各陣営模様①
アリスによりレグノール選帝公家の現当主である“イルジード=ザルク=レグノール”が竜神探闘を申し込まれた事が正式にレグノール選帝公家へ通知されたのはアリスが申請して三日後の事であった。
もちろんこの未曾有の事態にレグノール選帝公家は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、レグノール一族もまた同様であった。
レグノール一族は竜神帝国を代表するような大貴族であり、分家だけでなくその分家も爵位を持ち、ある意味レグノール選帝公家自体が竜神帝国内において選帝公家を中心に半独立国家を形成している。
貴族にとって竜神探闘で訴えられるというのはこの上ない醜聞なのだ。
なぜなら、竜神探闘を申請する際に冤罪の可能性を排除するために水晶による選定を受ける事になっており、それを乗り越えたと言う事はその貴族は竜神探闘を申し込まれた内容は事実のように扱われてしまうのである。
貴族にとって竜神探闘に訴えられ、しかもそれが受理されると言う事は名誉を重んじる貴族にとってこの上ない醜聞なのは間違いないと言う事になるのだ。
「お姉様が……竜神探闘を……」
ルーティアは小さく呟くと兄であるレナンジェスも静かに頷いた。
「そういう事だ」
「お兄様はどうなされるおつもりですか?」
「どうとは?」
「お姉様を見捨てるのですか?」
ルーティアは不安気にレナンジェスに尋ねた。アリスが竜神探闘を申立てたと言う事は、アリスと殺し合う事になるのは確定したのだ。
アリスの実力は高く評価しているがそれでもイルジードの私兵である闇の竜人がいる限りアリスの勝利はないと考えていたのだ。
「ルーティア……闇の竜人の若い幹部であるエクレスを知っているだろう?」
レナンジェスはルーティアに言う。ルーティアは兄の言葉の意図が分からず首を傾げた。
「父上から聞いた話によるとエクレスは死んだそうだ」
「え?」
「しかも一人ではなく部下達も全滅だったらしい」
「……それはお姉様がやったと?」
ルーティアがやや呆然としてレナンジェスに尋ねる。
「そう考えるのが普通だな。俺も父に尋ねたのだがエクレス達が全滅した場所は、クディール森林地帯を出てすぐの所だ」
「クディール……たしかリーリア伯母様が……」
ルーティアの言葉にレナンジェスは静かに頷くと即座に言う。
「そう、リーリア伯母様が殺された場所だ。闇の竜人はいつかアリスが戻ってきた時のために隠れ家近くに竜族が来た場合に知らせが来るようにしていたようだ」
「そしてお姉様を発見し返り討ちにあった……と?」
「問題は闇の竜人が返り討ちにあったことじゃない。アリスがそれだけの戦力を有していると言う事だ」
「つまりお姉様は勝算があって……いえ違いますね。やはり私達を断罪するために戻ってきたと言う事ですね」
「そういう事だ。ルーティア、今回の竜神探闘には俺も参加する」
「な、何故です!?」
レナンジェスの言葉にルーティアは驚いた声を上げる。その反応を予想していたようにレナンジェスは静かに笑った。
「お前も知っているだろうが竜神探闘は訴えた者と訴えられた者のどちらかの死によって決着がつく」
「はい」
「もし、父が討たれた場合に生き残りを率いる者が必要なのだ」
レナンジェスはそう言って笑う。その笑いには陰があるようにルーティアには感じられた。
「わかりました。ですがお兄様だけに重荷を背負わせる訳にはいきませんので私も参加します」
ルーティアの言葉にレナンジェスは目を見開き声を荒げた。
「それはダメだ。何もお前が戦場に出る必要はない!!」
「お兄様だけに背負わせる訳には来ません。私も咎人の家族なのです。お父様の愚行の責任は私達家族で背負うしかありません」
「俺はせめてお前だけには生きていて欲しいのだ」
レナンジェスがルーティアの頬を撫でながら言う。しかしルーティアはまっすぐにレナンジェスを見て言う。
「お姉様は決着をつけるために竜神探闘を申し立てました。ならば私達もそれに応えるべきでしょう。自ら命を絶つことも考えた事はありましたが、それこそはお姉様への侮辱です」
ルーティアの言葉にレナンジェスは痛いところをつかれたような表情を浮かべた。ルーティアの言う通りにレナンジェスは贖罪の形としてアリスに討たれるつもりでもあったのだ。
だが、それは単なる自己満足でしかない事をルーティアに指摘されたのだ。
「……確かにそうだな。結果がどうなるにせよそこに至るまでの過程を軽んじてはならんな」
「はい……」
レナンジェスの言葉に力がこもる。先程までの陰のある表情ではない。全力を尽くしてどのような結果をも受け入れるという気概がそこにはあった。
それを見てルーティアは顔を綻ばせた。
(お姉様、私達は全力をもって戦います。それがお姉様への誠意です)
ルーティアは心の中で呟いた。




