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ゲームプランナーなので無理ゲーな異世界を大型アップデートします  作者: 浦和篤樹
第三章 アップデート『天より来る魔狂星』
114/120

114 魔法学会 1



 その建物は、王都ラガドの北区にある貴族の屋敷や高級店が集まっている区画の中でも、一般の住宅街が建ち並ぶ東区寄りにあった。

 大学の大講堂や文化会館といったような外観で、白亜の塔とでも言うべきか、威厳と共にリグラード王国中の叡智が集う場所という権威を感じさせる、お金の掛かっていそうな実にご大層な建物だ。


 レイテシアさんの説明によると、その大講堂は学会が行われる時に使用される施設で、同じ敷地内のすぐ側には事務棟と研究棟がいくつかあり、学会員であれば研究棟の部屋を借りて研究が出来るらしい。

 さらに敷地は分けられているものの、お隣は王国で最高の魔法学の教育を受けられる魔法学院で、学院で教鞭を執る学者は学会員でも魔法学院の校舎に併設されている研究棟の方で研究を行っているという。


 そんな風に解説するレイテシアさんは、いつも以上に気合いの入った上質で煌びやかなドレスに、せっかくのドレスを隠してしまういつもの、いかにも魔法使いっぽい黒いローブを羽織っている。


「このローブ? これは魔法学会に参加資格のある学者だけが着用を認められている学会員の証なのよ。つまり最高の叡智を持つ者として認められた証ということね」

「そのローブって、そんな意味があったんですか」

 ただのお洒落や、中二病的ファッションじゃなかったんだな。


 改めてよく見れば、生地はやけに上質だし、生地と同じ黒い糸で背中に刺繍されている意匠は、大講堂の正面玄関の上に掲げられた魔法陣と本を組み合わせた意匠と同じだ。


「刺繍なら左胸の胸元にも一つ入っているでしょう。こっちの刺繍は博士号を取得した者の証よ」

「目立たないからさり気ないワンポイントのお洒落程度にしか思ってなかったけど、なるほどそういうことだったんですね」

 道理で、いつも誇らしげに羽織っているわけだ。


「今回の論文が認められるのは確実でしょうし、申請して審査に合格すれば、ミネハル君も晴れて学会員になれてこのローブが貰えるかも知れないわよ?」

「俺は特にそういう権威には興味ないんで」


 いかにも『欲しいでしょう?』みたいな顔で言われても、申し訳ないけど特に欲しくない。

 普段使いするにはちょっと恥ずかしいし、戦闘するとき邪魔になりそうだ。

 何より、創造神たるユーリシスと行動を共にして、世界のシステムを知り、世界を救おうなんて真似をしているんだ。他の人が知らないことを知っていて当然だから貰うのは申し訳なくもあるし、下手に目立ちすぎたくないからな。


 対して、かく言う俺がいま着ているのは、いつもの冒険者というか旅人というか、そんな感じの厚手の丈夫な服……じゃない。

 権威ある学会に出席するならもっとちゃんとした服を着ないと駄目だと、北区の高級服飾店に連行されて、学徒らしい白いシャツと黒のスラックスとネクタイ、そして革靴を購入させられ、それを着ている。


 角穴兎(アルミラージ)討伐のおかげで懐にはかなり余裕があったとはいえ、正直、かなりの出費だった。

 感覚としては、着るのは今回限りなのに、ただの会社員が百万円以上するスーツを買ったような、そんな感じだ。もったいない。


 だから購入を断ろうとしたら……。


「いつもの格好のままだと、それだけで無知な冒険者として見下されて、話に耳を傾けて貰えない可能性が大だからよ。TPOに合わせた服装はマナーでもあるわ」

 だそうだ。


 TPOに合わせたマナーと言われたら、それは買うしかないわけで。

 どこの世界でも、権威を重んじる連中はそういうところがあるらしい。


 それはさておき、まずは事務棟へと入る。


「ここで参加受付と、論文の提出をするわ」

 論文は二部作ってあって、原本の方を提出し、俺達が所持するのは写本となるもう一部の方だ。


「提出された論文の原本は厳重に保管されて、学会員であれば自由に閲覧可能よ。ただし持ち出し禁止だから、研究室でじっくり読みたかったら、自分で写本するか、事務員に手数料を支払って写本して貰うしかないわね」

