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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

まさかミケ猫 習作短編・中編

ボール・ミート・ガール 〜肉団子女子が降ってきた〜

 グゴゴゴゴゴゴ。

 部屋に響く爆音で目が覚めた。


 右手で目を擦り、体を起こす。

 そうだ、昨日はソファで寝たんだったな。


 ベッドの方を見ると、昨日拾った肉塊……女の子?が、いびきをかいて寝ていた。ずいぶんと気持ち良さそうな爆音を奏でている。

 睡眠時無呼吸症候群(SAS)などを患っていないか心配だ。


「よし、起きるか」


 左手に魔導機構義手(マキナアーム)を装着する。

 昨日はこの義手にだいぶ無理をさせてしまったからな。少し心配だったけど、簡単な動作確認の結果は異常なしだった。

 ぐっと背伸びをし、首を鳴らす。


 そこへ、浮遊球体ユニットが現れた。

 僕の相棒だ。


『マスター、おはようございます』

「おはようポム」


 ポムはふわふわ浮いて朝の掃除を始めた。

 彼はゴミかき集めて片付けるのがとても得意だ。一方の僕は掃除が苦手だから、彼がババッと済ませてくれて本当に助かっている。


 ポムを横目に見つつ、僕は両足に魔導機構義足(マキナレッグ)を装着する。

 少し飛び跳ねて確認すると、左膝部分に若干歪みが出ているようだった。当面の動作に問題はないけれど、あとでメンテナンスが必要だろう。


「じゃあポム、朝食の準備を頼んだよ」

『承知しました。マスター・パーズ』



 小屋を出ると、異空間倉庫(インベントリ)からトランペットを取り出した。これを吹き鳴らして朝を告げるのが僕の日課だ。


 朝の冷たい空気。

 トランペットの音が鳴り響く。


 その音を合図に、飼育小屋から丸い影が這い出てきた。のそのそと歩いていく様子を見ながら、僕はその個体数をざっと数えていく。


「ん、今日も問題なしっと」


 こいつらは球型食肉培養体(ボールミート)

 食用に遺伝子調整された人工家畜であり、この面倒を見るのが僕の仕事だ。朝のこの時間はしっかり運動をさせないと、脂身ばかりの不味い食肉になってしまう。

 両親をなくした僕は、親方の好意でここの農場で働かせてもらっている。


『マスター、少女が目覚めました』

「よかった、人間だったんだ。さっきまで球型食肉培養体(ボールミート)じゃないかって疑ってたんだ」


 トランペットを異空間倉庫(インベントリ)に仕舞う。

 僕はのんびりと小屋へ帰った。



 食卓には少女が腰掛けていた。

 なんだか少し気まずそうな様子だ。


「私はシルタ。ここは一体……」

「僕の名前はパーズ。君は昨日の晩、空から落ちてきたんだ。覚えてないの?」


 昨日の出来事を話す。

 球型食肉培養体(ボールミート)の出荷を控えた農場は大忙しだった。僕はちょうど、培養体から飼育用操作チップを引き抜いて、出荷運搬用操作チップに差し替える作業をしていたんだ。


 何気なく窓から外を見た僕は驚いた。

 空からゆっくりと肉塊が降ってくるのだ。


『親方、空から球型食肉培養体(ボールミート)が!』


 そう話そうとするも、親方は忙しそうで相手にしてくれない。実際、天空都市から廃棄肉などが乱暴に投げ捨てられることはよくある。僕の言葉足らずの説明では、無視されるのが関の山だった。


