閑話 ~皇帝と側近達の会話~
「大丈夫そうだな」
アディル達が退出した後に聖竜の間で竜神帝国皇帝ラディムが安堵したかのように言う。
「はっ、アリスティア嬢のあの様子を見る限り少なくとも嬲り殺しになるような事は無いかと思われます」
竜騎士の一人がラディムにそう返答する。
「しかしイルジード卿は何故、兄であるエラン卿を手にかけたのだ?」
別の竜騎士が疑問を呈する形で言うと皇帝は考え込んだ。そちらの方はやはり気になっていたのだろう。
「単純にレグノール選帝公という地位が欲しかったか。それともエランへの嫉妬か定かではないな」
「はっ、どちらもあり得ることでございます」
ラディムの言葉に竜騎士は即座に返答する。これは皇帝であるラディムに阿っているわけではなく、本音を吐露したに過ぎない。
イルジードは確かに領主として優秀であるがエランはそれ以上であったのだ。もちろんエランはその事でイルジードへの蔑みを行ったという事は少なくともラディムもこの場にいる竜騎士達も感じた事は無い。
「陛下、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
竜騎士の一人がラディムへおずおずと尋ねる。
「なんだ?」
ラディムの返答は簡潔を極めたものである。竜騎士は許しが出た事で続きの言葉を肯定に告げた。
「陛下はレグノール選帝公家をどうなされるおつもりです?」
「どうとは?」
「はっ、アリスティア嬢が竜神探闘を申し出てそれが受理された以上は、アリスティア嬢の言い分に一つの信憑製を与えた事になります」
「確かにな。ジラムは選帝公殺害を見逃すつもりかと問いたいわけか」
ラディムがおどけたように言うとジラムと呼ばれた竜騎士は恐縮したように頭を下げる。その様子を見てラディムは少しだけ顔を綻ばせた。
「確かに選帝公殺害は竜神帝国の根幹を揺るがす大事ではある。だが見方を変えれば親の仇をとるために竜神探闘を申請したというありふれた事例であるとも言える」
ラディムの言葉を全員が黙って聞いている。
「もし、アリスティアが竜神探闘を申請するのではなく、イルジードを告発するのならばこちらが動く事も可能であった。だがもはやそれは絵空事にすぎぬ。こちらはアリスティアが勝とうとイルジードが勝とうとやるべき事をやれば良い」
「御意」
ラディムの言葉にジラムは端的に返答する。まったくもってラディムの言葉は正しい。アリスティアがイルジードを告発すれば調査の名目でイルジードを拘束することが出来た可能性はあったのだ。
だが、それはもはやあり得ない。竜神探闘の申請がなされそれが受理された以上、竜人探闘での決着以外あり得ないのだ。
例外として竜人探闘の申請を取り下げるという事があるが、そのような事例はほとんど無いというのが現実である。なぜならば申請を取り下げるのならば、申請者は利き腕を斬り落とされるという罰則があるのだ。
「それにしてもイルジードの力量もさることながら闇の竜人もいる。その事はアリスティアの十分に理解しているはずだ」
「勝算があるというわけですね?」
「そういう事だろう。あのアリスティアの仲間達が勝算の根拠か」
皇帝がアディル達の姿を思い浮かべながら言う。
「あの者達はかなりの力量である事は間違いない」
皇帝の言葉に竜騎士達も静かに頷くことで返答する。
「確かに、特にあの銀髪の娘……あれは魔族ではないですかな?」
「うむ、間違いなく人間ではあるまいよ。それに他の者達も手練れであるのは間違いないな」
竜騎士達の言葉に皇帝は満足そうな表情を浮かべた。竜神帝国皇帝であるラディムは他者を侮る事は決してしない。
強者が弱者を侮り戦場に散った例などそれこそ星の数存在する。そのような例があるのに弱者を侮るなど愚者中の愚者であると皇帝は考えているのだ。
(さすがは我を守る近衛達よ。他者を侮る事こそ最も忌むべき事よ)
ラディムは心の中で近衛の竜騎士達が相手を侮るような者で無いことを確認出来た事で静かに喜びを感じる。
かつて自分は強者である自分に対して傲り高ぶり、他者を見下していた時期があった。しかし、その報いを受けて皇帝は手酷いしっぺ返しをくらった経験があるのだ。
(しかし……あの少年は似ているな)
ラディムは心の中で先程の謁見で自分がアリスティア達を威圧したときにそれとなく庇うような行動をとったアディルの姿を見て自分の記憶にある男の姿を思い浮かべる。
「陛下? いかがなされましたか?」
竜騎士の一人がラディムにそう問いかける。物思いに沈んだラディムに対して不思議に思ったのだ。
「いやなんでもない」
ラディムはそう竜騎士に答えると自分の左顔半分に走った刀痕を撫でた。