 レイテシアさんの解説を聞きながら、参加手続きをしていく。

 王都には一週間早く到着していたから、レイテシアさんが事前に申請しておいてくれたおかげで、簡単な事務手続きだけで俺の参加もすんなり了承された。


 そうして了承されたところで、青いスカーフを手渡されて、学会に参加する間はずっと身に着けておくように言われる。

 在野の学者ということで、青いスカーフはそのゲストの証らしい。


 それら受付を済ませたら、いよいよ大講堂へと移動する。


 大講堂の中はまさにそのもの、という感じだった。

 扇形の要の部分に演壇があって、それを見下ろせるように、五人ほど座れそうな長机と長椅子が三列に分かれて階段状に並んでいた。

 全部で十二段あるから、百八十人収容できる規模だ。


 レイテシアさんに付いて入ると、すでに八十人程の、レイテシアさん同様に黒いローブを身に着けた魔法学の学者達が座っていて、俺の腕に巻かれた青いスカーフを見て、そのほとんどの人達から、訝しそうだったり、蔑むようだったり、すぐに興味を失ったように視線を外されたり、おおよそ歓迎されていない視線を向けられた。

 これなら、企画会議で社長やクライアントのお偉いさんなんかを相手に、企画書をプレゼンする方がまだしもマシだ。俺の話をちゃんと聞いて真剣に吟味してくれるからな。


 でもこの場はアウェーというか、場違い感が半端ない。

 帰ってもいいなら、今すぐ喜んで帰るよ。


 そんな俺にお構いなしで、レイテシアさんが中央最上段に陣取ったんで、俺もその隣に座る。


「ミネハル君、不景気そうな『なんで俺はこんな所にいるんだろう』って言いたげな顔をしていないで、もっとシャキッとしなさい」

「分かってるんだったら、無理言わないで下さいよ」


「ここまで来て往生際が悪いわよ。貴方はわたしの共同研究者で論文の共同著者なのだから、その貴方が参加しなくてどうするのよ」

「どうもしませんよ。共同著者として名前は貸したんですし、発表はレイテシアさんだけで十分でしょう?」


「十分なわけないでしょう。基礎理論の提唱者は貴方なのよ。さすがのわたしも今では貴方の主張の大部分を認めてはいるけれど、クソ意地の悪い質問(ツッコミ)をされた場合、貴方でないと答えられない可能性があるわ。第一、『氷河』や『砂漠』や『大海』って地域性のある語句を使った魔法は、結局わたしには発動出来なかったのだから、貴方が実演してくれないと証明出来ないわ。それよりも、この会話は何度目かしら。いい加減腹をくくって欲しいわね」


 という理由から、俺まで王都に来る羽目になってしまったというわけだ。


 正しい知識を広めるのにこれほどのチャンスは他にないだろうから、学会に論文を提出するのは願ってもないことだけど、表に出るのはレイテシアさんに任せて、俺は裏方に徹したかった……。


「今日、提出されて発表される論文は四本。他の三本の著者は、案の定というメンツだったわ」

「何がどう案の定なんですか?」

 それを解説してくれることなく、ちょっと意地悪げで勝ち誇った笑みを浮かべるレイテシアさん。


「ちゃちな内容なのは、もう聞く前から分かっているから、わたし達の発表の順番は一番最後にして貰ったわよ。事後承諾になってしまったけれど、構わないわよね」


 本当なら順番は、発表内容が被ってしまい二番煎じにならないよう一番を争い、新たな事実や学説の第一発見者としての栄誉を奪い合うのが常らしい。

 特に今回みたいな事例での突発的開催ともなれば、発表内容が被る可能性が高そうだから、余計にだろう。

 そこを敢えて最後にしたわけだ。


「だって真打ちは最後に登場するものでしょう?」

 そう言ってニヤリと笑みを浮かべたレイテシアさんは、自信たっぷりで本当に楽しそうだ。


 まあ、確かに、レイテシアさんの共同研究者に俺が名を連ねている以上、たかだか二ヶ月足らずの期間で、俺達より改変された魔法システムについて詳しく把握出来た奴がいるとも思えないからな。


