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ゲームプランナーなので無理ゲーな異世界を大型アップデートします  作者: 浦和篤樹
第一章 ゲームプランナーの異世界を救う仕事

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25 雷刀山猫 1

 目の前で嬉々として行われている光景に、本番の本番って意味と、大きすぎる荷馬車の意味がようやく理解出来た。


 どんどん解体されていく帝王熊(エンペラーベア)

 血抜きされ、皮を剥がれ、内臓を取り出され、肉と骨とに(さば)かれ、それぞれ壷や箱に詰められると、次々と荷台へ載せられて、広げた大きな布で覆われロープで固定されていく。


「なるほど、素材回収がご褒美ってわけですか」

「そういうことだ。ちっとばかし癖はあるが肉は美味いし栄養価も高い。特に貴重な部位は貴族御用達でかなりの金になる。骨は頑丈で細工物に使えるし、皮はなめして鎧にも使う。腸は腸詰めにして食えるし、肝は貴重な薬になる。捨てるところなんざねぇから、全身金貨をぶら下げて歩き回ってるようなもんだ」


 どうやら、それら素材の売り上げは、討伐報酬を遥かに上回る金額らしい。


 詳しく聞いてみると、帝王熊の討伐依頼の報酬は五千~一万五千リグラ程度。そして素材の売り上げは一匹につき、四万~六万リグラ程度。

 リグラ金貨で換算すると、それぞれ五~十五枚と四十~六十枚だ。

 仮に、リグラ金貨一枚を一万円じゃなく十万円の最大レートで換算するなら、討伐して五十万~百五十万円、素材の売り上げは四百万~六百万円になる。


 八人で頭割りしても、一人頭、庶民なら大きな町で四人家族が一ヶ月以上はゆうに暮らせるだけの稼ぎになるらしい。

 それだけの額を、馬車で片道一日半、戦闘およそ三十分強で稼いだってことになる。

 しかも、帝王熊は単独行動が基本らしく、比較的安全に狩りやすいそうだ。


 対して、依頼が多く残っていた雷刀山猫ライトニングサーベルワイルドキャットは、数匹~十数匹の群れで行動し、肉は不味くて食えたもんじゃなく、素材としての価値は一匹でリグラ金貨にして二~三枚程度。

 どっちを獲物として狙うかは、考えるまでもないってわけだ。


「それにしてもすごい血の臭いだな……生臭くて鼻がどうにかなりそうだ」

 視線を逸らしながら鼻を摘まむ。

 元の世界でも動物の解体現場なんて見たことないし、正直、グロくて直視出来ない。


「身体が大きい分、血の量が多くて匂いも濃いですけど、うちで牛や鶏を絞めるときも、だいたいこんな感じですよ」

 対して、ケロッとした顔で、ティオルは解体の様子をつぶさに観察しては、時折感心したように『へー』とか『ほー』とか呟いている。


「ああ、実家が農家って言ってたな。ティオルも牛や鶏を解体してるんだ?」

「はい、もちろん。家の手伝いでやりますよ」

 そっか、もちろんか。元気のいい返事だ。

「でも、さすがに牛や鶏とは規模が違って面白いですね」

 解体しているメンバーの手元を見ながら、質問したり真似して手を動かしたりして、どうやら牛や鶏との違いを勉強中らしい。


 ゲームなら、戦利品は勝手にアイテムストレージへ収納されておしまいだからなぁ。

 命を戴くために必要な作業なのは理解しているつもりだけど、あまりじっくり見たいもんでもないし、本気でそう改変したくなるよ。


 取りあえず解体現場から少し距離を取って、何か気を紛らわす物でもないか周りを見回してみる。


「ん……?」

 馬達が、どうにも落ち着かない様子だ。

 ブルブル言ったり、前足や後ろ足で盛んに地面を蹴ったり、あっちを向いたりこっちを向いたり、忙しない。


「戦闘があったから気が立ってるのか?」

 いや、冒険者ギルドでよく訓練された馬らしいから、直接襲われでもしない限りパニックになって暴れたりはしないらしい。

 現に、さっきも荷馬車に繋がれた馬達はこんな様子にはならなかった。


「グラハムさん、何か馬の様子がおかしいんですけど」

 解体の指揮を執っているグラハムさんに呼びかけると、振り返ったグラハムさんの上機嫌な虎顔がいきなり険しくなる。


 もしかしてせっかくの楽しい解体の邪魔をして怒らせた?

 それとも、何か余計なことを言ってしまったか?

