11 人が滅亡した理由
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「さて、今日一日で色んなことが見えてきたな」
身を起こしてベッドに座り直す。
欲しかった情報の種類は次の三種類だ。
一般市民の生活と経済の状況。
冒険者の役割と立ち位置。
貴族の生活と政治形態。
貴族や政治関係は、貴族の知り合いでも出来ない限り難しいだろうから、いずれチャンスを待つとして。
今日集めたのは、主に一般市民の生活と経済の状況についてだ。
冒険者の役割と立ち位置についての詳細は明日以降に集めるとして、今日得た情報を整理する。
まずお金だけど、この国では六種類の貨幣が流通していた。
通称、王室貨幣や王室貨と呼ばれている、ラグラス金貨、ファリーナ銀貨、ウォルト銅貨の三種類。
そしてリグラ貨と呼ばれている、リグラ金貨、リグラ銀貨、リグラ銅貨の三種類だ。
王室貨は古い時代に鋳造された貨幣で、ラグラス金貨には当時の国王ラグラス三世が、ファリーナ銀貨にその王妃ファリーナが、そしてウォルト銅貨には王太子ウォルトが意匠されていて、現在では鋳造されていないらしい。
対して、リグラ貨は近年鋳造されるようになった新しい貨幣で、金貨も銀貨も銅貨も国旗と王家の獣を表すドラゴンが意匠されている。
どちらもこの国が発行している貨幣で、王室貨は質がいいけど、リグラ貨は混ぜ物が多く粗悪な貨幣ということだ。
そのために、王室貨はリグラ貨のそれぞれ二.五倍の価値と決まっている。
粗悪なリグラ貨に時の国王が肖像を意匠しなかったのは、あまりイメージが良くないからかも知れないな。
そんなわけで、金額は同じでも質がいい王室貨の方が信用が高くて、支払時にありがたがられる傾向があった。
さらに信用を高めている要素として、一般市民の間で多く使われているのがリグラ貨なのに対し、王室貨を使うのは主に金持ちや貴族、そして商人だかららしい。
ちなみに、一リグラ金貨=百リグラ銀貨=千リグラ銅貨。
一リグラ銅貨は日本円で一~百円。
一リグラ銀貨は日本円で百~千円。
一リグラ金貨は日本円で一万~十万円。
物価が安定してなさそうなのと、今日使ってみたおおよその目安として、日本円にしてこんなところみたいだった。
次に町中で見かけた冒険者達だけど、誰も彼も、市で見た男性六人組や女性四人組みたいな人達ばかりだった。
本当に蛮族か山賊かって見た目で、男も女も筋骨隆々。顔つきも野性的。
武器こそ金属製だったけど、防具は革鎧を一部付けているくらいで半裸も同然。金属製の鎧を着込んでいるのは、ごく少数の羽振りがいい冒険者だけだそうだ。
そしてこの国は、数十年前に王都より南西の山脈一帯の領地、要は金銀銅の貨幣に必要な鉱物資源の鉱山はもとより鉄鉱石の鉱山まで、魔物に奪われて失っていた。
つまり、粗悪な貨幣を鋳造して流通させないといけないほど、そして冒険者にとって金属製の防具が高価で手が出ないほど、かなり以前からそれぞれの生産量と流通量が減っていたってわけだ。
国や貴族が兵士を動かさないのも、もしかしたらそこに理由があるのかも知れない。
さらに王都はかつて王国の中央付近に位置していたのに、遷都していないにも関わらず、今では王国南東部に位置しているらしい。
これが意味するのは、広大な版図の東部と南部から、魔物達にジワジワと奪われていっているということ。
事実、この国より東に位置する国とはすでに国交が絶えて久しいらしい。
理由は、街道が危険で通れなくなったから。
同様に、南東部の王都近隣地方と、西部の大陸西側沿岸地方を結ぶ三本あった主要街道のうち、南の街道はすでに魔物の生存領域に飲み込まれ、そして今また、中の街道が北上する魔物の脅威にさらされているということだ。
そのため食料や生活雑貨なんかの生産量が減り、流通も滞り気味になり、物価は値上がりする一方で、一般市民の生活は徐々に圧迫されてきているそうだ。
王都に微妙に活気がないと感じたのも、きっとそのせいなんだろう。
王都でこれなんだから、田舎の村や、中の街道沿いの町や村なんかは、もっとひどい状況かも知れない。
だから俺は考えたんだ。
魔物が魔王なり魔族なりの僕で、人類を根絶やしにしようとしているなら、これを倒せば人は滅亡を逃れて世界は救われるんじゃないか、と。
そのために、なんとかチートっぽい能力を手に入れて、無双してしまえばいい、と。
だけど、その思惑は見事に外れてしまった。
この世界には魔王も魔族もいない。
そんなとんでもない敵も、どうしようもない存在も、存在しない。
では、人々の脅威になっている魔物とはいったいなんなのか?
魔物とは『魔法が使える動植物』の略称らしい。
そう、魔法が使えるってだけの、ただの野生動物でしかないわけだ。
とはいえ、魔法が使える分、普通の野生動物よりも遥かに危険な存在には違いない。
つまりこの国は、魔法が使える野生動物との生存競争に負けて、どんどん領地を失っていってる最中ということになる。
このまま手をこまねいていたら、百年後かもうちょっと後か、この国は地図から消えてしまうことだろう。
恐らく世界中の国々が同様の状況で、大国でこれなら小国だともっと悲惨か切羽詰まっている可能性が高い。
何か手を打たない限り、滅亡が早まることはあっても、長らえることはなさそうだ。
こんなのもう、俺一人チートっぽい能力を手に入れて無双すれば済むとかいうレベルの話じゃない。
「まったく、頭の痛い話だよ……」
チートで無双、ちょっぴり憧れてたのに……。
「それはともかく、今すぐ取れそうな簡単な方法だと……」
神の御業で、魔物を一匹残らず消滅させてしまえば、魔物の脅威はなくなる。
世界をそんな風に改変してしまえば、一瞬で解決だ。
「……でも、絶対に駄目だな。俺が俺に定めたレギュレーションに反する」
そんなことをしたら、大勢の冒険者が一瞬で失業だ。
さらに市場に出回っている食料……俺も露店で帝王熊って魔物の肉の串焼きを買って食べたけど、肉やら皮やら骨やらの素材も入荷不可になってしまう。
多分、世界中で大パニックになるはずだ。
じゃあ、そこらの子供から腰の曲がった老人まで、誰もがドラゴンを赤子の手を捻るように屠れるだけの戦闘能力を手に入れたら?
そこまでいかなくても、魔物の脅威が薄れるだけの強靱な肉体を手に入れたら?
程度の差こそあれ、今度は魔物および魔物に奪われた土地を奪い合う、人同士の資源争奪戦争が始まるのは間違いない。
まさに、世界大戦の勃発だ。
匙加減を間違うと、人類滅亡が加速するトリガーを俺が引いてしまいかねない。
「……情報が足りない」
たった一日で集めた情報としては、上出来だとは思うけど。
「もっと、世界の核心部分の情報が欲しいな……」
ここまでの情報収集は、企画会議の前に世界観の設定資料を流し読みしておいたようなものだ。
ここからは、ユーリシスと会議して、この世界の企画者から直接説明を受けた方がよさそうだ。