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ゲームプランナーなので無理ゲーな異世界を大型アップデートします  作者: 浦和篤樹
第三章 アップデート『天より来る魔狂星』
115/120

115 魔法学会 2

「本日はお忙しい中、急な開催にも拘わらず多数のご参加を戴き誠にありがとうございます」

 司会進行役は丁寧だけど、非常に事務的な口調で開会の挨拶や、時間がない中で学会員を無理に集めることになったことに対する謝辞なんかを語っていく。


 大講堂の中はとても静かで……と言うよりも、どこか空気が冷めている、って言った方がよさそうな静けさだ。

 新しい論文、未知なる法則の発見、それらに対する期待や熱意みたいなものは感じられなくて、むしろさっさと終わらせろくらいにしか思っていなさそうに苛ついていたり、まともに取り合う気もないような怠惰な空気をまとっていたり、どうにも俺がイメージしていた学会や論文発表の場とは違う。


 その疑問が顔に出てしまっていたのか、レイテシアさんがこそっと耳打ちしてきた。


「普段はもっと議論してやる、論破してやる、お前の理論を見定めてやる、みたいな熱気があるわよ?」

「あ、やっぱりそうなんですね。じゃあ、今日はなんで?」

「論文発表者の三人の名前を見て、みんな白けているのよ」

「他の三人って、そんなにアレなんですか?」

「ええ、そうね」


 そうなのか……それってつまり、レイテシアさんと俺も……いや、この場合は学会員でもない俺だけか? 名前を連ねているから、期待されていないってことなんだろうな。

 果たして、俺達の番になった時は荒れに荒れているか、白けすぎてグダグダか。

 憂鬱だな。


 それはそれとして、真正面とはいえ俺達が座っているのは最上段なのに、司会進行役の朗々とした渋くていい声がよく届いてくるな。

 と思ってよく見れば、机の上にマイク……らしき物が置いてあった。


 マイクスタンドのような黒い金属の棒の先端に、厚さ数センチはありそうな円盤が乗っている、ちょっと不格好な形状だ。

 円盤の直径は、声優さんがスタジオで収録するときに使われるマイクくらいあって、同様に平らな面で声を拾うように使用者の方を向いている。数センチもの厚みがあるのは、内部に魔法陣や魔石を組み込んでいるからだろうか。


「本日の臨時学会は、若干名の学会員の強い要望により急遽開催することとなり――」

 続けて開催理由を貴族的な言い回しで長々説明するんで、特に興味もないからレイテシアさんにこそっと尋ねてみた。


「あの黒い金属の棒と円盤って、もしかして魔法道具……それもマイクですか?」

「あら、さすがミネハル君、よくマイクなんて知っているわね」


 やっぱりか。

 まさかそんな文明の利器みたいな魔法道具が発明されていたなんて。


「十数年くらい前だったかしら? 『スプレッドボイス』の魔法を魔法陣で再現することに成功して普及が始まったばかりの、まだ新しい魔法道具なのよ?」


 『スプレッドボイス』……そういえばそんな魔法もあった気がする。

 確か、単純に声を周囲に拡散し、遠くまで伝達するだけの魔法だったはずだ。

 一部の魔物が鳴き声でやり取りしたり、遠吠えで縄張りの主張をする時に使っていたと思うけど、人が積極的に使っている魔法じゃなかったと思う。


 改変すべき魔法の数があまりにも多くて、ユーリシスとガチでやり合うのも疲れたもんだから、途中から使用回数が極端に少ない、それも人類側の戦力増強に直接役立ちそうにない一部の魔法は、細かな調整を後回しにして、コスパをよくしただけでサクッと調整を終わらせてしまっていた。多分そんな魔法の一つだったはずだ。


