28 対策のために
「ミネハル、お嬢ちゃん、悪ぃが雷刀山猫の調査は中止させてくれ」
後始末諸々が落ち着いたところで、グラハムさんが非常にばつが悪そうに、そう切り出してきた。
理由は言わなくても分かるだろう、と視線がメンバーの方へ向けられる。
ようやく麻痺が抜けてきて起き上がれるようになった二人の、牙を突き立てられた箇所に巻かれた包帯には、大きく血が滲んでいる。
それ以外にも、爪痕や帝王熊との戦いで負った傷にも包帯が巻かれていて、無事な者は誰もいない。
こんな状態でまた雷刀山猫の群れに遭遇したら、今度こそ全滅してしまいそうだ。
「そう……ですね……無理なお願いはできませんよね……」
ティオルは肩を落として俯いてしまう。
それでもなんとかならないか、って言い募りたい気持ちは俺にもあるけど、それは俺達の我が侭で死んでくれって言うようなものだ。
「完全にオレの落ち度だ」
「怪我したのは仕方ないですし、グラハムさんの落ち度ってことはないでしょう?」
責任を感じて頭を下げるグラハムさんだけど、雷刀山猫に襲われたのは偶然でどうしようもなかったはずだ。
「狩った帝王熊が手負いだったのは気付いてたか?」
「ええ、あちこち怪我をして血が赤黒くこびりついてましたね」
「あれは間違いなく、さっきの雷刀山猫とやり合った傷だ。山猫どもにも、怪我を負ってる奴がいたからな」
「えっ、そうなんですか!?」
それは気付かなかった。
グラハムさんの説明によると、次のようなことらしい。
帝王熊と雷刀山猫は同族とだけじゃなく、互いに縄張りを争うことが多い。それは獲物となる動物が被るから、必然の生存競争なのだという。
それで帝王熊が食い殺されずにいたってことは、帝王熊が勝った証拠だ。
なので、雷刀山猫にも相応の被害が出ていたはずで、まだ若くて比較的小さい帝王熊が勝てるくらいだから、雷刀山猫の群れの規模が小さかったか、若い個体達の群れだったはず。
だから、縄張りを追われて付近にはいないと判断した。
しかし、その予想は外れた。
帝王熊との戦いの音か、解体した時の大量の血の臭いか。それを察知して、その雷刀山猫の群れは帝王熊が弱っているか死んだかと思い、リベンジに戻ってきたんだろう。
そこで俺達と出くわした、というわけだ。
「なるほど……でもやっぱり、グラハムさんの落ち度じゃないと思いますよ」
「そう言ってくれるのはありがたいが、運良く人死にが出なかったから言えることだ」
重く責任を受け止めているみたいなんで、俺もこれ以上責任云々の話はやめておく。
それよりも、これからどうするかだ。
「ここだとろくな手当は出来ないみたいですし、一度王都に戻って治療した方がいいですね」
「ああ、そうさせて貰えると助かる。この怪我じゃあ治るまで二ヶ月か三ヶ月か、その間は開店休業だぜ。まったく忌々しい山猫どもめ」
「え?」
怪我の治療に二ヶ月や三ヶ月?
「あん? どうしたミネハル」
「さっきからというか、帝王熊と戦ってる時からずっと疑問に思ってたんですけど、回復魔法は使わないんですか?」
「回復魔法? なんだそりゃ?」
「はあぁっ!?」
なんでそんな訝しそうな顔してるんだ!?
「回復魔法って言ったら決まってるでしょう、一瞬で怪我を治したり、毒とか麻痺とか状態異常から回復したりする、戦闘するなら必須の魔法ですよ」
グラハムさんはわけが分からないって顔で他のメンバーを振り返るけど、誰もが困ったように首を横に振る。
そして、他のメンバーの代表みたいに、杖の男が苦笑いを浮かべた。
「どこからそんなデマを聞いたのか知らないが、そんな魔法はないよ。もしあるなら、オレが真っ先に覚えてるさ」
嘘……だろう!?
慌ててユーリシスを振り返ると、どこか拗ねたような、苛立たしそうな、ともかくあまり機嫌の良くない表情で、ぷいと顔を逸らした。
「じゃあ、王都に戻っての治療って、神殿や教会で治療して貰ったり、回復して貰ったりは……?」
「医者には行くが、神殿や教会に行ってどうしろってんだ? あいつらはクソの役にも立たねぇ、神の教義とらの胡散臭い妄想を垂れ流すだけだぞ?」
「医者ってことは、傷が癒える魔法のポーションが買えるとか……」
「魔法のポーション? なんだそりゃ? そんなモンがあれば、そいつんところには怪我人の大行列が出来て豪邸が建つだろうぜ」
おい……おいおい…………おいおいおいおい!
冗談だろう!?
魔物と戦うのに、魔法もポーションも、回復手段が全くない!?
これじゃあ元の世界と変わらないじゃないか!
魔法なんてもんがあるのに、魔物なんてもんが跋扈してるのに!
ティオルはなんの話をしてるのか全く分からないって顔で、ポカンと俺を見上げている。
ユーリシスに至っては顔を逸らしたまま、なんのフォローもない。
こんな状況で魔物と戦っていたなんて……そりゃあ滅びるだろう!