 落下予測地点へと向かった。下から肉塊をよく見てみると、人間の顔のようなものが生えているのが見えた。

 僕はあっけにとられながら、ゆっくり落ちてきた肉塊を左手で受け止める。


 肉塊から生えた顔。

 まつ毛が長いな。意外と可愛いかも。


 そんな事を思った瞬間、ガクッと肉塊の重量が増した。慌てて義手で支える。左足の義足がギシリと音を立てた。



「ごめんなさい、義足壊しちゃった?」

「いや、大丈夫。少し歪んだだけさ。僕の不注意なだけだし……それより、どうして空から降ってきたの?」

「そうだった。私、空賊に追われて──」


 ギュルギュルギュルギュル。

 シルタの腹の虫が鳴いた。


「ひとまずご飯にしようか、ポム」

『かしこまりました』


 顔を真っ赤にしたシルタ。

 僕たちは朝食をゆっくりと口に運びながら、彼女の事情を聞いたのだった。



 彼女は単純に兵器だった。

 幼い頃から魔術の英才教育を受けた彼女は、その類まれなる才能を認められ国軍にスカウトされた。国からの潤沢な援助金のもと、厳しい戦闘訓練を難なくこなし、これまでの理論を覆すほどの魔術を放つ。

 彼女は神童と呼ばれるようになった。


「10歳で初めて戦場に立ったとき。私、怖くて何もできなかった。殺されるのも、殺すのも。ただ自分の身を守りながら、時が過ぎるのを待つことしかできなかった」


 彼女は単純に少女だった。

 だから、落胆した国王、憤怒する将軍、急に冷たくなった両親。手のひらを返したかのような周囲の反応に大きく傷ついた。

 そして、魔術を使うのをやめた。


「知ってる? 使われない魔法力は、体に蓄積されていくの。なまじ魔法力の回復速度ばかり早いものだから、こんなに肥え太っちゃってね……運動はしてるんだけど、やっぱりダメね」


