17 剣と盾の村娘 2
「おいおい、オマエらがどんだけ金持ちで慈善事業がしたいのか、それともただの道楽者なのかは知らねぇが、問題は金の話だけじゃねぇんだよ」
グラハムさんはどう説明すれば断れるかって困り顔で頭を掻く。
そんなグラハムさんとやり取りしている俺に、他の冒険者達が、こいつ何者だって、奇異だったり、胡散臭そうだったり、そんな視線を向けてきた。
だから、みんなが喜んで引き受けてくれそうなネタを披露する。
「人数が必要ってことなら、俺がこの場にいる冒険者パーティーを全員雇うっていうのはどうでしょう? 相場を頭数で割って、それで安くて割が合わないって言うのなら、十分な額になるまで上乗せします」
途端に走るどよめき。
勝ったなと、勝利を確信し……ん?
同じパーティーの仲間同士で何か口々にヒソヒソと言いながら、思い切り不審者を見る目で見られているような……?
周りのリアクションに戸惑っていると、盛大に呆れた溜息をグラハムさんが漏らした。
「はぁ~~……これだから世間知らずのボンボンはよぉ。多分善意以外のなんでもねぇんだろうな。その平和そうな間抜け面を見りゃあ、何か企んでるようには見えねぇからよ」
「それ、褒めてませんよね?」
「あのなぁ、突然しゃしゃり出てきた奴が、見ず知らずのガキのためにポンと大金を出してオレらを雇おうなんざ、怪しすぎんだろう」
「えっと…………言われてみれば?」
「そもそも、金の問題でもなけりゃ、頭数の問題でもねぇんだよ。それで済むなら、オレらがわざわざ依頼書の前で張ってまで、帝王熊だけを狙ったりしてねぇよ。なんで雷刀山猫の討伐依頼だけ十枚以上も残ったまま放置されてるのか、考えてもみろ」
本当に山猫なのに熊より危険な魔物ってことなのか……?
そうなると、これ以上人数を集めたり報酬を吊り上げたりしても、首を縦に振ってくれそうもないな……。
参った、『困ってる女の子を助けるため』そして『約束された十分な報酬』って要素があれば、冒険者達は喜んで協力してくれるだろうって、勝手に思い込んでいたよ。
ゲームや漫画のリアルじゃあ、お話を進めるために引き受ける流れになるのがお約束だけど、現実のリアルじゃあ、そう単純に事は運ばないってことか。
格好が付かないことに、これ以上どう説得したらいいか分からなくて、つい思案してしまう。
「あの、ありがとうございます。見ず知らずのあたしのためにここまでしてくれて」
「ああ、いや。横から口を挟んでおきながら、上手に説得出来なくてお恥ずかしい」
いやもう、本当に格好が付かないな。
やっぱり慣れないことはするもんじゃない。
女の子は俯いてズボンをギュッと掴むと、覚悟を固めた顔を上げて、真っ直ぐにグラハムさんを、そして周りの冒険者達を見回した。
「お金はあたしが働いて、一生掛かってでもお支払いします」
「あのなぁお嬢ちゃん、だからそういう問題じゃ……」
「はい、とっても危険なんですよね? だから、代わりに戦ってくれなんて勝手なことは言いません。あたしも一緒に戦って皆さんを守りますから、お願いです村を助けるために力を貸してください!」
盾をくくりつけた左手を胸元でギュッと握り締めて、怯えを抑え付けての決意。
大の大人が、それも魔物退治のプロである冒険者達が二の足を踏んでいるのに、立ち向かおうというその勇気。
ちょっと感動だ。
女の子の本気の言葉に、冒険者達から失笑や揶揄が消えて、ギルド内がしんと静まり返り――
「「「ぶわっははははははははははははっ!!」」」
――次の瞬間、なぜか巻き起こった大爆笑の渦。
「うわははははっ! こいつは傑作だ!」
「ぶはははははっ! ここ何年かで一番笑える冗談だぜ!」
おいおい、何故そこで笑う? それはちょっとないんじゃないか?
ほら見てみろ、女の子が顔を真っ赤にして俯いてしまって、唇を噛んで悔し涙を浮かべているじゃないか。
「あのねぇお嬢ちゃん」
女の冒険者の一人が、笑いをかみ殺せないって微妙な顔で女の子に近づくと、剣と盾を順番に指さした。
「こんなただの棒切れと、しょっぱい板っ切れで、どうやって戦うつもりだい?」
「棒切れと板切れじゃありません! 剣と盾です! あたしにはお父さんから教えて貰った剣術があります!」
と、女の冒険者をきつく睨む女の子に、またしても横からヤジが飛んでくる。
「おいおい、その板切れが盾だって? そんなモン、マジで使ってる奴がいやがったのかよ。初めて見たぜ」
「他の奴と違うことしたいのか目立ちたいのか、極々たまに出てくるらしいぜ、剣とか盾とか使う奴。だけどよ、魔物にゃ歯が立たなくて、すぐ諦めて投げ出すらしいぜ」
なんだこの冒険者達の反応は?
