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ゲームプランナーなので無理ゲーな異世界を大型アップデートします  作者: 浦和篤樹
第一章 ゲームプランナーの異世界を救う仕事
18/120

18 無垢な瞳と良心の呵責

 幌のない四頭立ての荷馬車の荷台に乗って、ガタガタゴトゴトと揺られながら俺は空を見上げた。


 季節は初夏。じっとしていても眩しい日差しで汗ばんでくる。

 カラッと晴れ渡った空は、排気ガスなんかでけぶることなく、とても青く澄み渡っていて綺麗だ。

 今夜野宿で見上げる夜空は、さぞ圧倒されるに違いない。


 と、現実逃避をしてみたところで、揺れる荷台でお尻と背中と踏ん張る身体のあちこちが痛むのは誤魔化せない。


「なんて乗り心地ですか。いい加減、お尻が痛くてたまらないのですが」

「俺が全面的に悪いみたいな目で睨むのは止めてくれ」

 俺の対面に座っているユーリシスが、愚痴を度々漏らしてはイライラを募らせているけど、俺も正直ここまで荷馬車の乗り心地が悪いとは想定外だった。


 石畳で整備されている街道とはいえ、地形に合わせて起伏も多く、石畳が割れたり欠けたり砂利があったりと、やはりアスファルトで舗装された道路には遠く及ばないのを再確認した次第だ。

 かと言って降りて歩こうにも、王都の南門を出てから一時間半を過ぎた辺りですでにギブアップ済みだった。

 本当にもう、デスクワークの体力のなさ舐めんなって声を大にして言いたい。


「いいとこのボンボンやお嬢ちゃんが乗るような、仕立てのいい馬車とは違うんだ、文句言うんじゃねぇよ」

 馬に跨がり、荷馬車と(くつわ)を並べて進むグラハムさんが、虎顔をニヤリと歪めるように牙を剥き出しにして笑う。

 だから俺も、尻や身体のあちこちが痛いのを我慢して、無理矢理笑顔を作った。

「いやいや、文句なんてとんでもない。同行させて貰ってるだけで感謝ですよ」

「一応護衛ってことで前金を貰っちまったからな。オレらの邪魔さえしなきゃ、荷台に乗るくらい構やしねぇさ」

 ガハハと豪快に笑うグラハムさんに、他のメンバー達も一緒に声を上げて笑う。

 文字通り、俺とユーリシスはお荷物ってわけだ。


 そして、お荷物がもう一人。

「あたしまで一緒に乗せてもらって、本当にすみません」

 グラハムさんにペコペコと頭を下げる女の子。

 名前はティオル・アランマル。リセナ村出身の十六歳だそうだ。

 運がいいことに、目的の帝王熊(エンペラーベア)の縄張りとリセナ村は半日程の距離らしい。


「そっちも引き受けちまったからには、ちゃんとやるさ。ミネハルにしっかり礼を言うんだな」

「はい、それはもう」


 ぐるっと俺達に向き直ると、もう何度目になるのか、ティオルが恐縮してペコペコと頭を下げてくる。

「ミネハルさんとユーリシスさんのおかげです、見ず知らずのあたしにこんなにも親切にしてくれて、本当にありがとうございました」

「いやいや、飽くまで数の調査だけだから」

 もう問題が全て解決したみたいな笑顔をされると、逆に困る。


「その男がどうしてもと言うから仕方なくです。それと小娘、私のことはちゃんとユーリシス『様』と呼びなさい、馴れ馴れしいですよ」

「は、はい、ユーリシス様っ」

 反射的に言われるまま様付けで訂正するティオル。

 叱られた子供みたいに縮こまってしまって、これはちょっと可哀想だ。


「なあユーリシス、気さくにとまでは言わないけど、せめてもうちょっと取っ付きやすいように愛想良く振る舞えないか?」

「何故私が行きずりの小娘に愛想を振りまかないといけないと言うのです」

「行きずりの小娘って……その言い方、もうちょっとどうにかならないか?」


「あの、あたし……すみません…………ご迷惑をおかけしているのに…………」

「ああ大丈夫、ティオルは何も悪くない。ユーリシスはお尻が痛くて苛ついてるだけで、ティオルを嫌ってるとかじゃないから。そもそもティオルを助けたのは俺達の目的と合致するからだし、お互い様だからそんなに恐縮しなくていいよ」

「は、はい……」

 できるだけ優しくにこやかにフォローすると、少しは安心してくれたのか、それともそれ以上のユーリシスとの交流は諦めたのか、ティオルは微妙な微笑みを浮かべると、場の空気を変えるように俺の手荷物へと目を向けた。


「ミネハルさんは学者さんで、博物誌を書くんですよね?」

「ま、まあね」

「あたし、学校に行ったことがないから読み書きは全然できなくて、本を読んだことないんです。うちの村だと、読み書きできるのは村長さんとその息子さんくらいで」

 ふむ、この世界の識字率ってそんなもんなのかな?

 元の世界でも中世の識字率はかなり低かったみたいだし、特に不思議でもないか。

「本を読める人ってそれだけでもすごいなって思うのに、自分で書くなんて想像したこともないです。とってもすごいです。ミネハルさんはどうして博物誌を書こうと思ったんですか?」


 無垢な瞳が眩しくて、良心がチクチクと……!

