1 ゲームプランナーの仕事
初投稿作品です、よろしくお願いします。
およそ一冊分ほどのストーリーが一区切り付くまで、可能な限り毎日投稿する予定です。
初回なので一時間ごとに三話連続投稿します。
第一話。
俺――直嶋峰晴――はゲームを作るのが好きだ。
子供の頃からPC、コンシューマ、携帯ゲーム機、スマホ、などなど、様々なプラットフォームで電源ゲームを遊んできた。
そんな趣味が高じて、大学のサークルでは同人ゲームを作ってDLショップで販売もした。
他にも、テーブルトークRPGのシステムを作ってはコンベンションに参加し、ボードゲームやカードゲームを作ってはコンベンションに参加し、トレーディングカードゲームにも手を出してはゲームショップの大会に参加しと、非電源ゲームも遊んできた。
ちなみにラノベを書いて大賞に応募したり、ネットに投稿したりしたこともある。
そんな創作活動に熱を入れた学生時代を過ごしたおかげか、大学卒業後はプランナー兼シナリオライターとして、コンシューマゲームをメインで製作する中堅どころのゲーム会社に運良く就職することが出来た。
研究室でお世話になった教授に紹介された就職先を断ってまでゲーム会社に就職したのは、非電源ゲームもラノベも一人で作れたけど、電源ゲームは一人じゃ作れなかったからに他ならない。
そう、まさに趣味と実益を兼ねた、男子一生の仕事だ。
そうしてコンシューマ、PCのブラウザ、スマホと、様々なプラットフォームでゲームを作り続けて早五年。
俺の人生、これに全てを捧げていたと言っても過言じゃないくらい、ゲームを作るのが大好きだった。
そう、だった。
全ては過去形だ。
それは俺の人生最後の日。
中高生の頃なら狂喜乱舞しただろう出来事が、まさか二十七歳にもなってから自分の身に起きるだなんて思いも寄らなかった。
◆
「直嶋班長、仕様書をチェックして貰えたってメッセージ貰ったんで来ました」
「お、鹿島来たか、ちょっと待っててくれ」
PCのディスプレイに顔を向けたまま返事をしつつ、手早くキーボードを叩いて修正指示書を書いていく。
キャラごとに設定される能力値の成長補正。
レベルごとに目安となるその数値。
敵の能力値とAIの変更。
それらを元にしたプログラマーへの計算式の修正指示。
さらに、今作のSRPGで一番のキモで売りになる戦闘スキル、その育成システムの仕様変更。
それを受けてのシナリオの追加変更。
ステージごとの敵配置の変更。
そして、この全ての要素から影響される戦闘バランスの調整。
これらに関連する項目をまとめて、明日の班長会議でプロデューサーとディレクター、プログラム班とCG班の班長に資料を配ってプレゼンして、ゲームの修正方向で了承を貰わないといけない。
大至急かつ最優先の作業だ。
「鹿島、まだ書いてる途中だけど、明日の朝までに新規の修正指示書を、俺の共有フォルダの『修正指示書』にアップしておくから、企画班全員に見ておくように伝えておいてくれ」
プロデューサーとディレクターが大幅な仕様修正の必要ありと判断を下したその意味……自分達の未熟さを少しでも理解するまでは、ヘルプに入ったばかりの俺があれこれ指図するより、元班長の鹿島でワンクッション入れておいた方が面倒が少なくていいだろう。
「分かりました、伝えとくっす」
「ああ、よろしく」
きりのいい所まで書いて、文書ファイルを保存。
肩に入っていた力を抜くと、不意に眠気が襲ってきて大欠伸が漏れた。
ふと目に入った壁掛けの時計が指す時刻は、二十一時三十二分。
パックの果汁百パーセントのオレンジジュースを飲んで、喉を潤すと同時にビタミンと糖分を補給して、少し頭をスッキリさせてから椅子ごとぐるっと向き直る。
