12 ホロタブ
「少し詳しい話を聞かせて貰いたいんだけど、いいかな」
ユーリシスが借りている部屋で、古ぼけた椅子に座って向かい合う。
「何が聞きたいと言うのですか」
疲れて億劫そうな顔で椅子の背もたれに身体を預けて、ちゃんと話をする気があるのかないのか、判断に迷う態度だ。
でも多分、誤解を解いてなかったら、冷たく憎々しげな目で睨まれながらだったと思うから、早めに誤解を解いておいて良かったよ。
「まずは、この世界が滅んだ理由についてだな」
単刀直入に核心部分を問うと、ユーリシスは眉を寄せて不快そうな顔になって、すっと立ち上がり右手を差し出した。
次の瞬間、疑似神界が展開して周囲の景色が変わり、椅子に座った格好のままだった俺は、ドサッと尻餅を付いてしまう。
「いてて……疑似神界を展開するならするって、一言あってもいいんじゃないか?」
ちゃっかり自分だけ立っておいて。
尻をさすりながら立ち上がると、ユーリシスからはさっきまでの疲れたような億劫そうな表情も態度も消えて、これまで通り凛とした佇まいになっていた。
「先入観なしで調べた結果、その理由に思い至り確信を得たのでしょう。そういう顔をしておきながら敢えて私の口から言わせようとは、嫌がらせですか。不愉快です」
で、今のはその意趣返しだったってわけか?
本当にいい性格してるよ、まったく。
「一応目星は付いたけど、答え合わせは必要だろう? それに、俺が分かったのは人が一人残らず滅んだ理由の方だけで、世界が滅亡した理由はまださっぱりなんだ」
「……いいでしょう」
不快そうな表情を崩さず、小さく溜息を吐くユーリシス。
「お前の予想通り、人が滅んだ原因は魔物です。魔物が増え続けた結果、人は生存競争に負けて自然界から淘汰されました」
やっぱりか。
むしろ予想が外れて、誰も知らなかった魔王や魔族の存在をネタバレされた方が、よっぽどシンプルで分かりやすかったんだけどな。
「それと、どうやら思い違いをしているようなので教えておきますが、人の滅亡こそ、世界の滅亡です。つまり二つは同じ状況を指し示しています」
「えっ、そうなのか?」
「神は自らの姿に似せて人を生み出します。正確には、誕生した生命が進化し人へ至るための必然性を用意しておくだけですが。つまり進化の過程でそこへ至った種が人となり、文明と文化を発展させ繁栄するのです」
「つまり、この俺の身体みたいに突然ポンと創られたってわけじゃないのか」
ユーリシスが軽く手を横に振ると、俺達の足下の遥か下の方に、この惑星の姿と生物の進化のダイジェストが、立体映像で浮かび上がった。
原核細胞の誕生から真核細胞である単細胞生物、そして多細胞生物へ。さらに様々な姿の生物を経て、類人猿のような姿の人類に至り、さらに人間、エルフ、ドワーフ、様々な獣人へと分岐していく。
「人間とエルフとドワーフと獣人って、元は一つの種族だったのか!?」
精霊から妖精族としてエルフやドワーフが生まれたり、それぞれの動物が進化して獣人になったり、起源が異なる存在だとばかり思っていたけど……。
種族間で差別や諍いがなさそうなのは、それが理由なのかも知れないな。
「その通りです。ですが今その話は重要ではありません」
ダイジェストはそのまま続き、突然、人と呼ばれる人間、エルフ、ドワーフ、獣人達が死滅する。
「人が滅びた後は、知性と品性に乏しく、文明も文化も持てなかった、つまり人に至れなかった生物が弱肉強食を繰り返すだけの世界となります。これこそが世界の滅亡です」
「なるほど、ようやく納得出来た。人が滅んでも動植物や魔物は残ってるのに、それでどうやって世界が滅亡するんだって、今日一日ずっと疑問だったんだ」
だけど、新たな疑問が生まれる。
「それで、どうして人が滅んだら世界が滅亡したことになるんだ?」
「そこに疑問を差し挟む余地はありません。それが神の理、世界の意志、宇宙の真理なのです」
つまり、一+一=二と同様に、そういうものだって理解しておくしかなさそうだ。
「ちなみに、世界の滅亡が確定するまでの……それを回避するための時間的猶予はどれくらいある?」
「それについては伏せておきます」
わずかの逡巡の後、答えを控えるユーリシス。
意地悪や嫌がらせじゃないのは表情を見て分かったけど、かといって、絶対に秘密にしておかないとならないって雰囲気でもなさそうだ。
「理由を聞いても?」
「一つ、長いか短いかはお前の主観によって変わるでしょうが、長いと感じて悠長にされて、いざ間に合わなくなったでは許されません。また短いと感じて焦り、検討が足りていない改変をされて世界に致命傷を与えるなどあってはなりません」
「タイムリミットが分からない方が不安を煽られて、余計に焦りそうだけど」
「世界の滅亡の確定は、何も今日明日の話ではありません。お前が何か大がかりな改変を行い、その影響が世界へ浸透して結果が見えて、その是非を問い対策を立てられるくらいの猶予は持たせてあります」
ということは、一年や二年そこらで手の打ちようがなくなるってわけじゃなさそうだ。
悠長にしていられる時間はないのかも知れないけど、無理に焦って慌てまくる必要はない、と。
「一つ、世界の滅亡は『この出来事が発生したから確定した』という程、事態は単純ではありません。幾つもの要素や出来事の積み重ねであるため、この瞬間に世界が滅亡したと断言出来るものではないからです」
「なるほど」
