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Sch=Wa  作者: 佐治道綱
第一章 イリバティア戦役
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第一話「平和の檻の中」(5)




 帝都フォージリアの中心に聳え立つ皇城ヘーエガルテン。”高みの庭”という名を持つ壮麗広大なこの城には大小合わせて十六の庭園が存在している。大きく分けて五つの階層で構築されているへーエガルテンは各階層が通常の建物の二階分の高さを有し、東西南北のラインにそれぞれ二十戸ほどの家屋が立ち並ぶほどの敷地の広さである。その外観は砂色の壁や濃紺の屋根、城の外にも見えるように張り出した庭園の色取り取りの花々や草木によって鮮やかに彩られていた。


 へーエガルテンの第四階層の中心にある”光の庭園”は最上層である第五階層との吹き抜けに面しており、天空からの暖かい日の光が直に降り注がれている。その美しい光のシャワーの中を侍女も連れずにラインファーネ姫はゆっくりと歩いていた。庭園に咲く花々を愛でながら物思いに耽っている。緩やかにウェーブのかかった栗色の髪は、周囲の花々と共に日の光を浴び、暖かく淡い色に光り輝いていた。


 ”光の庭園”横の通路を通り掛かったアレヴェル帝国の皇太子ミケーレ・ファインセルはラインファーネ姫の姿を認め、足を止めた。侍女たちを庭園の外に待たせて、ミケーレ皇太子は光の庭園の中にいるラインファーネの傍へと歩み寄っていく。まだ少年のような顔立ちの若い皇太子はさらさらとした漆黒の髪を肩まで伸ばしていた。その漆黒の髪は”光の庭園”に降り注ぐ日の光を浴びて輝き、足を進める度に優雅に揺れている。


 「ティーフェ」


 ミケーレは表情を綻ばせ、昔からの呼び名でラインファーネを呼んだ。ラインファーネはその声に気付いて、静かに体を動かし、ミケーレ皇太子の方を向く。


 「皇太子殿下。わたしなどには話し掛けられない方が宜しいですよ」


 その言葉にミケーレは驚いた表情をして見せる。


 「久しぶりに話を出来る機会なのに酷いな」


 ラインファーネは庭園内に目をやり、二人の他に人がいない事を確かめた。


 「ミケーレ。三年振りかしらね。でも、本当にあまりわたしには話し掛けたりしない方が良いわ。せっかく皇太子の座に就いたのだし」


 「皇太子になったら幼馴染みと話す事もままならないのかい?」


 ラインファーネはミケーレの顔を見ながらかぶりを振る。彼女が帝都フォージリアに戻って来てから二ヶ月が経つ。ミケーレが皇太子として選ばれた事への祝いの言葉はアレヴェル王家の姫として述べたが、実際に幼馴染みとしての言葉を交わすのは今が初めてである。


 「わたしにはシラハトの血が流れているのよ」


 「ティーフェ。私が昔から言ってた事を覚えていないのか?」


 「勿論覚えているわ。でも、事実は事実。この国のシラハトの貴族達の大半はフュールング領へと追いやられている。そして、ごく一部の者達はわたしと同じように帝都に呼び寄せられる。わたし達の身柄を押さえておけば安心という訳なのでしょうね。この国は流れている血で人を分けるのよ」


 ラインファーネの言葉を聞くミケーレの心の中は歯痒い思いで溢れ返った。


 ふと思い出したようにラインファーネが質問する。


 「そういえば、フュールングからヘルトシュタイン将軍達が呼び寄せられたという話を聞いたわ。何かあったのかしらない?」


 ミケーレは声の調子を抑えて、それに答える。


 「ヴェルナー人の貴族をシラハト人が打ち倒してしまったらしい。そのシラハト人というのが帝国軍の軍人でね。その直属の上司が”双尾の黒狐”らしいんだ」


 「フクス・シュヴァルツ大尉…?」


 「うん。大尉はベルトルト・ファルケン少将の子飼いの部下だからね。宮廷ではそれが大きな問題にされている。ファルケン少将やヘルトシュタイン大将らシラハトの貴族に責任を取らせるべきだと」


 その話にラインファーネは表情を曇らせる。ここ最近感じていた得体の知れない不安感が彼女の心を覆い尽くしていく。この不安をミケーレに対して打ち明けようかと考えていると、ミケーレが両手の拳を強く握り締めるのがラインファーネの瞳に映った。


 「私はアレヴェルを変える。その為にはもっと努力しなければならない」


 そう言ったミケーレを見つめてラインファーネは静かに微笑む。そして、ゆっくりと視線を外し、”光の庭園”と城内とを見渡した。


 「この城の名前もアルフォルク語である事には理由があるのに…」


 「かつての皇帝はヴェルナーもシラハトも分け隔てなく接していたからね。それぞれが敬うべき所は敬う。皇帝もそうであったから、その臣下たちもそのようにし、民衆もまた自然にそうであった」


 「初代皇帝カンヴィアメントと肩を並べて戦ったシラハトの将軍がこの”高みの庭”という名を付けたのよね」


 「うん。名将ベーレンドルフだ」


 二人は”光の庭園”に咲く花々や草木を眺めた。幼き頃からこの庭でよく二人で遊んでいた事を思い出す。一緒に笑ったり、一緒に泣いたり、お互いにたくさんの事を話し、悩みも喜びも共有してきた。


 ラインファーネは寂しげな表情を浮かべながらミケーレに言う。


 「何にせよ今はあまり話さない方が良いわ。わたしもあなたもどうなるかわからないのだから」


 「どうなるかわからない? どういう意味?」


 「わからないわ。何となくそう思うのよ」




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