 実は勘違いに乗っかっただけなんだよ、とは、とてもじゃないけど言えないな。

 本当のことはもっと言えないけど……。


「そ、それは……えっと…………そ、そう、『情報を制する者は世界を制す』って言ってね、すごく大事なんだ」

「『情報を制する者は世界を制す』……そんな言葉、初めて聞きました」

「本を読めば、行ったことがない場所、見たことがない物について、居ながらにして知ることが出来るし、自分が知っていたことでも、もっと詳しい内容が書かれていて新しい発見があるかも知れない。忘れてしまったり、難しくて覚えられなかったことでも、何度でも読み返して調べ直すことが出来る。そんな風に、本は言葉で伝えるよりたくさんの情報を手軽に伝達出来るんだ」

「すごいです……お父さんとお母さんに教えて貰うのが当たり前だって思ってたのに、本を読むとそんなことも分かるんですか。小さい頃に村の子供達を集めて読んで貰った絵本や御伽噺の本とは全然違うんですね」


 なるほど、ティオルが知っている本っていうのは、そういった読み聞かせに向いた子供向けばかりなのかも知れないな。


「まあ、知識は知識でしかないから、実体験に勝るものではないけど。でも、(あらかじ)め知っているのと知らないのとでは雲泥の差だ。例えばこれから調べる雷刀山猫ライトニングサーベルワイルドキャットの習性や弱点、効率的に倒す方法が書いてあれば、過度に恐れる必要はなくなるし、より安全に討伐出来るようになる。本はそういう大事な知識を等しく、たくさんの人に広めることが出来るんだよ。そうなればきっと、(いたずら)に殺される人達は減るはずだ」

「ふわぁ……すごい……すごいです! ミネハルさんってそんな崇高な志を持った人だったんですね。お金持ちで頭が良い上に、崇高な志のためにわざわざ魔物退治なんて危険なことまで見に行くなんて、本当にすごいです!」

 ボキャブラリーが足りてないのか、とにかく『すごい』を連発するティオル。

 目から鱗がボロボロ落ちる幻が見えそうなくらい、キラキラと瞳を輝かせている。


 元の世界じゃこんなのわざわざ口にするまでもない常識だったけど、学校に行ってなくて教育を受けてない、本にも縁がないティオルにとっては、そのくらい斬新な考え方だったみたいだ。

 こういう素直な反応、ちょっと可愛いかも。

 こんな妹がいたら、元の人生、もっと楽しかっただろうなぁ。


 でも、その場の勢いでそれっぽいことを言っただけだけど、本当に博物誌を編纂(へんさん)して魔物の情報を広く共有するのは、悪くない手じゃないか?

 どうせ情報は収集するし、他の方法と両立して出来そうだから、人々を救う手段の一つとして真剣に取り組んでもいいかも知れない。

 識字率の低さに関しては……国や領主の仕事であって俺の領分じゃないけど、また別途考えてみよう。


 そんな俺達の話を轡を並べながら聞いていたのか、『アックスストーム』のメンバーも口々に話に交じってくる。

「ああ、まったくだ。崇高な志だかなんだか知らねぇが、金持ちの考えることは、庶民のオレらにはさっぱり分からねぇぜ」

「町中で悠々自適に暮らしてりゃいいもんを、わざわざ魔物討伐にくっついてくるなんざ、随分な変わり者だよな、あんたら」


 混ぜっ返してくるけど、呆れ半分感心半分でからかってるだけみたいだ。

 金持ちでもなければ崇高な志なんて持ち合わせてもいないけど、世界を救うための情報が欲しいのは本当だから、あながち的外れでもないってことでご容赦願いたい。


「でもま、その学者先生のおかげでオレらは眼福だけどよ」

 と、話の流れの読めない奴が、チラリとユーリシスに好色そうな目を向ける。

「いい身体してるぜ。無駄な肉が付いてねぇし、やっぱ女はこうでなくちゃな、こう」

 その『こう』に合わせて、胸元から両手を真っ直ぐのラインで上下させる。完全に断崖絶壁をなぞる動きだ。

「だよな、分かるぜ」

「オレはもっと鍛えて筋肉付けてる女の方が好みだが、やっぱ胸はないに限るぜ」

 なんて、頷いたり自分の好みを語ったり、他の男達も全員が同調して……。


「何を下劣な目で見ているのですか。滅ぼしますよ」

「おお怖ぇ。やっぱ女はそのくらい気が強くなくちゃいけねぇぜ」

 眼光鋭く侮蔑の目を向けるユーリシスだけど、『こう』のジェスチャーをした奴は、肝が据わっているのか単に鈍い馬鹿なのか、指先で吊り目にして大笑いする。


 自分の胸に目線を落として、年頃の女の子らしい申し訳程度の膨らみを微妙な表情で押し潰したり、指先で吊り目にしたりして、はっと我に返ると真っ赤になって俯くティオルには、全然気付かなかった振りをするのがデリカシーとして……。

 自分の眼光がちっとも通じなくてイライラを募らせるユーリシスを、チラリと見る。


「な、なんですかその目は」

「いや、この世界の男が好むスタイルって、もしかして……」

「わ、私がそのように創ったとでも言うつもりですか!? そのような浅ましい真似をするわけがないでしょう! 滅ぼしますよ!?」

 他の誰にも聞かれように小声だけど、猛抗議だ。


 さらに文句か弁明か、ユーリシスが口を開きかけたところで、それを遮るようにグラハムさんの指示が飛ぶ。


「お、ようやく川が見えてきたな。ここらで一旦休憩するぞ」

「「「うーす!」」」



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