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入学からまもなくして衛紅は魔法学の面白さに気がついた。というのも、四ヶ月前の雑誌も初めて買った魔法関連の物で、出来るだけ魔法に関わらないように育てられてきたからだった。魔法の排出量の調整や自由にコントロールする実習的な授業は、まだ慣れていないため上手くいかなかった。
「えー、であるからして、まだ魔法については解明されていないことが多いわけです」先生は人体の絵を描き、両手両足、頭と心臓に丸を描いた。「主にこの六つの部位から魔力は生まれるといわれています。というのも魔力というのは自身の一番出しやすい部分から生まれます。それはどうして?」クラスメイトの一人が手を挙げた。「ハイどうぞ」
「えー、例えばサッカーや野球などだと足や手を主に使うので、そこに力を入れやすいです。魔法もやり方は似ているので『力を入れるという感覚』が染み付いている部位が魔法の発生源となるからです」
「よろしい」先生は拍手した。「彼の言うとおりですね。つまりそれはスネやわき腹なんていう部位では力を入れるという行動自体行えないので発言は難しいです。人によっては魔力量の関係で足から膝にかけて覆われる人もいるのでそういうのは例外ですね。肘や肩なんて人がいたら自慢していいって言っておいてください」
「先生」衛紅はメモを取る手を止めて手を挙げた。
「質問ですか?どうぞ」
「ハイ、先ほど先生は部位から魔力は発生すると仰られましたが、二つの部位をかねるというパターンはよく見られるのでしょうか?例えば心臓と手、頭と手のように」
「そうですねぇ」先生は口元に手を当てて考えた。「少し考え方から行きましょう。まず魔法とはエネルギーです。そしてエネルギーとは凝縮されるほど密度を増し、それは力と硬さを比例させます。ここで雪乃君に質問です。平手と肘打ち、一撃のみでの殺傷能力はどちらが高いと思います?」
「そうですねぇ・・お相撲さんなら一撃の殺傷能力は-」
「ハイそうですね、肘打ちです。点の一撃は小さい範囲に限りますが面での一撃よりも勝ります。では話を戻しましょう。どこかにエネルギーを点で集めたいと考えるとき、あなたなら手を握る行為と手を心臓に当てる行為、どちらが効率的と考えますか?」
「・・手を握ります」
「そういうことです。必ずしもないとは言えません、ですが人がどう行動するのかを考えればおおよそ選択肢は絞れてくると思います。本質を見つめる良い機会になりました、大変すばらしい質問でしたね。ありがとう雪乃君」
雪乃は席に座った。しかしどうも腑に落ちなかった。たしかに人は何かを行動するときに力を使う。それは単なる行動であっても戦闘であっても同じだ。しかしそれはあくまで一般的なエネルギーの話で、魔力はそれに当てはまるのだろうか?魔力とはエネルギーなのだろうか?
(魔力って一体・・?)
しばらく実習を重ねて来た。そして今回は待ちに待った実戦を想定した仮想訓練だった。魔法棟にある教室の一つにC組が集められた。
「えー今から四人の斑を組んでもらいますが・・C組はあまりものなので奇数しかいません、ということで最後の斑は三人になります」
もっと良い言い回しはないのかと、生徒達は苦笑いした。
「えー、次は佐野と・・水野と・・雪乃、高木斑」
四人はお互いの顔を見合わせた。話したことはないが入学してから一ヵ月半、顔と名前くらいはぼんやりと分かる。佐野はいかにも堅物な男だった。髪は短めで背が高い。座学でよく的確な質問をしているので勉強も出来るのだろう。水野は少し言動が厳しい、クラスでは顔は中の上といったところで彼女が好きな男子も時々見る。高木は言わずもがなだ。
「俺は佐野、『佐野 正義-さの まさよし-』。よろしく」
「俺は雪乃です」
「俺は高木俊ですっ!」
「私は水野っていいますー」
挨拶を適当に済ませると、先生が手を鳴らしたのでみんな前を見た。
「えー今から訓練を始めます。俺達は魔法の専門家なのでこの機械のことはよく知りません」安田先生は横においてある機械を指した。魔力測定の時の機械と見かけはそっくりだった。「いつもは実習担当の加藤先生だけですが、今日は二組づつ行うので私も駆り出されました」隣で立っていた加藤先生は苦笑いをした。
加藤先生は実習系を担当する先生で、マッチョマンだ。元ラグビー部らしく、厳しいところはあるが普段はやさしく人当たりも良い。安田先生がだらけていることもあってバランスが取れているといえる。
どうして彼のような魔法使いがいるかと言うと、魔法使いには主に二種いるからである。衛紅の父や安田先生のような放出型の魔法を得意とする者、加藤先生のような自身の強化を得意とする者である。前者はメイジと呼ばれ、後者はエンチャンターもしくはバッファーと呼ばれる。自身を強化するエンチャンターの中でも男性はマッチョマンが多く、そういう者達のコミュニティもあるらしい・・。
