119 閑話 魅惑の下着
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「ようミネハル、待たせたな。注文の品、バッチリ仕上げたぜ」
冒険者ギルドから依頼された新人教育で使うための革鎧を、中古や試作品やその他不良在庫を格安で売って貰えないか、革鎧職人のルーシャの工房を訪ねて交渉をまとめた後、服飾職人のシャルスの自宅兼工房を訪ねた。
今回も宿の方に、ようやく完成したと連絡が来たからだ。
「今回はオレにとっても会心の作だ。見て驚くなよ」
「わたしも試作品を貰ったけど、これを考えたミネハルは本当に大したもんだよ。これならティオルもララルマも、ミネハルだって絶対に大満足さ」
ニヤニヤと自信たっぷりに笑うシャルスと、そんなシャルスに寄り添うように立つフランが勢い込むように太鼓判を押す。
というか、以前と比べて、シャルスとフランの距離がかなり近い気がするな。
俺の疑問を察したらしい、わざわざ一緒に付いてきたルーシャが、ニヒヒと下世話な笑みを浮かべて、『ちょっと聞いてよ奥さん』みたいなノリで聞いてもいないのにしゃべり出す。
「試作品の『ぶらじゃー』と『ひっぷあっぷがーどる』の着心地をフランが確かめてた時に、その下着のおかげで巨乳と大きなお尻が色っぽくてたまらなかったらしくてね、ムラムラしたシャルスがガバッと襲っちゃったんだってよ。それで晴れて二人はお付き合いってわけ」
「なっ、なんでルーシャが知ってるんだ!?」
「ちょ、ちょっとルーシャ! 秘密って言っただろう!」
真っ赤になって驚くシャルスと、それ以上に真っ赤になって慌てまくるフラン。
そうか、たまらず襲っちゃったのか……。
確かに、この世界の下着って全然色っぽくないからな。
女性の一般的なスタイルとしてブラジャーが発達していないのは仕方がないとして、下はズロースとか、それに類する色気とは無縁な下着ばかりだし。
元の世界の現代風の下着を身に着けた姿を見れば、しかもそれが好きな女の子のものともなれば、健全な男の子ならそういう反応しちゃってもおかしくないか。
それに、切っ掛けはともかく、シャルスの想いが成就したのなら、それはそれでおめでとうと言うべきだろう。
ただ、それはいいんだけど……。
「ガバッとぉ、襲われちゃうぅ……」
「スポブラと違って、そういう下着だったんですか……」
顔を赤らめたララルマが期待したように、じいっと俺を見てくるし、同じく顔を赤らめたティオルが期待したように、チラチラと俺を盗み見てくる。
「ちょ、ちょっと待った二人とも。そういう事態になったのは、シャルスだから、だからな?」
「おいミネハル!? そりゃないだろう!?」
同じ男の俺に梯子を外された形になったシャルスが抗議してくるけど、ここは俺の体面として、ちゃんと否定しておかないと。
「あたしは、その……ミネハルさんになら……そうなっても、いいですよ……?」
「アタシもぉ、それで襲って貰えちゃうならぁ……」
くっ……!
二人にそんなこと言われたら、俺だって男だし、理性が揺らいじゃうじゃないか!
「……」
いや駄目だ、ユーリシスから冷めた侮蔑の視線が突き刺さってきている。
今後どうするかをちゃんと決めてからじゃないと、絶対に行動には移せない!
深呼吸一つ。
努めて冷静に、みんなの誤解を解く。
「みんな、落ち着いてくれ。決して、そういうのを目的として作って貰ったんじゃないからな?」
「えっ、そうなのか!?」
「違うのかい? だったらなんのためだって言うんだい」
「またまたぁミネハル君ったら。あんなエッチな下着、ソッチが目的じゃないなんて、アレを見たら誰もそうは思わないわよ」
シャルスもフランもルーシャも、そんな風に誤解していたのか!?
「エ、エッチな下着……ですか……」
「アタシ達にぃ、そんなのを着せたかったんですかぁ……」
「いやいやいや、ティオルもララルマも、みんな誤解してるからな!? ただ単に俺は、勝負下着というか戦闘服というか、女性はそういう物を身に着けると、自信とやる気が湧いてくるって聞いたことがあるから、ティオルにもララルマにも内面から自信を持って欲しくて頼んだだけなんだ!」
ここはちゃんと誤解を解かないと、襲うために女の子を着飾らせる男だと思われてしまう!
特にララルマは自分の体型にコンプレックスが強いから、下着で補助して綺麗に見せることで、コンプレックスに感じる必要はないんだってことを伝えたかっただけなんだ!