 確認のため、ホロタブを立ち上げて魔法のリストの『スプレッドボイス』を表示させてみる。


 ああ、やっぱりだ。

 謂わば『ライト』や『ウォーター』なんかの、日常でも使える便利魔法に分類していい魔法だけど、使い手も使用回数も極端に少ない。


「普及って言う割に見たことないですね。魔法も使ってる人、見たことないですし」

「そうでしょうね。そもそも使い勝手のいい魔法じゃないもの。町中では無関係の大勢の人に会話を聞かれてしまう上に近所迷惑になるわ。兵士や冒険者だと、仲間とはぐれたときに使うこともあるらしいけれど、仲間だけじゃなくて魔物も招き寄せてしまう危険があるから、滅多に使われることがないそうよ。だから、覚えて使おうという魔術師がほとんどいないのよ」


 なるほど、それは不便で使いどころに困る魔法だな。

 しかも、拡散出来るのは術者の声限定だし。


「魔法自体がそんな感じだから、魔法道具も同様で、こうして大勢に話を聞かせる公共の場や、王族や貴族が大勢の部下達を相手に演説をする時以外にはあまり使い道がなくて、一般には普及していないわね」


 納得だ。

 後日改めて調整を入れて、例えば拡散の方向に指向性を持たせるとか、対象を選択できるとか、ちゃんと有用になるように考えよう。


 それにしても、ランタンみたいに一般にも普及している魔法道具があれば、用途として一部にしか出回らない魔法道具もあるというわけか。

 魔法陣に関しても調整は入れているし、今度ちゃんとレイテシアさんの研究室にお邪魔して、もっとその辺りも深く掘り下げてみる必要がありそうだ。


 なんて話をしている間に、長くて退屈な開会の挨拶がやっと終わる。


「それでは続きまして、論文の発表に移らせていただきます。本日の発表者は四名です。それでは最初の発表者、リカルド・ウェブルース君」

 司会進行役の紹介で、まだ二十代半ばくらいに見える人間の男が演壇に上がった。


 レイテシアさんがこそっと教えてくれる。


「ウェブルースはハールス伯爵家の嫡男で、次期ハールス伯爵よ。現ハールス伯爵が聡明な方で、領民の人気はなかなかなの。でも、息子の方はパッとしなくてね。学会員になれるくらいだから馬鹿ではないのだけれど、必要以上に自分を大きく見せようとする残念な感じと言えばいいのかしら。だから、襲爵(しゅうしゃく)する前に博士号を取って箔を付けておきたくて仕方ないらしくて、機会あるごとに論文を出しているわ。今回も、早い者勝ちを狙ったのでしょうね」


 言われてみれば、確かにそんな感じの目つきというか、表情というか、プライドの高さと尊大な雰囲気があるな。

 服装も、いかにも貴族っぽい上質で煌びやかな服に加えて、ブローチや指輪なんかの宝飾品もこれ見よがしにたくさん身に着けているし。


 そのリカルドが、芝居がかった身振りを交えて、陶酔した表情で語り出した。


「学会員の皆様には、この私の論文発表のためにお集まりいただき、感謝の念に堪えません。昨今の魔法学会においては、目を見張るほどの理論も議論もなく――」


 その語りは、まるで今回は自分のために開催されたと言わんばかりで、要約すると最近の魔法学会では新発見もなく退屈極まりない、だけど今回自分はすごい発見をしたからこの場の全員に教えてあげましょう、みたいな内容で、自分を持ち上げ美辞麗句で飾り立てるのに余念がない。


 正直、聞いていてうんざりする。

 言葉で飾って偉そうに見せるんじゃなく、論文の中身で勝負しろと言いたくなるな。

 周囲も同様みたいで、表情に出さずに真面目に聞いている人もいるけれど、さっさと終わらせろ聞き苦しい、みたいな態度を隠さず……いや、敢えてかも知れないな、態度に出している人もいる。


 その空気を感じ取ったのか、それとも一通り自画自賛して満足したのか、ようやく前置きが終わって、論文の中身の発表に移ってくれた。


「本日私が皆様にお伝えしたい世紀の大発見は『呪文の語句の進化による魔法運用の新たな可能性』です。ご承知の通り、呪文の語句には特定の法則があり、それぞれの魔法ごとに使用可能な語句は限られています。とある魔法に使用可能な語句が、別の魔法では使用不可能であるわけですが、この私が! 遂にその定説が破られ! 呪文の語句が進化したことを発見したのです!」


