毒竜⑩
「兄さん!!」
アディルがシュレイを取り押さえたのを見てアンジェリナもベアトリス同様に駆けだした。
「アンジェリナ近付くな。もう少し待て!!」
そこにアディルの鋭い制止の言葉が発せられるとアンジェリナは立ち止まった。本心からすればそのような制止の言葉など余裕で振り切りたいところであるが、アディル達から操られていた者達がいたときの対処方法があるからと聞いていたために制止に応じたのだ。
「ベアトリス、頼む」
「分かってるって♪」
ベアトリスはそのまま黒の貴婦人を操作してシュレイの首筋に触れると黒の貴婦人の右手から何かの文字がシュレイに流れ込んだ。
その様子をアンジェリナは固唾をのんで見守っている。
(あれは……呪術を構成する式……一体どうするつもり?)
アンジェリナはベアトリスがシュレイに送り込んでいる文字は呪術を構成する式である事を即座に察する。
しばらくするとシュレイが苦しげな表情を浮かべ始めた。
「兄さん!!」
「もう少しだから堪えなさい!!」
シュレイの様子にアンジェリナが駆け寄ろうとしたときにベアトリスが制止する。そこでアンジェリナはまたも立ち止まった。
「く……」
アンジェリナは悔しそうな表情を浮かべるとキッとウルディーを睨みつけた。どうやらやるせない気持ちをぶつける相手が決まったようである。
「全部あいつらのせいよ!!」
アンジェリナはそう言うとアンジェリナの周辺に一つの魔法陣が形成された。その魔法陣から一体の怪物が姿を見せる。その怪物には黒い全身鎧に身を包んだ一体の騎士である。その騎士の顔には肉がついておらず頭蓋骨がむき出しになっており、明らかに生者ではない。
「死の凶剣士!?」
その騎士を見たエリスが信じられないものを見たという表情を浮かべている。いや、その騎士の姿を見た領軍達も顔を強張らせている。
「狙うのはあいつよ!! 私の兄さんをあんな目に遭わせた張本人!! やりなさい!!」
アンジェリナがウルディーを指差して叫ぶとウルディーの顔が凍る。
『グォォォォォォォォォォ!!』
アンジェリナの命令を受けた死の凶剣士は咆哮すると大剣を構えウルディーに突っ込んでいった。
「ふえ~まさかアンジェリナって死の凶剣士を召喚できるとは思ってもみなかったわ」
アリスは感心したように言うと突っ込んでくる死の凶剣士に進路を譲る。
「それじゃあ頑張ってね。生き残ったら次は私が相手してやるわよ」
アリスはニッコリと笑いながら言う。ウルディーの顔は明らかに死の凶剣士への恐怖に満ちている。
(手を出しちゃ駄目な人に出しちゃったわけね。ご愁傷様)
アリスはまったく同情してないような晴れやかな表情を浮かべながらそう思う。実際に今置かれている状況はウルディーがすべて引き起こした事情である以上、甘んじて責任を取るべきであった。
「ひ……」
ウルディーは死の凶剣士の突っ込んでくる威圧感に完全に気圧されている。ここまで死を間近に感じる事など長く裏稼業に染まった自分であっても経験はなかったのだ。
死の凶剣士は手にした大剣を凄まじい勢いで振り下ろすとウルディーは手にした双剣で大剣を受け止めた。しかし、その凄まじい斬撃の重さにウルディーは片膝をついた。
「ぐ……」
そこに十数発の火球が放たれウルディーに直撃する。もちろん放ったのはアンジェリナだ。怒りに燃える目でウルディーを睨みつけながら容赦ない追撃を行ったのだ。
「ひぃぃぃぃ!!」
ウルディーの体を炎が覆いウルディーは地面を転がった。転がって火を消そうとしているウルディーに対して死の凶剣士の追撃は行われない。
「消してくれぇぇぇぇ!!」
ウルディーは惨めに泣き叫びながら地面を転がって火を消そうとするが消える気配は一行に無い。
「ウルディー!!」
ここでようやく我に返ったロジャールがウルディーを助けようと一歩を踏み出そうとしたときにエスティルが立ちふさがった。
「当たり前だけど邪魔するわよ」
「そこをどけ!!」
「お断り、力尽くで来なさい。格の違いというやつをみせてやるわ!!」
エスティルはそう言うとロジャールに斬りかかる。エスティルの斬撃は鋭く、速い。それが最も厳しいタイミングで放たれるためにすぐにロジャールは防戦一方になった。
(これって私も行ったらすぐに終わるわよね……)
アリスはそう判断するとエスティルとロジャールの戦いに参戦する。この辺りのアリスの判断は非常に現実主義的であった。
エスティルの攻撃に全意識傾けていたロジャールはアリスの参戦に対して気付くのが遅れた。それは全意識をエスティルに向けていたばかりではなくアリス自身もまた気配を極限まで消していたのがその理由の一つである。
アリスは踏み込むとそのままロジャールを背中から蹴りつけた。
「が……!!」
思わぬ方向から生じた衝撃にロジャールは蹈鞴をふむ。そこにエスティルのが横薙ぎの斬撃を繰り出すとロジャールの腹部は大きく斬り裂かれた。
「が……」
腹部に発した強烈な痛みにロジャールはそのまま蹲る。蹲ったのは苦痛によるものであったが、それだけでない。ロジャールは自分の腹部を斬り裂かれた事で内蔵がこぼれでないように押さえつけていたのだ。
頼りのロジャールが斬り伏せられた事でウルディーを助ける者は誰もいないことになってしまった。領軍はいるのだが、死の凶剣士の存在が救出するのに二の足を踏ませていたのだ。
「た、たしゅ……」
ついにウルディーは命乞いの言葉を発した。今まで殺してきた者達がニヤニヤしながらウルディーを見ている姿を幻視してウルディーは気が狂わんほどであった。
「アンジェリナ、もういい」
そこに制止の言葉がかかる。その声を受けてアンジェリナは指をパチンと鳴らすとウルディーを灼いていた炎が消え去った。