 ダルンダルンの肉をプニプニと触る。

 ぽっちゃり系女子になっちゃったと嘆く。


 意義あり。

 ぽっちゃりというのは、標準体型よりほんの少し肉付きの良い、セクシーな肉感の女性のことを言うのだ。


「シルタはぽっちゃりじゃないよ」

「もう、そんなお世辞いらないわよ」

「そうじゃなくて──」


 キュイイイイイン。

 小屋の外から響く風鳴りが、僕の言葉を遮った。

 もしや空賊か。


『マスター。重力浮遊輸送機(スカイクルーザー)です』

「いけない。私を追ってきたんだわ」

「やっぱり空賊か。どうするかな。この小屋には隠し部屋もないし、この周りは開けてるから隠れて逃げるのも難しいし……」

「え?」


 彼女は目を丸くして僕を見る。

 どうしたんだろう。 


「パーズ……あの、助けてくれるの?」

「はは、そりゃ助けるさ」


 僕は肉塊から生える彼女の顔に笑いかける。


「死んだ父さんの受け売りなんだ。困っている女の子を助けるのは、男の義務だ」


 シルタは顔を赤くして「ありがと」と言った。お礼をしっかりできるのはいい子だ。なおさら守らなきゃな。

 それにしても、どうしたものか。


『マスター、完璧な作戦があります』


 ポムは浮遊しながら言った。

 さすがは頼りになる我が相棒だ。


『シルタさん、全裸になってください』


 シルタは顔を真っ赤にして、首をブンブンと横に振った。




 僕とポムが農場で作業をしていると、黒いスーツに身を包んだ怪しい男達が目の前に現れた。こいつらがシルタを追っている空賊たちか。

 ふんぞり返った態度で僕を覗き込む。


「おい小僧。昨晩この近辺に、肉肉しい少女が来なかったか」

「へ? いや、知らないけど」

「隠し立てしても得はないぜ」


 男は懐から魔導銃をチラつかせる。


「あぁ、そういえば昨日うちに来たな」

「なに?」

「親方のトコのチビのマッチョが」

「……ちっ。行け」


 僕はポムと一緒に出荷用運搬機(エアスクーター)へ。

 球型食肉培養体(ボールミート)を荷台に積みこむ。

 上手く行ったか。


「おい、小僧を捕まえろ!」

「どうした!?」

「この小屋から横綱級の服が──」


 出荷用運搬機(エアスクーター)のアクセルを目一杯ふかして急発進する。バレたものは仕方がない。とにかく今は親方のもとに行こう。


「もうやだ……お嫁さんに行けない……」


 荷台の球型食肉培養体(ボールミート)の間から、切なそうなささやき声が静かに響いていた。



 親方の家に着く。

 出荷用運搬機(エアスクーター)の荷台を取り外していると、ほどなくして親方と奥さんがやってきた。奥さんの横には娘であるチビのマッチョもいる。


「パーズ、ポム、どうした」

「彼女、悪漢に追われてるんだ。すみませんが出荷処理は任せます」

「彼女……?」


 親方が首を傾げている。

 すると、取り外した荷台からシルタが飛び出した。顔が真っ赤だ。それに、肉塊に寄ったシワを見るに、胸部と股を隠しているらしい。分かりづらい。

 彼女は新しく取り付けた空の荷台に飛び乗った。


「パーズ、その球型食肉培養体(ボールミート)は」

「すみません、あとで説明します!」

『ちなみにあの肉塊は女の子です』


 遠くに空賊たちの重力浮遊輸送機(スカイクルーザー)が見える。僕はポムを肩に乗せてアクセルを握る。

 親方、奥さん、マッチョは戸惑いながらも声援をくれた。


「なんか分からんが頑張れ」

「丸い娘じゃないか。守っておやり」

「フロントダブルバイセップス!」


 僕は三人に手を振り、フルスロットルで走り出した。




 積荷が減ったとは言え、出荷用運搬機(エアスクーター)の出力はそう高くない。

 まして空賊の重力浮遊輸送機(スカイクルーザー)は違法改造もしてある。


 ジワジワと距離が縮まる。

 追い込まれていた僕たちは、気がつけば高架線路の上を走っていた。


『マスター、大丈夫ですか?』

「今の時間帯は列車は来ない。線路幅が狭いから、向こうも無茶はできないはずだ。ここで距離を稼ごう」

『承知しました』


 そんな話をしていた時だった。


 ドン、という一瞬の衝撃。

 僕は空中に投げ出される。


「ポム!」

『はいマスター』


 空中でポムを抱え込み、地面にゆっくり降り立つ。

 振り返れば、僕の出荷用運搬機(エアスクーター)は大破していた。どうやら遠くから狙撃されたらしい。


 シルタは線路上に震えたままうずくまっている。大丈夫だろうか。


 僕がシルタに駆け寄ると同時に、空賊の重力浮遊輸送機(スカイクルーザー)が僕たちの前に停まった。魔導銃を片手に持った男たち、そしてその後ろから、サングラスをかけたおっさんが現れた。ひときわ上品そうなスーツを着ているけど、こいつが空賊の頭領か。