 思わず身構えてしまった次の瞬間――


「作業は中止だ!! 構えろ、来るぞ!!」


 ――鋭い指示が飛んで、何事かと手を止めて振り返ったメンバー達が、同じく楽しげな顔をいきなり険しくすると、大慌てで道具も解体中の帝王熊の身体も投げ出して、その場で即、解体作業中もずっと背負っていた新しい両手斧を構えた。


「あの、いったい何が!?」

「よく気付いたミネハル! オマエらは急いで荷馬車に乗れ! 逃げろ!」

 荷馬車の方へ突き飛ばすように押されて、わけが分からないまま荷馬車へ向かって走り出す。


「ガオオオゥッ!!」

 その瞬間、林の中を響き渡る獣の咆哮。


 それを合図に、ほんの数十メートル先にあるいくつもの茂みから、俺達を反包囲するように猛然と飛び出してくる獣達。

 外観は、虎やライオン程もあるネコ科の肉食獣。グレーがかった黄土色の体毛で、頭のてっぺんに、たてがみ付きの雄が一匹と、たてがみなしの雌が七匹。

 上顎からは一対の太くて長い、十数センチはありそうな牙が伸びていて、それを剥き出しにして俺達に吼える。

 ライオンとサーベルタイガーを合わせたようなその姿からは、追い付かれたら捕食される未来しか想像できない。


「チッ、来やがったか山猫どもめ!」

「あれが雷刀山猫!?」

 山猫の名前でイメージしていたサイズと全然違う!


「駄目だリーダー、間に合わない!」

 御者台へと走る杖の男を、一匹の雌が狙いを定めて猛然と差を詰めていく。


「あたしが!」

 俺を一気に追い抜いて、ティオルが駆ける。

「待ったティオル危なっ……!」

 ティオルに最後まで声をかける暇もなく、ティオルは杖の男と雌の間に割り込んで、ただの板切れにしか見えない盾を構えた。


「ガアアアァッ!!」

 割り込んだティオルへ威嚇の咆哮をして、雌が猛然と飛びかかる。


「『シールドガード』!」

 ティオルの必死の叫びに、ティオルの全身から魔力が立ち上り、盾へと集まって、盾を覆い尽くした。

 突き立てられた牙を受け止める盾。ガリガリと牙に削られて削り屑を散らし、集まった魔力も霧散する。

「きゃあっ!?」

 そして弾き飛ばされて地面に倒れるティオル。


 一度着地した雌が、再び飛びかかろうとすぐさま身構えた。


「ティオル!」

 手を伸ばし、助けに駆け付けようとするけど、全然間に合わない!


「ガアアァァッ! 『アンプレゼント』!」

 雌がまさにティオルへと飛びかかろうとした瞬間、背後でグラハムさんの叫びが上がった。

 雌が牙を剥き出しにして、不快そうな威嚇の唸りを上げると、グラハムさんへ向かって突進していく。


「ガキが出しゃばるな! クソの役にも立たねぇ盾なんざ振り回してねぇで、とっとと逃げやがれ! おらあぁっ!!」

 俺達には目も向けず、突進してきた雌へ向かって両手斧を叩き付ける。

 しかし雌は当たる直前で真横に飛んで地面を転がってそれを避けた。

 グラハムさんが追撃しようとするも、別の雌がグラハムさんを狙う素振りを見せたせいで、そのまま見逃すしかなくなる。


「助かった。だけど無茶をするにも程がある」

「す、すみません……」

 そうだ、ティオル!

 急いで駆け寄って、杖の男と一緒にティオルを助け起こす。


「大丈夫? 怪我は?」

「怪我はないです。盾で防ぎました」

 どこか自慢げに、二本の大きな傷跡を残した盾をかざす。

 本人が言うとおり、どこも怪我した様子はない。

 ただ、その手には必要以上に力が入っていて、小さくカタカタと震えていた。


「急いで荷馬車に乗るんだ、あんた達は足手まといになる。助けたいと思うなら逃げてくれ。さあ早く!」

 ティオルが何かを言うよりも先に、矢継ぎ早で反論を封じて、杖の男は荷台の方へティオルを押すと、俺に一瞬視線を向けてから御者台へ上る。

 その視線の意味は、さすがに俺でも分かった。


「急いで乗ろう、俺達じゃあ本当に足手まといだ」

 強引に補助して先に荷台へ乗せると、俺も急いで荷台へと乗る。


 本来なら盾持ちは盾役(タンク)として最前線で踏ん張って、敵の攻撃を受け止め、味方が攻撃するチャンスを作り出さないといけない。

 だけど、あんなにも簡単に吹き飛ばされてしまって、しかも盾もよくぞあの一撃で割れ飛ばなかったって思うような状況だ。

 そんな女の子を最前線に立たせるわけにはいかない。


 はっと思い出して姿を探せば、ユーリシスはとっくに一人荷台に乗っていた。


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