16 剣と盾の村娘 1
翌日の早朝、約束の待ち合わせ場所、冒険者ギルドへと向かう。
アンダーカバーに信憑性を持たせるために記録用の羊皮紙やペンとインクを取り揃え、『アックスストーム』のメンバーからアドバイスを貰ったとおりに、服や食料や薬、野営道具なんかの旅支度も準備万端だ。
と言っても、ユーリシスは自分で自分の荷物を持とうとしないから、俺が二人分抱えているんだけど。
自分から言い出したこととはいえ、正直、不安要素がたくさんある。
何しろ旅行なんて、子供の時の家族旅行や大学の卒業旅行くらいしか経験がない。
アウトドア趣味もないから、キャンプして屋外で寝泊まりするのも初めてだ。
それも、ユーリシスという曲がりなりにも女性と一緒にという……。
加えて、昨日出会ったばかりの知らない他人、『アックスストーム』の面々にお世話になるって形で。
「なんですか、私の顔をジロジロと見て。言いたいことがあるのなら言いなさい」
「自分の荷物くらい自分で持ってくれ」
「却下です。お前の思いつきに付き合うのです、そのくらい働きなさい」
嫌がらせや意趣返しでもなんでもなく、素でこれだからなぁ……。
文字通り神の造形物そのものの美しい容姿をしていても、初っ端が初っ端だったし、中身はプライドの塊でこんなだし。ずっと巫女服でいてくれて清楚可憐ならまだしも、俺とユーリシスの間で何かあるわけがないから、それはいいとして。
『アックスストーム』のメンバーが何かしらユーリシスにちょっかいをかけて、機嫌を損ねたユーリシスがその人を滅ぼす、なんて真似をしないように注意しておかないと。
「……いま何か、不愉快な気配を感じましたが」
「気のせいだ、気のせい」
冒険者ギルドの前までやってくると、建物の脇に幌のない四頭立てのやたら大きな荷馬車が準備されていて、丁度荷物の積み込みなどをしている最中だった。
俺達に気付いた、積み込み作業中のメンバー達が軽く手を挙げて挨拶してくれたんで、俺も日本人らしく軽く会釈して挨拶を返す。何しろ両手は荷物で埋まってるし。
「お早うございます、今回はお世話になります。リーダーのグラハムさんはどちらでしょうか?」
「よう、お二人さん。リーダーならギルドの中だぜ」
クイと親指を向けたその顔が、何故か呆れ混じりの苦笑気味だ。
ともあれ、グラハムさんに挨拶すべく、ユーリシスと一緒に中へ入る。
「お願いです、あたしの村を助けてください!」
と、女の子の声が大きく響いて、それに重なって、苦笑、失笑、揶揄するようなヤジの横槍が入った。
見れば一人の人間の女の子が、グラハムさんを始めとした『アックスストーム』のメンバー何人かと、それ以外の冒険者パーティーの複数人を相手に必死に訴えかけていた。
年の頃は中学生か高校生になるかならないかくらいで、少しふわりとウェーブがかった長いくすんだ金髪を後ろで一つにまとめた、どこにでもいそうな普通の女の子だ。
服は農作業などで汚してもよさそうな、年季が入って薄汚れている淡緑色のシンプルな長袖シャツと、同じく薄汚れて所々擦り切れくたびれてるシンプルな青いオーバーオールという、着の身着のまま村を飛び出してきましたって格好をしている。
だけど、その左腕には木製の円い盾がくくりつけられ、腰には短めの片手剣を下げていて、ただの村娘というにはすごくアンバランスな出で立ちだ。
RPGなら疑いようもなくクエスト発生って場面だけど……。
「助けて欲しけりゃ、ギルドを通して依頼を出すんだな。内容と報酬によっちゃあ、誰か引き受けてくれるかも知れねぇぜ」
困り半分呆れ半分といった顔で、グラハムさんがカウンターの中に座っている受付のお姉さんの方を顎でしゃくる。
「それは……急いで村を飛び出してきたから、お金はほとんど持って来てなくて……」
お金を話をされると弱いのか、女の子の声が勢いを失ってしまう。
グラハムさんを助けるとか同調するとかいう意図はないんだろうけど、他の冒険者達からも次々に揶揄が飛んだ。
「助けてっつっても雷刀山猫じゃ相手が悪過ぎる。だいたい、何匹いたんだ?」
「そ、それは…………多分……いっぱいです」
