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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 討つは奴への猜疑心
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一万円をあげようが千円をあげようが興味のない子供は覚えてくれない。


「失礼しまーすッ!」

「し、失礼します……!」


 まさかの馬車への飛び込み乗車である。

 後もう少しでも馬車に勢いがついていたら、乗り込むのが間に合わなかったかもわからんな。


 まぁ、どうにか幌の中に転がり込むことはできた。

 これでなんとか、商神の聖地まで行く脚は確保できたってことで安心……。


「はぁ!? なんで相乗りしてくんの!? 聞いてないんだけど!」

「えっ」


 ……したのも束の間。馬車の奥から女の怒声が響き渡った。


「せっかく一人でのんびり旅ができると思って護衛に志願したのに……ちょっとあんたら、なんてことしてくれるわけ!?」

「え、いや……」


 奥に座っていたその女はガーっと凄まじい早さで捲し立てると、馬車の床を踏み抜くほどの勢いで立ち上がり、ずかずかとこちらへ歩み寄ってきた。


 胸元の開いた黒革のベストに、丈の短い漆黒のショートパンツ。

 浅黒い肌は見慣れないもので、それだけでも視線が持って行かれそうになるものだが、それ以上に目を引くのは真っ白なポニーテールと青い瞳であろうか。


 そして何よりも目立つのは……頭の上でピンと建てられた、白い獣の耳。


 それは犬なんだか猫なんだか狐なんだかわからないが、よく見ればスカートの下の方からフサフサの毛に覆われたしっぽが見られるので、おそらくはキツネなのだろうと思われる。


 要は、およそ現実世界には絶対にいないであろう人間の要素を数多く取り揃えた女であった。

 そいつが何故か、めっちゃ怒りながら俺の事を睨んでいるのである。


「な、なんですか貴女は、突然。少し無礼なのではありませんか」


 別に怖いというわけでもなかったのだが、俺は呆気にとられて動けないでいた。

 そんな俺を見かねてなのか、クローネが立ちはだかるようにして前に出る。


 尋常でない勢いで怒られたものだから、つい何か変なことをやらかしてしまったのかと心配になっていたのだが、どうやらクローネの常識的な態度を見る限り、何か特別やらかしたような雰囲気でもない。俺の思い過ごしのようである。

 つまりは、既に馬車に乗っていたこの女がおかしいということか。


「はぁ? なに貴女、宣教師? ……ふん、宣教師だからって何よ! 私は一人でッ護衛をするからってことでこの馬車に乗ってたのよ!? 約束が違うわ!」

「約束……? どういうことです?」


 黒っぽい肌に白い髪。異文化の塊のような女ではあったが、いちゃもんの付け方はなかなか既視感のある人間味に溢れていた。

 どうやら彼女は、俺達が後から乗り入れたことに対してご立腹らしい。

 事前に隊長さんか誰かに、一人で馬車に乗りたい……というようなことを言っておいたのだろうか。


「そんなこと言われても、俺達だってここに乗ることになったんだ。少し手狭になるのは一緒なんだから、我慢してもらえないか?」


 だが、俺達もまたこの馬車に乗って仕事をこなすようにと言われた雇われ人達である。

 そりゃあできることなら、俺たちだって馬車を独占して伸び伸びと旅をしたいさ。

 だがこうして同席となった以上、諦めるべきだろう。


「ヤツシロさんの言う通りです。確かに一人で乗っているときよりも狭くはなるでしょう。けれど、それは私達皆同じことなのです。隊商との契約でどのような食い違いがあったのかはわかりませんが、こうして出発してしまった以上、次の停泊地まで堪えてもらえないでしょうか」

「……むーッ」


 こらえて欲しいんだけど、めっちゃ不満そうである。

 頬まで膨らませて、何故か俺の事をじーっと睨んでいやがる。

 顔立ちはそこまで怖くないし、むしろ可愛らしい部類なのでちっとも気圧されることはないのだが、なんとなく実家の姉ちゃんみたいな傍若無人さを感じてしまう。


「……ふん、わかったわよ。次の停車までは我慢してあげるわ」


 まだまだゴネるのだろうかと思ったが、そこそこ聞き分けは良いらしい。

 暗い肌の女は渋々といった風にぷいと顔を背けると、馬車の奥の方へと戻っていった。


「少しは信用できる隊商かと思ったけど、結構いい加減なところがあったのね。全く……次からは絶対に利用してやんないわ!」


 ……少々面倒くさそうな人と相乗りしてしまったが、まぁ仕方のないことである。

 これもまた旅の醍醐味だと思って、早々に諦めるとしよう。


 ……あれ?


 そういえば何か忘れているような気が……。


「ねえ、貴方達もいつまでも立ってないで、こっちに座りなさいよ」

「えっ」

「座るの? 出てくの? どっちなの?」

「いや、出てかないけど」

「じゃあ座りなさいよ」


 うわぁーい。この子すごい面倒くさそうー。


「……失礼します」


 ぐいぐい来るというか、ガミガミくるというか……なんとなくミス・リヴンっぽい感じの子だ。

 クローネもどう接したら良いのか、どう扱ったら良いのかを測りかねているようで、口数が少なくなっている。賢明な判断だといえよう。


 ……まぁ、かなり高圧的な態度に出られてはいるが、一応“出てけ”とは言われていない。

 先程までの態度は隊商への愚痴のようなものだと受け取っておくとしよう。


「……あー、俺の名は蘭鉢 八代。ヤツシロって呼んでくれ。そんな長旅になるわけでもないだろうけど、よろしくな」


 しかしこのままの空気ではまずい。

 ということで、俺は座ると同時に真っ先に自己紹介することにした。


「ヤツシロ……そう、よろしくね」

「私はクローネ・ガーネント。宣教師です」


 クローネもそれが良いと判断したのだろう。

 少々ぎこちなくはあるが、自然な流れで頭を下げた。

 相手も俺たちを全く関わりを持ちたくないだとか、嫌悪しているだとかはないようで、名前をなんどか口の中で噛みしめて、覚えてくれているようだ。

 意外とそこらへんは常識人っぽい感じなので、ちょっと安心である。


 まぁ、ペトルがこの女の逆鱗に触れなければいいんだけど……。


「私はコヤン。見ての通り獣人で、世界を旅する祭器(さいぎ)売りよ! 未来の豪商、よく覚えておくことね!」


 ……あれっ!? ペトルどこいった!?


「ちょ、ちょっとクローネ、ペトルどこだ!?」

「あっ!? ペクタルロトルさん!?」

「ねえあんたら聞いてるの!? 私を馬鹿にしてるの!?」


 それから暫くの間、俺達の馬車は騒々しい空気に包まれていたのであった。


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