108 狂ったスキル
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「喰らえや『ギロチンアックス』! っと!?」
両手斧を帝王熊に叩き付けると、『アックスストーム』のグラハムは常にないその手応え、鋭利な切れ味に、頑丈で分厚い毛皮と肉を予想以上に切り裂きわずかにバランスを崩してしまう。
「ガアアァァッ!!」
その隙を狙い、帝王熊が鋭い爪で引き裂こうと、豪腕を振り下ろす。
格好など気にする余裕もなく、グラハムはその場から転がるように飛び退き、間一髪、その爪を回避した。
直後、自分が一瞬前まで立っていた地面が、地響きと共に陥没する。
「チッ、なんだってんだ畜生が!」
虎顔を歪めて悪態を吐きながら、転がるようにして帝王熊から距離を取る。
「こっち向けや! 『アンプレゼント』!」
メンバーのドワーフがフォローに挑発し、帝王熊の意識がそちらへ向いたことで、グラハムはようやく立ち上がり構え直せて、周囲を見回す余裕も生まれた。
いつものフォーメーション、いつもの必勝パターンで、何も変わりはない。
だから帝王熊には着実に手傷を負わせている。
しかし、メンバー達の様子がおかしく、攻撃に精彩を欠いていた。
自分同様に戸惑い、スキルを使って攻撃することに躊躇を見せているのだ。
「ったく、なんだってんだ、こいつはよぉ」
愚痴をこぼし、自分の手の中の両手斧を見つめる。
剛毛、逞しい筋肉、丈夫な骨と、非常に頑丈な帝王熊を相手にすると、たった一回の戦闘で刃こぼれし、鉄製の柄が歪み、使い物にならなくなってしまう。
だからこそ、いつもの武具屋でいつもの安物の量産品を買ってきた。
荷馬車の荷台に載せている予備の両手斧も同様だ。
だから、今回に限り上等な品で特別切れ味がいい、などということはない。
「ゴガアアアアアアァァァァァァッ!!」
帝王熊が一際大きな怒りの咆哮を上げたことで、グラハムは我に返り、帝王熊を睨み付けた。
「『帝王の咆哮』が来たぞ! てめぇらこっからが本番だ、気合い入れてけよ!」
「「「おう!」」」
そう、戦いの最中に余計なことを考える余裕などない。
油断すれば自分ばかりか、大事なメンバーまで危険に晒してしまう。
だから自分が攻撃を仕掛けるタイミングを計り、油断なく構える。
「おらよっ! っとぉ!?」
両手斧を叩き付けたエルフの男が、奇妙な声を上げて後ずさった。
「どうした!?」
「リーダー、なんかやばい! 『帝王の咆哮』が来た途端、いつもより硬い! ろくに攻撃が通らないぜ!」
それを聞いた他の者達も両手斧を叩き付けるが、同様に、いつもより攻撃が通らず、戸惑い攻めあぐねる。
「仕方ねぇ、どんどんスキルを使っていけ!」
「だけどよリーダー、スキルもなんか変なんだぜ!?」
「変だっつっても、変に切れ味が増したり、妙に重量が増したり、いつも以上に威力が出てるって感じだろ!? それがいつまで続くのか分からねぇが、今の内に叩き込めるだけ叩き込んでやりゃあいんだよ!」
グラハムの指示に、それもそうだとばかりに、スキルに戸惑いつつも多用し攻め始めるメンバー達。
「おいスレッドレ、援護の『ファイアアロー』はどうした!?」
「リーダーそれが……くっ!」
スレッドレが構えた杖、そこに嵌め込まれた魔石の先に浮かぶ火の矢が、常になく力強く燃え上がっていた。
魔法の制御に苦戦するスレッドレに、グラハムは眉をひそめる。
「魔法もスキルも威力が上がってるのがあるかと思いきや変わらねぇのもありやがるし、帝王熊の『帝王の咆哮』もなんだか妙に頑丈になってやがるし、一体なんだってんだ。せっかくの復帰戦だってのによ、まったくついてねぇぜ」
――しかしその違和感を覚えているのは、グラハム達だけではなかった。
「はっはぁっ、くたばれや! 『ハードスピア』!」
