21 レベルシステム
◆
語り終えたティオルの、寂しげな、そして年齢よりも遥かに大人びた表情に、俺は何を言っていいのか分からなかった。
「……その、悲しいことを思い出させて悪かった」
悩みに悩んで、こう言うのが精一杯だった。
そして改めて思う。
この不幸と悲しみの積み重ねの先に、人類の死滅、世界の滅亡があるんだって。
「大丈夫です。あたしのお父さんはすごいんだって話を聞いて貰えて、嬉しかったですから」
少し無理をした微笑みに、胸が痛くなる。
「ああ、ティオルのお父さんはすごい人だって思う。尊敬するよ」
「あ、あの……本当ですか? お父さん、尊敬できますか?」
「ああ、もちろん」
「えへへ、ありがとうございます♪」
その照れ笑いは、打って変わって年齢より幼く見えた。
本当にお父さんが大好きで、誇りに思ってるんだろうな。
「そんなお父さんの娘だから、ティオルもすごいんだな」
「えっ!? あ、あたしは全然すごくなんかないです……」
「ちゃんと自分の力不足を受け入れて、その上で何か出来ることを探して、助けを求めに一人で王都へ行ったんだろう? なかなか出来ることじゃないと思う」
「そんな、あたしなんか……」
謙遜ではなくて、打って変わって落ち込んで俯いてしまうティオル。
どうしてそこまで『あたしなんか』って自分を卑下するのか……。
踏み込んで聞くのもデリカシーがない気がして、雰囲気を変えようと話題を変える。
「ところでティオルは好き嫌いとかあるか? 甘いお菓子が好きとか、苦い野菜は嫌いとか」
もうあまりにも露骨で、自分で自分に『下手くそか!』って突っ込み入れたいところだけど、ティオルは笑いながらそれに乗ってくれた。
「お菓子なんて贅沢品はほとんど食べたことがないです。おやつと言えば果物で――」
うん、いい子だな。
それからしばらく、ティオルと色々な話をしてたっぷり情報収集をさせてもらった。
ティオルに礼を言って、ユーリシスの隣に戻る。
「ティオルから聞いた話だと、やっぱり私兵も冒険者も、ほとんどが両手斧ばっかりだったみたいだ。もっと違う武器を持ってパーティーバランスを取っていたら、もしかしたら違った結果が出ていたんじゃないか?」
「命を預けるのなら、自らが使える最強の武器に決まっているでしょう」
まるで出来の悪い生徒を、見下し諭す嫌味な教師のような口ぶりで、ユーリシスが淡々と続ける。
「ゲーム化したいという欲望が先走っているのではないですか? まず現実を正しく受け止め、ゲームとの差異を認識するところから始めるべきです。全てをゲーム基準で判断されては、改変された世界が歪みます」
「ぐっ……そう言われると言い返せないな……」
だとしてもだ。
再びホロタブで、使用されている武器の比率を表示する。
ティオルの話を聞いた後だと、なおさら圧倒的に偏りを感じる両手斧の使用率。
そこはかとなく強まるこの不安……俺の考えすぎならいいけど。
「ユーリシスの言うことも一理あると認める。ただ、まだ異世界生活三日目で、現実を基準に判断するには情報が足りなすぎる。その差異を埋めるためのツールかコンバータが欲しいな」
俺はゲーム作りしかしてこなかったから、武器戦闘はもとより、格闘技やスポーツの経験も皆無だ。正直、『アックスストーム』の面々の実力も、それぞれの武器がどれほどの威力を持っているのかも、見ただけじゃ全く見当が付かない。
この先、何十人、何百人もの冒険者に同行し、サンプルデータを集めて基準を作成するには、時間が掛かりすぎる。
ましてや世界にたった五人しかいない盾持ちの戦闘能力を、どう評価して比較検討しろと?
その問題を解決するためのツールについて、一つアイデアがあった。
まだ十分に吟味検討したわけじゃないから先送りにしていたんだけど、今すぐ導入して試してみるのがよさそうだ。
「ユーリシス、ホロタブに追加したい機能があるんで頼めるかな」
「……今度は何を思い付いたのですか?」
どうにも、俺にゲーム化されることをやたら警戒しているみたいだけど、そんな嫌そうな顔をしなくてもいいだろう?
「細かい数式までは俺じゃ算出できないんで、そこは任せるから、ホロタブに表示した対象の筋力や敏捷度や五感の鋭さなんかの各種能力を変数として、攻撃力や防御力、回避力を数値化してくれないか? そして、これまでの経験なんかを加味して、レベルを出せるようにして欲しい。あと、武器が出せるダメージや、防具の防御力なんかも。要はステータスの表示だな」
「本当にゲームそのものではないですか。今し方私が言ったことをちゃんと聞いていたのですか?」
「ちゃんと聞いてたから、その差異を埋めるツールかコンバータが欲しいんだ。ゲームプランナーがキャラやアイテムのステータスを把握しないままじゃあ、バランス調整なんて出来るわけがない。それに俺が参照するためだけのステータス画面だから、まだ世界になんの影響も出ないし、そのくらいはいいだろう?」
それから、おおよその変数の種類やレベルの目安なんかを伝えて、数式作成の参考にして貰う。
「……」
俺の説明が終わっても、ユーリシスは渋い顔のまま対応してくれない。
この程度、サクッと対応してくれないと、先が思いやられるんだけど……。
「あ、もしかして無理か? いくら創造神とはいえ出来ることと出来ないことがあるもんな。権能も制限されたわけだし、悪い、無理を言った」
「なっ、この私を愚弄するつもりですか。その程度、造作もありません」
明らかにむっとした顔で、ホロタブに向けて指先を軽く振る。
「追加しました」
そして、どうだとばかりに胸を張った。
……いや、煽る意図はなかったんだけど、チョロくないか?
