表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲームプランナーなので無理ゲーな異世界を大型アップデートします  作者: 浦和篤樹
第一章 ゲームプランナーの異世界を救う仕事
30/120

30 村娘に出来て村長に出来ないこと 2

 空になった木のカップを置いたユーリシスが、優雅にハンカチで口の周りの白い髭を拭き取る。

 そして、氷のように冷たく鋭い視線を村長へと向けた。

「即刻その口を閉じなさい、聞くに堪えません」


 視線同様の声音に、一気に数度室温が下がったような錯覚を覚える。

 どうやら、俺以上にご立腹らしい。


「無責任なのはどちらですか。お前は村長なのでしょう。そうであれば、お前には村人を守る責任と義務があるはずです」

「な、なんじゃあんたはいきなり失礼じゃろう! 儂はやれることはやった! そして出来んことは出来ん!」

「『やれることはやった』? それは領主の門番に言付けを頼んだだけでですか? それ以上、お前に出来ることは何もないと?」

「そうじゃ、当たり前じゃろう」

「無能の極みですね。お前を視界に入れて口を利くだけでも不愉快になります」

「なんじゃと!? なんじゃその態度は! 儂はこの村の村長じゃぞ!?」

「ならば今すぐ村長を辞めなさい。不愉快です」

「なんっ……!?」


 真っ赤になって怒りすぎたのか、村長が言葉を失う。

 ティオルも、母親も姉夫婦も、この事態にどうしたらいいのか分からないのか、村長とユーリシスを見比べてあわあわするだけだ。

 俺としては、ユーリシスの暴走を止めるべきなんだろうけど……。


「本気でこの村を救う気があるのなら、なぜ領主に直談判しないのです。少なくとも話が領主に伝わるまで門の前で座り込みをして、返事が貰えるまで訴え続けるべきでしょう。なぜそうしないのです」

「そんな真似したら、不敬じゃと儂が領主様に殺されてしまう!」

「だからなんだというのです」

「ぬあっ……!?」


 驚きすぎて変な声を上げた村長に、正論という名の暴論を叩き付けるのを止めないユーリシスの独演会が続く。


「すでに村人が魔物に襲われ死んでいるのです。村長のお前が命を賭けて救わなくてどうするのですか。お前は先ほど、領主が何もしない、下々の者などどうなっても構わないと思っている、と嘆きましたね」

「そ、それがなんじゃ、そう思って当たり前じゃろう」

「その領主とお前と、何が違うのです。村人が村を救ってくれとお前に訴えても、お前は何もしていないのでしょう。お前がその領主を批判する権利などありません。領主が何もせずにこの村が滅びるというのであれば、村長のお前が何もせずにこの村が滅びるのと、なんの違いがあるというのですか」

「ぐ、むぅ……じゃ、じゃが……!」


「そこの小娘ですが」

 と、ユーリシスに突然目を向けられて、ティオルがビクリと身を震わせると、まるで怒られた子供のように身を縮こまらせて、怯えた顔を伏せて視線を逸らす。


 まあ、この氷のように冷たい視線と刃のように鋭い正論という名の暴論を前にしては、無理もないけど。


「そこの小娘は命を賭けましたよ」


 一転、氷の冷たさの消えた声に、ティオルが驚き弾かれたように顔を上げる。

 褒めたとは言いがたいし、温かみも感じない、淡々とした口調だけど、ここまでの冷たく鋭い声音に比べたら、褒めたと聞こえても不思議じゃない口ぶりだった。


「魔物に襲われ命を落とすかも知れない道を単身、二日以上かけて王都へと助けを呼びに行ったのです。そして私達を連れて戻りました。小娘でありながら、この村のために命懸けでそこまでしたのです」

