100 峰晴の魔法修行と考察 4
さらに翌日、朝練を少し早く切り上げさせて貰って、早々に冒険者ギルドの裏の広場へやってくる。
レイテシアさんはまだ来ていない。
「今の内に、昨日の復習をしておくかな」
ユーリシスが使っていた魔法の呪文の省略の仕方を思い出す。
確か『雷よ、四本の槍となって敵を穿て、ライトニング』と、実に簡単にまとめていたはずだ。
だから『ファイアアロー』も、実際に使う場面を想定して、そんな感じに短くまとめてイメージしやすくしておきたい。
借りている杖を構えて、昨日魔法を使った感覚やイメージを思い出す。
「よし、じゃあ……『炎よ、一つの矢となりて敵を貫け、ファイアアロー』!」
イメージ通り、一本のファイアアローが練習用の丸太に突き刺さった。
「これでもまだ長いし、即応性に欠けるな……一本しか使わない時、っていうか、矢として放つのはもう決まってるんだから、そこも省略しておきたいな。実戦で使うなら……『炎よ敵を貫け、ファイアアロー』!」
問題なく、一本のファイアアローが飛んで、練習用の丸太に突き刺さる。
「うん、やっぱりこのくらいは短くないと。むしろ『ファイアアロー』だけでもいいくらいだ」
三度、一本のファイアアローが飛ぶ。
「慣れると、最初に元素が分子がって苦労してたのが嘘みたいに楽に使えるな。というか、魔法はやっぱりこのくらいお手軽に使えないと、実戦じゃ使いものにならないな」
さて、確認も終わったし、レイテシアさんが来る前に練習は止めておこう。
面倒だけど、レイテシアさんの前では、頑張って長々と呪文を唱えて撃たずにキープを心がけよう。
でないと、昨日の今日でやり過ぎたらレイテシアさんの反応が予想付かない――
「――げっ!? レイテシアさん!?」
くるりと広場の入口側を振り返ると、そこには茫然と立つレイテシアさんが。
俺が気付いた途端、はっと我に返って俺に詰め寄ってくる。
「ミネハル君」
「は、はい」
詰め寄ってくるのに合わせて後ずさると、後ずさった分だけ詰め寄ってきて、もう顔と顔がぶつかりそうなくらい顔を近づけてくると、逃がさないとばかりにまた俺の両肩をガシッと掴んできた。
「今、呪文を省略して使っていたわよね?」
「えっと……な、なんのことでしょう?」
「とぼけても無駄よ! しっかり見させて貰ったわ! 一昨日初めて呪文の練習を始めて、昨日にはもう魔法を使えるようになって、今日はもう呪文の省略!? たった三日で上級魔術師レベルにまで至ったとでも言うの!? 冗談でしょう!? どれだけ天才なの!? いえ、天才なんて言葉では言い表せないわ! これはもう神に愛されている希有な才能としか言えないわ!」
「ちょ、待っ、そんな揺すったら気持ち悪い……!」
ガクンガクンと力一杯乱暴に揺すられたら、目眩がして胃の奥からこみ上げてくる。
「あっ、ごめんなさい、つい興奮してしまったわ」
揺するのだけは止めてくれたけど、掴んだ両肩は解放してくれない。
「貴方、何が目的なのかしら」
「は? 目的ですか? なんの目的ですか?」
「わたしに近づいてきた目的よ」
なんの話だ?
「昨日の今日でド素人が上級魔術師になりましたなんて話より、最初から上級魔術師だってことを隠して、ド素人の振りをしてわたしに近づいてきたって考える方が自然だわ」
「いや、それは考えすぎですよ。だって最初に王都で会った時も、レイテシアさんから話しかけてこなかったら、俺達接点なかったですよ? 今回も、レイテシアさんから俺を訪ねてきましたよね? しかも再会するまで何ヶ月間が空きました? もし偶然を装ってレイテシアさんに近づくつもりなら、もっと早く確実な方法を選びますよ」
「……言われてみればそうね」
その後に続いた『諦めたと思わせておいての、お父様の仕組んだ新手のお見合いかと思ったけれど、さすがに考えすぎだったかしら』って小さな独り言は、聞かなかったことにしておく。
「だとしたら、一体何をどうやって、こんな短期間で呪文の省略まで身に着けたのかしら。このわたしでも、二年以上かかったのよ」
「どうやっても何も、昨日、レイテシアさんが言ってた通りに、見て真似をしただけですよ。一度成功してしまえば、成功イメージが固まるんですから、ダラダラ長々呪文を詠唱しなくても、要所要所でイメージを補完する呪文を口にするだけで十分でしょう?」
「それはその通りよ。でも、言うのは簡単だけれど、実際にそれをやるのは簡単じゃないわ。だから呪文を空でも唱えられるほど反復練習をするのよ」
ふむ……昨日も思ったけど、やたらと呪文を最初から最後まで正確に唱えさせようとしている気がするな。
レイテシアさんとしては、基礎を大事にしているってところか。
これは試しに、揺さぶってみるか?