「理論もそうだけれど、ミネハル君が実演したら、この会場中の全員が度肝を抜かれるでしょうね。どんなリアクションが見られるか楽しみだわ」


 俺達の後からも学会員は入って来ていて、ざっと見回してもすでに百人以上になっていそうだ。

 これだけの人数に鵜の目鷹の目で突っ込みどころがないか粗探しされながら、実演しないといけないのか……。


「なんだか、見世物になるような気分なんですけど」

「見世物と言えば、ある意味で見世物かも知れないわね。初めてアレを見せられた時は、唖然というか茫然というか、ふざけているのかって思ったわよ」

 アレって……ああ、無詠唱か。



 レイテシアさんに王都までの護衛を依頼されたのは突然だった。

 俺達のパーティーは魔物討伐メインでやっているから、護衛は専門外だし最初は断ろうかとも思ったんだけど、知り合いって事と、道中で論文を執筆しないと学会に間に合わないって泣きつかれてしまって、押し切られてしまった。


 さすがに、後は一人でまとめて下さいって、途中で放り投げるわけにもいかなかったし。

 王都へ向かう行商人達がそれぞれ護衛を雇って集まった隊商に同行するって、レイテシアさんがすでに話をまとめてしまっていたこともある。


 もっとも、それは半分本当、半分口実で、俺をこの学会の場に引っ張り出して実演させるためだったわけだけど……。

 ともかく、その隊商に同行しての移動になったわけだ。


 日程は、まずレイテシアさんが学会の準備のためにホドルト伯爵の城下町にある研究室へ行って、それからドルタードの町へ戻って来る六日。

 それから隊商と合流して、王都へ向けて出発して二週間。

 俺達は荷馬車を買って、隊商の荷馬車の列の最後尾に付いての移動だ。


 休憩時間や野営するときに執筆を続けて、旅は順調だったんだけど……。

 旅程の中程で、運が悪いことに盗賊に襲われてしまった。


 護衛の冒険者は俺達を含めて全部で十八人。盗賊達はざっと三十人以上。

 明らかに不利で分が悪かった。


 しかも、盗賊達は魔法のコスパとスキルの威力が上がっていることから気が大きくなって、居丈高になっていた。

 俺達の方も当然そうなっていて、手痛い反撃を喰らうって発想を持ってなさそうだったのが、かなり間抜けだったけど。


 要求はご多分に漏れず荷物と女で、素直に渡せば見逃してやると言われても、はいそうですかとはいかないわけで。

 何しろ、その要求された女というのが、ガチムチの女性冒険者達、レイテシアさん、そしてユーリシスだったから。

 幸か不幸か、ティオルとララルマは、俺にとっては可愛い美少女とセクシー美人で魅力的なんだけど、この世界の美人の要件には当てはまらないから要求されなかった。


 それはともかく、創造神たるユーリシスに下卑た視線で下劣な要求をしたわけだから、当然神の怒りに触れたわけで……。


 文字通りユーリシスの天罰が派手に落ちて、後で同行者達に言い訳やら誤魔化しやら面倒な事態になる前に、俺が動いたわけだ。

 それが、無詠唱による不意打ちだ。

 居丈高に要求し脅してくる間に、十分にイメージを固められたからな。


 一気に十発の『ストーンボルト』を二連発乱射したことで盗賊達が狼狽え、その隙に『今がチャンスだ!』と号令をかけて護衛の冒険者達に前に出て貰った。


 人を相手に殺し合うのは初めてだったし、それは俺だけじゃなくてティオルもララルマもそうで、俺達は最初、腰が引けてあまり積極的に動けなかった。

 でも、盗賊達の目を見て覚悟を決めた。

 あまりにも殺して奪って犯すのが当たり前になり過ぎていて、俺達を同じ人として見ていない、獣みたいな目をしていたからだ。


 殺さなければ殺される。

 だから覚悟を決めて戦うしかなかった。

 それはティオルもララルマも同じだったようだ。


 そして俺達は勝って、辛うじて息がある連中と投降した連中は捕縛した。


 その後、俺もティオルもララルマも、その場の惨状と、人の血で濡れた武器と手に残った感触に、胃が空になるまで吐いたんだけど。


 同行していた行商人や冒険者達からは、それが護衛をする冒険者にとっての洗礼というか通過儀礼みたいなものだと気楽に言われて、撃退する切っ掛けを作ったことに感謝された。

