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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 討つは奴への猜疑心
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たまに反射的に着信拒否を押してしまうことがあって困る

 霊界の遥か高みに存在する、上位神のみが踏み込むことの許される聖域。“星海”。

 満点の星々が輝き続ける空間はどこまでも高く、果ては一生のうちに見渡せぬ程に広大だ。


 手が届くようなそこら中に輝く星が浮かんでおり、それらは濃厚な霊力によって構成されている。

 純粋な霊光を放つ霊星は、人が近づけば一瞬で霊魂ごと溶解するであろうし、下位神であっても触れれば火傷しかねないほどの危険物だ。

 環神ネリユロウタの身体の一部とも云われる霊星の海の中で無事でいられるのは、神々であってもそう多くないだろう。


「ああもう、散らかりすぎっ!」


 星海の中を動ける数少ない存在。符神ミス・リヴンは、その一人である。

 彼女はそこら中に散りばめられた霊星を紅い鎌で豪快に吹き飛ばしつつ、長いスカートの丈に似合わないほどの大股で歩いていた。


 トランプの絵柄のような、目が痛くなりそうな色使いの奇妙なローブ。

 足まで届きそうなほど長い紅髪。

 その美麗な姿が下界に認知されてさえいれば、信者も急増しそうな彼女であるが、綺麗な顔は今、苛立ちに歪められている。


「キルンったらもう、霊力を適当にばら撒いて……ちょっとキルン! さっさと出てこないとお姉ちゃん怒るわよ!」


 ミス・リヴンの苛立ちは幾つかあった。

 ひとつは単純に、そこらに浮かんでいる霊星が邪魔なこと。

 ふたつは、その霊星がスキルを司る上位神、技神ミス・キルンによって生み出されたものであり、彼女はそのミス・キルンに用があるため。


「キールーンーッ!」


 みっつは、彼女が短気なだけである。 

 妙齢の姿に似合わない子供のような仕草で、ミス・リヴンは果てしない星海の中で大声を張り上げた。


「リヴン、うるさいですよ」


 キーキーと高音で叫び続ける彼女を見かねたのか、リヴンの周囲に浮かんでいた霊星が一箇所に収束して輝きを増し……眩しさが止むと、そこにはいつのまにやら、巨大な椅子が鎮座していた。


 ちょっとした一室の壁と見まごう程の巨大な、しかし豪奢な彫り物が施された扇状の背もたれと、それに似合わぬ一人分の座席。

 そこに慎ましく腰を下ろしているのは、青い髪の麗しき乙女。

 彼女の肌の多くは地上の者が見たこともないような不思議な蔓性植物によって幾重にも巻かれ覆われているが、胸元や太腿などは露出が多く、知性に溢れる表情とは裏腹に、見る者にはどこか扇情的な印象を与えるだろう。


 もちろん、この星海には上位神以上の存在しか立ち入れないので、目にする者などは文字通り数えるほどしかいないのだが。

 そしてそのように高位な存在が、彼女を見て“扇情的”などと生物らしい感想を抱くかどうかは、実に怪しいものである。


「うるさいって……キルンあんたねっ! 呼ばないといっつも来てくれないでしょ!?」


 青い髪の乙女は、キルンという。

 今しがたキーキーと怒鳴られている彼女こそが、この世界における全てのスキルを管理している上位神、技神ミス・キルンなのだ。


「大した距離ではないのですから、黙って足を運んでくださいよ」

「大した距離あるわよ! あんたがそこら中に霊星をちりばめてるせいで、こっちは全然気持ちよく歩けないんだから! 信徒から貰った霊力くらい、もうちょっとしっかり管理しなさいよね!」

「……ああ、信徒から貰う霊力が多い私を妬んでいると」

「妬んでないっ!」


 ガミガミと怒りを露わにする紅髪の女神、符神ミス・リヴン。

 物静かにぽつぽつと言葉を返す青神の女神、技神ミス・キルン。


 彼女らは上位神であり、双子の女神でもある。

 姉がミス・リヴンで妹がミス・キルンということになっているが、基本的にミス・リヴンは妹に言いくるめられたり、冷静かつ率直な言葉で一刀両断にされたりと、姉らしい威厳はこれっぽっちも無い。

