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移動⑦

 アディル達の視線を受けた少年は緊張の面持ちでアディル達を見返している。


「それで? お前は何なんだ?」


 アディルが少年に対して問いかけるがその声には一切好意的なものは含まれていない。この状況で少年に心を許すほどアディル達は甘い考えを持っているわけではない。


「そいつらは俺の上司と同僚でな。解放してもらいたい」


 少年の言葉にアディルはチラリと男達を見やるとあからさまに希望を見いだしたかのような表情を浮かべている。


「ほう……するとお前も人質をとって年端もいかない女の子を嬲って殺そうというクズの一員というわけか。本当にレムリス侯爵家には碌な奴がいないな。ヴェルに愛想を尽かされるわけだ」


 アディルの言葉に少年は羞恥と憤怒の感情が程良くブレンドされた表情を浮かべる。


「貴様などに何がわかる……」


 少年の声は低く静かであるがそれは激情を抑えるためのものである事をアディル達は察している。だからといって自分達を殺そうとしている者達へ配慮などするつもりは一切無い。


「嗤わせてくれるな。貴様らは自分達の行動が認めてもらえると本気で思っているのか?誰もお前達を弁護などしないさ。世の中の人間はもっとまともだ。貴様らのようなクズの品性を世の中の基準と思おうのは止めろ。善良な人達に失礼だぞ」


 アディルの容赦のない言葉に少年は悔しそうに顔を歪める。アディルに言われるまでもなく自分達の行動がどのような内容であるかを少年自身が理解していたのだ。


(ん……こいつはまともな部類か? まぁ……クズ共の中にもまともな奴がいてもおかしくないか)


 アディルは少年の表情などから灰色の猟犬(グレイハウンド)、レムリス侯爵家の騎士達と違う気質である可能性を察している。ただ、可能性を察しているのは事実であるが信用するかはまったく別問題である。


「お前はこのクズ共に比べれば少しはマシみたいだな。だがお前の要望に応えて俺達に一体何の利益がある? まさかレムリス侯爵家の意思決定に関われるような立場とか言わないよな?」

「く……確かにあんた達に何のメリットもない……だから、あんた達の仕事を手伝う。そして上手くいったら報酬として俺達を解放して欲しい」


 少年の苦渋に満ちた声にアディル達は呆れた表情を浮かべた。少年の提案にはアディル達にとって何のメリットもないのは事実だったのだ。何と言っても自分達を殺そうとした連中を解放しろといって応じる道理は一切無いはずである。


「あなたは私達をどこまで馬鹿にすれば気が済むの?」


 少年の提案に異議を申し立てたのはヴェルである。ヴェルとしてみれば自分を殺しに来た連中、しかも大事な仲間達をも殺そうとしているような連中であり決して許すことは出来ない連中なのだ。ヴェルの秀麗な顔に明らかに怒りの感情が浮かんでいた。


「だな。お前の提案は俺達に何のメリットもない。それ以前に俺はお前を信用できない

レムリス侯爵家の連中はクズしか居ないという認識だとさっき言ったろう。そうだな……このクズ共の代わりにお前だけ(・・)が駒になれば他は駒にしないでやろう」


 アディルの言葉に少年は息を呑む。アディルの提案は少年にとって過酷なものあるのは間違いない。アディル達の駒となるのは自分だけであり、しかも自分は積極的に今回の件に参加したくないと思っていたのだ。しかし少年はその事を言葉にはしない。積極的に参加していないという事が何の免罪符になっていない事を少年は理解していたからである。


「……わかった。俺があんた達の駒になる」


 少年の苦渋に満ちた言葉にアディル達はやや意外な表情を浮かべる。少年の言葉を聞いてチラリと男達に視線を移すと騎士達の表情には喜色が浮かんでいる。自分達は助かるかも知れないという自己保身(エゴイズム)の極致ともいうべき表情であり、不愉快極まりない表情であった。


「そうか。それならあんたは俺達の駒として今回の任務に同行してもらう」

「……了解した」


 アディルの言葉に驚いたのはヴェル達である。ヴェル達はアディルがこの要望を当然蹴るものと思っていたのだ。


「それじゃあ。こいつらを術で縛るとするか」

「え?」


 アディルはそう言うと|灰色の猟犬と捕まった騎士達を見る。その視線の冷たさは恐らくアディルが言った術が何の術かという事は当然ヴェル達は即座に察していた。その術とはもちろん相手の行動を縛る術である。かつてアディル達を襲ってきた闇ギルドの闇咬(やみがみ)のメンバー達を縛った術である。この術は一定の強者にはかからないために灰色の猟犬(グレイハウンド)はかからない可能性はあるのだが、ものは試しという事でやってみることにしたのだ。


