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「衛紅くん!気をしっかり!衛紅くん!」
薄れいく意識の中で看護婦さんの声が聞こえた。天井が動いている、担架で運ばれているんだ。
会議室。
「報告します。市内の夫婦が帰宅後、娘が家にいないことに気が付いて捜索、おおよその見当はついていたそうで、実際に見つかりました」秘書と思われる女性が読み上げる。「そこには気を失った少女の姿と重症の少年がいました。少年の名は雪乃衛紅、敬導様のご子息です」
敬導と周囲の九人は目を見開いた。
「な・・息子は・・衛紅は無事なんですか!」敬導は立ち上がった。
「ご安心ください、命に別状は無いとのことです。しかし問題はその先にあります」
「その先?」大男が聞いた。
「そこにはEクラス、イービルの死体と・・・Cクラス、カオスの死体が一体ずつありました」
大男が額に汗をかいた。「まさか、雪乃の息子がそいつらをやったとでも・・?」
「私も耳を疑いました。Cクラスを討伐できるのは魔法学校の職員でも二人掛かりで一体が精々、ましてや入学して間もない学生が討伐できるはずはないと。第三者の存在を疑いました。しかし彼の担任が言うところによると、彼の手のひらの火傷と、イービルの頭部と思われる灰、カオスにも同様の痕が見られ、それらが彼の魔力によるものだと証明している、とのことです」
「属性を持つ魔力・・」
敬導は顔を覆った。「この事件には謎が多すぎる、徹底調査を行うべきだ」
「フー・・フー・・」男はもがき苦しんでいた。全身汗だくで、辺りの実権道具も構わずに暴れていた。「衛紅・・・君は・・・」
(再点火する、彼の言葉で私の魔力が一部持って行かれた。それだけでなく、私の意識までも・・)
事件から二日が経っていた。お礼を良いにきた少女の両親の顔を見てすべての心配事がなくなっていた衛紅は穏やかな表情で窓からの景色を眺めていた。もう夏に入っている今、照りつける日差しの中でみんなは体育をがんばっているのだろう、なんて考えていた。
衛紅は右手を見た。包帯の中には痛々しい火傷の痕が残っている。火傷は右手と胸の二箇所、打撲数箇所に裂傷数箇所、防ぎはしたが顔面を蹴られたなどなど、十分に安静にしていなければならない状態にあった。
(あれは俺じゃなかった。間違いなく俺だったが、俺の中に誰かの意思が溶け込んでた。そんな感覚がした・・・)
となりからシューベルトの魔王が聞こえた。ちらりと隣を見る。すると申し訳なさそうに少女がこちらを見返した。
「すいませんイヤホンはずれちゃって・・」
「あ、ええ、大丈夫ですよ」
少女は他の患者にも謝っていた。
(俺といるってことは結構重い病気なのかな・・男女混合ってだけで気分良くないだろうに・・)
衛紅は事態が特殊であること、そして魔法協会の息子であるために少し過剰な扱いを受けている。本人には外傷のみで、ナースステーションが違いこの部屋でなくとも構わないと思っている。
衛紅は寝転がって外を見ていた。別に気にはならないと思うが、それでも少女の方を向いているのは気が引けた。
「カエデー」
(ん?)
「あ、お兄ちゃん」
振り返ると高木の姿があった。
「元気してたか・・雪乃?」
「お兄ちゃん、知り合いなの?」
(おろ?)
少女はペコリと頭を下げた。「お兄ちゃんのお友達だったんですね。いつも兄がお世話になっています。『高木 楓-たかぎ かえで-』です」
「ああ、いえいえ」
高木楓は高木の妹とは思えないくらい礼儀正しく、きちんとした子だった。黒く美しい髪、澄んだ瞳は別物だった。整った顔や目の形など、似ているところもあり確かに兄妹と分かった。歳は十四だった。
「後で行こうと思ってたんよ、でも同じ病室は思わなかった。どして?」
「んー、父さんが過保護だからじゃないかな・・?火傷に裂傷、打撲で入院って・・たしかに結構傷を負ったけど休むほどじゃないと思うんだよね・・」
「でもよ、聞いたぜ?イービルだけじゃなくカオスともやり合って、しかも勝ったんだろ?安静にしといた方がいいと思うな俺は」高木は衛紅の頭を掴んだ。「そ・れ・よ・り、俺の妹に悪いことしてたり考えたりしてないだろうな?」
「本人の手前無いと言えない」
(もうそれ無いって言ってるんじゃあ・・)
高木妹は少し呆れた。しかし普段は見ることのない兄と友人のやり取りを見てほっとした。
「お兄ちゃん悪いけど私、好きな人いるんだ~」
「なに?そいつは聞き捨てならん」
「そうだそうだ、今からそいつをとっちめてやろう」
なんだか兄が二人に増えたみたいで楓はうれしくなった。
「あっ、悪魔の笑みだぜこいつぁ!くぅ~妹が小悪魔になる日がくるなんてなぁ・・」
「今決めたぜ!高木、小悪魔は嫁に貰っちゃいかんぞ!尻に敷かれる、俺たちなよなよ男はきっと尻に敷かれる!」
「ひどーい!私そんな悪くないです!」
そんなこんなで時間は過ぎていった。
「じゃあなー」
高木は手を振って帰った。高木が下りのエレベーターに乗ったと同時に、上りのエレベーターが上昇を始めた。
二人は病室で談笑をしていた。周りには他の患者もいる。あまり大きな声を出さずに話していた。
「あ、お兄ちゃんってまだサッカー続けてるんですよね?」
「ん?・・・どうして?」
楓は思い出すように天井を見た。その表情は少しさびしそうだった。
「お兄ちゃん、昔事故起こしちゃって・・」
今日の様に照り付ける日差しの下、高木は汗だくでフィールドに立っていた。最も得点を稼げる高木は必死でボールを追っていた。自分が最もパスを出してもらいやすい位置をしっかりと見極めるために必死で目を動かしていた。4対4の同点、ちらりと見た監督の目は高木に期待をこめていた。
(こっちだ!)
