初見はEASYで操作感を掴め
「刀装神ガシュカダルは、剣の道を目指す者のための神です。信仰することで『信仰の剣』が下賜されます。また、主信仰……神々の中で最も多く霊力を捧げることを神に宣誓することで、更にスキル『霊力研磨』を獲得できます」
「霊力研磨……」
「これは、刀装神ガシュカダルの加護を受けたスキルです。刀装神ガシュカダルを主信仰とするか、刀装神ガシュカダルを一定まで信仰することで取得できるものです。霊力を少量消費することで発動し、戦闘用の刀剣類に手をかざすことで、研ぎ直した状態にできます。錆も消えるみたいですよ」
「おお、便利」
いくら切れ味が鈍っても、気軽に修理できるってことか。
よく日本刀とかは何人も斬ってるとすぐにダメになるとか言うけども、そのスキルとやらがあれば使い続けていける。
砥石を使って研がなくてもいいし、荒っぽい使い方を気にする必要もない。
さっきまで歩いていた森を歩くのでも、枝を払ったりするのに気兼ねなく振れそうだ。
しかし、その『霊力研磨』を獲得するには、刀装神ガシュカダルを一番熱心に崇めなければならない、と。
「カルカロンの貨幣袋などの神器は、ただ信仰を始めるだけでも下賜されますから、無理に主信仰する必要はありません。生活の糧として使っていくのであれば、私は闘四神を主信仰とすることをお勧めしますよ。剣の腕を磨くうちに、新たなスキルも下賜されやすくなりますから」
「……じゃあ、そうしようかな」
つまり、メインジョブを剣士にするということである。
主信仰とはつまり、祈る時にはその神様を一番熱心に拝まなければならないということだ。
必然的に主信仰とできる神はひとつだけに絞られてしまうが、命が絡むものに対して一番熱心になるのは、当然の事だ。迷わず祈っておくべきである。
それに剣士だ。
俺は剣なんか扱ったことも見たこともないが、ああいうのに憧れていた時期も、ちょっとある。
物騒な世界に連れて来られたことは災難に思ってはいても、こんな逆境もまた、ロマンだと思えなくもない。
「それでは、ヤツシロさん。主信仰を刀装神ガシュカダルとすることでよろしいのですね?」
「ああ」
「一度始めた信仰を取りやめると、神からの天罰が下ります。その点は問題ありませんね」
「ええええ……ちょっとそこのところ詳しく」
なにサラッと天罰とか言ってるんだよ。嫌だわ。問題あるわ。
「当然のことです。一度信仰した神に背くなど、本来ならば許されざる行為。神にもよるでしょうけど、相応の災いが振りかかることは避けられません」
「……それって、どのような……?」
「あまり聞く話ではありませんが、商神カルカロンに背いた場合は、貨幣袋を中身ごと消滅させられますね」
「うわあ」
「カルカロン硬貨自体もかの神の神器ですから、手持ちのお金はどうあっても全て消失すると考えていただければいいでしょう」
「……それは厳しい」
「神々をあまり軽視しないよう。最初から、信仰を貫けば良いだけの話です」
うーん、それもそうか。
「準備はよろしいですね? では、祭壇の用意をしましょう」
俺が浅く頷くと、クローネは両手を広げ、空き神殿の石天井を仰いだ。
「鋼と舞い踊る戦の神。刀装神ガシュカダルの祭壇をここに。『光の祭壇』」
言葉とともに天井から神々しい輝きが降り注ぎ、台座の上に光り輝く祭壇が現れた。
さっきも実演を見ていたが、間近で見るとより一層の迫力があるものだ。
「霊界の刀装神ガシュカダルに繋がりました。その祭壇に向かって、信仰を誓いながら祈りを捧げてみてください」
これから、神様に祈るのだ。
神頼みなんて物心ついてからすぐにしなくなった事ではあるが、ここでは実際に神頼みが力を発揮するのだという。
刀装神ガシュカダル。姿も知らない彼の神が、俺の幸運となってくれるのだろうか……。
俺は先程の男がそうしていたように、祭壇の前で膝をついた。
目の前にある祭壇は、そこに存在するだけで輝かしく、神秘的だ。俺はその美しさに見惚れるがまま、瞳を閉じ、手を組んで祈りの姿を整えた。
心の中で、祈る。
あなたを信仰します。あなたに霊力を捧げます。
だからお願いします。俺に、どうか生き抜いてゆくための力をお恵みください。
「あ、あら? 祭壇が……」
「え?」
クローネの慌てたような声に、俺は何事かと目を開ける。
すると……。
「お?」
目の前にあった四角い祭壇は、その形をぐにゃぐにゃと歪め、強すぎる輝きを放っていた。
「ぐわぁあっ!?」
そして、祭壇が閃光と共に爆発した。
「ああっ!? ヤツシロさん!?」
「ちょっと何事!? どうかしたの!?」
衝撃自体は別に痛くもなんともなかったが、身体は盛大にふっ飛ばされた。
まるで祭壇そのものが破裂して、風圧が襲いかかってきたかのような現象である。
クローネはかなり慌てた様子で俺の傍らに近づき、奥からは騒ぎを聞きつけた他の宣教師さんたちも駆け寄ってくる。
「いてて……」
「大丈夫ですか!?」
「いや、平気。怪我はないけど……一体何が……」
「わ、私にもわかりません。ヤツシロさんが祈ったと同時に、突然祭壇が破裂して……」
な、何でだ……俺がよそ者だから駄目だったのか?