核戦争や巨大隕石の衝突なんて大イベントが滅亡のトリガーじゃないんだから、そのイベントが起きたから手遅れとか回避したからもう安心とかの線引きは難しい。
しかも、魔物に襲われてこの人が死んだからゲームオーバーとか、人口が一定値を割り込んだから敗北条件を満たしたとか、RPGや戦略SLGの戦闘みたいに単純じゃないからな、現実は。
極論、アダムとイブの二人さえ残っていれば、そこからありとあらゆる手を使ってリカバリーさせて、帳尻を合わせてしまえばいいんだ。
「一つ、期限間近で打つ手が思い付かない、期限が過ぎたから手遅れだ、などと無責任に放棄させないためです」
「あ~……そういう心配もあるのか。でも大丈夫だ。この仕事も神様から貰える報酬も魅力的だから、投げ出したりしないよ」
「当たり前です」
なかなか厳しいお言葉だ。
「他には?」
「細々としたことを挙げればきりがありませんが、大きな理由としては以上です」
結論、当面は俺のお手並み拝見、ってことだな。
「うん、やっぱり答え合わせをして良かったよ」
「……」
むすっとするユーリシス。
意趣返しの意趣返しってことで。
さて、肝心な情報が明らかになったところで、作業は次のステップへ移行だ。
そう、ここからがゲームプランナーとしての仕事の本番。
『可能な限りこの世界をゲーム化して人々を救う!』だ。
そのためには、向かうべき世界の在り方を決めないといけない。
つまり、新たな企画書と修正指示書の準備だ。
この世界のどんな人達を購買層として、どんなコンセプトと売りの作品を提供するのか。
これを間違えたら世界は滅茶苦茶に、そう、それこそクソゲーになってしまう。
そうならないための方法も、一応ちゃんと考えてある。
というわけで、それらをユーリシスに伝えて相談だ。
「お前……本気で、この世界をゲームにするつもりですか!?」
「もちろん。それが俺にとって一番分かりやすく、管理調整がしやすく、何より改変の影響の検証がしやすい方法だからな」
でも、安心して欲しい。
「大丈夫、ちゃんと約束は守るよ。この世界の人達に迷惑がかかる方法は、決して採らないから。今すぐ世界中の魔物を消滅させるって安易な提案をしてない時点で、信用して欲しいところだけど」
「…………確かに、この段階で疑って拒否していては一歩も前に進みませんね」
おお、分かってくれたか。
「ただし、私はまだお前に、人間ごときに世界を改変されることを許し受け入れたわけではありません。未だに、とても不愉快です。その言葉を偽れば、即座に滅ぼしますよ」
鋭い視線で俺の目を真っ直ぐに見つめてきたから、それを真っ向から受け止める。
「分かってるよ。約束はちゃんと守る」
わずかな葛藤の末、ユーリシスは頷いた。
「いいでしょう。用意すること自体は簡単です」
ユーリシスが人差し指を俺の方へと向ける。
と、俺の目の前に、光の板が出現した。
「おおっ、これこれ!」
大きさはタブレットサイズ。というか、機能もタブレットそのまま。
イメージとしては、SF作品で何もない空間にホログラフィーで通信画面が開いて、そこに相手の顔やら情報やらを表示する、という感じのシステムそのままだ。
名前もまんま『ホログラフィックタブレット』。略して『ホロタブ』だ。
俺の意志で好きな位置にホロタブの画面を出したり消したり、向きを変えたり移動させたりが可能。
さらにタッチパネル形式でも思考するだけでも操作出来て、俺の望む情報や映像を表示させることが可能。
そして、このホロタブを視認できるのは、俺とユーリシスだけで、他の人達には見えない仕様となっている。
「じゃあ早速使ってみようか。世界地図と、各国、各都市や村の人口、種族ごとの人口比率、そして人口分布を表示……っと」
考えるだけで操作できる仕様にして貰ってるけど、やっぱり画面があると無意識にタッチして操作してしまうな。
だからこそどっちでも操作可能にして貰ったんだけど。
俺の操作に合わせて、ホロタブの画面いっぱいに、メルカトル図法で世界地図が表示されて、それに重ねて、国境線、都市や村の位置を示す光点が表示された。
続けて、所属する国家の名前、都市や村の名前、人口と種族比率の数字が、表計算ソフトのシート形式で、どわーっと猛烈な勢いでスクロールしながら表示されていく。
画面横に現れたスクロールバーが、同じく猛烈な勢いで小さくなっていって、もはや一ドットのラインと変わらない。
「ちょっと待った! ユーリシス、なんだこれは?」
「お前が求める情報を表示しているでしょう、何が不満なのです。滅ぼしますよ」
いや、なぜそこで俺を睨む。キレたいのは俺の方だよ。
「これじゃ全然把握出来ないぞ」
「国家と都市や村の名前と人口の数字、そして光点で位置を確認すれば、十分に把握可能でしょう」
「こんな何千万とあるデータを、いちいち精査も把握も出来るわけがないだろう」
こうして話している間も、データは猛烈な勢いで表示され続けている。
「もっとビジュアル的に把握しやすい、表示された情報の意味が直感的に理解出来る、使い手のことを考えたユーザーフレンドリーなシステムを組んでくれないと」
「神としての権能を与えられておきながら、お前の処理能力の低さには心底呆れます」
「俺は本当の意味で神じゃないんだから、それは仕方ないだろう」
というか、むしろこれはそれ以前の問題で、ユーリシスが相手に合わせて必要な対処が出来ない、端的に言って全然気が利かないってことじゃないか?