そうこうしているうちに二時間の授業は半分経ち、休憩時間をはさんだ後に衛紅たちの番が来た。四人は機械の中に入った。
(なんかうとうとしてきた)
気づけばどこか知らないショッピングモールの中にいた。そこまで人がいないのはきっと技術的な問題なのだろう、平日くらいの人数だ。
辺りを見回すと人ごみの奥に三人が見えた。それぞれが三メートルくらい離れた位置にいた。佐野はすばやく位置取りを確認し、水野は皆に手を振り、高木は美人を探していた。
モニターで見ている安田の声がした。
「他の斑の映像を見せないようにしていたので実習内容は知らないはずです。なので今から説明しますが、端的に言うとこれから現れる魔族を倒すか捕まえるかしてください。後者はポイントが高いです。加点されます。相手はFからDまでの三ランクをランダムで」
上を見ると上空にくるくると回転するルーレットが出された。DEFの三つが、三つずつ交互に置かれている。Fが最下級、Dが高ランクとなっている。どきどきで見ている三人の前でルーレットはFの位置で止まった。
「えーではFということでフットを六匹放ちます。逃げ惑うお客さん達を守りながら事態を対処してください」
ショッピングモールのガラスが割れ、フットが六匹入ってきた。フットはラグビーボールくらいの大きさの胴体と細い二本の足で構成されている。顔は犬に近い。足しかないのでフットと呼ばれている。
「僕と水野君でこちら側にいる四匹を対処する!人の多い高木君雪乃君側は二匹を対処しつつ安全に避難させてくれ!」
「応!」
「了解!」
「うん!」
衛紅心臓に手を当て、目を閉じた。静かに小さく灯る火が次第に業火へと変わるイメージ。目を開けると手を紫の炎が包んでいた。左手を握り、右手でバシっと力強く包む。炎は両腕に灯った。
フットの一匹が親子へと走った。
(フットは怯える人間を優先して追う性質がある、授業で習ったとおりのプログラミングだ)
向かおうとすると素早く距離をつめた高木がフットを蹴った。瞬時の跳躍と強力なキック、高木の左足は金色の光に包まれていた。
「よっ!」高木は余裕そうに衛紅に挨拶した。
衛紅は軽く手を挙げ挨拶を返した。振り返るとフットが女性を見ている。女性は足を怪我して地面に座っていた。
(リチャージに時間が掛かる、全部は使えない)
わずかな炎を三発、走りながらフットの目を狙って飛ばした。二発ははずれ、一発がフットの目に当たった。前が見えなくなりうろたえた隙にフットと女性の間に入った。
(攻撃手段は口、冷静に)
炎を払って飛び掛ってくるフットの額を掴んだ。右手に灯る最大火力の炎でフットを点火した。フットはデータの散りとなって消えた。衛紅は女性をやさしく立たせ、肩を貸した。しかし斑の人を見るとすでに全部倒していた。佐野と水野にいたっては合計三匹捕らえていた。一匹は気絶、二匹は光に包まれて身動き取れないでいた。
(なんて力のコントロールだ・・・)
「えー、一位は五班でした。フットを三匹討伐と三匹確保です。Fランクでフットを全部対処した上で被害者なし、且つ捕らえられたのはこの斑のみでしたね。気合いれていきましょう。二位はDランク相手に善処した二班でした」
他斑からの拍手に衛紅はなんだか鼻が高くなった。
授業後、四人は教室へ帰るまで話した。
「みんな、良い連携だった。こうして高い評価を得たのもみんなが頑張ってくれたおかげだよ」佐野は自身を過信しない人だった。始まってすぐの指示も早かった。それは最初の位置取り確認や攻めて来るであろう場所とそばにいる人の状況把握に誰よりも気をつけていたからだろう。
「加減して倒すのって難しかったなぁ」
一体討伐と一体確保の水野、実力はまだ知れないが力のコントロールは確かなものだった。
衛紅はウンウンと話に頷いた。
(こんな素晴らしい人たちと一緒に魔法使いになれるなんて・・俺だって!)
教室に着いてから次の授業の準備をして席に座った。衛紅は左端の後ろから二列目、高木はその後ろ、偶然にも衛紅の隣が佐野でその後ろが水野だった。あまり意識していないと気づかないものだと思った。
衛紅はショッピングモール見ていたら買い物をしたくなった。「高木、日曜に眼鏡買いに行きたいんだけど」
「ん、したら俺も欲しい物あんだよねぇ」
話していると佐野がこちらを向いた。「君たち買い物に行くのかい?もしよければ俺も一緒にいいだろうか?家庭科で使うエプロンを買いたくね。それと・・」佐野は顔色変えずに続けた。「俺はまだ友達がいなくて、君達と友好的な関係を気づきたい」
後ろで聞いていた水野が笑いをこらえようと机に顔を付けた。手で口元を覆っているがバレバレだった。
「ん?」佐野は水野の方を向いて肩に手を置いた。「そうか、水野君も同じだったか。二人とも、水野君も一緒によろしいだろうか?」
「いいぜ」
「もちろん」
水野はゆっくり真顔で顔を上げた。「え?・・・あ、はい」