「ククク。さぁ、観念するんだ」


 頭領は僕の顔を見ながら言う。

 僕は半身の姿勢で義手を構えた。


 敵は8人。やるしかない。


「その肉塊さえ渡してもらえれば君に用はない。どこへなりとも行くがいい」

「シルタを拐ってどうする気だ」

「教えてやる義理などないが……まぁいい。私たちがほしいのはそいつの心臓。その中に眠っているであろう特大の魔石だ。君の生死などどうでもいい」


 僕は魔導機構義足(マキナレッグ)を踏み鳴らす。

 モード【ホッパー】へ切替。


 真っ直ぐ前方に跳ぶ。

 空賊たちの足元へ。


「うぉっ」


 焦る空賊。

 真下から顎を蹴り上げる。


 一人、二人、三人。 

 空賊たちを蹴り飛ばして体勢を整えると、残ったやつらはガードを固めていた。奇襲としては上出来だったけど、逃走するにはまだ足りないか。


 再び半身になって構える。

 義足は蒸気を上げて放熱する。


 頭領が手を叩いて笑った。


「なかなかやるじゃないか。旧式の魔導機構義肢……そのオンボロで、よくそこまで戦えたものだ」


 そう言いながら、懐から魔導銃を取り出す。この魔導銃が高度化してからというもの、魔導機構義肢は次第に戦闘に使われなくなっていったんだ。こちらの方が分が悪い。


 ニヤニヤした笑い顔。

 いちいち癇に障るおっさんだ。


 空賊は残り五人。シルタは震えている。

 彼女を守りながら射撃を避けて、僕一人でこいつらに勝とうとするのは非現実的。

 だけど、僕は一人じゃない。


 ズシン。高架橋が揺れる。

 空賊たちが視線を彷徨わせる。


「な、なんだ!?」


 線路脇、列車から投げ捨てられたゴミの山。

 その中から立ち上がったのは、廃棄物でできた巨人だ。空賊たちに向かってズシンズシンと歩いていく。


 僕は巨人に手を振る。


「あとは頼んだ、ポム」

『承知しました』


 相棒はゴミをかき集めて片付けるのが得意だ。いつもこうやって自分の周りにゴミを吸着させ、それを操って部屋を掃除してくれている。

 ポムに時間稼ぎは任せて、逃げよう。


 急いでシルタに駆け寄る。

 幸い怪我をした様子はないけど、彼女は顔を青くして泣きながら震えていた。


「さぁ、立って。走るよ」

「……う、うん」


 彼女は勇気を振り絞って立ち上がる。振り返ると、多くの銃口が僕たちを狙っていた。

 早くこの場を離れなきゃ。


 空賊の頭領が銃を撃つ。

 ポムの操作するゴミの巨人がそれを防ぐ。


「ちっ、器用な人工知能だ……ゴミが人のようだ」


 その言葉を尻目に、僕たちは駆け出した。

 背中からは連続した爆音が響いていた。



 義足をフル稼働しながら走り、線路を抜け出し、ジャンクパーツの山にある洞穴に逃げ込んだ頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。

 シルタは気落ちした様子で頭を下げる。


「私のせいで、ごめんなさい」

「シルタが謝ることじゃないよ。悪いのはあいつらさ」

「でもポムが……」

「あいつはそんなにヤワじゃない。いざとなったら上手く逃げるさ」


 洞穴の奥に腰を下ろす。

 僕は異空間倉庫(インベントリ)から魔導ランプを取り出し、床に置いた。左の義足に違和感があるから、早急に修理しなきゃな。この山のジャンクにいい部品があるといいんだけど。


「シルタ、今日はここでやり過ごすとして──」


 ギュルギュルギュルギュル。

 二人の腹の虫が同時に鳴いた。

 僕たちは顔を見合わせて笑った。



 焚き火からパチパチと火花が散る。

 今日の夕飯は質素だ。緊急用のカロリーブロック、エナジーゼリー、スープ缶。焚き火の上では手持ちサイズのボールミートを二つ、串に刺して丸焼きにしている。

 シルタはスープ缶をゆっくり傾ける。


「パーズの異空間倉庫(インベントリ)ってレストランみたいね。なんでも出てくるもの」


 そう言って笑いながら身を寄せ合った。今夜は冷えるな。というか、シルタは全裸だけど……まぁ、平気そうにしているからいいか。


 少しだけ彼女に寄りかかる。

 僕の体が肉にめり込む。


 彼女の肉の中に、桃色に変色している箇所を見つけた。逃げるときにあちこちぶつかりながら走ったからなぁ……どこかで痛めてしまったのか。

 確か荷物の中に軟膏があったはずだ。


「パーズは、どうして戦えるの?」

「え?」

「怖く、ないの……?」


 心細そうな声で、そんな問いかけがきた。

 僕は軟膏を取り出して、彼女の怪我に塗る。彼女は少しビクッとしたあと、戸惑いながらも僕に体を預けた。


「僕の父さんは魔導機構技師だったんだ。大勢の弟子を抱えてね。両親が生きていた頃は、工房も賑やかだった」


 思い出すなぁ。金属と油の匂い。いつも馬鹿なことばかり言っている兄さんたち。毎日お茶を飲みに来るリハビリセンターのおっちゃん。

 親方ともあの頃からの付き合いだっけ。奥さんが事故で片足を無くしてしまって、はじめの頃は憔悴しきった顔をしていたのを覚えている。


「戦争で大敗したとき、軍の関係者は責任の押し付け合いをした。結果、どういう理屈か知らないけど、技師だった父さんは工房のみんなを守って殺された」

「パーズ……」

「大丈夫、昔の話さ。でも、父さんは言っていたよ。自分の義肢に誇りを持っているって。どんなに怖くても、命が危険でも、自分の芯にその誇りが一本だけあれば戦える。あとは男として、絶対に捨てちゃいけないものを守るだけだって」