「呪文なんて、所詮イメージを補完するためのツールでしょう? 少なくとも、魔法を使うのに必須のツールじゃないはずだ。だって補完する必要がないくらいイメージが固まってしまえばいらなくなるわけですし。でないと無詠唱の説明が付かないでしょう」
「ちょ、ちょっと、それは乱暴すぎる理論――」
「先日の仮説にあった、詠唱を省略出来る根拠の魔力回路って、昨日の今日で出来上がるもんですか? だとしたら俺には三日足らずでその魔力回路が出来上がってることになると思うんですけど、いくらなんでもそんなことないですよね? っていうか、実はそんなものないんじゃないですか?」
「――っ!?」
レイテシアさんが固まってしまう。
視線が右に流れ、左に流れ、下を向いて、斜め上を向いて、悩み葛藤するような、苦悩するような表情で、ブツブツと何やら呟き続ける。
ちょっと怖い。
固定概念を揺るがす理論というか、少し刺激が強すぎたか?
「独学で勉強を始めたばかりの、ド素人故の自由な発想なのかしらね……」
何やら結論が出たのか、真剣な……っていうか、ちょっとイっちゃってる目で、俺の目を覗き込んでくる。
「ミネハル君に試して貰いたいことがあるのだけれど、いいかしら? いいわよね? 嫌とは言わせないわ」
圧が強すぎだ、ここではいと言わないと、絶対に面倒なことになる。
「分かりましたから、もうちょっと離れて下さい、顔、近すぎです」
仰け反って顔を逸らさないと、あらぬ場所が触れてしまいそうだ。
「あっ、やだわ、わたしったらはしたない」
わずかに頬を染めて慌てて離れてくれたレイテシアさんに、ほっと胸を撫で下ろす。
「それで、俺にさせたいことってなんですか?」
「『ウィンドブレード』って魔法は知っているかしら? と言うよりも、見たことあるかしら?」
「いえ、ないです」
魔法のリストに載っていたと思うけど、そのくらいしか知らない。
「そう、なら丁度いいわ。今から使ってみせるから、ミネハル君も使ってみて」
なるほど、そういうことか。
試すように俺を見た後、右手を前に突き出す。
「『風よ集え、一つの鋭き刃になりて敵を切り裂け、ウィンドブレード』」
真空の刃が、練習用の丸太に深い切り傷を付けた。
いきなり詠唱の省略を見せたのは予想外だな、てっきり長々と詠唱するかと思っていたのに。
これは確認と同時に、俺への挑戦でもあるんだろう。
だったら、揺さぶった以上、レイテシアさんの意図に乗っかっておいた方がいいな。
真空の刃で切り裂くとか、どれだけアニメやゲームで見てきたことか。
こんなにイメージしやすい魔法なら、『ファイアアロー』で慣れた今、多分すぐに使えるはず。
一度目を閉じ、ゆっくり深呼吸して、いま見せられた『ウィンドブレード』を自分が使うイメージを固め、目を開いて杖を前に突き出す。
「『風よ敵を切り裂け、ウィンドブレード』!」
初めてで、多少軌道が不安定で、狙いがわずかに逸れてしまったけど、真空の刃が丸太の脇を浅く傷つけて飛んでいった。
「…………本当に、見たばかりの魔法を使えるなんて……詠唱を省略してイメージを補完させる語句が極端に少なかったのよ? しかも呪文の語句を変えた上にさらに短くだなんて……」
力が抜けてしまったみたいにふらついたレイテシアさんを、慌てて抱き留める。
ちょっと刺激が強すぎたかも知れないな。
「大丈夫ですか?」
「ご免なさい、大丈夫じゃないわ、わたしの中の何かが音を立てて崩れてしまっただけよ」
大丈夫じゃないのか、だけなのか、ちょっと支離滅裂だな。
要はそれほどのショックだった、と。
「やっぱりミネハル君は神に愛されているとしか思えないわね……」
さっきも言っていたけど、いくらなんでもそれはないだろう。
俺の元の世界の創造神たる神様には、俺が手がけたゲームを気に入って貰えているみたいだけど、それだけだ。
ユーリシスに至っては……うん、あり得ない、むしろ嫌われている。
「もっとも、今更神の愛もあったものじゃないわね、馬鹿を言ったわ……ふふ」
うん? それはどういう意味だ?
「……ご免なさい、今日はこれで帰るわ。数日、ゆっくり考えさせて」
「あっ、はい分かりました。ゆっくり休んで下さい」
どうも、呪文という存在しない物を基礎として重要視する風潮が、魔術師の数を絞ってしまっている気がする。
あんな長い呪文を暗記させられて反復練習が必要とか、苦行でしかないしな。
これを切っ掛けに、レイテシアさんが魔法を研究するにあたって、今までとは違うアプローチの糸口を見つけて本来の魔法システムに近い理論を打ち立ててくれれば、今よりも魔法が普及しやすくなって魔術師の数も増えてくれるはずだ。
魔法システムを改変するにしても、現行のシステムと全く別物にする予定はないから、特に問題はないだろう。
まあ一応、その新しい理論が世間に広まる前に、魔法システムの改変は済ませておきたいところだな。