5
「ただいま入りましたニュースです。高松特殊刑務所に収容されていた囚人五人が協力者の手引きによって脱走したとの情報が入りました。脱走犯五名の顔写真はこの通りになっています」
五人の写真が載せられた。細い男が一人、ガタイの良い男が二人、小さい男が一人、女が一人だった。まだ開ききらないまぶたをこすりながら衛紅は写真の顔を覚えた。
「五名は魔力を有していませんが」
「衛紅ー、そろそろ出ないと遅刻するわよー」母の声で目を覚ました。
「はーい」トーストを一飲みした後、手を洗ってかばんを持った。
学校へはそれなりに近い。歩いて三十分といったところだ。自転車で通っていいのだが、学校前で高木と合流するために歩きで通っている。高木は家から十五分くらい歩けば着く。
T字路の交差する場所で人とぶつかった。どうにもお互いぼーっとしていたらしく、しりもちをついた。衛紅は身長が少し低いのをコンプレックスにしている。相手の男はそれなりに身長があったために倒れずに済んだ。
「おっと悪いね」男は右手を差し出した。
「いやぁ、こちらこそ」衛紅は手を取った。
男はいたって普通だった。ジャージにフード付きのパーカーを着たいたって普通の男。風邪引きなのかマスクをしている。軽く頭を下げた後、衛紅は歩いていった。
「ちょっと待った」男の声がした。男は地面に落ちている学生証を拾った。呼び止めたにも関わらず男は少しの間黙って学生証を見ていた。「これ」
「ああ、すいません。ポケットに入れてたのが落ちたんですね。ありがとうございます」
「君、魔法学校の生徒なんだ」
男は衛紅に近づき、肩に手を置いた。
「?」
「おーい」高木の声がした。「遅刻するぞー」
男は高木の方をちらりと見た。その間も手は置かれたままだった。なんだか衛紅からははずせないような気持ちがした。
「気をつけな」
男は学生証を渡して去っていった。衛紅は高木の下へ走った。
「どしたん?」
「ん?ちょっとぶつかっちゃって」
「ほーん」
男は残りの四人と合流した。
「遅かったな103号」
「ああ、ちょっとな。・・いつまでも囚人番号で呼ぶのは面倒だな」
四人はそれぞれの名前を考える話をしながらどこか目的の場所へと歩いて向かった。
(雪乃衛紅・・か)
昼休み、衛紅と高木、佐野の三人は机をくっつけて食事をしていた。
「なるほど、そんな神社が・・」
「まだまだ佐野への壁は分厚いけど、少し近づけた気がする」
「おうとも!」
佐野は両手を前で振って謙遜した。「いやいや、俺なんて全然・・ワイズマンとは天と地ほどの差を感じているよ・・俺を壁にするよりワイズマンを壁にした方がいいさ」
「いや」衛紅はカバンから雑誌を取り出した。「俺には一番奥に控えてるでっかい壁があるからさ」
二人は納得の顔で衛紅を見た。そのとき後ろから水野が現れた。
「またねー」隣のクラスの友人と昼食をとっていたらしい。「お、雪乃君の父さんじゃん」
「へへー、いいでしょ?かっこよく写ってるんだー」雑誌を頬にスリスリした。
「あんたそれファザコンっていうのよ・・」水野はドン引きした。
「最近は」またカバンから何かを取り出そうとした。「・・あれ、母さんの載ってる十年前の雑誌が・・」
三人は言葉にし難い顔で衛紅を見た。
「えー、雪乃君、職員室まで来るように」
(ん?なんだろ)
衛紅は三人と別れ、職員室に向かった。中に入ると先生方は各授業でほとんどいなく、空いていた坂野先生しかいなかった。坂野先生はめがねの生活指導の先生だった。このゆるゆるの学校で唯一のご意見番と言える。
「雪乃君、授業前にすまないね」
「いえ」隣に座っているのは今朝の男だった。作業服を着ているのでぱっと見で分からなかった。マスクはしている。「ああ、今朝の・・どうも」
