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狂乱の母

「……凄い、わね」

「うん、こんな豪邸に住んでたんだなぁ、悠って」


 部屋を後にし、のんびりと歩くこと、三十分余り。

 卒業アルバムにて調べた住所にたどり着いた僕とメリーは、その場で唖然とその建物を見上げた。

 石造りの外壁で家の周りをぐるりと囲み、正面には大きな門が構えられている。屋根は瓦。郊外にそびえるその姿は、武家屋敷……というより、和風のお城をイメージしたような拵えだった。


「あまり、親しくはなかったのよね?」

「まぁ、そうだね。一応クラスメートで、話すときは話すって感じかな。正直、悠が誰と親しかったかな~とかは、詳しく思い出せない」


 中学生故に背伸びしたり、暴走したり、変な知識が片寄ってたり。良くも悪くもあらゆる個性が出るあの時。僕はといえば、変わらずオカルトを追ってフラフラしていた。

 だから、当時の話をと言われても、わりと難しい。

 勿論、綾や、親しかった友人達の事なら話せるけれど、悠とは所謂グループが違ったのだ。


 関西出身の転校生である、スポーツマン筋肉バカ。

 写真と漫画が大好きな、眼鏡の似合う鉄道オタク。

 頭が切れる、ただのチートイケメン。

 男勝りなハンドボール部の、エース女子。

 人をおちょくるのが趣味の、ミステリアス才女。

 格闘技も嗜んだりしてる、和風美人な幼馴染み。

  

 この辺が、当時よくつるんでいて、あるいは綾を通して知り合った、今も交流が続く友人達だ。

 ……こうしてみると、何気に濃い面々である。


「覚えている限りじゃあ、やんちゃな男子グループだったよ……うん、やんちゃな」

「中学生のやんちゃとか、嫌な予感しかしないわ。なら、貴方が来たら、違和感とか感じられるんじゃないの?」

「同級生の弔問だし、大丈夫じゃないかな? 現に、綾とその友達は行ってる訳だし」

「その〝悪魔女〟とやらの知り合いに間違えられたらしいけど?」

「うん、掴みかからんばかりだったってさ」

「…………大丈夫なの?」

「…………最悪、パッと行って、悠が〝いる〟か確認してから逃げよう」


 少し不安になってきたのを押し隠し、僕は門にとりつけられたインターフォンを鳴らす。程無くして、応対するノイズ混じりの機械音と共に、女性の声が響いた。


「……どちらさまかしら?」


 警戒するような、硬く重々しい声だった。

 インターフォンには、カメラらしきレンズが取り付けられている。恐らく、向こうからこちらの姿は見えているだろうな。何て思いながら、僕はカメラに写るように小さく一礼した。


「こんにちは。昨夜御電話させて頂きました、悠くんの中学の頃の同級生で、滝沢辰と申します」


 事前に連絡し、共通の友人と共にお線香を手向けに伺いたいという申し出をしていた為か、向こうから「ああ……」と、小さな呻きにも似た声がする。やがて、マイクの向こうから何かキーボードを叩くのにも似た気配がしたかと思うと、カキン。と、一際高い音が、目の前の門から鳴り響いた。