アイコンタクトで味方に伝える。意思は伝わり、味方はドリブルで前に出て、最も高木にパスをしやすい場所までボールを運んだ。そこまでは完璧だった。しかしパスはコースを少しはずれ、予定よりも奥へと飛んだ。ギリギリ取れる!当然高木は走った。そして必死に足を伸ばした、伸ばした足が敵チームのディフェンスの足に当たるとも知らずに。
まだ二年だった彼は、いわば数合わせだった。無名チームには良くあることで、三年だけではチームの数に満たない。未来が潰されたなんて話ではなかったが、だから大したことはないなんて話でも無かった。未来を潰されたのは高木の方だった。その日は勝利を収めたが、二回戦は負けた。優勝を期待されるチームではなかった、しかしだからこそ先輩達のやさしさが高木の心を抉ったのだ。
「俊のおかげで俺たち頑張れてたとこあるしよ、そう落ち込むなよ、な?」
「そうそう、サッカーだけが俺達の人生じゃないしさ!」
先輩達は自分を見て本気になった。それを一時の心の迷いで水の泡にした。怪我をさせた相手は弱小で、言ってしまえば対して気にはしていなかった。なんだかいろいろなことが馬鹿らしくなって高木は心が折れた。
「本気になっても本気になるな、お兄ちゃんはよく言ってました」
「高木にそんなことが・・」
どこにでもある、取るに足らない悩みだったが、きっと解決には時間が掛かる悩みだった。
病院の前を佐野が歩いていた。
(見舞いはよしておこう、明日には遭えることだし。しかし事件の話は聞きたかった、裏に何かある予感がするんだ)
「ここ数週間、魔族の襲来が増えている。僕達が出会ったドラグレスや雪乃君の遭遇したイービル、そして目撃件数が一桁のカオスまでも現れ始めた。魔法協会の資料によれば僕らの出会った何倍もの件数の魔族襲来が確認され、解決されている。人類のレベルを試されているような、そんな感覚がする・・・」
公園のベンチで魔族に関する文献を読み漁っていると、不思議な音が聞こえた。ジジ・・ジジジ・・音の後に不気味男三人がゆらゆらと公園を横切る姿が見えた。一度目を本に戻したがもう一度男達を見た。
「すみません」佐野の声に男達は無反応だった。
奥から公園にはしゃぐ子供達とお母さんが現れた。その瞬間に男達は狙いを定めるがごとく親子を追った。
(フットは怯える人間、つまり弱者を狙う・・ふむ)
佐野は角を曲がった。そこには親子にゆっくりと近づく三人の男の姿があった。
佐野は三人の前に魔力の壁を張った。男たちは振り返り、佐野を見た。肌が朽ち、中から灰色の肌が現れた。「大当たり、という奴だな」
「キャー!」親子はすぐに逃げ出した。
イービルの一人が首を掴もうと両腕を前に出して襲い掛かった。さながらゾンビのようなおぞましい姿に表情一つ変えなかった。魔力で手錠を作った。光の塊ではなくそれは真の手錠だった。足元に作り出された魔力の大きな塊に躓き、よろめいた拍子に佐野は手錠を足で踏み、倒れ掛かった顔に魔力で強化した膝蹴りを食らわせた。イービルの背後からもう一人が殴りかかった。すかさず佐野は地面から魔力の塊を立ち上げ、最初のイービルを立たせた。もう一体のイービルの拳が立たされたイービルの高等部を潰し、己の拳も潰した。
「第二段階だ」
佐野は手のひらに拳銃を作り出した。三体目のイービルの両モモを貫き、膝をついている隙に拳を失ってうろたえているイービルの足に枷を作り出した。後頭部を魔力強化の足で蹴り倒し、手を首を枷で拘束した。
振り返ると三体目のイービルが立ち上がろうとしていた。
「イービルには皮膚呼吸のための穴がある」
内部から作り出された四角い魔力がイービルの首を断絶した。
「実体のある魔力、か・・本来の物と性質を同じくとするも、力はその限りではないということか・・」
佐野は携帯を開いて魔術協会へ電話した。
佐野の姿を影から見つめるフードの男があった。
「魔法学校の生徒か・・奴は危険だ」