「やぁ、僕もね、仕事の休みの間にチラっと顔出しているだけなんで端的に言うと」男はカバンから雑誌を取り出した。表紙には母が載っている。「これ、君が落としたものだよね?」
「あっ、探してたんです。また拾ってもらいましたね。何度もすみません」
「いいんだよ、俺も仕事を少しサボれるわけだから。ははっ」
男は来客用の椅子から立ち上がって雑誌を渡した。
「ありがとうございます」
「うちの生徒がご迷惑をおかけしました」坂野先生は男を案内して行った。
衛紅は男が振り返ったときにペコリと頭を下げ、姿を消すのを見届けた後に教室に向かった。
(数学も少しサボれたし、雑誌も戻って良いことだらけだ)
数学の授業も後半に差し掛かっていた。いつも誰かを当てて答えさせるので衛紅は苦手意識を持っている。「雪乃、ここの答えを」途中から参加したのに、したからなのか当てられて災難だった。
「えーっと・・3xですか?」
特に否定もなくため息をついて他の人誰を当てようかと考え始めた。
(淡々と教科書の問題解かせてるだけで何んでそんなえらそうに出来るんだ・・)
恨みをノートにぶつけた。落書きという形で。
ガラスの割れる音がした。窓側だった衛紅はそれに気がついた。他の数人もそうだ。下を覗くと一階の真下のガラスが割れていた。中から外に割られている。中から人が出てきた。何かを引きずっている。男は上を見た。衛紅と目が合う。
(ニュースで見た男だ・・細身の男!)
男は不敵に笑いかけた。引きずっているのは坂野先生だった。
「先生!坂野先生が!」
みんなが外を見た。脱走犯が坂野先生を引きずっている光景に皆驚いた。
高木が窓を開ける。「あんたなんのつもりだ!」
男は笑った。「キラーパスだ、少年!俺の名は・・そうだな、テスター・・・テスターだ!お前ら魔法使いの卵と育ての親たちの実力とやらを見に来た」
教師陣がテスターの前に立ちはだかった。二十人の教師にテスターは顔色一つ変えなかった。十人が一つ一つの濃度が高い魔力の弾を放った。何十と放たれた魔力弾は男の逃げ道を防いでいた。テスターは不敵に笑った。両足の周りに魔力が集まり、そしてそれは形を成した。鋼鉄のブーツはつま先から足の付け根まで覆っている。
(魔力が形を成した!?)
テスターは一瞬でその場から姿を消した。しかしそれを逃すほどおろかではない、両脇の五人がどこに逃げても良いように魔力を溜めていた。左斜め後ろに逃げていたテスターに向けて十人の魔力が放たれる。そしてまた残りの十人が魔力を溜めて準備する。土煙の中で飛び込む手はない。教師陣はテスターが再び現れるのを待った。現れたテスターは無傷だった。
「馬鹿な・・」
溜めていた十人が魔力弾を放つ。逃げようとする隙に残りの十人が足、手に魔力を溜める。攻撃の手を休めず、果敢に挑んだ。しかし鋼鉄の足には全く魔力が通らなかった。どんなに死角を狙おうともブーツの隙間から噴射される魔力によって角度調整をし、すべての攻撃に対応した。校庭を縦横無尽に駆け巡り、布切れのようにひらひらと攻撃をかわしてしまう。そればかりか一人、また一人と近接を行う教師が倒れていく。最後の一人に膝蹴りをして、吹き飛ばした姿を見て生徒達は驚愕した。校庭には足で地面を抉って文字が書かれていたのだ、『Tech-Overs』と。
「今日は来てない奴もいるだろうし、最前線にいる奴らはここにゃあ端から来ないだろうがよ、大体実力は知れたぜ」
その瞬間、何者かがテスターの前に現れた。
「おいおい」目の前に出された魔力強化の腕を加速で避ける。しかしその背後には魔力の塊が置かれていた。塊によって前に押し出された瞬間、魔力強化の足がテスターのわき腹を狙う。間一髪でそれをブーツで防いだ。
「なんでお前がいるんだよ・・ワイズマン!」
