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プロローグ

第1話。

よろしくです。

電灯の光がチカチカと明滅している。

あたりは深い闇に包まれ、東の空の低くに今出てきたばかりであろう月が浮かんでいる。

三日月よりも細く鋭い弧を描いている。

今にも消え入りそうなほどに細い月。

だけど、儚げな印象はない。

むしろ、その月は燃えるようなワインレッドの光を放ち、私に恐れを抱かせた。

いや・・・・・あるいは月の美しさに酔いしれていたのかもしれない。

いずれにせよ、ある種恐れを抱かせるその紅の輝きは人を魅了する魔力のようなものを放っているように思え、私はその月から目が離せなくなっていた。


どこをどう歩いたのだろうか・・・。

思い出そうにも思い出せない。


気づくと私はとある工場の脇道を歩いていた。

工場の建物で空は隠れ、赤い月も隠れていた。

私は自分の心がなぜこれほどまでに赤い月に引かれ恋い焦がれるのか不思議に思った。

研究所での研究生活に心が疲れていたのだろうか?

だからかもしれないな、これほどまでに自然の作り出す美に惹かれているのは・・・。

だが、その心労もここまでだ。

今日、ようやくこれは完成したのだから。

これを明日、所長に渡すことができれば、これまでの全人生が報われる・・・。

そうなれば私の人生はなおいっそう輝きを増すだろう・・・。

空に浮かぶ、この怪しく光る月すらも私を祝福しているように感じていたのかもしれない・・・・・。

だから、これほどまでにあの月を見たいと思うのだ。


誰もいない、暗く細い路地で私は一人納得の笑みを浮かべた。

研究所では数式や使えない部下とばかり顔をつきあわせていたため笑うこともなかった。

久しぶりに上げた口角はヒクヒクと震えた。


「こんばんは。神代博士。」


「・・・・・・!」


突然の背後からの声に私は飛び退きつつ振り返る。

物思いに耽りすぎたようで、背後からの接近に気づけなかった。

いつもの自分であればあるいは気づいていたかもしれない。

全神経を張り詰めて研究に没頭していた自分であれば。

だが、今はこれの完成の余韻に浸るあまり、背後や周囲に対する警戒心が薄れてしまっていたのだ。

月に見惚れ、この脇道に入ってしまったことも今となっては呪わしい。

襲撃者の存在も予測してもう少し見晴らしの良い道から帰宅するべきであった。

この脇道の両側は大規模な半導体生産工場になっていて、深夜になるとめっきり人影がなくなる。

叫び声をあげても誰も助けには来てくれそうにない。


現状の最悪に近いことを認識し私は唇を強くかみしめた。

後悔はあとだ。

今はこの襲撃者をどのように撃退するかに集中するのだ。


電灯の光は弱々しく、敵とおぼしき存在の顔を満足には照らしてくれていない。

だが、二十台半ばぐらいの若い女性に見える。

口元にはキセルだろうか・・・。

口づけでもするように、煙を吸い、実にうまそうにはき出している。

紫煙をくゆらせるその姿は見惚れてしまうほどに美しかった。

一見、彼女は戦闘員には見えない。

むしろ、その容姿の美しさと佇まいは花魁を思わせる。

だが、私の背中には冷汗が伝っていた。

頭ではなく感覚でこの女が普通ではないことを悟っていたのだ・・・。


私は腰のホルスターから拳銃を取り出し、親指でセーフティーを外す。

銃口こそ向けてはいないがすぐにでも発砲できる状態だ。


銃口を向けないのはすべて私の勘違いである可能性がまだなきにしもあらずだからだ。

万が一間違っていたときにはホルスターに収めようと思っていた。

もちろん、今にも銃を抜きそうな人物を見れば慌てもするだろうという打算もあってだ。

だが、この女は銃を見ても全く慌てるそぶりもなく悠然と紫煙をくゆらせ続けている。


――やはりこいつは危険だ・・・。


そう思い、私は銃口を彼女に向けて初めて口を開いた。


「お前は誰だ・・・。なぜ私に近づいた・・・!」


薄暗い路地に私の声がこだました。


女は最後に、細く煙を吐き出すと、その赤く燃える瞳で私を射すくめ、つぶやくようにこう言った。


「・・・・はぁ。うるさいじーさんだこと・・・。」


けだるげな女の声が耳朶に届いたと思った時には、腹部からなにか生ぬるい液体が流れ出ていた。


「うぐふ・・・・ごぽ・・・。」


口を押さえるとあまりにも鮮やかな赤色が目に飛び込んでくる。

そこでようやく私は自分が血を流していることに気づいた。

膝から力が抜け、手に持っていた鞄が地面をはねる。

中には私の人生のすべてが入っている・・・。


「うぐぐ・・・・。」


血だまりが大きく広がり、倒れた自分を飲み込んでいく。

だが私は必死に転がった鞄へと手を伸ばした。


――あと数センチ・・・・。


「う・・・!」


「残念だったね?これは私がいただくよ・・・・。」


女が屈み、私の鞄に手をかけた。

私は瀕死の重傷を負っていた。

それは自分でも分かっていた。

だが、それでも私はそれらすべてを忘れて見惚れていた。


彼女の口紅の艶めきに。

彼女の瞳の鮮やかさに。


そして、彼女の耳元に輝く深紅の三日月に・・・・。


――こんな形でもう一度あの月を見ることになるとはな・・・。


「ごふっ・・・・!」


大量の血液が口から飛び出す。

もう自分は長くないだろう。

だが、それでも私は懸命に手を伸ばし続ける。


次第に重く沈んでいく意識。

死にゆく体。

電灯の明かりも明滅をやめ、あたりは漆黒に包まれている。


だけど、それでもなお、深紅の月だけは女の耳元で輝き続けていた・・・。


いかがでしたか?

またよろしくでーす。

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