確かに、これまで見かけた冒険者達のほとんどが、両手斧ばっかりだったけど。
だからって、剣と盾を持って戦うってだけで、こうまで笑い物にされる理由がさっぱり分からない。
「いいかいお嬢ちゃん、戦いたかったら……ふんっ!」
女の冒険者はまるで親切に教えてやると言わんばかりの口ぶりで、両腕に力こぶを作ってポージングする。
強烈な筋肉の盛り上がりの腕、胸もバストじゃなくて筋肉の板、当然腹筋も太股も筋肉の塊で、俺なんか簡単にくびり殺されそうなくらい、圧倒的なパワーを感じさせた。
「このくらい鍛えて、両手斧を持てるようになってから言うんだね」
女の子は何か反論しようとして口を開きかけるけど、その圧倒的な筋肉を前に何も言葉が出てこないようだった。
しかも、その筋肉を羨望の眼差しで見て、そんな自分に気付いたのか、表情を曇らせると悔しそうに俯いてしまう。
分からない……。
この場の冒険者達も、女の子も、何を言っているのか、何を考えての羨望とか内心の葛藤とか、何が根拠でどんな心理的な動きがあったのか、俺にはさっぱり分からない。
けど、分からないなりに、決意と覚悟を決めた女の子を笑い物にするのは違うだろう、くらいは分かる。
「どうしてそこで笑うんですか。笑う場面と違いませんか」
つい、険のある声になってしまった俺に、大爆笑の波が引いていく。
「金の問題じゃない。頭数の問題でもない。じゃあなんの問題なんですか? 魔物と戦う怖さを知ってる貴方達冒険者が、こんな普通の女の子がそれでも立ち向かうって決めた覚悟を笑うんですか?」
ばつが悪そうな空気が漂って、みんな笑いを引っ込める。
まあ中には、所詮剣と盾なんだから仕方ないだろうって、肩を竦める人もいたけど。
「そうだな、どうあれ覚悟を笑うのはよくなかった。悪かったなお嬢ちゃん」
グラハムさんは、素直に詫びを入れる。
やっぱり見た目が怖いだけで、いい人だな。
「い、いえ、そんなあたしは……こんなあたしじゃあ、笑われても仕方ないですから」
女の子の方は、どういう顔をしたらいいのか分からないのか、困ったように視線を泳がせている。
決意を見せたばかりなのに、そこまで自分を卑下する必要なんてないと思うけど。
「だがな、それでも言わせて貰うぞ。お嬢ちゃんみたいな素人が魔物と戦うなんざ止めておけ。ましてや剣や盾なんて、なんの役にも立たねぇよ」
反省した上でのグラハムさんの有無を言わさぬ断言に、女の子はまた俯いてしまう。
周りの空気も段々と、いい加減諦めて帰れって言いたそうなものになってきている。
このままじゃあ、女の子は追い返されて、この話はおしまいだ。
「そこをなんとかしてあげられませんか?」
「だからなミネハル……はぁ~~」
また大きな溜息を吐いて、頭をガシガシと掻くグラハムさん。
「ともかく、相手が悪過ぎて冒険者は誰も助けねぇよ。むしろああいう危険な魔物の討伐は騎士団の領分だ。衛兵の詰め所に行って助けを求めるんだな。群れの正確な数さえ分かれば、もしかしたら騎士団が動いてくれるかも知れねぇ」
妥協の上でのアドバイスという感じに、グラハムさんは教えてくれる。
ただその口ぶりはかなり駄目元で、動いてくれたらラッキー程度にしか考えてなさそうな、期待の籠もらないものだったけど。
それを聞いた女の子が期待に目を輝かせ……るなんてことはなくて、やっぱり期待の籠もらない小さな溜息を吐く。
この国の兵士っていうのは、そこまで国民のために魔物討伐をしてくれない、頼りにならないものなのか?
「グラハムさん、その調査って、この子でも出来るもんなんですか?」
「まあ無理だな。見つかって食い殺されるのがオチだ」
「なら、グラハムさん達なら?」
「そりゃあ数を調べる程度なら……っておいおい、まさか?」
「じゃあ、俺が群れの数の調査を依頼します。それなら動いてくれますよね?」
そこからも、やるのやらないのでしばらく揉めたけど、最後は俺の粘り勝ちだった。