「悪い、待たせた」
まだまだ早い時間帯だけど、さすがに定時までと違ってピリピリした雰囲気はなく、三十二人が押し込められている開発室には疲労と惰性でどこかダレた空気が漂っていた。
マップパーツの色味がどうとか、ソースコードがどうとかいう相談に交じって、最近流行りのアニメや漫画について熱く語る雑談なんかも聞こえてくる。
これなら、部屋の隅にパーティションで区切られた会議スペースへ移動して、周りに気を遣いながら小声で話す必要はなさそうだ。
「さて、見せて貰った『追加仕様』の仕様書だけど……」
「は、はい」
何度もリテイクを出しているせいか、鹿島の動きも表情も硬い。
俺に思うところもあるだろう。
だけど俺も一ゲームプランナーとして、何よりヘルプで入って企画班の班長を任された以上、手抜きしてクソゲーを作るわけにはいかない。
すでに開発に『失敗』した鹿島への対応は、必然厳しくなる。
「……このアイテム合成システムな、これじゃあ使えない。やり直してきてくれ」
「どこが駄目なんすか!? 今回のはかなり自信ありっすよ!?」
よほど自信があったのか食い下がる鹿島に、目の前で指を立てて数えながら理由を説明してやる。
「理由は大きく三つ。自分で立てた企画のコンセプトをブレさせるな。このシステムじゃゲーム性も面白さも何も変わらない。なのに工数が掛かりすぎる」
ディスプレイの脇に並べて置いてある、プリントアウトした書類をまとめている分厚いファイルを手に取って、企画書の該当ページを開き、問題の項目を指先でつついた。
「今作のコンセプトの一つで一番のキモが、キャラの能力値とスキルの育成、および敵とステージに対応してスキルを付け替えることによるキャラのカスタマイズで、アイテムは工数の関係から数を絞ってサブ扱いでいく、だったよな?」
「だから、アイテムもメインに格上げすればもっと面白くなるじゃないっすか」
「言いたいことは分かるし、ある意味じゃ間違ってない」
「だったら……!」
「コンセプトを途中で変えて軸をブレさせると、どこを一番面白くしたいのか、どんな風に遊んで欲しいのか、その焦点がぼやけて大問題っていう、いい例だな」
同じく、俺が最初に書いて渡した修正指示書の該当ページを開いて、鹿島によく見えるよう突きつける。
「俺の指示書、ちゃんと読んだのか? スキルに属性や特殊効果をいっぱい付けて山のように種類があるけど、属性持ちの敵が少ない上、敵AIへの影響も薄い。マップや地形効果、ギミックとの関係はもっと希薄で、スキルを使うありがたみも爽快感もまるでない。ストーリーに至っては、まったく無関係だ。だからもっと大胆に影響させて、ユーザーにカスタムの幅と育成の面白さが伝わる尖った仕様にするよう指示を出したよな?」
ところが、何度仕様書を書き直させても物足りなさを残していて、鹿島はこの問題をクリア出来なかった。で、時間もないことだし、俺が修正することになったわけだ。
結果、鹿島のする仕事がなくなってしまったので、追加要素の仕様書を出すように指示したわけなんだけど……。
「これ、スキルでやってることをアイテムでもやるだけだろう? 同じシステムを作って遊び方の幅が広がるのか? もっと違う切り口から幅を広げるべきじゃないか?」
「あ、あれ? 言われてみれば……」
「しかも、ただでさえ開発が遅れてて厳しいのに、スキルと武器防具アクセでデータ量もキャラへの影響も四倍になって、バランス調整とデバッグで死ぬぞ?」
「ぐはっ、マジっすね……時間があるか、最初から組み込んどけば、ナシじゃなかったかもだけど……」
「なんだ、分かってるじゃないか。なら、三つ目の工数の話も分かるな?」