いや、もしかして祈り方が軽かったとか……神様の機嫌でも損ねてしまったのだろうか……。
「ああ、今のは昔にも見たことあるわねぇ……確かこれは、拝一信仰を誓った人間が別の神に祈った時に起こるものだったかしら」
「は、はいいつしんこう……?」
仰向けに倒れた俺の様子を興味深そうに眺めながら、中年のシスターさんはゆっくりを頷いた。
「拝一信仰は、唯一ひとつの神だけを、一生涯信仰し続ける信仰さ。信仰の中では最も深く、まぁ、神に仕える生き方としては、最良のものとされているわね。ただし、他の神を信仰することは、二度とできなくなるんだけど……」
「ええ、ひとつの神だけをって……俺、ここに来て他の神様は何も信仰してないですよ!?」
「あら? そうなの?」
「見間違えじゃないんですか?」
ここに来る以前でも、俺は無宗教だった。特別何かを信仰していた覚えはない。
神様に突っぱねられる理由がわからないぞ。
「シロ、大丈夫? 痛かった?」
「あ、ああ、大丈夫。かなりびっくりしただけ……」
俺はペトルに起こされ、立ち上がった。
台座の上にあった祭壇は消滅し、既にそこには何も無い。
一体何があったというのやら……。
「……そうだ。すみません、ヤツシロさん。今から私のスキルによって、貴方のステータスカードを拝見させてもらってもよろしいでしょうか」
「ステータスカード?」
ステータスと聞いて、俺はすぐさまRPG的なものを連想した。
「はい。貴方個人の情報が書かれたカードです。それを確認すれば、貴方の信仰している神の名前を見ることができますからね」
そして、その連想は結構そのまま当たっていた。
ステータスを見る。この世界では、そんなことまで可能なのか。
「個人情報を見られるってのは抵抗あるけど……頼むよ。俺も、このままじゃ困るから」
「わかりました。大丈夫です、他の項目は見ませんから……」
するとクローネが俺の手を取って、手の甲をそっと覆うようにして、包み込んだ。
ひんやりとして、ちょっと冷たい。
「では……『ステータス・オープン』」
彼女の手が淡く光り、俺の手から一枚の紙を抜き取った。
模様はあるが裏面が全体的に灰色。それは確かに、紛れもなくカードである。
「出ました。これが貴方のステータスカードになります」
「おお……自己紹介いらずだな……」
「見てみましょう。信仰の項目に、もしも貴方が神を信仰していれば、名前が出ているはずです……」
カードの表面をを上向きにして、クローネが俺のステータスカードを公開する。
すると俺や中年の宣教師さんやペトルが集まり、クローネの周りを取り囲んだ。
なんだか昔、携帯ゲーム機を友達と一緒にやっていると、よくこんな状態になったものだが……見られるのは俺のプロフィールだ。ちょっと恥ずかしい。
「出ました。名前は……ランバチ・ヤツシロ、間違いないですね。他は良いとして、信仰は……え?」
クローネがカードを見て、固まった。
「……は?」
俺も固まった。
「……んん?」
中年宣教さんも固まった。
「おほー、ほんとだ、ちゃんと書いてあるのねー」
ペトルだけは、そこを見て、両手を叩いていた。
俺のステータスカードの信仰の欄に書かれていたもの。
それは、無宗教でも特になしでもなく……。
『真幸神ペクタルロトル』
ただそれだけが、記述されていたのだ。
「……真幸神ペクタルロトル?」
クローネが疑問の声を挙げる。
「んー……? 教会でも、聞いたことない神様だあね」
「そう……ですね。私も、知りません」
二人が顔を向かい合わせ、どこか真面目そうな会話をしている中、俺の視線はペトルの方へと向けられた。
俺は言いにくいから略して呼んでいるが……ペトルの名前は、ペクタルロトルというらしい。
そして、このカードに書かれている名前も同じ、ペクタルロトル。
こんな偶然があるだろうか。
ねーよ。
「……あの? ペトルさん?」
「なになに?」
ペトルは無邪気そうに首を傾げた。
「ここに、なんか俺が……信仰してるって書いてあるんだけど……」
「ね」
ね、じゃないんですがそれは。
……え? この子……ペトルって、神様なの?
いや、それも驚きなんだけど、ていうか俺……こいつを信仰してるの?
しかも、一生涯!?
こいつだけ!?
「……ここに記述されている神が、どのようなものかはわかりません。教会で詳しく調べてみる必要がありますが……」
絶句していると、専門的な話を終えたらしいクローネが、気の毒そうな目で俺を見てきた。
「ただ、間違いないことがあります……それは、ヤツシロさん。あなたの信仰は一生涯、この神ひとつに絞って捧げられなくてはならないということです」
え……なにそれ……。
俺、こんな、どう見てもファンタジーな世界で……現実の世界で……。
いきなりこんな、縛りプレイしなきゃいけないんすか……?
『……む? 何らかの繋がりがあったようだが。気のせいか』