「つまりよ、どんだけの規模の群れか分からねぇってこった。数匹の群れでもやべぇのにもし十数匹の群れなら、一流どころが二十人以上は必要だぜ」
「だから皆さんにお願いを……」
「悪ぃが、お願いされただけで命を賭けられるほど、俺達の命は安かねぇんだ」
なるほど、事情は大体分かった。
「そもそも報酬がいくらかになるか、分かってんのか? もし十数匹にもなる群れが相手なら、最低でも七万リグラか八万リグラは出して貰わねぇとな。リグラ金貨で七十枚か八十枚だ。金貨、見たことあるか? そんな金が用意できんのか?」
「言っとくが吹っかけちゃいねぇぞ。十匹以上いる群れの討伐ならそいつが相場だ」
「!? そ、そんな大金……」
女の子は、明らかに言葉に詰まって俯いてしまう。
そんな大金、用意するのは無理なんだろう。そもそも、金貨を見たことすらないかも知れない。
市を回っていたとき聞いた話だと、田舎の村では、未だに物々交換の自然経済が主流で、金は村を訪れる行商人相手に売り買いする時くらいしか使わないらしい。
どんぶり勘定だけど、七万リグラと言えば、田舎の村なら一般的な四人家族で三ヶ月から四ヶ月はゆうに食っていける金額になるはずだ。
この女の子の村がどの程度の規模なのかは知らないけど、村人達全員で分担して負担するにしても、それほどの大金をポンと出すのは難しいんじゃないだろうか。
女の子はそれでも俯いていた顔を上げて、訴えかける。
「村長さんに頼んで、お金は必ず払いますから……!」
「そんな口約束、当てにならねぇな。お嬢ちゃんが勝手に頼んだことでそんな依頼なんて出してないって踏み倒されるのがオチだぜ。だからこそギルドに前払いで預ける、これは絶対だ」
その冒険者のかつてそんな経験があったみたいな苦い口ぶりに、またしても女の子から勢いが失われてしまう。
話を聞く限り、理は冒険者の方にあって、依頼をするにしても女の子の準備不足が過ぎるから、断られても無理はない。
だけど……。
俺のゲーマーとして、そしてプランナーとしての勘が、この場は女の子に味方して、魔物退治に協力すべき場面だって言っている。
テーブルトークRPGのGM的、PL的にイベントを進めるべき場面だってだけじゃなく、自分でも上手く説明できない何かが引っかかりを覚えて、この機を逃してはならないって俺を突き動かした。
「あの、お話の途中で口を出して済みません」
女の子の側に近づきながら、軽く手を挙げてグラハムさん達と、それ以外の冒険者達にもにこやかに挨拶する。
「おう、ミネハルか。準備は出来たのか?」
「はい、俺達はいつでも。ところで、この子の依頼も一緒に受けてあげることって出来ませんか?」
「えっ……!?」
まさか口添えしてくれる者が現れるとは思ってもみなかったんだろう。女の子は俺の言葉の意味がよく分からないって顔で目を丸くして、俺を振り仰ぐ。
「おいおい、冗談はよしてくれ。オレらはすでに帝王熊討伐の依頼を受けてんだ。しかもオマエら足手まといの面倒も見なきゃならねぇ。その上、山猫の群れを相手に命懸けでタダ働きしろってのか? そもそも、部外者のオマエが口を挟む話じゃねぇ」
「済みません、つい見ていられなくて。本当なら俺が口を出すべき話じゃないのを重々承知の上で、もう一度お願いします。引き受けてあげられませんか? なんなら報酬は俺が立て替えますし、余計な負担をかけてしまうから十分な上乗せもします。これじゃあ駄目ですか?」
「だ、誰だか知りませんが、そんなことお願いできません!」
慌てふためく女の子が俺の袖を掴んで止めようとして、何を気にしたのか、袖に触れる直前で手を引っ込めて、余計にあわあわしながら俺を見上げてくる。
「ごめんね、勝手に話に割り込んで」
「い、いえ……でも、どうして?」
「困ってる女の子を助けたいって思ったから。それじゃあ駄目かな?」
一度言ってみたかった台詞で、漫画の主人公っぽく格好を付けてみる。
大丈夫と太鼓判を押せないのがちょっと格好付かないけど。
もう少し俺に交渉させてくれって意味を込めて微笑むと、グラハムさんへと視線を戻した。
「これで報酬の問題はクリアですよね?」