「どうぞ、御上がりください」


 ゆっくりと、門がひとりでに開いていく。

 僕とメリーは、軽く目配せしてから、静かに、邸内へと足を踏み入れた。


 何だか、ちぐはぐだ。

 それが、失礼ながら最初に感じた感想だった。

 門を入れば、右手に恐らくは車を入れているのだろう。シャッターで閉ざされた、城の蔵のような建造物が見える。

 後は屋敷に行くまでのだだっ広いコンクリートの広場があるのみ。

 故に、植木の類いが一切ない。

 純和風と現代風が調和する……というよりは、ただ同じ場所にある。という印象を受けた。

 案の定、メリーもまた、「不思議ね。これだけ凄い見た目の家なら、庭にも力を入れそうなものだけど」と言った具合に首を傾げていた。


 程無くして家の玄関にたどり着くと、すでに扉は開かれていて、そこに初老の女性が佇んでいた。


「……こんにちは。この度は訪問の許可をありがとうございます。突然のことで、さぞかしお力落としのこととお察しします。 お悔やみの申し上げようもございません」


 何となく、この人が悠の母親だろう。

 そう察した僕は、その場で再び一礼する。すると、初老の女性は「ご丁寧にどうも。悠の母親です」と、短い返事をした。

 顔を上げた僕は、そこであらためて、悠の母親の目を見て……。


 ああ、これは綾が心配して。それでいて怖がるわけだ。と、納得した。

 悠の母親は……あまりにも窶れていたのだ。

 頬骨は出て、顎は細く、目は落ち窪んでいる。まるで骸骨が髪と人の皮。そして服を着込んでいるような印象だった。

 そして何より。


「さ。上がって。上がってくださいな。お茶でも出します。悠も喜びますわぁ……」


 目が濁り、異様にギラついていた。切れかけの電灯を思わせる瞳は、怪しくも爛々とした光を宿し……。


「ああ……勿論、お連れのお嬢さんも一緒に……ね」


 そのねっとりした視線は間違いなく、僕を捉えた後のたっぷりと数十秒。傍らにいるメリーへと注がれていた。



 ※


 線香を手向けた僕とメリーは、直ぐ様居間に通された。

 拝んでいる間も背後に悠の母親は立ち、僕らの様子を観察していた。まるで僕らの一挙一動を見逃すまいとするような気配は、どことなく不気味だった。


「お線香ありがとう、辰くん、メリーさん。悠も幸せ者ね。こんなに沢山のお友達が、拝みに来てくれて」

「ああ、そうなんですね。まぁ彼……僕は中学しか知りませんが、とても人望がある人でしたから」


 あくまでも僕の想像だが。

 けど、少なからず彼から嫌なイメージを受け取った記憶が無いのは確かだ。浅くしか人と付き合わなかった僕が何を言うという話だが。

 すると、悠の母親は、「そうでしょう? そうでしょうとも……」と、涙ぐんだ。


「……ああ、酷いわ。悠。あんな……あんな優しい子を……殺すなんて……! ……ああ……!」


 ワッと顔を手に埋め、悠の母親は肩を震わす。

 僕らはと言うと、どうしたものか決めあぐねていた。

 本来は弔問先で死因を訪ねたりするのはタブーではあるのだが、この様子は何というか、聞いてくれという気配がありありだった。彼女の小さな肩を視る限り、そうした方がいいだろう。


「……殺された、とは? 人伝ながら……その、自殺した……と」

「自殺ですって!?」


 グリン! と、急激に真っ赤になった顔を上げ、悠の母親は怒りの視線を僕に向ける。ギリギリと、歯軋りしながら、悠の母親は膝の上で固く拳を握り締めた。


「有り得ない! 有り得ないっ! 認めないわ! だってあの子が……あの子が私を置いて死ぬ訳がないわ! 認めない! 認めない! 認めない……っ!」


 血が出るかと思える程に唇を噛み締め、母親は髪を振り乱す。かと思えば、不意に虚空を見つめ、アヘアヘと笑い始めた。


「殺された! そう、殺されたのよ! あの悪魔女に! 私の悠ちゃんは殺されたのっ! ああ、何て可愛そうな悠ちゃん! あんなのにたぶらかされて! 酷すぎるっ……! 腕だってまだ見つかっていないのよ!」

「腕が……見つかってない?」


 どういう事だ? と、思うと同時に、僕はもっと事前に調べるべきだったか。何て後悔に見舞われる。

 すると、さっきまで嘆いていた悠の母親は、ピタリと身を静止させ、ギョロギョロした目で僕らを見た。


「…………そうよ。そう、あの子、海で見つかったの。ボロボロになって。きっとあの悪魔女が、突き落としたのよ……!」

「あの、さっきから言う悪魔女とは、一体……」

「私が聞きたいわよ! あの女……! 性懲りもなく悠ちゃんに……! 御覧なさい! 悠ちゃんが死んだら、パタリとここに現れなくなったわ! 所詮その程度の絆だったのよ! あの程度で壊れるなんて! 身の程知らずの女……! 金に目の眩んだ……! ああっ! 畜生! 警察も話を聞きやしない!」


 とうとう、プップ。と、母親の下唇に血が滲み始めた。

 その痛みすら憎悪に変わるようで、僕は思わず身震いした。

 ここまで感情を表に出す人を、僕は今まで見たことがなかった。

 正直、こんな状態ならば帰った方がいい気もしてくる。確認したかった事は、軒並み確認できた。

 恐らくこれ以上まともな話など出来るまい。僕はそう思い、向こうからは見えないようにメリーの手の甲を人差し指で軽く押す。「逃げよう」の、サイン。だが、メリーは小指で僕の手のひらを小さく押し込んで、そのまま首を横に振る。「待って」というサインの後、今まで黙っていたメリーは、静かに口を開いた。


