第1話 群青の空とそして白
人の一生なんて平凡だ。ある日空から隕石が降ってきて、地球が滅ぶ。不思議な力を身に付けて、悪い魔女を倒す。そんな事なんてあるはずがない。そこにあるのはただ普通の毎日。学校に行って、勉強して、ご飯を食べて、勉強して、寝る。別に面白くも悲しくもない。人生なんてそんなものだ。
「いってきます。」
そう言って玄関を出た。時計は7時55分を指している。…少し急いだ方がいいな。そんなことを考えながら、いつもと同じ道を進んだ。
梅雨も終わり、だいぶ暑くなってきた。少し小走りしただけで汗がにじんでくる。そういえば、もうセミも鳴き始めているな。
今日の1限は戸部先生だったかな?うーん、悪い人じゃないんだけどな。ねちっこく小言を言うのをやめてくれないかな。
…何か毎日つまらないな。
僕はタバコ屋の次の角を左に曲がった。あと少しで校門が見えてくる。朝礼まで余裕があるので、少し歩くペースを落とした。ここまで来ると、だいぶ人通りが多くなってくる。
「おはよう。」
「おはよー!」
「昨日のFステ見た?」
「いやー、昨日ご飯食べたら寝ちゃってさ。」
「おはよう。」
「オッス。」
「そっか、寝ちゃってたか。SKIの新曲が聞けたんだけどな。」
「宿題やった?」
「おはろー!」
「そういえば、今日の1限って戸部センじゃね?」
「げ、マジ最悪。私あの人嫌いなんだけど。」
「それでさ、SKIのジュリヤが、チョーかわいいんだよ。」
ポンと背中を叩かれた。
「和馬、おはよ。」
「おはよ、今日はめずらしく遅刻しなかったじゃん。」
そう言うと、僕はニヤっと笑った。
「そんな言い方するなよ。俺がいつも遅刻してるみたいだろ。」
「え?いつもしてるだろ?」
「…ん。まぁ、そうかな。」
「ははは。」
僕は雅と話しながら校門を抜けた。そのまま2人で下駄箱に向かう。いつもと同じ日常。
「あれ、あんなとこに誰かいるぞ。」
「どこ?」
「そこの職員玄関のとこ。」
雅が指差した先には、1人の女生徒が立っていた。
黒くてストレートの髪が風になびく。白くてきめの細かい肌。細くて長い手足が夏の制服に良く映える。どこか幼さを感じさせる顔立ち。それとは対照的に芯の強さを感じさせる眼差し。僕は瞳を奪われた。
「だれだろ、あれ?かわいいじゃん。」
雅の言葉で我に返った。
「初めて見る顔だな。」
「うん、そうだね。転校生かな。」
「何だ、和馬。顔赤いぞ。」
「え?え?そんなことないよ。」
「何あわててんだ?ほら、早く教室に行くぞ。」
こうして僕と雅は玄関をくぐった。…何だろう。さっきの人が頭から離れない。どこのだれ?転校生?何年生?…何でこんなに気になるんだろう?
チャイムが鳴り終わると同時に、教室のドアが開いた。先生が教室に入り、日直が号令をかける。
起立。礼。着席。
一連の動作が終わると、一斉に席に着く。
「えー、それでは突然ですが、みなさんにお知らせがあります。」
ざわつく教室。先生はそのまま続けた。
「今日から転校生がこのクラスに編入することになりました。」
え?それってもしかして?
鼓動が一段と高鳴った。
「それでは君、入ってきて。」
先生に促されて、1人の女生徒が教室に入ってきた。それはまぎれもなく、今日の朝見かけたあの人だった。彼女は黒板の前に立つ。そして落ち着いた表情で、ゆっくりと口を開いた。
「折橋 泉と申します。よろしくお願いします。」