 僕は焼けたボールミートに塩を振ってシルタに手渡す。


「シルタはいい子だね」

「えっ……」

「普通、自分の身を守るためなら、怖くても戦ってしまうよ。まして君には無傷で相手を殲滅できるだけの力があるんだろう。それなのに、相手の痛みを考えて、傷つけたくないって思ってる」

「……臆病なだけよ」

「いや、とびきり優しいのさ」


 シルタは優しい女の子だ。

 そして、女の子を守るのはいつだって男の役目だ。


 僕は再びシルタの肉に埋もれながら、怪我をした患部を撫でる。

 大事な体に傷をつけてしまったのは申し訳ないけど、あれが最大限だったからなぁ。


「あ、色の変わったところがもう一箇所あるね」


 肉の変色部を見つけ、軟膏を取り出す。

 ゆっくり薬を塗っているとシルタは身をよじって息を荒くした。顔も赤いけど、辛いのだろうか。


「痛い?」

「……平気」


 僕は患部にそっと手を当てる。

 昔は母さんがよくこうしてくれたっけ。


 そんな風に過ごしていると、目の前にプカプカと浮かぶ球体が現れた。

 よかった、相棒は無事のようだ。


『マスター・パーズ』

「ポム、無事だったんだね」

『はい。なんとか空賊を巻いてきましたが、彼らはこの近辺を捜索しているようです。明日は早々に逃走を開始したほうが良いかと』


 そう言うと、浮遊をやめて床に降りた。

 エネルギー残量が少ないのだろうか。


『はい、エネルギーが枯渇間近です。そのため、二人のお邪魔かとは思いましたが、報告を優先させていただきました』

「邪魔?」

『はい。先ほどからシルタさんの乳首に軟膏を塗ってイジり回していらっしゃったので……そういうプレイなのでは?』


 僕はバッと手を離した。

 シルタは肉塊から生えた顔をこれでもかと真っ赤に染め上げていて、ウルウルと潤んだ瞳で僕を見ている。

 彼女の体全体をよく眺めてみると、確かに僕が軟膏を塗ったのは二箇所とも彼女の乳首のようだ。


「ご、ごめん……」

「……えっち」


 焦って謝り倒す僕の横で、相棒が静かに機能を停止した。エネルギーがフルに溜まるまで丸一日は必要だろうからな。

 僕は彼を異空間倉庫(インベントリ)にしまった。




 翌朝。まだ薄暗い時間に洞穴を出る。


「まずは隣町まで急ごう」

「うん……」


 彼女の手を引いて洞穴を離れる。


 すると、黒い人影が大量に僕たちを囲んだ。

 くそ、空賊だ。しかも昨日より人数が多い。50人はいるだろう。

 頭領がしたり顔で俺たちに告げる。


「ククク……逃避行もここまでだ。さぁ、その肉塊を渡してもらおう」


 僕は半身になって構えた。

 その瞬間。


 ドン。

 発砲音とともに、右足が砕けた。

 僕は地面に倒れ込む。


 ドン。

 間髪を入れず左足が吹き飛ぶ。


「パーズ!」


 シルタの叫び声。

 頭領はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて近寄ってくる。この人数、相手も油断していなければ切り抜けるのは難しいか。