ただ、そんな俺の訴えを、ルーシャは欠片も信じてくれないらしい。
「勝負ってなんの勝負? ミネハル君のニュアンスからすると、やっぱりソッチの勝負にしか聞こえないわね。要は女の子をソノ気にさせてヤル気にさせる下着なんだろう?」
「ミネハルの言うことも分かるけど……でもなぁ」
「ああ、わたしも女として少しは自信が付いたけど、でもそれがなんのためかって言うと……なぁ?」
駄目だ、誰も信じてくれない……。
ルーシャが余計なことを言うから、ティオルとララルマは一層真っ赤になってしまっているし、シャルスもフランもそれ以外の意味なんてないだろうって顔をしているし。
「まあまあミネハル君、だったらサイズが合ってるか確かめる意味も兼ねて、いま二人に着替えて貰えばいいじゃない。それでミネハル君が無心でいられたら、ミネハル君の主張を信じるってことで」
「はぁ!? いや、それはさすがに――」
「はい決まり。さあ二人とも着替えた着替えた」
「――あっ、ちょっと待ったルーシャ!」
俺の訴えも制止も無視して、ルーシャがティオルとララルマの背中を押して、試着室代わりの隣の部屋へと入っていってしまう。
さらに、最初は手間取るだろうからと着替えを手伝いに、フランまで一緒になって行ってしまった。
これは……非常に不味いんじゃないか!?
俺の主張やみんなの誤解と関係なく、試着した下着姿を見せて貰うとか、普通に考えて駄目だろう!?
「へへっ、オレは同じ男としてミネハルを尊敬するぜ」
フランが隣に行ったところで、やけにいい顔でシャルスが俺の肩を叩く。
「駄肉にコンプレックス感じてたあのフランが、今は巨乳ってことで前向きになれてるんだ。しかも『ぶらじゃー』と『ひっぷあっぷがーどる』を着て泊まりに来てくれるなんて、今夜はオーケーってサイン同然だろう? たまんねぇよな。な?」
いや、だからそこで同意を求められても……。
だらしない顔をしてると思ったら、不意にシャルスが真面目な顔になる。
「なあ、スポブラも含めてだけどよ、全部量産して売り出していいか? 素材と製法が特殊だから単価が相当高くなるんで、貴族や金持ち相手の超高級品になるが、絶対に男どもがこぞって買うぜ」
一瞬、買うのは女性じゃないのか、って疑問に思ったけど、シャルスのエピソードを聞く限り、確かに男性の方が積極的に買って奥さんや恋人にプレゼントしそうだ。
「それは別に構わないけど、シャルスの反応を見ると、社交界で噂が広まると一気に大量の注文が入って、一人じゃ回らなくなると思うぞ?」
「ああ、それなら大丈夫だ。女の子をエロ可愛く見せる下着ってんで、興味を持ったお針子の女の子達が何人かいてな、人手を確保する宛てはあるんだ。あと、オレの工房だと生地を作れないから、知り合いの工房に頼んでたんだが、商売になるってんで大量生産したがってるんだ。ミネハルに確認してからって言って設備投資はストップさせてるけど、早く確認しろってせっつかれててな。あっ、もちろん儲けからマージンは払い続けるし、ミネハルの注文は最優先でやるから安心してくれ」
「俺へのマージンなんてどうでもいいけど、シャルスがやりたくて、販売ルートの確保や貴族からの横槍をなんとか出来て、服飾ギルドとも揉めそうだからそれをなんとか出来るのなら、全然構わないぞ」
「ああ、その辺りは他の連中と相談して色々と手を打ってみる。ミネハルに迷惑はかけねぇから安心してくれ。それにしても即決とは、さすがミネハルだな。計画の目処が立ったら改めてマージンとか色々話し合おうぜ」
だからマージンなんてどうでもいいのに。
でもまあ、シャルスもやる気になっているし、お手並み拝見といこうか。
もし必要なら、俺が投資してもいいだろう。
「ふおおおぉぉぉぉーーーーー!?」
不意に、試着室代わりの隣の部屋から、ルーシャの大興奮した雄叫びが上がった。
「こりゃすごいよ、あたしゃ感動だよ! ミネハル君、早く見においで! これは見ないと一生後悔するよ!」
デレデレにだらしない顔で隣の部屋から飛び出してきたルーシャが、問答無用で俺の腕を掴んだ。
「ちょ!? 待ったルーシャ――!?」
無理矢理隣の部屋に引っ張り込まれて、そこで目にした光景に俺は――!
ルーシャが言い出したときから分かっていたけど、当然、誤解は解けなかった。
いやもう、無心でいられるわけがない!
ティオルには、花の模様をあしらった可愛らしいデザインの。
ララルマには、レースを使用した色っぽいデザインの。
そんな下着を着けた二人が、真っ赤な顔でモジモジしながら感想を求めてきて、当然、最初は言葉もなく見とれてしまって、思わず褒め言葉が零れてしまったら、一層真っ赤になって嬉しそうで……。
しかも、今夜期待してます、みたいな目で見られたら……!
二人が自分から積極的に夜這いに来るようなタイプじゃなくて、本当に良かったと思う。
二人とデートして、ちゃんと二人のことを見て、知って、考えないといけないと思った矢先だったから、余計に理性がぐらついてしまった。
そして、冒険者ギルドの依頼があって、本当に良かったと思う。
それで頭を切り替えられなかったら、そう遠からず間違いを起こしていたと思う、絶対に。
ただ、次また同じようなことがあったら、果たして理性を保てるのか、自信はない……。
次回(120話)は閑話を投稿し、第三章終了です。