「ともかく、システムは組み直し。俺が言うとおりにやってくれ」
なんかもう、手取り足取り教えないと使い物にならないド素人の新入社員を相手にしているみたいだ。
で、俺の希望を事細かく伝えて、その通りにシステムが組み直される。
と言っても、俺が伝え終わって、ユーリシスが指先一つ軽く動かしただけで完成だったんだけど。
「じゃあ、さっきと同じ情報を再表示っと」
世界地図と光点が表示される所までは同じだった。
その後は、国別に人口が円グラフで表示されて、人口の総数に応じて円グラフの大きさが異なっている。
円グラフの項目は、種族別。
これを、男女、年齢など項目ごとに切り替えたり、さらにはそれらの項目全てで、細かく分かれた円グラフも表示可能だった。その項目も、俺が考える限り、どこまでも細分化することが可能だ。
都市や村を表す光点をタッチすれば、その都市や村だけの円グラフが表示される。
しかも、リアルタイムで情報が更新されていく仕様だ。もちろん今は疑似神界の中で、現実世界とは空間も時間も断絶されているから、リアルタイム更新はされないけど。
さらに、画面下にスクロールバーがあって、現在は一番右端に位置しているそれを左側へスクロールさせると、表示されてる時間が巻き戻り、過去の情報、それこそビッグバンの時点まで遡っての表示も可能だ。
同時に、時代ごとの人口推移を折れ線グラフで表示させる。
「これこれ、このくらい親切じゃないと使い物にならないから」
やれやれといった感じで溜息を吐くユーリシスだけど、普段からこのくらい気を遣って欲しいもんだ。
「さて、と……」
早速、画面下のスクロールバーを左へ移動させて二千年くらい前の状況を表示する。そこから右へスクロールさせていって、各種項目の推移を確認してみた。
世界の人口推移を表す折れ線グラフは、およそ六百年程前までは上昇傾向にあった。
時々、ガクンと減っている時期があるけど、これは戦争でもあったのかも知れない。
各国の領土もその頃が最大の広さで、全世界のおよそ七割が人の生存領域だった。
そしてピークを迎えた六百年前から現代に至るまで、それまでの緩やかな増加より急角度で人口が減ってきていた。
国も勃興や滅亡を繰り返しながら徐々に数と領土を減らしていき、現在、人の生存領域は全世界のおよそ三割程だ。
重ねて、魔物の総数も折れ線グラフで表示してみる。
ついでに、リグラード王国周辺の地図を拡大しておく。
それからもう一度、画面下のスクロールバーを左から右へ移動させてみた。
人口が増加傾向にあった頃は、減少傾向にあった魔物。
そして、魔物が増加に転じた時期と、人口が減少に転じた時期がほぼ一致する。
リグラード王国や周辺諸国の国境も、人口が増加傾向にあった頃は広がり、人口が減少に転じてからは狭まっていき、中には一部の地方が孤立して魔物の生息領域に飲み込まれて消滅したり、同じく孤立した地方が他国に併合されたりと、どんどん小さくなっていった。
大国でこれなのだから、周辺の小国の推移など無残なものだ。
「ふむ……」
ただ気になるのが、人口の増加が緩やかに対して魔物の減少は急角度だったのが、魔物の増加が緩やかに対して人口の減少が急角度だってことだ。
片方が緩やかならもう片方も緩やかで、急角度もどちらともじゃないと、推移としては一致しない気がするんだけど……。
理由は……ここに表示させた情報だけじゃ分からないな。
後で改めて新しい項目で精査か、また聞き込みで情報収集をしないと駄目そうだ。
「うん、一先ずこれでオーケーかな。これで必要なときに必要な情報を参照出来そうだ、ありがとうユーリシス」
「お前が求めるから作っただけで、これが私の仕事です。ですが、その感謝の心は常に忘れないようにしなさい。もちろん行き過ぎない程度に敬う気持ちも忘れずにいなさい」
本当に、いちいち言わなくてもいいところまで言うよな。
感謝を求められると、素直に感謝したくなくなるのが心情ってものなのに。
それにしても、行き過ぎない程度って、妙な言い回しをするな。