24 帝王熊 3
「なんですか、この私が定めた世界の法則、魔法というシステムに、何か文句でもあるのですか」
ちょっと自慢げだったのが一転、グッと温度の下がった険悪な声に、なんというかもうある種の理不尽さを感じながらも、慌てて振り返る。
「この魔法って、ユーリシスが作ったのか!?」
「その通りです。魔法は全て私が定めました。愚弄するのであれば、滅ぼしますよ」
「愚弄も何も、さすがにこれはないだろう!?」
「そうですか、飽くまでも愚弄しますか。よほど滅ぼされたいようですね」
「待った待った、右手を挙げるな、力を集めるな! 今はそれどころじゃないだろう、後で詳しく話を聞かせて貰うつもりだから、言いたいことはその時までとっといてくれ」
ユーリシスとの会話を中断して、再びホロタブ越しに戦闘を注視する。
長い長い詠唱の後、再び飛ぶ一本の『ファイアアロー』。
結果はやはりあっさりと鎮火されてしまう。
ただ、杖の先端に灯った赤い火を警戒して苛立っているみたいで、ヘイトリストの杖の男の位置が頻繁に上下して入れ替わり、目の前のグラハムさん達に集中出来なくなっているみたいだった。
振り下ろす腕が乱暴で大雑把になって、かわされる度にイライラを募らせて、さらに怒り任せの攻撃が単調で乱雑になっていく。
こういう単純なところは、魔物と言えども所詮は動物ってところか。
こうなったらもう警戒して連携を取るグラハムさん達を捉えることは出来ず、空振りして徒に土砂を巻き上げるだけの無駄な足掻きを繰り返すだけになっていた。
さすがに命の危険を感じたのか逃げ出そうとするも、回り込まれて退路を塞がれ、『アンプレゼント』で挑発され、『ファイアアロー』で集中力を乱される。
そうして雄叫びを上げながら死に物狂いで暴れ出し、何度も肝が冷える場面があったものの、全身ズタボロになるほど切り裂かれ、やがて地響きを立てて崩れ落ちた。
「お互い、命懸けで殺り合ったんだ、悪く思うなよ」
両手斧を振り上げるグラハムさんを憎々しげに睨み上げて、最後の咆哮を上げる。
そして、振り下ろされた両手斧に太い首を叩き切られ、三十分以上続いた死闘の果てに帝王熊は敗北し、絶命した。
「ふぅ……」
大きく息を吐いて、荷台の上にドサッと腰を下ろす。
何もしてないのに、息が上がってクタクタだよ。
「すごかったですね……」
いつの間に戻って来たのか、ティオルも俺の横にぺたんと座って、感心しきったように溜息を吐いた。
「ああ、まったくだ」
「あたしも、いつかあんな風に戦えるようになれるかな……」
遠い、あまりにも遠く果てしない夢を追うように、今度はどこか諦めの交じった小さな溜息を吐く。
父親が遺してくれた剣術で人々を守るって夢や目標があっても、現実が高い壁となって立ち塞がったってところか。
どう声をかけようか思案してると、血だらけの両手斧を担いだグラハムさん達が、自分の活躍っぷりを互いに自慢しながら戻って来た。
「で、ミネハルよぉ、どうだった? ちったあ参考になったか?」
「いやもう、大迫力と緊張の連続の死闘で、とても参考になりましたよ。さすがベテラン冒険者ですね」
MMORPGで、ハイエンドコンテンツのボスに挑むベテランプレイヤー達の活躍を、配信された動画じゃなく、同じフィールドの特等席で見たような得した気分だ。
「あたしも、本物の冒険者ってこんなにすごいんだって初めて知って、とにかくもうすごくてすごかったです。すごく勉強になりました」
やっぱり、すごいを連発するティオル。
俺達の素直な賞賛に、グラハムさんのまだ戦闘の余韻で険しかった顔が、一気に緩んでほころんだ。
「へへっ、そうかそうか、そいつぁよかったな」
「実戦で使われる魔法も初めて見ましたし、貴重な体験でした。依頼を受けて貰えて本当に良かったです」
「はははっ、オレは呪文を丸暗記して唱えるのが精々の下級魔術師でしかないから、迫力としては物足りなかっただろう? 上級魔術師や魔導師の魔法はもっと大迫力だから、チャンスがあったら絶対に見るといい」
そう苦笑する杖の男。
カンペ見ながらだったから丸暗記ですらなかったけど。
結局使った魔法は『ファイアアロー』が合計五発で、疲労困憊。
他の魔法も見てみたかったけど、それは仕方がないか。余計な口を挟んで、討伐失敗したり人死にが出たりしたら目も当てられないし。
ともあれ、どうやら魔法職には、下級魔術師、上級魔術師、魔導師と、ランク分けがあるみたいだし、貴重なサンプルが得られたと思う。
「ええ、機会があったら是非」
ともあれ、全員、肩で息をしながらも笑顔を見せる。
「オレ達の活躍、しっかり広めてくれよ」
「ミネハルが本を出したら金貯めて買うぜ。オレ達の戦いっぷりを格好良く書いてくれよな」
「読めもしねぇのに買うのかよ」
「いいじゃねぇか、記念だよ記念!」
なんて軽口を叩いてドッと笑うメンバー達。
全員、無傷の人なんて一人もいなくて、全身滝にでも打たれたのかってくらい汗だくの上、巻き上げられた土砂や埃、流れた血がこびりついてドロドロに汚れていた。
積んできた水で傷口を洗い流し、薬を塗って包帯を巻く。
それが終わると、袋の中からぼろ布を取り出し、めいめい両手斧の血や脂を拭き取って荷台に載せて、予備の両手斧を装備し直した。
「こっちの両手斧はもう使わないんですか?」
「ああ。もう使い物にならねぇんだ」
「見てみても?」
「ああ、構わねぇぜ」
グラハムさんの許可を貰って、無造作に載せられた両手斧を観察する。
と、よく見るまでもなく、あちこち刃が欠けていた。
しかも、鉄製の柄まで、微妙に歪んでしまっている。
これ、柄が普通に木製だったら、あっという間に折れ飛んでいたかも知れないな。
「帝王熊はとにかく頑丈でな、刃が骨まで届くと欠けちまうんだよ。肉は詰まってるし皮も厚くて、『帝王の咆哮』を使われた日にゃ鉄の塊ぶっ叩いてるみたいでよ、柄も刃も歪むし、一回使ったらもうお釈迦だな」
「ええっ!? それじゃあ使い捨てですか!?」
「まあな。安物の粗悪品だからってことでもあるけどよ」
なるほど……鉄鉱石の産出量が減っているから、貨幣だけじゃなく武器まで混ぜ物をした粗悪品が流通しているのか。
「ま、持って帰って鍛冶屋に売れば、鋳潰してまた両手斧にしてくれるさ」
鉄が足りない。だからそういうリサイクルが成り立っているわけだ。
しかし、まさか命を預ける武器まで粗悪品頼りだなんて、相当に不味い状況の気がするんだけど……。
「よーしオマエら、こっからが本番の本番だぞ!」
「いやっほぅ!!」
グラハムさんが拳を突き上げると、全員疲れが吹き飛んだ顔で湧き上がった。
もう戦闘は終わったっていうのに、本番の本番ってなんだ?