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劫火

 腹拵えを済ませた俺と親父は今、反物質研究を行なっている機関、高エネルギー加速器研究機構へと足を向けていた。

 時刻は昼の2時過ぎ。

 少し歩いているとポカポカと体が暖まり、若干汗ばむぐらいの気温。

 歩き続けていると喉も渇いてくる。

 少し先の右手に自販機が見えたので、俺は自販機に向かい、小銭を入れた。


 「俺、コーラで。」


 親父が後ろから当たり前のようにコーラを奢らせようとするので、俺は振り向きもせずにソーダを押す。


 「はあ、ホント冷たい息子だな。」


 ため息混じりに自分も小銭を入れる親父。

 ホント自分のジュースくらい自分で買って欲しい。

 いつもこのやり取りするのも飽きたし。


 プシュッという軽やかな音を立ててキャップが開く。


 俺と親父はゴクゴクと喉を鳴らして、喉の渇きを潤した。


 「ぷはあ!うめー!」


 口を拭いながらうまそうに唸る親父。

 俺は同じ動作をしようとしていた自分の右手をありったけの意思によってセービングしなんとか耐えた。

 親父とシンクロするなんざ死んでもいやだからな。


 キャップを閉め、一息つくと、俺は親父に聞く。


 「確か、今から行く高エネルギー加速器研究機構ってところは主に反物質に関する研究をやってるんだよな?」


 「ああ、そうだ。今日のメインはどっちかというとこっちだからな。本当なら俺一人で話を伺わないといけなかったんだが俺じゃサッパリ理解できん。だから、お前を呼んだって事だ。」


 「なるほど・・・そうですか。」


 俺は苦笑しながら歩き出す。


 「ここから少し行ったところにあるのか、その場所は。」


 「ああ。確か、あと十分くらいだったかな。」


 「結構歩くな。」


 「文句言うな。俺も歩いてるんだから。」


 「はあ、まあ良いけどさ。」


 親父の横暴ぶりに呆れた俺は後ろ頭を掻き、残りの道のりを急いだ。


 目的地に近づいてくると、人通りは少しまばらになった。

 商業施設はこの辺にはなく、住宅街もあまりない。

 あるのは、だだっ広い研究施設や工場のみ。


 「着いたか・・・・。」


 見上げれば、そびえ立つコンクリートビル。

 おそらく五階建て。

 門扉は大きく立派だ。


 俺は横目に“高エネルギー加速器研究機構”のプレートを見つつ敷地に足を踏み入れた。


 「すんません、神代博士の件で話を伺いに来た竜崎なんですけど・・・・。」


 俺は守衛に許可をもらおうと声をかけたのだが、様子がどうもおかしい。

 机に突っ伏している守衛。

 地面に視線を落とすと赤い液体がしたたっているのが見えてしまった。


 「・・・・・!おい!大丈夫か!?あんた!」


 「どうした!?理!?」


 俺の叫びに駆け寄ってくる親父。


 「親父!これ・・・。」


 「不味いな・・・手遅れかもしれん・・・。とりあえず救急車を呼ぶ。」


 「頼む。」


 親父が急ぎ携帯で救急車を手配。

 俺はその間に、守衛所の裏口をこじ開け、進入。


 「う・・・・・!」


 むっとするような、鉄臭さが鼻をつんざき口を押さえる。

 見ると、彼の腹からは血が尋常出ない量こぼれ落ちている。

 どう見ても命に関わる出血量だ。


 「どけ、お前。」


 後から入ってきた親父に突き飛ばされるようにして俺は横にどかされる。

 みると親父は止血の応急処置を施そうとしているようだ。


 親父は今親父にしかできないことをやっている。

 なら、俺も俺にしかできないことをやるしかない。


 そう決意した俺はきびすを返し走り出す。


 「クソッ・・・・!」


 「おい、お前どこ行くんだ!」


 親父が俺の背中に叫ぶので俺は振り返りもせず叫び返す。


 「決まってるだろ!これやった奴を捕まえに行くんだよ!!」


 「おい!理!」


 叫ぶ親父を振り切るようにして俺はコンクリートビルへと向かった。





 クソ!やられた・・・・!


 俺は悔しさをはき出すように駆ける。

 敷地は広く普通に走っていては埒があかない。


 「フッ・・・・・!」


 脚部IDを起動し、一歩を踏み込む。

 すると、緑黄色の円環式句が脚の周りに現れ、同時に、昨日の鉄球を運んだときの要領で自らを思いっきり吹き飛ばす。

 あり得ない加速力と浮遊感を感じながらもう一歩

 更に一歩と駆ける。

 一歩ごとに加速していく体。

 すると、一キロにもわたる道のりをたった十秒足らずで駆け抜け、ビルの入り口に到達。

 タックルでもかますようにドアを開き、飛び込んだ。


 ギュギュギュッ!