「君はなかなか腕の良い魔導機構技師のようだね。我々の仲間にもメンテナンスが必要な者がいる。どうだ、私の下で働くというのであれば、命だけは助けてやろう」


 頭領は柔らかい口調で銃口を向ける。

 空賊たちがジワジワとにじり寄ってくる。


 心臓がバクバクと音を立てる。怖い。

 けど、ここでシルタを見殺しにすることなんて……できるわけないじゃないか。


「わかり、ました……」


 勝ちを確信して笑う頭領。

 その顔に向かって僕は義手を向けた。

 くらえ。


辛味調味料砲(タバスコ・キャノン)!」

「ぐっ……目が、目がぁぁぁぁ」


 頭領の顔に赤い液体がこびりつく。

 彼は悶絶してその場に転げ回った。


「シルタ、逃げろ!」

「その小僧をぉ、殺せぇぇぇ」


 目をギュッと瞑る。

 魔導銃の射撃音が鳴る。



 そっと目を開ける。

 僕の体は無事だ。そして、シルタの丸い肉体は青白い光を放っていた。


「シルタ……」

「結界を張ってある。パーズは動かないで」


 肉塊から生えた顔が微笑んだ。

 彼女は目を瞑り、ゆっくり口を開く。


「昨日話した禁呪、覚えてる?」


 彼女が昨晩話していた呪文か。

 確か、全てを崩壊させる危険な魔法だって聞いていたけれど。

 まさか使うつもりだろうか。


「私はパーズを守りたい。それでも、どうしても恐怖に震えてしまう。怖い。そんな私が戦うには、これしかないから」


 だから一緒に唱えて。

 彼女の言葉に僕は頷く。


「いくよ……肉体魔法【破壊狂戦士(バルスルク)】」


 彼女の肉体に、金色の光が集まった。

 髪が逆立つ。空気が震える。肉が揺れる。

 空賊たちは驚愕の顔を見せた。


「ウガァァァァァァァ──」


 数秒で空賊のもとへ。

 豪腕を振るう。赤黒い水たまりができる。それなのに、彼女の体には血の一滴もつかない。



 異空間倉庫(インベントリ)からポムが飛び出してきた。

 浮遊せず地面に転がっている。


「エネルギーは?」

『15%ほどです。あれはシルタさんですか』


 僕はコクリと頷く。

 それにしても強力な魔術だ。しかも、通常なら何秒も使えないようなものだろうに、もう数分も使い続けている。


『ひとまずゴミを使ってマスターの足を作ります』

「ありがとう、助かるよ」


 ポムに簡易な義足を作ってもらいながら戦況を見る。

 すると次第に、彼女の体に変化が表れた。

 魔法力の急激な消費。それにより、肥えていた肉体はどんどん痩せてゆくのだ。


 空賊の頭領を踏み潰す。

 その頃には、彼女はすっかり年相応の少女の体型になっていた。


 そして、彼女は全裸だった。

 僕は目をそらしながら、戦況を確認するためにチラチラと彼女を見る。そう、あくまで戦況を確認するためだ。


『何を恥ずかしがっているのですか。これまでずっと全裸でしたし、昨日はあれほど乳首をイジり倒していたじゃありませんか』


 僕が聞こえないフリをしていると、空賊を片付け終わった彼女が歩いてきた。残念ながら、まだ魔法は終わっていないようだ。


 ガンガンガン。彼女は結界壁を叩く。

 だが、結界はびくともしない。当然だ。この結界壁もまた、彼女の特製なのだから。



 フッと糸が切れたように、彼女が膝をつく。

 半透明の結界壁が溶けるように消える。


「シルタ!」

「……パーズ」


 フラッと倒れ込む彼女を抱きとめる。

 すっかり普通の少女に……いや、美少女になったシルタは、荒い息を吐きながら僕の肩にしなだれかかった。


「魔法力……使いすぎたみたい」

「大丈夫?」

「うん。でも二日くらい寝ちゃうかも。あと、起きたらいっぱい食べると思うの。最後の最後まで迷惑かけるけど、ごめんね」

「うん、用意しておくよ」


 彼女は最後に、小さい声でささやいた。


「私の体、よろしくね……パーズならちょっとくらいイタズラしても許してあげるから」


 彼女は目を閉じて寝息を立て始めた。

 整った顔。長い睫毛。桜色の唇。何も着ていない彼女の胸が、僕に押し付けられている。

 ゴクリ、と喉が鳴った。



『マスター・パーズ』

「な、なんだ相棒」

『すぐにイタズラしたいのは理解しましたが、まずは小屋に帰りませんか』

「ち、ちちち、違うって!」


 雲ひとつない青空、天空都市がポツリと浮かぶ。

 僕は相棒を頭に乗せると、シルタに外套を羽織らせて肩に抱え、家路についた。

 空高くから鳥の鳴き声が聞こえた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 元ネタが分かりやすくて良いですね!!
[良い点] ところどころ見知った何かが出てきてイメージがしやすく、それでいてオリジナル色がかなり強い作品でした! とても面白かったです。 [気になる点] ハッピーエンドのその後が気になります。 […
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