 自己陶酔と自己賛美が多分に含まれた熱量の高い声が、マイクを通して大講堂の中に響き渡るけど、誰一人としてその熱量の百分の一も関心を払っていない。

 いや……二人だけ、一人はどこか忌々しそうに、もう一人は焦ったような落ち着かない様子で、リカルドを見ていた。


 リカルドはそんな大講堂の雰囲気に気付いていないのか、偉そうに、隅の方に待機していた数人のスタッフに指示を出す。

 そのスタッフ達は、演壇の背後にある壁に近づくと、まるで扉を開くようにその壁を左右へスライドさせていった。

 しかも、最上段の俺達からでも壁の向こうを見渡せるように、動いている壁は高く大きい。


「おおっ?」

 思わず小さく声を上げてしまった俺に、レイテシアさんが解説してくれる。


「あの壁の向こうは、冒険者ギルドの裏の広場みたいなものね。壇上から外へ向かって魔法を撃って実演出来るようになっているのよ。ミネハル君も実演する時は、あの外に向かって撃って頂戴」


 左右で合わせて扉四枚分ほどを開くと、スタッフ達は元の場所へと下がっていく。

 開いた壁の向こうは、弓道場の的場程度の広さと奥行があって、三方を壁に囲まれ奥の壁際には土が高く盛られていて、その手前に的になる丸太が数本立っていた。

 『ライト』のような無害な魔法なら壁を開く必要はなく、壇上でそのまま使うだけらしい。


 壁を開かせたってことは、攻撃魔法を使うってことなんだろう。

 恐らく、その方がインパクトがあるだろうから。


「百聞は一見にしかずと申します。言葉で長々と説明するよりも、まずはご覧戴きましょう」

 まるで何かのショーを始めるかのように仰々しく礼をすると、刮目せよ、そして驚くがいい、そう言わんばかりの笑みを浮かべて、右手を外へと向かって伸ばした。

 多分、これ見よがしに身に着けている装飾品のどれかが発動体なんだろう。


「『炎槍よ顕現せよ、その速き飛翔より(のが)れる(すべ)あらず、その切っ先を防ぐこと(あた)わず、ただその身を穿(うが)たれ我が前に倒れ伏すのみ、射貫けファイアランス』!」


 以前レイテシアさんが見せてくれた、ちょっと中二病が入ったゼルイン派の呪文を詠唱すると、丸太へ向けて『ファイアランス』を撃ち出す。

 腕は悪くないのか、ど真ん中とはいかなかったけど、見事に丸太へ命中した。

 そして『どやぁ』とばかりに悦に入った笑みを浮かべて、こちらを振り返った。


「ふふっ、皆様、どうやら驚きのあまり声も出ないようですな。そうです、以前であれば『ファイアランス』などという魔法は使えるはずがありませんでした。しかし! なんと! 今はこれまで使えなかったはずの語句を特定の語句と入れ替えることで、ご覧戴いた通り、不可能だった魔法が使えるようになったのです! しかも入れ替えることで使えるようになった魔法はこれだけではありません! そう、これこそ呪文の語句の進化! これにより魔法は新たな可能性を生み出し、魔法学の研究は新たな時代を迎えたのです! いかがですか、この私の世紀の大発見は!」


 まるで役者のように両手を広げて、陶酔した表情を浮かべる。

 もしかしたら頭の中では、誰もが驚き、彼を賞賛し、拍手喝采をするシーンを思い描いているのかも知れない。

 どう見ても、そんな感じのドヤ顔だ。


 ただし、大講堂の中は、そんなリカルドの熱量と反比例するように、白けて冷めているんだけど。


「で?」

「『で?』とは?」


 誰が発したのか、それがどうしたと言わんばかりの声に、リカルドはそのリアクションが腑に落ちないと言いたげにオウム返しに問い返して、ようやく周りの雰囲気に気付いたようだ。