まあ、対応してくれたんだから、文句はないか。
「さすがだな。ありがとう、助かるよ」
さり気なく褒めてから、早速ホロタブをグラハムさんへ向ける。
カメラで撮影するように、焚き火や食事の準備をするよう指示を出しているグラハムさんが画面中央に映った。
画面のグラハムさんをタップしてステータス画面を表示すると、レベルが数値で、その他ステータスが数値と棒グラフで表示される。
昨日、同行することが決まった後、受付のお姉さんに聞いたところに寄ると、このグラハムさんはベテラン冒険者だということだ。それも、王都の冒険者ギルドで登録している冒険者の中でも、凄腕らしい。
なので、このグラハムさんを人類でも強い方の基準としてレベルを設定する。
そうして表示されたレベルは三十だった。
駆け出しの初心者で十レベル。
いっぱしの冒険者になって二十レベル。
ベテラン冒険者で三十レベル。
人類でもトップクラスで四十レベル。
俺が希望してユーリシスが組んでくれた数式では、ざっとそのくらいになる。
ちなみに、ユーリシスから聞いて設定したこの世界最強の魔物ドラゴン、そのレベルはおよそ九十だ。
後々細かく調整するとして、まずは大雑把にこんなもんでいいだろう。
そしてグラハムさん以外のメンバーも次々に調べてみると、全員が二十四から二十八レベルくらいだった。
つまり『アックスストーム』って冒険者パーティーは、かなり凄腕の集まりってことになる。
「初っ端に同行させて貰えたパーティーでこの数値は、かなりラッキーだったな」
ただまあ、表示されたステータスを見る限り、全員が筋力全振りの攻撃力特化型という偏り具合だったけど。
「悦に入るのは構いませんが、飽くまでも一つの指針でしかありませんよ。盲信する愚かな真似は慎むことです」
「大丈夫、分かってるって。その指針が欲しかったからこれでいいんだ」
さらに、両手斧、杖、弓もそれぞれパラメータを表示して見ると、両手斧の圧倒的な攻撃力が浮き彫りになった。
確かに弓をちまちま射つより、両手斧で一発ドガンと殴った方が圧倒的に強そうだ。
さっきのグラハムさんの話を鑑みるに、杖は魔法を使うための発動媒体か何かと考えれば、攻撃力がお察しでも納得いく話ではある。
それから、ティオルの数値も表示してみる。
レベルは八。
ただの村娘にしては高そうだけど、やっぱり駆け出し初心者の冒険者にも届いていない。
剣と盾も調べてみれば……。
「これは……お粗末にもほどがないか!?」
片手剣の攻撃力の低さときたらもう、数発殴ってようやく両手斧一発分の破壊力しかない。盾に至っては紙装甲もいいところだ。
事ここに至ってようやく、ティオルが一緒に戦うと言い出したとき冒険者達が大爆笑した理由が分かった気がする。
なんというか、『この世界は大本のバランスが悪い説』に信憑性が出てきたんじゃないか?
ちなみに、ユーリシスが作った数式を展開して見てみると……。
『((筋力+敏捷度)×攻撃力補正+武器の攻撃力)/百=基本攻撃力』
みたいな感じの、ゲームによくある単純なものじゃなかった。
筋繊維一本一本に蓄積されたエネルギー、疲労度、神経伝達の速度。
足場の土壌の材質、品質、水分含有量。
気温、湿度、風力、場に満ちている魔力。
使用する武器の材質、重心、疲労度、耐久性、魔力保有量。
果ては分子運動や素粒子の動きまで計算されていた。
そういったありとあらゆる変数が恐らく兆じゃ済まないだろう数で組み込まれていて、マクロでは宇宙や星々の運行から、ミクロでは素粒子の振る舞いまで、全てこの計算式一つで説明できそうな、まるで統一理論の数式のようだ。
もしこの数式を物理学者が見たら、果たして複雑怪奇さに真っ青になるか、それとも狂喜乱舞するか。
いくら世界をゲーム化する、世界を改変するって言っても、こんな数式を変更して検証なんて、とてもじゃないけど人間には不可能だ。
この辺りの数式作成はユーリシスにお任せで、俺はイメージや希望を伝えるだけにしておこう。
「ふむ……」
ふと思い付いて、好奇心でホロタブをユーリシスへと向ける。
と、ユーリシスがホロタブ越しに俺をジロリと睨んで、タッチする前に表示されていた画像にノイズが走り、ホロタブが強制終了して消えてしまった。
「神を計ろうなどと、許しませんよ」
底冷えする氷以上に冷たい声に、全身に鳥肌が立って背筋が凍り付きそうになる。
もはや生存本能の域で、ガバッと頭を下げていた。
「済みません、俺が悪かったです!」
「…………次はありませんからね」
「以後気を付けます」
あ~~……やばかった、本気で死ぬかと思った。
ちなみに、自撮りモードで自分を調べてみたら、レベル一だった。
なんの力もないド素人の俺には妥当な数値かも知れないけど、高校生くらいのただの村娘以下って……ちょっと寂しい。