 その通過儀礼を果たしたことで、護衛の冒険者達からは随分と優しくされて、それを機に親しくなれたのは不幸中の幸いだろうな。


 この世界では人権的な意味ではもちろん、魔物のせいもあって人の命が軽い。

 犯罪者ともなれば特にだ。

 こんなご時世だし、捕縛された連中は簡単な取り調べの後、死刑か死ぬまで強制労働だろう。まさに自業自得だ。


 けど……まあ、まだちょっと飲み込み切れてはいない。


 それでも変わらず毎日を過ごせているのは、多分ユーリシスが何かしたからだ。

 具体的には、精神操作だろう。


 でなければ、俺達を殺して奪って犯そうとした盗賊相手とはいえ、人を殺した罪悪感に、その日の晩から悪夢を見たり、何かの切っ掛けで思い出(フラッシュバック)したり、心的外傷(トラウマ)になっていてもおかしくなかった。

 それが、平和ボケした現代日本人の普通の感覚だと思う。


 ところが、多少思う所はあっても、そんなことは全く起きなかった。

 いや、もしかしたらそんな風になってしまって、ユーリシスがその記憶ごとどうにかしてしまった可能性もある。

 それがいいことか悪いことか判断が付かないけど……ティオルやララルマの手前、リーダーの俺が取り乱さずに済んで助かっているのは確かだ。


 だから、実際にユーリシスが何かしたのか確かめてはいない。

 いつか飲み込めて割り切れたときに、改めてどうするか考えればいい。



 とまあ、道中、そんなことがあったわけだ。


 俺にとってはかなりショッキングな出来事だったけど、この世界じゃ、世界中どこででも見られる日常の中の一つの出来事でしかなくて、レイテシアさんもケロッとしていて特に気に病んだりしていないようだ。

 学会のために何度も研究室と王都とを往復しているらしいから、同様の体験を何度もして、すでに慣れてしまっているのかも知れないな。


「でも無詠唱は何度も言ってるように、修練の果てに至る特別すごい能力ってわけじゃなくて、逆にそこに至るまでの補助として呪文があるだけですからね」

「無詠唱? ああ、それも十分に驚いたけれど、そっちじゃないわ」

「というと、どっちのなんです?」

「『石ころポーン』の方よ」

「ああ……」


 ついやらかしちゃったあれか。


 レイテシアさんがあまりにも頑固で、呪文と語句とその構成に固執して脱却できないから、売り言葉に買い言葉を続けているうちに、『こんな呪文でもなんでもないような言葉でも、イメージ出来れば魔法は使えるんですよ』ってやっちゃったのが、『石ころポーン』だ。

 人差し指を立てて『石ころポーン』って言いながら軽く振って、子供が小さな石をポーンと山なりに投げるように『ストーンボルト』を撃ったという。


 それを見たレイテシアさんは、綺麗なドレスを着た知的な淑女がしてはいけない、すごい顔でショックを受けて、取り乱したっけ。


 その時の顔を思い出して、つい噴き出しそうになったら、ジロリと怖い顔で睨まれたんで、咳払いして誤魔化しておく。


「ミネハル君には、是非あれを実演して欲しいわ」

「……面白がってますね?」

「ええ、ここのお高くとまっている連中の度肝を抜いてやりたいわね」


 気付けば席は三分の二以上が埋まっていて、演壇の脇に設置された司会進行役の席に、黒いローブを羽織った四十半ばくらいの人間の中年の男が座っていた。


「そろそろ始まりそうね。急な開催だったから、さすがに西部沿岸地方からは遠すぎて、全員揃うというわけにはいかなかったのは残念だわ」


 そうか、全員じゃないのか。

 出来れば、知識と権威と影響力のある学会員には全員揃って聞いて貰いたかったけど、仕方ない。


 程なく、司会進行役が立ち上がると一礼した。

「それでは、臨時学会を開催いたします」


 いよいよ始まったか。


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