 靴底のゴム素材が、廊下との擦過音を奏でる。


 轟音。


 「・・・・・・!」


 今の音、上だ。


 キッと上階を睨み、俺は階段を飛ぶように駆け上がる。

 音がしたのはおそらく最上階。

 二階、三階、四階、と駆け上がり、廊下に飛び出した。


 「・・・・・・マジかよ、ウソだろ・・・。」


 絶句だった。

 俺にはこれがこの世の光景とは思えなかった。


 燃えさかる炎。

 至る所に散乱する血。

 屍。


 侵入者を排除しようとした警備隊の無残な死に様がそこにあった。


 「う・・・・。」


 「おい、大丈夫か!?」


 うめき声を上げた一人の男に俺は駆け寄る。

 見ると、そいつの体は至る所にやけどを負い、かなりの重傷。

 だが、内部からの破壊は施されていないようで、まだ息があるし意識もはっきりしている。


 「おい、大丈夫か?しゃべれるか?」


 「・・・ああ。なんとか・・・。」


 頭を痛そうに押さえながら俺を見るそいつの目は何かにおびえているように揺れている。


 「誰にやられた?」


 「わからねー・・・・だが、女だ。おそろしく美しい女。」


 「女?」


 「ああ、気を付けろ・・・・俺の部下はそいつに全員やられた。」


 「な・・・・あんた以外皆死んだっていうのか?」


 「そうだ。部下が命を張って作った隙を俺は生かし切れず、このざまだ。あの女は紛れもなく化け物だよ。」


 苦笑を漏らすそいつの声はあきらめを含んだように乾いている。

 しかし、これ以上、時間をかけてもいられない。

 時は一刻を争う。


 「おい、そいつはどこへ向かった!何が目的だ!?」


 「それは分からない。だが、研究資料室に用があるとか言っていた。」


 「その部屋は!」


 「一番奥だ。」


 「そうか。協力感謝する。一人で脱出できるか?」


 俺はそいつに肩を貸しながら聞く。


 「ああ、大丈夫だ。・・・死ぬなよ。」


 俺の肩から降り、階段へと向かうそいつは痛々しい笑みを俺に向けて去って行く。

 俺は後ろ髪引かれる思いで駆けた。


 最奥の研究資料室。

 

そこにこの一連の事件の犯人がいる。


 幾つもの屍を乗り越え、ようやく俺は目的の部屋へとたどり着いた。


 扉を蹴り破り侵入。


 「・・・・・・・・・!!」


 炎が燃えさかり、顔を叩く熱気。

 血と焦げの臭い。

 けたたましく鳴り響く警報音。

 折り重なる屍の山。


 ――まさしく地獄。


 だが、逆巻く炎の向こうにそいつはいた。

 悠然とキセルをくゆらせ、、最後の一人を葬ったそいつが。

 ずるりと倒れゆく警備員。

 グシャリ、という絶望的なまでに悲惨な音が耳に届く。


 プツン

 俺の中で何かがキレた。


 あらん限りの力で脚を踏み込む。

 地面が陥没する。

 刹那、俺は一弾の弾丸となって飛び出した。


 音が消え、周りの動きがスローにでもなったかのようにはっきりと感じられる。

 刻々と距離が縮まる。

 従って、そいつの顔もはっきりと確認できる。


 ピリッ!


 首筋に感じた悪寒。

 そいつの口元には笑み。

 真っ赤に燃える二つの目が俺を捉えた・・・・・!


 「マズイッ・・・・!」


 「遅い・・・。」


 次の瞬間、凄絶な爆風が俺の体を襲い、後方の壁へと叩きつけられる。


 「かはッ・・・!」


 衝撃で肺から空気が漏れる。


 気づくのがあと少し遅ければ、おそらく死んでいた。

 爆風だけでこの威力とは・・・・。


 「へえ・・・あの一瞬でベクトル変換を施して威力を減衰させるなんて。やるわね、坊や。」


 感心するような響きの声。

 大きな声ではないのに、不思議と通る声。


 体は痛みで動かない。

 だが、俺はそいつの顔を見ようと視線を上げる。


 かすむ視界に陽炎のように揺らめく女。

 うまく焦点を結ばない目。

 だけど、その女が美しいことだけは、はっきりと分かった。


 その女はふぅー、と煙を吐き出すと、視線を窓の外に向ける。


 「でも、残念ね・・・・坊やとの楽しみはまた今度みたい。」


 遠くから間延びしたパトカーのサイレンが聞こえる。


 「くぅっ・・・・!」


 あと少し、時間を稼げれば俺の勝ちだって言うのに、体が言うことをきかない。

 いくら気力を振り絞ろうと指一本動きそうになかった。


 女はそんな俺の様子を満足げに眺めながら、歩み寄ってくる。


 至近距離にまで歩み寄ると、かがみ込み顔を近づける。

 耳元には赤くきらめく三日月。


 ――こいつだ、こいつがこれまでの殺人事件の犯人。


 頭では理解している。

 こいつは今すぐに捕まえなくてはならない。

 しかし、俺の体は動かない。

 目の前にあまたの罪なき人間を殺した宿敵がいるのに届かない。

 どれほど願っても届かない。

 俺はもどかしさに歯がみし、唇からは血が一筋。


 そんな俺の顔を満足げに眺めていた女は顔を更に近づけ、耳元に唇を寄せる。

 しなやかなその指を俺のおとがいに触れさえながらこう囁いた。


 「残念だったね・・・・・坊や?」


 「・・・・!」


 「またね?」


 蠱惑な笑みを俺に向けた女はきびすを返し、歩き去って行く。

 逆巻く炎の渦中を闊歩する女。


 俺は己の無力をかみしめながら、意識を手放していった・・・・。





お久しぶりの投稿です。

感想くれたら嬉しいです。

これからもよろしくお願いします!

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