 淡々と、ティオルを見ながらその行動を評価して、村長へと視線を戻す。

 再び、氷のように冷たい蔑む眼差しで。

「なぜか分かりますか? 村長であるお前が無能で何もしないからです」


 小さく舌打ちをして、ティオルを恨みがましそうに睨む村長。

 そんな村長に怯えるように、そして自分を責めるように俯いてしまうティオル。


「何をお前は小娘を睨んでいるのです。自らの矮小さを露呈する品のない行為は改めなさい。見ていて不愉快です」

 さすがユーリシスと言うべきか。普通なら指摘せずに追い詰めないところまで、見逃さずきっちりと追い込んでいく。


「小娘も顔を上げなさい。お前が卑屈になり俯かなくてはならない理由は何一つありません。見ていて不愉快です」

「は、はい!」


 突然自分にも向けられた、言葉通りの不愉快そうな物言いに、ビビって顔を上げるティオル。

 これもさすがユーリシスと言うべきか。心情的にどちらかだけ肩入れするってことがないな。

 俺ならもう完全にティオル側に付いてしまうだろうし。


「なんですかその目は。言いたいことがあるなら言いなさい」

 今度は恨みがましそうな目をユーリシスへと向けた村長は、ユーリシスの氷のような侮蔑の眼差しで真正面から迎撃されて、負け犬のごとく目を逸らした。


「ただの村人である小娘が出来たことです。大の大人の、しかも村長という要職にあるお前が出来ないなど言わせませんよ」



 なんというか、最初に俺に対して言ったのと全く変わらない、ブレない一言が締めの合図となって、話し合いだったはずの場はお開きとなった。


 正直、話し合いとしては最悪の展開と終わり方をしてしまったんだけど……。

 俺としては、どこかほっとしてる部分もあった。

 善し悪しはともかく、ユーリシスの態度が一貫してるっていうのは、この世界を救うというプライオリティが定まっている証拠だ。

 それに、俺だと場を丸く収めようとして、村長がもっとひどい暴言や態度をティオルやその家族へ向けるのを、完全に止められなかっただろうし。


 ともあれ、村長は席を立つと逃げるように帰って行った。

 余所者のお前達に何が分かるんだとかなんとか、捨て台詞を残して。

 ただまあ、おかげで軋轢(あつれき)が生まれたのは間違いない。


「済みません、ユーリシスを止められなくて。立場を悪くさせてしまいましたね」

 ティオルの母親と姉夫婦に軽く頭を下げる。

 ユーリシスの尻拭いみたいで、ちょっと思うところがないわけじゃないけど、今回ばかりは仕方ない。


 小さな村で、村長に睨まれる。それはとても生きづらい結果になるだろう。

 俺はそうなると分かってて、敢えて止めなかったんだから。


 これが他の誰かだったら、俺は止めていた。

 でも、ユーリシスの場合は仕方ないと思う。

 まあ、そういう性格だからっていうのもありはするけど……。

 ユーリシスはこの世界の創造神なんだ。

 それも世界が滅亡するのを観測し、知ってしまった創造神だ。

 これからその滅びの未来を回避しようって言うのに、肝心の被造物たる人々が何もしてない、権力の上にあぐらを掻いて言い訳ばかり並べて自己保身しか考えてない、とあれば、文句の一つも言いたくなるだろう。


 それに、そんな村長をのさばらせているのは、間違いなくこの村の村人達だ。

 何もしない無能故に村を危機にさらす村長なら、リコールして革新的な新しい村長を立てるべきなんだ。自分達のために。

 それをしてこなかった、そのツケは払わないといけない。


 ユーリシスには、それを指摘し、させるだけの権利がある。


 俺も偉そうなことを言える立場じゃないのは重々承知の上だけど、少なくとも選挙となればちゃんと投票して、自分の意志が世の中に反映されるように自己主張はしていたから、少しくらい偉そうなことを言うのは許して貰いたい。


「いえ、お気になさらないで下さい」

「ほんとですよ。わたし達じゃ村長にあんな言いたい放題言えませんから、かえってスッキリしました」

 頭を下げた俺に、半分本音半分愛想笑いを浮かべる母親と、いっそ吹っ切れたように笑う姉。その姉の横で旦那さんは、妻の態度に仕方なさそうな苦笑を浮かべている。

 どうやら、本気で俺達を怒ったり恨んだりはしてないみたいだ。


 むしろどこか、どうせ今更、って感じがあって……。

 これは深く突っ込むのはやめておいた方がよさそうだ。


「ティオルも悪かったな」

「い、いえ、ユーリシス様は、何も間違ったことは言ってないと思います。それより、あたしのせいで、ミネハルさんにもユーリシス様にも不愉快な思いをさせてしまってすみません」

 恐縮したようにペコペコと頭を下げる姿は、冒険者ギルドでグラハムさん達屈強な冒険者を相手にやり合っていたのと同じ子とは思えない自信のなさだ。


 小さい子にするようでちょっと気が引けるけど、少し背をかがめて目線の高さを合わせる。

「ティオルは何も間違ってないよ。ユーリシスの言う通り、この村のために命懸けで行動したんだから、褒められこそすれ決して蔑まれるようなことはしてない。堂々と胸を張ってていいんだ」

「ミネハルさん……本当に、そう思ってくれますか?」

「ああ、もちろんだ。だから、そんなティオルの力になりたくて、俺達はこうしてここまでやってきたんだから。それになんだかんだ言いながら、グラハムさん達だって調査だけとはいえ、協力を約束してくれた。彼らを動かしたのは、ティオルだよ」

「でも、グラハムさん達のことはミネハルさんが説得してくれて、あたしは何も……」

「そんなことはないさ。グラハムさん達はプロだ。いくらお金を積まれても、誰が何を言おうと、納得しなければ動かない。ティオルが本気で、命懸けで、村を救いたいって思っていたから、彼らは心を動かされて協力を約束してくれたんだ。だから、誇っていいんだよ」


 優しく労るように、頭を撫でてやる。

「あ……ありがとう、ございます……」

 目にぶわっと涙を浮かべて、でもそれが零れるのを必死に堪える姿は、ちょっといじらしい。

 だから、柄にもない真似だけど、微笑みながらハンカチを差し出す。

 ティオルは受け取るのを躊躇ったから、その手に無理に押しつけた。


 と、涙を拭った後、そのまま両目にハンカチを押し当てて、両手で顔を隠しながら後ろを向いて俯いてしまった。

 張っていた気が緩んで、涙が止まらないのかも知れないな。


 そんなティオルを見守りながら、顔には出さずに思い悩む。


 村長があのザマじゃ、積極的な協力は得られそうにない。

 村人から金を集めて冒険者を雇うにしても、むしろあの村長じゃ俺達やティオルに失敗させるため、金を集める振りをしながら、金を出すな、協力するな、って妨害してきかねないな。

 このままじゃティオル達の立場がないし、なんとしても雷刀山猫ライトニングサーベルワイルドキャットをどうにかしないといけないわけだけど……。

 さて、どうしたもんか……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