俺達は趣味と遊びでゲームを作っているんじゃない。
ゲームという商品を開発しているんだ。
会社からは利益を上げることを求められているんだから、面白そうなアイデアをなんでもかんでも、ただぶち込めばいいってわけじゃない。
つまり開発期間に応じた、開発だけじゃなく経理や営業などの全社員の給料、ビルのテナント代や機材のリース代、外注工費、販促費なんかを稼ぐ必要がある。
もし発売延期になれば、その分だけ開発費がかさんで利益が減るし、もし発売日が入っている販促物があれば全部作り直しでさらにだ。
「仮にこの仕様で作るとして、追加で掛かる開発費以上を稼げるだけ販売本数を伸ばせるか?」
「自分で書いといてなんだけど、同じもん増やしてるだけだし、無理っすね……」
鹿島もすでに入社三年目。面白いアイデアを出すなんて言うまでもなく大前提の上、そろそろそういった金勘定も含めて仕様を考えられるようになってもいい頃合いだ。
そうなれば、俺の作業もぐんと楽になる。
加えて言うなら、さっきと真逆のことを言ってるように聞こえるかも知れないけど、グッズの売り上げもかなりを占めるし、それが大幅に見込めるほど人気が出るのなら、多少開発費がかさんだとしても大がかりな仕様を入れるのは選択肢としてありだ。
「そこまでいけるほど面白くなるなら、俺も一緒に社長とプロデューサーとプログラム班とCG班に頭を下げて、発売延期してでも作業して貰う。でもそれが無理なら、可能な限り今ある物を使って、最小限の労力で最大限面白くするしかない」
「うっす」
というわけで。
「理由の説明は以上だ。俺が指示した意図をちゃんと理解してないから、こういう使えない仕様を出してくるんだ。しっかりしてくれよ?」
「うへぇ、バッサリっすね……先輩って普段は温厚っていうか、お人好しなくらいダダ甘なのに、ゲームのことになると妥協しないっていうか、無慈悲で無情っすよね」
「お人好しでダダ甘ってお前……本人を前にして言うか? 言っとくけど、俺も妥協してばかりだからな。妥協はともかく、手抜きはしたくないだけだ」
だからこそ厳しい態度で説明しているんだって、腐らず理解して欲しい。
「そういうわけで、リテイクな。プレッシャーかけて悪いけど、そろそろ時間的に厳しいから早めに頼む」
「……うっす、出直してきます」
肩を落としてトボトボと席に戻って行く鹿島。
今は存分にへこんで悩んで苦しむといい。
でも自分を卑下する必要はないからな、それはかつて俺も通った道だ。
だから頑張って、次はもっとゲームが魅力的になる仕様を出してくれ。
「さて、始業時間までに二時間は仮眠を取るとして……残りの修正指示書は、あと九時間で仕上げないとな」
「直嶋はお優しいこって」
と、不意にかけられた、からかい半分同情半分の声に、椅子ごとぐるっと振り返る。
「藤堂さん聞いてたんですか?」
肩を竦める気力もなくて、苦い笑いだけを返す。
「あんなにヒント与えて、もっと突き放して自力で考えさせてもいいと思うぞ?」
「答えまでは教えてないでしょう? あいつ素直で地頭はいいのに視野がちょっと狭いから、このくらいしてやった方が早く伸びるんですよ。時間も本気で厳しいですし」
「確かに、あんまり直嶋ばかりに負担をかけるわけにはいかんからなぁ」
困ったような苦笑いを浮かべた藤堂さんが、不意に真顔になって俺の顔を覗き込んできた。
小太りのおっさんとアップで見つめ合うなんてごめんだし、軽く仰け反って逃げる。
「前のプロジェクトが終わったばかりなのに休暇も取らせず引っ張ってきた俺が言うのもなんだが、お前ちょっとやばいんじゃないか? 土気色っていうのか? ひどい顔だな。ちゃんと寝てるか? 最後に家に帰ったのは何週間前だ?」
