くと、膝を抱えて顔を埋めてしまう。


「でも、それでもあたしはお父さんが教えてくれた剣術を信じてます」

 膝を抱えた手に、ギュッと強く力が籠もる。

「そのお父さんももういないから……お母さんとお姉ちゃんとお義兄さんを守れるのは、あたしだけなんです……あたしが戦わないとみんなが……」

「…………」


 ああそうだ、ティオルはそういう女の子だった。

 いつもどこか自信がなさげにしてて、こうして何かあるとすぐ俯いてしまう、そんな気弱な普通の女の子。

 それなのに、村人や家族を守るために危険な道を単身王都へ行くだけの、勇気と行動力を持っている女の子なんだ。


「いつか必ず、あたしがお父さんの仇を……」

 そうだな……仇を討てるのなら討ちたいよな。

 それがたとえ、父親を牙にかけた奴じゃなかったとしても、雷刀山猫は雷刀山猫だ。


 父親を亡くしてから二年……。

 もう二年なのかまだ二年なのか、俺には分からないけど、その気持ちはずっと心の奥底で(くすぶ)っていたんだろう。


 復讐は何も生まない、なんて台詞はよく見る。

 でも、復讐を遂げれば心の中で何かしら区切りが付く、という台詞もよく見る。

 どちらが正しいのか、復讐心を抱いたこともなければ、成し遂げたこともない俺には分からないけど……。


 でも、この子に勝たせてやりたい。

 父親の代わりに家族を守らせてやりたい。

 この子が信じる、父親から教わった剣術は無力じゃないって、証明させてやりたい。


 多分、俺にはそれが出来る。

 俺には神様に与えられた権能があって、何よりこの世界の創造神が曲がりなりにも味方に付いているんだ。


 本当は時期尚早。

 もっと多くの情報を集めて、十分に吟味検討してから実行しないといけない案件。

 だけど、俺が考えた世界を救うための方策のうちの一つ、それを実行するなら今をおいて他にない。

 ユーリシスの説得は骨が折れるかも知れないけど、男として、いま動かなくていつ動くんだ?


「勘違いしないでくれよ。俺は『剣と盾だから勝てない』なんて一言も言ってないからな。むしろ『両手斧一択なのがおかしい、剣と盾はもっと評価されて普及すべきだ、そうすればもっとたくさんの魔物を安全に狩れるのに』って思ってる」


「……え?」

 ティオルが膝に埋めていた顔を上げて、唖然として真意を探るように俺の目を見つめてきた。

 だから、目を逸らさずに、ティオルの目を真っ直ぐに見つめ返す。


「ほ……本当にそう思いますか? お父さんの教えてくれた剣術で魔物を倒してみんなを守れるって思いますか……?」

「ああ、もちろん。正直、俺はティオルのお父さんに感謝してるんだ」

「お父さんに感謝……ですか?」

「ああ。誰もが剣と盾を馬鹿にして両手斧しか見てないこのご時世で、剣術って希望を絶やさず守り続けてくれてたことに。そしてそれを、ティオルに受け継がせてくれてたことに」


「どうして……ですか?」

「どうしてって、何が?」

「どうしてそんなに優しい言葉をかけてくれるんですか? 最初に会った時から見ず知らずのあたしの味方してくれて、グラハムさん達は帰っちゃったのに危険なこの村まで一緒に来てくれて……どうしてそんなに親切にしてくれるんですか?」

 確かに、俺達の目的を知らなかったら疑問に思うのも当然か。


「そうだな……一言で言えば、運命の出会いだったから、かな?」

「う……ううう運命の出会い……!?」

「ああ、これは絶対に運命の出会いだと思う」


 神の導きによる巡り合わせとも言えるけど、現実にユーリシスって女神様を知っちゃうと、そういう表現は使いにくいけど。

 まあ、実際にユーリシスが二度寝した上、食べ過ぎで速く歩けなくて冒険者ギルドに行くのが遅くなったから、『アックスストーム』のメンバーと知り合えてティオルとも出会えた、って思えば、ある意味で神の思し召しと言えるかも知れない。


「ティオルはすごい女の子だって思ったから、力になってあげたいって思ったのも確かだけど、やっぱり一番は、ティオルと出会えた幸運を逃したくなかったからだよ」

 何しろ、世界でたった五人しかいない盾持ちだ。それもこの世界に来てわずか数日の、まだろくに方針も決まっていなければ右も左も分からない状況での出会いだ。

 十連ガチャでSSRを四枚抜き……いや十枚抜きするくらいの奇跡の確率だと思う。

「何を言ってるのか分からないかも知れないけど、俺にとってはそれだけの価値のある出会いだったんだ」


「あ、あたしと出会えたのが幸運で……価値があって……運命で…………?」

「ああ、そう思ってるよ」

「ぅ……ぁぅ…………」

 信じて貰おうとグッと身を乗り出して力強く言うと……何故かティオルは真っ赤になって狼狽えて、また俯いてしまった。



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