ダークスーツを身に纏い、真っ白な仮面で顔を隠した男。ワイズマンはネクタイを締めた。
ワイズマン、世界中の魔法使いの中で頂点に位置する者に与えられる称号。
「少し試したい魔術がある。付き合ってくれるね?」
ワイズマンは袖から鎖を出した。魔力放出による加速で一気に距離をつめる。魔力を右手に溜め、テスターの顔を掴んだ。膨れ上がった魔力はテスターの顔を覆っていった。危険を感じたテスターは魔力放出による加速でワイズマンの腹を蹴り上げた。盾で防いでいたワイズマンは無傷のまま勢いよく飛ばされた。
ワイズマンの鎖がテスターの体に巻きついていた。ワイズマンは魔力による腕の強化で力強く鎖を引っ張った。「なっ!?」引き寄せられたテスターを魔力強化の腕で地面へと叩き落した。しかしテスターはガードした腕に魔力で作り上げた籠手を纏っていた。
「まだまだ技を隠し持っているね。引き出させてもらおう」
ワイズマンは鎖を投げた。一直線に投げられる鎖を弾くのは簡単だ。テスターは鎖を蹴り上げようとした。しかし鎖は空中で魔力によって弾かれ、方向転換をする。そうして何度も方向転換をした。テスターが逃げようとする方向にワイズマンは魔力の壁を用意した。気づけば鎖がテスターの周りを囲んでいた。力強く引くと鎖がテスターを縛った。逃げようとする足を魔力の枷で抑える。
「これでどうだろうか」
人よりも大きな魔力の塊がワイズマンの手のひらに現れた。よく見るとそれぞれがガラス片のように細かくとがっている。
(おいおいあれ食らうと洒落にならんぞ!)
テスターは力を入れると魔力がまるで熱を持つように鎖を溶かした。飛んでくる魔力の破片も溶かす。
「あんたといると何もかもさらすことになる。悪いが引かせてもらうよ」
現れたワープゲートを通ってテスターはどこかへ消えてしまった。
校舎から現れた生徒達がワイズマンを囲った。
「ワイズマン!素晴らしい戦いでした!感動しました!」
「ワイズマン!なぜここに!?」
「ああ、それよりも君達を守ってくれた先生を助けてあげてくれないか?」
よろよろと立ち上がる先生を見て顔を真っ青にした生徒たちはすぐに駆け寄った。
「先生すいません!自分達のことばかり・・」
ワイズマンは閉じたワープゲートの残留を見ていた。それはすぐにどこかへ消えてしまった。
衛紅は教室からその姿を見ていた。
(ワイズマンは優勢に見えた・・でも重要なのはそこじゃない、彼以外がまともに相手にならなかったこと、そして彼もまた勝利には繋げられなかったこと・・一番気になるのは実体化する魔力・・)
衛紅の影がうずいた。
(ワープゲート、やはり私以外の・・)
坂野先生は重症だったが救急車の駆けつけが早かったために死は免れそうだ。担架で運ばれる姿を心配そうに見つめる衛紅を坂野先生は見た。先生は衛紅の手を掴んだ。
「奴の正体は雪乃に落し物を届けにきた男だった・・橋場と名乗っていたが偽名だろう」衛紅は驚愕した。これは自身が招いたものなのだと。「奴について何かしらないか?」
「いえ・・朝会っただけなので・・」
(俺が坂野先生を・・)
坂野先生は痛いほどに手を掴んだ。
「つっ・・」
「うぬぼれるな雪乃衛紅、君でなければ他の誰かが同じ目に合っていただろう。君は後悔と疑心の前に感謝という気持ちを抱くべきだ。まだ私達の魔法への理解はわずかだろう、君達若い世代が切り開くんだ、命を懸けて君達の守った大人たちに続け!」
坂野先生は教師陣の中でも魔力が少なく、戦闘能力も高い方では無かった。しかし衛紅は確かな炎を感じた、坂野先生の目に宿る炎。衛紅は力強く頷いた。運ばれる坂野先生を姿が見えなくなるまで見た。
謎は謎を生むばかりだった。しかし着実に魔力とは何かという疑問を答えに近づけさせていた。