「そこはちゃんと顔色って言いましょうよ。ここんところ一日平均二時間くらいかな……少なくとも一ヶ月半帰ってないのは確かですね」
言われてスマホで自分の顔を確認してみれば、少しこけた頬、濃い目の下のクマ、無精髭、ボサボサの髪、さらに血の気のない顔色と、まるで栄養失調の病人か不審者だ。
これじゃあ、ただでさえ女性とは縁がないのに、益々縁遠くなってしまう。
もっとも、これまで縁があったことも、これから縁が出来る予定もないけど。
そんな自嘲も込めて、今度は苦笑と一緒に肩も竦めてみせる。
「ヘルプが終わったら、プロジェクト休暇を二つまとめて取って、二ヶ月くらいたっぷり休ませて貰いますからいいですよ」
「わはは、そいつぁいいな。でもま、プロジェクト休暇の前に今日は帰って休んどけ」
「そうしたいのは山々なんですけど、朝までに修正指示書を仕上げないと」
「班長会議用か? いいからいいから、頭ん中にあるなら口頭でも許す。今日のところは帰ってゆっくり休め、な」
「藤堂さんの命令とはいえ、こんな早い時間に帰宅とかいいのかな……うわっ、まだ二十二時だし」
鹿島に言付け、ちょっと罪悪感を覚えつつ会社を出て、電車に揺られて最寄り駅へ。
途中、コンビニで明日の朝飯を適当に買ってアパートへと向かう。
「……アパートと会社の往復……なんだか久しぶりだな……っていうか、こんなに歩くこと自体が久しぶりだ」
通勤時間は片道一時間半だけど、駅からの歩きは十分程度なのに、もう息が切れてきたとか、運動不足もここに極まれりだな。
と、アパート近くの曲がり角を曲がったところで、ドンと誰かにぶつかってしまう。
「あっ、済みません、ちょっとぼうっとしてました。怪我しませんでしたか?」
「ああ、大丈夫じゃよ、儂も不注意じゃった」
ぶつかったのはおじいさんで、お互いにペコペコと謝る。
「お互い、ぶつかったのがトラックじゃなくて良かったですね。異世界転生かゾンビになるところでした」
「ふむ?」
怪訝そうにじっと見られて……。
「あっ! ああ、いや、済みません、なんでもないです」
いかんいかん、何を口走ってるんだか。
会社の同僚相手じゃないっていうのに、相当疲れてるみたいだな、俺。
「それじゃあ俺はこれで」
「ふむ……それじゃあ、またのぉ」
おじいさんはにこやかに軽く手を挙げると、角を曲がって歩いて行く。
「え……?」
振り返るけど、おじいさんはこっちを振り返ることなく歩いて行ってしまう。
「……何が『また』なんだ?」
でも、アパートへ向かって歩き出した途端、そんな変なおじいさんのことは頭の中からすっぽり抜けてしまう。
頭の中を占めるのは、明日の出社後、班長会議までにどれだけ修正指示書を書き上げられるかだ。
「ただいま……ふぅ……」
ここ何ヶ月かは、たまに寝に帰るだけの六畳一間のアパート。
それも一ヶ月半ぶりの帰宅ともなると、さすがに空気が澱んでいた。
窓を開けて換気して、その間に風呂に入ってリフレッシュする。
湯船に浸かった途端、頭がガクンガクンと船を漕いで寝落ちしそうになるのを堪えて堪えて堪え抜いて、風呂から出た後、すぐに倒れるようにベッドへと潜り込む。
「ああ……やばい…………これは死ぬまで眠れそうだ…………」
◆
こうして俺はすぐに意識を失うように眠りについていた。
それがまさか……。
あの台詞もあの台詞もあの台詞も、死亡フラグの立てまくりで、二ヶ月どころか永遠の休暇を取る羽目になって、二度とゲームが作れなくなるなんて……。
そして全く別の形で作り続けることになるなんて、このときの俺は思ってもいなかったんだ。