「あの……その悪魔女って、名前もご存じではないのですか?」


 その問いが、引き金だった。悠の母親は、カチリとその場で固まり、顔だけをメリーに向けると、やがて「ウフ……ウフフ……」と不気味な笑みを浮かべ始めた。


「貴女は……知ってるんじゃないの? メリーさん」

「……え?」


 思いもよらぬ言葉に面食らったのは、他ならぬメリーだった。

 訳もわからず僕らが顔を見合わせれば、悠の母親は「だぁって……ねぇ?」と、微笑んだ。


「……松島くん、島谷くん、曽根村くん、山口くん、伊藤くん、遠藤さん、田中さん、竜崎さん」


 譫言のように、次々と上げられる名前が、ここに来たであろう面々で、なのは疑いようもない。僕らが戦慄する前で、彼女はいやらしい笑みを浮かべ、相変わらずメリーを見ていた。


「横山さん、猪狩さん、浜田くん、松本くん、山崎くん……そして、滝沢くんに、メリーさん……仲間外れは誰かしら?」


 懐かしい名前もある。そんなことに気づいたのも束の間。舌舐めずりをしながら、悠の母親はゆらりと立ち上がった。


「メリーさぁん……貴女はだぁれ? どこから来たの? 本当に、悠のお友達なのぉ?」


 一歩。此方に近づく悠の母親。僕らもまた、反射的に立ち上がった。心臓が、警笛を鳴らす。僕は無意識に、メリーの前に立ち塞がった。


「幼稚園、小学校、中学校、高校……卒業アルバム私は全部チェックしたの。貴女みたいな悪目立ちする子はいなかったわぁ……。染めた、訳ではないわよね? そのおかしな瞳も、カラーコンタクトには見えないし……」

「……悪目立ちにおかしな瞳とは、酷いですね。自覚はありますけど」


 涼しげな顔で悪口を受け流すメリー。悠の母親の世代から見れば、メリーの容姿は偏見の対象なのかもしれない。その事にムカムカしつつ、僕はメリーをそっと後ろに行くよう促し、悠の母親に「長居して申し訳ありません、そろそろお暇します」とだけ告げた。しかし……。


「ダメよ。話しなさい。貴女は、悠の近くにはいなかった筈の女性よ。あの悪魔と一緒でね。……あの悪魔、知ってるんじゃないの? そうでしょう?」


 最早確定事項と言わんばかりに、悠の母親はフラフラとこっちに歩みより、細い手をメリーの方へ伸ばす。「どけ」と、僕へ向けた目が語っていた。


「あの悪魔はどこ!? 何処にいるのよ……!」

「おば様。失礼ながら白状させて頂きますと、相沢君とは、彼を通してお人柄を聞いていた程度なんです。たまたま彼が帰省したのに合わせて一緒に此方に来て、本日の訪問も同行しただけなのでして。相沢君の交遊関係など、知らないのです」


 もう、作法も何もあったものではなかった。淀みなく答えるメリーの手を引き「帰ります」と、今度は多少の怒気を含めて呟けば、悠の母親は濁った虚ろな目のまま、僕らを見つめていた。


「…………貴方達の世代はいつもそう。親よりも友達や恋人を取るのよ……平気で裏切り合う癖にね……!」


 正確には、僕らを通して、別の誰かを見ていたのだろうけど。

 そのまま僕らは、逃げるように悠の家を後にした。

 収穫自体はそれなりにあった。


 一つ。悠の霊は、あの家にはいなかった事。これは確定だ。

 仏壇回りは見回したし、小声で呼び掛けてみたりもしたが反応はなし。何より、僕より霊の探知に長けたメリーもまた、あそこに男性の霊はいない。そう結論づけていた。

 彼は……今何処にいるのだろうか。勿論死んではいるのは分かる。遺体も引き取られたのだろう。けど、ああして僕に干渉してきたということは、強いにしろ弱いにしろ、何らかの霊になっているのは疑いようもないだろう。ならば……一体何処にいるのか。


 そして、もう一つ。

 確かに、悠の霊はいなかった。けれども、あの家に何もいなかったか。と聞かれれば、そうではない。彼処には霊がいた。僕らが話している間も、悠の母親の肩に両手を置いて。


 ボロボロに乱れた服装の女幽霊が。無表情のまま彼女の背後に漂っていたのだ。

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