授業風景
第3話です。
サブタイトル通り授業風景を描いています。
キャラも増えてきて楽しくなってきました。
これからも応援よろしくお願いします!
カツカツ カツカツン
チョークが黒板を叩く硬質な音が、生徒五六人を収容する講義室に響き渡る。
生徒達は授業から乗り遅れないよう必死でその内容をノートに書き記す。
俺も一応ポイントとなることだけはメモを取り、ペンを置くと、重力学の講師、飯室菫先生がチョークを置くのと同時であった。
パンパンと手に付いた粉を払いつつ俺たち学生の方へと顔を向ける先生は控えめに言ってもかなりの美人である。
腰ほどまで流れる黒髪は鴉の濡れ羽のような艶めきを放ち、白い素肌とのコントラストがこれまた美しく、赤い縁の眼鏡が絶妙なアクセントを奏でている。
スタイルも大変よろしく、端的に言うとボンきゅっボンなナイスバディーだった。
だが、もちろん国内屈指の名門校であるこの学校に赴任するだけあって美人なだけではなく、頭も相当に切れるようだ。
今も飯室先生は講義をされているが、あまりにもレベルの高いその授業に大半の生徒達は付いていくだけで精一杯。
必死のパッチで食らいついている状態であった。
飯室先生は学生達のそんな様子を見回すと小さくうなる。
「ふむ・・・・少し授業内容が難しすぎたかな・・・。」
唇に人差し指を当て、独りごちる飯室先生はなんとも子供っぽく見える。
おそらく彼女はアラサーであろうが、その仕草は違和感なくしっくりきている。
飯室先生はうむ、と一人頷くと明るい声で切り出した。
「よし、ではこの辺りで一度基本事項を確認しておこうか。じゃあ・・・そこのお前。」
「わ、私ですか・・・・?」
「そうお前だ、立て!」
「はい・・・。」
心細げに立ち上がる女子生徒。
「名前は?」
飯室先生がその生徒に名前を聞く。
「瀬川小鳥です・・・・。」
震えるような声でそう答えた女生徒。
肩も震えておびえているようだ。
そりゃそうだろ、あんな乱暴な聞かれかたヤンキーぐらいしか今日日しない。
だが、飯室先生はそんな瀬川さんの様子など全く気にしない様子で質問を浴びせた。
「よし、瀬川。では、質問だ。この世の中に存在する最も基本的な力は幾つある?」
その質問を聞くと女生徒は少し安心したのかホッと息を吐き応えた。
「四つです。」
「うむ、正解だ。お見事。まあこれは基本も基本の超基本事項だな。では、この四つの力は具体的になんだ?」
「えーと・・・電磁力、重力、強い力、弱い力、ですよね?」
「お見事素晴らしい!座って良いぞ。」
ホッと胸をなで下ろしつつ着席する瀬川さん。
小柄な彼女のそんな仕草は見ていて心が和む。
彼女が着席したことを確認した飯室先生はまたもや力強い声音で弁舌を奮いだした。
「今、彼女が言ったとおり、電磁力、重力、強い力、弱い力。たったこれだけの力でこの世界のすべての力が説明できるとされている。つまり、この四つの力をすべて使いこなせればそいつはもう神の領域、創造再生破壊分解。すべての現象を司る事ができるというわけだ。」
教団の上で飯室先生が雄弁に語る様子は不思議と惹きつけられる。
講義室にいる全生徒が飯室先生に視線を注いでいる。
「では、この四つの力すべてを扱える人間はいるのか?答えは断じて否だ!理由を応えられる者は?」
一人の男子生徒がピン!と姿勢良く手を上げたので飯室先生はその男子生徒を当てた。
「はい、そこのお前。」
指名された男子生徒は勢いよく立ち上がり大きな声で応えた。
「重力以外の力をすべて記述する、標準理論は構築されていますが、未だ重力を含めた四つの力すべてを記述する理論は確立されていないからです。」
「よろしい。座って良いぞ。」
男子生徒は着席する。
飯室先生はおもむろにチョークを持ち、ここまでのまとめを書きながら説明しだした。
「今、あいつが言ってくれたとおり、この三つ、電磁力、強い力、弱い力の統一理論はすでに構築されている。だが、未だなお、重力を統一してくれる理論は完成していない。理論の統一がなされなくては、もちろん、四つすべての力をコントロールすることはできないのだ。この四つの基本的な力を統一理論で束ねることには量子力学と一般相対性理論を根本的に見直す必要があり、困難を極めている。現状不可能とまで言われているほどだ。だが、もう一つこの四つの力の統一理論の完成が遅れている理由があるのだが、何か分かるやついるか?」