楽しげな雄叫びを上げながら、一際大きな穂先から柄まで金属製の豪槍を突き出し、『グローリーブレイブ』のルガードがスキルを放つ。
いつも以上の威力で以て、普通の狼より二回りは大きな巨躯を持つ死炎軍狼を貫く。
常ならば致命傷を与える程度の威力だったそのスキルは、一撃で死炎軍狼を絶命させ、それが楽しくてたまらないとばかりに、ルガードは歓声を上げた。
「俺も負けてられねぇ! 『ヘビークラッシュ』!」
もう一人、峰晴達と組んで雷刀山猫と戦ったときに、真っ先に噛みつかれて強麻痺の唾液で脱落した男が、調子に乗って前に出て、死炎軍狼に両手斧を叩き付けた。
その一撃が見事に急所を捉え死炎軍狼を絶命させたことで、ご機嫌な歓声を上げる。
「馬鹿野郎、調子に乗るな! 隊列を乱すんじゃない!」
お調子者二人に苛立ちながら、ジェルミンはリーダーとして矢継ぎ早に指示を出し、他のメンバーに突出した二人のフォローをさせる。
「このスキルの威力は異常だ……体感としてはいつもより調子良くダメージを与えられているって程度だが、どいつもこいつも、しかも毎回確実にってのはなんなんだ?」
不気味なものを感じて、メンバー達の安全を考えると、下手に調子に乗って突っ込むことは出来ない。
「っ!? やばい来るぞ、構えろ!」
ジェルミンの忠告に合わせて、すでに仕留めた四匹の死体の向こう、離れた位置で半包囲を敷いていた死炎軍狼が六匹、大きく口を開いた。
その口の中に、火種が揺らめいたと思った瞬間、火炎の豪球となって、ジェルミン達、そして依頼で護衛している隊商の荷馬車へ向けて、矢のように速く撃ち出される。
「どわっ!?」
「あちちっ!?」
「急いで消火しろ! 荷物に燃え移らせるな!」
直撃を喰らいそうになって飛び退いたり、掠ったりしたメンバー達が悲鳴を上げ、直接狙われなかったジェルミンが矢継ぎ早に指示を出す。
『グローリーブレイブ』唯一の上級魔術師は、死炎軍狼への攻撃よりも『ウォーター』での消火活動に追われ、攻撃へ手が回らなくなる。
それを隙と見て、撤退していく死炎軍狼の群れ。
「あいつら、引き際を心得てやがる……」
忌々しそうに、遠ざかる死炎軍狼の群れを睨み付け、改めて消火の指示を出す。
「何故かスキルの威力が上がっていたおかげで、たまたま何匹か仕留めることが出来たが、グズグズしているとまた襲いに戻ってくるぞ! 急いで消火して、早々にあいつらの縄張りを抜けるんだ! 被害を調べるのはその後だ!」
そうして指示を出しながら、ジェルミンは今の戦いを振り返った。
自分達のスキルの威力が増し、上級魔術師の魔法の威力も増した。
幸か不幸か『ウォーター』の威力も増して水量が増えているので、いつもより消火は進んでいる。
しかし同時に、死炎軍狼が撃ち出した火炎球もまた常にない威力になっていて、直撃すればこれまで以上に被害が大きくなるのは目に見えていた。
早々に四匹も仕留められたのは、かなりの幸運だと言えるだろう。
でなければ、もっと荷馬車が燃やされ、走れなくなったら荷物を捨てていかなくてはならなかったのだから。
幸いそこまでの被害にならなかったことに、ジェルミンは内心で安堵する。
だが、その幸運に甘えてはいられない。
次はこれまでにないくらいの大惨事になる可能性だってあるのだから。
「いったいどうなっているんだ……いつからこんなことになっていた?」
――このような光景が、世界中の至る所で見られていたのである。
それら違和感を覚えたのは冒険者に限らなかった。
市井でも、『ライト』や『ウォーター』などを商売に利用してる者達は、いつもより使い勝手や威力が増していることに気付き、戸惑いと不安が隠せず、それらの不安は口から口へと人々の間に広がっていった。
そして、聡い者達は薄々気がつき始めていた。
それらの異変の原因が、魔狂星の落下を境に現れたことを。