 信徒の数や行き交う霊力の量も、カードとスキルであればスキルの方が遥かに膨大であるために、二人が管理下に置く空間の霊星の数も雲泥の差だ。


「次は呼ばれたらちゃんと来ますから、そんなに怒らないでくださいよ」

「約束よ! 次はちゃんと来てよ!」

「ええ、約束です」


 だが、二人はやはり姉妹であるためか、仲がいい。

 信徒の数や霊力の質で姉がガーガー喚くことも多いが、そのような諍いが大きな規模にまで発展したことは今までに一度も無い。

 ミス・キルンが一言中身の無い謝罪を返してやれば、それでひとまずミス・リヴンの怒りが静まるのだから、単に姉が扱いやすいだけなのかもしれないが……。


「それで、リヴン。私に何の御用でしょう」

「ああ……そうそう、実はキルンに聞きたいことがあってね」

「聞きたいこと……。また新たなスキルカードを作成するのでしょうか。力を封入でしたら、喜んで協力しますけど……」

「いえ、新作のカードじゃなくてね」

「?」


 ミス・キルンは身じろぎもせず表情も変えぬまま、首だけを傾げた。


「キルンあんた、真幸神ペクタルロトル……とかいう神のスキル、知らない?」

「……真幸神ペクタルロトル」


 ミス・リヴンの言葉を受けて、ミス・キルンは横に傾けた頭を、今度は後ろ側へと傾ける。

 見上げる星海の空はどこまでも続き、天の果てには今二人がいる星海よりも更に濃度の高い霊力によって構成された、不可侵の空間が広がっているという。


 そんなどうでもいい事を考えながら、ミス・キルンは視線を目の前の姉に戻し……。


「知りません。そのような神の名も知りません」


 淡々と、そう告げた。


「そう」


 だが答えは予想出来ていたものだったのか、ミス・リヴンは大きな反応を返さない。

 姉が突飛な行動に出ることはあまり珍しくもないが、真面目な顔を見たのは久しぶりだと、ミス・キルンはあくまで自身の心の中で思った。


「何か、その神に気になることでも」

「……ええ、ちょっとね。っていうか、いるのかしら。真幸神ペクタルロトルって」

「下位神には存在しないと思いますが……名前がわかっているのであれば、通信を試みることは可能です」

「お願いしていい?」

「はい。私も気になりますし」


 そう言うと、ミス・キルンは近くを漂っていた霊星の一つを無造作に手に取り、それを躊躇なく握りつぶした。

 破壊された霊力の塊は強い輝きとなって辺りに拡散し、神秘の風が二人の服と髪を僅かに揺らす。


「『大神託』発動」


 そして周囲に立ち込めた莫大な霊力を利用して、スキルが発動する。

 本来であれば教布神の敬虔なる使徒十数人がかりでしか発動できないスキルであるが、スキルの生みの親と言っても過言ではないミス・キルンの手にかかれば、必要なものは発動させる意志表示と燃料(霊力)だけで充分なのだ。


 星海の空に黄金色の広大な紋様が浮かび上がり、砂金のようにも見える綺羅びやかな気配がゆっくりと降り注いでくる。


「繋げる先は真幸神ペクタルロトル」


 ミス・キルンは人間にとっての大神秘であるその光景を無感動に見上げながら、淡々と用件だけを告げる。

 見たことも聞いたこともない神であるが、『大神託』は神の声を聞き取ることに特化した超高位のスキルである。たとえ名前だけであっても、注ぎこむ霊力が多ければ通信はどうにでもなるだろう。

 その真幸神とやらが実在するのであれば、スキルの力によって勝手に繋がるはずなのだ。


「さて、反応は帰ってくるでしょうか」

「来なかったら、鎌をよーく研いでおく必要があるわねぇ~……ふっふっふっ……」


 空に浮かぶ紋章が明滅し、莫大な霊力を“何処か”へと開通させるために注ぎ込んでいる。

 霊力が無事に開通すれば、向こうの神との言葉のやり取りが可能になるはずだ。


「……! リヴン、どうやら繋がったみたいです」

「えっ、うそ、本当にいたの?」


 数秒の後、紋章がより眩い金色になって輝いた。

 星海全てを照らしだすような、太陽のように強烈な光である。


 それは、数多の霊光に目が慣れているはずの二人の上位神であっても、思わず目を細めてしまうほどの輝きであった。


『おほーっ?』

「……は?」


 そして、紋章から声が響いた。

 いや、それは果たして声だったのであろうか。

 少女のようなあどけない声であったような気もするが、動物の鳴き声のようにも思えるものだ。


「あっ」


 二人は今しがたの謎の声らしきものに不毛な考えを巡らせていたが、唐突に紋章が消滅した。


「あれっ、どうして? ねえキルン、なんで消えたの?」

「……」


 空に浮かんでいた黄金の輝きは跡形もなく消失し、降り注いでいた砂金めいた欠片も見当たらない。

 『大神託』は確かに発動したはずだが、一体何故突然に途切れてしまったのだろうか。


「……真幸神ペクタルロトル、か」

「おほー、って何だったのかしら……」


 その後、二人はもう一度『大神託』を発動させ通信を試みたのだが、今度は発動と同時にスキルが中断されてしまい、声だか鳴き声だかを聞くことすらも叶わなかった。


 二人はしばらくの間、答えの出ない疑問に頭を悩ませ続けることになる。



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