教壇から飯室先生が発した声に応える生徒は誰もいない。
それも当たり前で、こんなことは教科書には載っておらず、いくら勤勉な学生でも容易には分からないようになっている。
この質問は与えられた情報から推理、推察することが求められているのである。
だが、この教室には誰もそこまでできるものはいない。
沈黙が横たわる。
目立ちたくはないので放っておこうかとも考えたが、このままでは授業が滞ってしまう。
はあ、と俺は一つため息をつき手も上げずにしぶしぶ応えた。
「電磁力が最強だからでしょ?」
俺のいるほうへと顔を向けた飯室先生は両手を腰に当て若干前のめりになった。
彼女の豊満なバストが、その若干の傾斜によりさらに強調されとんでもない破壊力を持って俺の視界に飛び込んできた。
俺はあまりの迫力に生唾を飲み込む。
生徒を誘惑しかねないその魅惑の果実は教師としていかがな者なのかと思うが当の本人には、その自覚がないらしく、ニヤリと意地悪そうに笑って、からかうような調子で言った。
「お、遅刻魔、よく気づいたな、その通りだ。そして次は手を上げて発言するようにしろ。次、挙手しなかったら鼻毛引っこ抜くからな!」
「何でだよ!まず、遅刻魔じゃねーし、鼻毛も抜かれたくない!」
「何を言っている。初日からあれほどの遅刻をかますような奴、遅刻魔としか思えん。遅刻魔の鼻毛なんざ抜いてしまえば良いのだ。」
「はあ・・・もうどうにでもなれ・・・。」
飯室先生の鋭い叱責に俺は弁解の余地はないと悟り諦める。
対して、飯室先生は俺の発言などとうに無視してチョークを黒板に走らせている。
「そうだ、今この遅刻魔が言ったとおり、電磁力が最強過ぎるが故に、この重力統一理論の開発は遅れている。」
すると、それを聞いていた先ほどの男子生徒が挙手するので、飯室先生はそいつを当てる。
「はい、そこのお前、名前は?」
「近藤一です!」
「近藤か・・・で?質問は?」
「はい!すっごい基本的な質問なんですけど、なんで電磁力が最強だと重力統一理論の開発が遅れるんですか?」
自分の分からないことをごまかさずに、素直に質問してくる生徒は飯室先生にとって好ましい存在らしく、実に溌剌とした表情を浮かべて、近藤に顔を向ける。
「まあ、考えたら分かることだ。知っての通り、四つの力には力の大小が存在する。近藤、力の大きい順にこの四つを並べろ。」
「えー・・・・電磁力、強い力、弱い力、重力。ですよね?」
「正解だ。左から順に力が強いものになっている。」
カツカツカツッ
リズミカルなチョークの音が走り、四つの力が羅列される。
すると、弱い力と重力の間に線を引っ張り、左側をグルグルと丸で囲んで言った。
「今、理論として存在するのはこの三つの力。そして力の大きさは電磁力が最も強く、重力は見ての通り最弱だ。しかも、この左側と右側では全く力の大きさが異なる。つまり、私たちが学ぶ、そして用いる重力は突出してこの四つの力の中でも力が弱いのだ。さらに、君たちも重力学を学ぶ学士であるからわかるであろう?重力学があまりにも難解で複雑だと言うことを。」
片目をつぶるようにして問いかけられると、何人かの生徒が「確かに・・・。」「マジそれな」と同意を示す。
その様子を見て満足したのか、飯室先生は話を続ける。
「しかし、対して、電磁気学はどうだ。相対性理論よりも約百年早く打ち立てられたその学問体系は今や完全に成熟し、そしてかつ強力無比な力を誇る。見渡せばあちらこちらに電磁気学の恩恵があふれ、誰しもがその力を信頼している。そんな中で、なぜわざわざ根本原理の見直しまでして、どうして重力を使おうとするだろうか?力は電磁気学に及ぶべくもなく、さらに使い勝手も悪いとなれば誰も研究しようとは思わないであろう。だから、電磁力との統一は遅れているんだよ、近藤君。」
「なるほど・・・ありがとうございます。」
そう言うと着席して今聞いたことをメモり出す近藤。
見渡すと他の生徒もメモを取り出している。
俺も取った方が良いのか?と思ったが自分の発言から端を発した説明なのでそれほど必要性を感じず、ペンを置いた。
すると、見計らったかのようにチャイムが鳴り、授業の終わりを告げる。
「昼飯の後は能力値検査だからな~。ちゃんと四号館のトレーニングルームに来いよ~。では終わります」
起立 礼
日直の声が響き重力学の授業が終わった。
いかがでしたか?
楽しんでくれてたら嬉しいです。
また、次の話で会いましょう!