「途中からオマエがなんの話をしてるのかさっぱり分からねぇが、とにかくそういうわけで二ヶ月か三ヶ月、オレらは動けねぇ。調査依頼の前金と違約金は渡しておく」
メンバーの一人に金の入った袋を持ってこさせて、俺の手に押しつけてきた。
前金はともかく違約金はいらないと言いかけたけど、それが彼らの矜持なんだろう。返したところで逆に揉めそうなんで、そのまま素直に受け取っておく。
「お嬢ちゃんも三ヶ月は待てねぇだろうし、悪ぃが別の奴を雇ってくれ」
「はい……分かりました……」
素直にそう答えたけど、ティオルの表情は暗い。
そりゃあそうだろう、『アックスストーム』にだって俺がごり押ししてようやくだったんだ。他に引き受けてくれる宛てなんて、あるわけがない。
ともあれ一旦王都に戻ることになって、グラハムさんの号令で撤収作業が始まる。
荷物を積み込んで、荷馬車に乗っていざ……というところで、ティオルだけが荷馬車に乗っていなかった。
「ティオル、出発するから早く乗って」
荷馬車の縁に足をかけて、ティオルに手を伸ばす。
だけどティオルは俺の手を取らず、一歩後ろへ下がった。
「あの……あたし、このまま村に帰ります」
「えっ……いやちょっと待った。一人で帰るなんて危なすぎる。さっきの雷刀山猫がまだ近くをうろついてるかも知れないし」
「見つからないように、気を付けて帰ります。来たときも一人だったから平気です。それにこのまま王都へ行ってもお金がないから、またミネハルさんに迷惑かけないと依頼もできないですから」
「迷惑なんてこと全然ないし、俺は気にしないから大丈夫。むしろ頼ってくれていい」
「そこまで甘えられません。だから、村に帰って、村長さんや村のみんなを説得して、報酬を集めてみます」
ティオルの意志は固そうだ。
いや、それが当たり前と言えば当たり前なんだ。
自分達の村のことなんだから、まず自分達が身を切らないと、堂々と誰かにものを頼むなんて出来ない。
それを俺が立て替えようって言うのは多分、親切の押し売りで、これ以上はありがた迷惑にしかならないんだろう。
依頼を引き受ける側だからこそ、俺よりもっとそこの辺りが分かっているんだろうな。グラハムさん達も、俺に味方してティオルを引き留めたり俺に頼るように説得したりはしなかった。
「村まで送ってやりてぇところだが、怪我人を早めに医者に診せねぇといけねぇから、そこまではしてやれねぇ」
「はい、そこまで甘えられません。お気持ちだけ、ありがとうございます」
深々と頭を下げるティオル。
ティオルとは、本当にここでお別れみたいだな。
「…………」
だけど……本当にこのまま一人で行かせてもいいのか?
いや、いいわけがない。
今回の雷刀山猫との戦いを見て、そこはかとなく感じていた不安が的中してしまった。
破壊力の高い両手斧がいくら揃おうが、汎用性に乏しく対処出来ない魔物がいる。
おかげで、いくつか考えていた対策は十分に検討の余地があるって分かったし、一つの確信を得た。
早急に着手すべきこの問題への対策において、ティオルは……世界でたった五人しかいない盾持ちの一人であるこの少女は、その最も重要なキーになる、きっとなる!
俺のゲームプランナーとしての勘がそう告げている!
それが分かっていながら、はいさようなら、なんてあり得ない。
「それなら、俺達が村まで送って行くよ」
誰かに止められる前に、さっさと荷台から飛び降りる。
「ミネハルさん!? そこまで迷惑かけられません!」
「迷惑じゃない、俺がそうしたいだけだから」
驚き狼狽えるティオルの頭を、ポンポンと撫でる。
「おいおいミネハル、本気か? 危ねぇのはオマエも一緒だろうが。第一、依頼はどうすんだ?」
「魔物は……まあ、気を付けていくからなんとかなりますよ」
ホロタブで周囲を監視していれば、少なくとも魔物と不意に出くわすってことはないはずだ。
「それに、帝王熊だけじゃなく雷刀山猫との戦いも見学させて貰えましたから、目的は十分に果たしたんで大丈夫です」
まったく何を考えているのかと呆れたように目を細めたユーリシスが、やれやれと言わんばかりに荷馬車を降りてきた。
俺達が降りたことで、グラハムさん達も無理に引き留める気はなくなったようだ。
「あ、そうだ護衛の後払い報酬。俺達の都合で切り上げるんだから払わないと」
「いや、いらねぇよ。そもそも、オマエらの依頼を受けなかったら、今ごろお陀仏だったかも知れねぇからな」
「分かりました。それじゃあ依頼は円満に終了したってことで」
「ああ。気を付けて行けよ。お互い生きてたら酒でも飲もうぜ」
「ええ、その時は是非」
口々に声をかけてくれるメンバー達にも別れを告げる。
そうして王都へ向かう『アックスストーム』の面々を見送ってから、ティオルへと向き直った。
「じゃあ俺達も行こうか」
「その……本当に良かったんですか?」
「ああ、構わないよ。見聞を広めるためにティオルの村の様子を見てみたいから、村まで案内してくれるかな」
「……そういうことなら、はい、分かりました。道中またよろしくお願いします」
ぺこりと丁寧に頭を下げてくれるティオル。
初めて会ったときから思ってたけど、かなりしっかりした子だな。
ただの村娘にしては、親御さんの教育が行き届いてるって感じだ。
「じゃあ行きましょうか。ここからだと、半日かからないはずです。日が暮れる前に急ぎましょう」
こうして、ティオルに案内されて、俺達は一路リセナ村へと向かったのだった。