「さて……やるか」

「ま、待て!! 約束が違う!! 俺が駒になると言っただろう!!」


 当然の事ながら少年は抗議を行うがアディルは抗議を受けてもまったく揺るぐ気配は見えない。


「何を言っている。お前はこいつらを駒にしないことを求めた。だから俺はこいつらを奴隷(・・)にする事にしたんだ。だから約束を破った事にはならんだろ?」

「な……」


 アディルの詭弁ともいうべき言葉に少年は二の句が継げないという表情を浮かべた。そして心底不機嫌と言う風にアディルが口を開く。


「俺はこいつらが心底気に入らないんだよ」

「え……」

「こいつらはお前が犠牲になると言ったときに誰一人としてお前を庇おうとはしなかった。それが気にくわない。見た所お前はこいつらよりも遥かに年下だにもかかわらず助けるどころかお前を利用して助かろうとしやがった。そんな奴等を見逃してやるほど俺は甘くない」

「……」


 アディルの言葉に少年は言葉を発する事が出来ない。アディルの言葉は一面では少年の本心であったのだ。そこに騎士達、灰色の猟犬(グレイハウンド)の面々が自己弁護の声を上げる。


「ま、待ってくれ!! 俺達はシュレイだけに……」

「黙れ……」

「う……」


 しかし、男達の自己弁護の声はアディルが発した一言によってあっさりと粉砕されてしまう。アディルの苛つきが含まれた声に命の危険を感じてしまったのだ。


 アディルは懐から()を数枚取り出すと地面に放った。放られた符から黒い靄が発生すると靄は男達と灰色の猟犬(グレイハウンド)のメンバー達を覆っていく。覆った靄は口と鼻から体の中に入っていく。


「な、なんだこれは……」


 シュレイと呼ばれた少年は呆然とその光景を見ている。符から発生した黒い靄が男達にすべて入るとアディルはさらに四枚の札を取り出すと|灰色の猟犬の額に貼り付けた。貼り付けられた符はまるで水が蒸発するように少しずつ消えていく。

 完全に消えたときに灰色の猟犬(グレイハウンド)の各メンバーの額には直径三センチほどの奇妙な文様が浮かんでいた。


「ねぇ、アディルこいつらの額に浮き出た文様は一体何?」


 エリスが尋ねるとアディルは返答する。


「ああ、一応保険をかけておこうと思ってな。行動を制限する術は一定の強さを持つ者にはかからない可能性があるし、かかっていても破る事が可能だ。そこでこの術というわけだ」

「具体的にどんな術なの?」

「まぁ呪術の部類だな。俺達に向けて悪意、殺意を向けた時にこの文様は成長する」

「成長したらどうなるの?」

「文様は宿主から巣立つことになる。巣立つ際に当然ながらものすごい苦痛を宿主に与える。当然それに耐える事は出来ないだろうから死ぬな」


 アディルの言葉に灰色の猟犬(グレイハウンド)のメンバー達は顔を青くする。現在の所何も痛みを感じてはいないのだが、文様が浮かんでいるのは事実であり、アディルの術により体が動かないというのは事実であったのだ。


「さて、お前は見逃してやる。ただし見逃してやるのは一度だけだ。次にヴェルを狙ってきた場合は俺はお前を斬る」


 アディルの苛烈な言葉にシュレイはゴクリと唾を飲み込むが去ろうとはしなかった。


「舐めるな!! 俺は自分の意思で駒になると言ったんだ!! 命惜しさに自分の言葉を覆してたまるか!! お前も俺を駒にすると言ったのだから自分の言葉に従ったらどうだ!!」


 シュレイの言葉にアディルはニヤリと笑う。その笑顔は灰色の猟犬(グレイハウンド)、騎士達に向けるものとは明らかに異なるものである。


「そうか、それもそうだな。良いだろう。お前を今回の任務に連れて行く事にしよう。俺はアディルだ。お前の名は?」


 アディルの言葉にシュレイはアディルの顔を睨みつけると口を開いた。


「俺の名はシュレイ=ギーク!! レムリス侯爵家の騎士だ!!」


 これが後に終生の友となるアディルとシュレイの邂逅であった。



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