 あり得ないって顔で、わずかばかり狼狽える。


「それで、続きはどうした?」

 その『で?』と発言したらしい、六十歳を越えていそうな白髪のエルフの老人が、改めてリカルドに問いかけた。その声音は明らかに不機嫌だ。


「続きと仰いましても……」

「その程度のこと、お前にわざわざ聞かされなくとも、この場の全員がすでに気付いておるわ」

 白髪のエルフの老人の言葉に、『当然だ』『我らを馬鹿にしているのか』『その程度で何が世紀の大発見だ』と、リカルドへのブーイングが巻き起こる。


 一転して、狼狽えまくるリカルド。

 まさか自分以外も発見していたなんて、と言いたげな、ショックを受けた顔だ。


「呪文の語句の進化と言ったな。進化とはどういうことだ? その根拠は?」

「これまで使えなかったものが使えるようになったのですから、すなわち進化ではないかと……」


「つまり進化という表現にはなんの根拠もないというわけだな。それで、新たな魔法が使えるようになった原因はなんだ?」

「いえ、それはまだ……」


「研究しておらんのだな。では、新たに使えるようになった語句の体系化はどうなっている?」

「いえ、それも研究中でして……」


「つまり、こんな魔法が使えるようになりましたと、子供が新しいオモチャを自慢するがごときお披露目をするためだけに、儂らをわざわざこのクソ忙しい時期にまた王都まで呼び出したと言うのだな」

 白髪のエルフの老人がダンと机を叩くと、リカルドがビクリと身を竦めた。

「い、いえ、決してそのような……」


 多分このエルフの老人も貴族なんだろう、それもリカルドの家より爵位が上の。服装が生地からしてリカルドより上質の物だし。

 黒いローブに博士号の刺繍が入っているせいでもありそうだ。


 季節はすでに秋で、農地は収穫で非常に忙しい時期になっている。

 領地貴族の領主なら、収穫した農作物を、国への納税分、商人への売却分、備蓄分、またそのまま食料として消費する分や加工品の原材料とする分なんかの仕分けや、冬に備える準備など、仕事が山積しているはずだ。

 それをろくに準備期間もないまま王都へ呼び出されて聞かされた話がたったこれだけなら、機嫌も悪くなるってもんだろう。


「発表したければ、最低限度の原因の究明や体系化を済ませてからにすべきだろう!」

「なんの中身もないではないか!」

「これ以上明らかにすべき事実がないのであれば、とっとと引っ込め、目障りだ!」


 他にも口々に文句や罵声を浴びせる学会員達がいて、リカルドは俯き肩を震わせると、一度全員を睨み付けるように見渡してから、演壇を降り、怒りを撒き散らすようにズカズカと歩いて席に戻った。


「ふふ、やっぱりこの程度よね。たったあれだけのことで世紀の大発見とか浮かれて思考停止するから、いつまで経っても残念なままなのよ」

 レイテシアさんが勝ち誇ったように笑いながら、らしくなく毒を吐く。


 何か因縁でもあるんだろうか?

 踏み込みたくないから、それについては触れないけど。


「余裕こいてますけど、レイテシアさん、俺達の発表もこれ以上のブーイングを浴びせられる可能性、あるんじゃないですか?」

「そんなことないわ、大丈夫よ」

 自信満々頷き――


「……多分」

 ――最後、わずかに目を泳がせた。


「ちょっと、本当に大丈夫なんでしょうね? わざわざ王都までブーイング浴びに来たわけじゃないんですよ?」

「だ、大丈夫よ、自信を持ちなさい。ミネハル君の基礎理論をわたしが発展させまとめ上げたのよ。それこそ掛け値なしに世紀の大発見なんだから」

 今度こそ、目を泳がせずに最後まで言い切るレイテシアさん。


 ……本当に大丈夫なんだろうな?


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