親父
第7話です。
ここから、時間解決へと動いていきますのでよろしくお願いします
見上げると、春らしい青空が広がっている。
日差しは柔らかで暖かい。
小鳥のさえずりも聞こえる。
穏やかな風を感じながら、俺は遠くにたなびく霞のような雲を眺める。
「ああ・・・・良い天気だ。」
「何、かっこつけてんだ、お前・・・・?」
背後からの声に慌てて振り返ると、実の息子をかわいそうなものでも見るような表情でこちらを見ている俺の親父、竜崎徳馬がいた。
今のを見られていた、と思うと急に恥ずかしい感じがしてきたので、俺は咳払いを一つして話題の転換を図る。
「よう、親父。来てたのか。」
「いや、今降りてきたところだが・・・・まあいい。お前も色々あるんだろう・・・。」
一人で勝手に納得したように頷く親父に俺はなんだか釈然としない気持ちになりながらも、この話題を引っ張ることに危機感を覚えていたのでとくに否定することもなく話を続けた。
「で、親父。これから、どうするんだ?」
「ん?言ってなかったか?これからお前といっしょに現場に行くんだよ。」
なんでもないように言う親父に俺が聞く。
「いいのか、それ?俺が行っても。」
「大丈夫だろ?俺の息子だって言えば。」
たばこにカチカチとライターで火を付けながらそう言い放つ親父。
電子たばこが主流となった今でも、火を付けるタイプのたばこを吸うのは俺の親父ぐらいだろう。
親父曰く「こっちの方がたばこを吸ってる感があって旨い。」のだそう。
思いっきりプラシーボ効果じゃねーか、と思わないでもないが、実際、分からなくもない。
バーベキューの時の方が肉が旨くなる原理だろう。
外で食べるだけでなんであんなに旨いのか。
人類にとっての永久命題だ。
「行くぞ?」
たばこをくわえながら歩き出す親父。
俺の予想では、肉親であろうと現場に連れて行ったりはしちゃダメなんだと思う。
だが、親父のこの適当かつ変にこだわりの強い性格からして、正論をぶつけても無駄だと判断し、俺は素直に親父の背中を追いかけたのだった。
現場付近は半導体工場になっている。
都市部の華々しさから一転、このあたりは、昼間であるにも関わらず人通りが少なく、道も狭いし入り組んでいる。
工場が両脇を固めているため、高い塀に囲まれており、遮蔽物となる箇所も多いように思う。
電灯の数もまばらで夜になれば薄暗くなることは予想に難くない。
確かに、この先を抜ければ住宅街となっているので、ここを近道として利用する人も多いのであろうが、正直、俺自身、夜にこの道を使おうとは思えなかった。
そんな小道を二度、三度、右に左に折れていると、立ち入り禁止のテープが見えてくる。
おそらく、あそこが犯行現場なのだろう。
俺は生唾を飲み込み歩みを進める。
前を歩く、親父がテープの下をくぐり、十数メートル歩くと振り返り言った。
「ここが現場だ。」
「ここが・・・・・。」
俺は親父の横に立ち、目の前のアスファルトに視線を落とす。
だが、もちろんのことそこには遺体もないし、凶器らしきものも確認できない。
しかし、血痕だけが生々しく残っている。
俺が赤黒くなったアスファルトに視線を注いでいると、親父が胸元から一枚の写真を俺に見せる。
「これを見ろ。」
「なんだ・・・これ?」
俺は小さくそうつぶやいた。
親父がそのつぶやきに答える。
「この写真はガイシャの左手の甲の写真だ。」
「それは分かるがこのマークは一体・・・?」
おそらく被害者が力尽きる寸前に、自分の血で描いたもののようだが、これは・・・。
「月か・・・?」
「おそらくな。俺たちの間でも議論になったが、おそらくそのマークは“三日月”である、と判断された。」
「何かの手がかりにはなったのか?」
「いや、俺たちも何か手がかりがないかと思い、データベースを洗ってみたが、それらしき組織、団体は存在しなかった。」
「そうか・・・。」
このダイイングメッセージが何かを伝えようとしているのは明白だが、警察の情報網に引っかからないとなれば手詰まりだ。
親父がたばこをふかしながらに被害者の情報を俺に伝える。
「被害者は58才。重力学電磁気学総合研究所(GECI)の研究員だ。かなり優秀な研究員だったようで、こいつの研究成果は数々の賞を受賞している。」
「へえ。それでこいつは主に何を研究していたんだ?」
俺が聞くと、親父はスパーと煙を吐き出し、俺を見つめて言った。
「アンチマテリアル。つまり反物質だ。」
「反物質だと・・・?」
「いや正確に言うと、反物質の操作だな。」
「なるほどな・・・。」
反物質。
それは、この世を構成する物質である“正物質”の対極に位置する物質で、非常に不安定な物質として知られており、これまで存在は確認されていても、保存や性質を利用した製品などはまだ存在していない。
しかし、反物質と正物質の反応“対消滅”は多量のエネルギーを放出するとされており、近頃反物質研究は脚光を浴びている。
そんな反物質研究界の著名な研究者が襲われたとなると、いよいよ話はややこしくなっている予感しかしない。
「じゃあ、被害者はなにか重大な研究結果を持っていて、その情報、技術を誰かに盗まれた、と考えるのが妥当だって事か・・・。」
「ああ、そういうことだ。だが、肝心の被害者が携わっていた研究資料は一切なくなっている。」
「な・・・!その研究所に行けば少しくらい・・・・。」
「その研究所は何者かに爆破され焼失したんだ・・・。つい、一昨日な。」
「マジかよ・・・・。」
犯人達はぬかりなく証拠隠滅を謀っていたようだ。
これは侮れない敵である。
俺があごに手を当て、頭の中で情報を整理していると、親父が思い出したかのようにつぶやく。
「あと、被害者の殺害方法だが、これも奇妙でな。」
「奇妙・・・?どういうことだ?」
俺がそう尋ねると、親父は顔を憎々しげに歪め、はき出すように言った。
「なぜかガイシャの腹部が内部から破壊されているんだ。しかも、なかで爆弾が爆発したみたいに、腹部が無残に裂け、内蔵が飛び出していやがった。あんな酷い遺体を見たのは生まれて初めてだ。」
警察に勤めてもうかれこれ二十年以上の親父がそう言うのだから、相当酷かったのだろう。
もはや想像することすらしたくない。
だが、そんな殺害を可能にするものなど、あるのだろうか?
人体を内部から破裂させるなどと言う外道きわまりない殺し方が。
電磁気、重力の両面から考察してみてもなかなか思いつかなかった。
すると、親父はそんな俺の様子を見て言った。
「やはり、お前でもなにも分からないか。」
「ああ・・・残念ながら。」
「そうか。まあ、いい。なにか分かれば、そのときに教えてくれ。」
親父はそう言って来た道を戻っていく。
俺は親父を追いかけようと、一歩踏み出したがその前にもう一度、写真に目を落とす。
そこには、黒々とした三日月が血の海に浮かんでいるだけでなにも教えてくれるものはない。
だけど、なにかが起き始めている。
そんな漠然とした不安が俺の体をぶるり、と震わせたのだった・・・。
お楽しみいただけたでしょうか?
次もお楽しみに〜。