改稿しても結果が変わるとは限らない
振り下ろされる巨大な鎌。
人ならざる圧倒的な力で振るわれた一撃は、カードだらけの世界に甲高い音を響かせた。
「ほあ?」
「うわっ……え?」
間抜けな声と、いつまでもやってこない痛みと死。
俺は反射的に瞑っていた目を開き、目の前で起きた異変を見た。
「ちょっと何よこれ!?」
鎌は、俺に触れる間際に止められていた。
血の色のように赤い鎌の素材は知らないが、俺にはそれが切れ味が悪いものであるようには見えない。
しかし事実、鎌は俺の目の前で……空中に浮かぶ奇妙な一枚の歯車によって受け止められていた。
大きな真鍮色の歯車は、直径50cmほどだろうか。身を挺して俺を守るその姿は、まるで盾のようだ。
しかも何を支えにしているわけでもないのに、ピタリと空中に浮かんだまま動こうとしない。
……この歯車は一体……いや、歯車といえば……。
「邪魔ねっ!」
鎌は宙に浮いた歯車を貫かんと震えていたが、駄目だったのだろう。
リヴンはもう一度鎌を振りかぶり、歯車の無い位置から再度振り下ろした。
だが……。
「硬ったぁッ……!? 私の神器が通じないなんて、何よこの霊格……!」
同じように、突如として現れた歯車によって阻まれる。
歯車は丁度、鎌の刃先がやってくるであろう場所に瞬間移動して、俺の身を守っているのだ。
“歯車”の連想で自分の首元を見てみれば、俺の首から下げていた『道理の歯車』がいつの間にか消えている。
ということは、つまり今俺を守っている歯車こそが『道理の歯車』なのだろう。
原神のひとつ、啓戒神ヘスト。
その神の力が込められたペンダントが、俺を危機から守ってくれているのだ。原理は全くわからんが……。
――それはあなたの身を様々な力から護るための物であり
――同時に、我々が再びあなた方に近づきやすくするための神器です
万神ヤォは、そう言ってこれを渡してくれた。
様々な力から俺を護るというのは、つまりこういうことなのだろう。
「ちょ、ちょっと待って! 待ってください!」
「うっさいわね!」
ひとまず、俺は命拾いしたらしい。きっと『道理の歯車』が守ってくれる間は大丈夫だろう。
しかしさっきから一向に、リヴンさんが俺の話を聞いてくれない。
俺は今も『道理の歯車』に守られているが、リヴンさんは秒間二十発くらいの速度で鎌の連撃を容赦なく浴びせ続けている。鳴り止まない金属音がめっちゃ怖い。つーか生きた心地がしない。
「えっと、あの、ミス・リヴン様!」
「ぁあ!?」
「誤解! 誤解なんです!」
「ああん!? 誤解ぃ!?」
俺を視線で射殺さんばかりのリヴンさんが、ここでようやく鎌の攻撃を停止させた。
鎌の風圧によって、彼女の背後では無数のカードがバラバラと巻き上がっていたので、見た目にもかなり静かである。
「……えと、俺はあの。ザイニオルは信仰してないです!」
「はぁ? 嘘つくんじゃないわよ!」
「ついてないです! ていうか闇の神様は信仰してないです! はい!」
「ぁあん!?」
いや、これは本当だ。絶対に信仰していないはずだ。
というか俺が信仰しているのは真幸神ペクタルロトルだけである。むしろそれ以外の選択肢がないからこそ若干困ってるところがある。
「嘘つけ! 『ステータス・オープン』!」
俺の訴えを鼻息ひとつで否定しつつ、リヴンさんはスキルらしきものを使い、俺の体から一枚の紙を引っこ抜いた。
手に収まる大きさの小さな紙。俺のステータス・カードである。
それを意のままに抜き出すことが出来るというのは、やはりカードの神様であるということか。
「なになに、名前、ランバチ・ヤツシロ。男。んなことはどうでも良いわ。拝一信仰……真幸神ペクタルロトルぅ?」
「ね!?」
「誰よ!」
しらねーよ! いちいち切れるのかよこの神!
超面倒くせえ!
「こんな無名の神くらいの力で、私の『ビナ・サイズ』が防がれて良いわけないでしょうが!」
えっ!? その鎌『ビナ・サイズ』なの!?
今まで俺に何度も『ビナ・サイズ』を振ってたの!?
「そ、それはあれです! 原神から戴いた神器の力によるものでして……!」
「原神だぁー?」
「は、はい、原神の方々から……ちょっと、使命を戴いておりまして……」
メンチを切るようなガラの悪い目つきで俺を睨み、リヴンが再度鎌を振りかぶる。
そしてそれを、今度は俺の目にも見えるくらいの速さで振り下ろしてきた。
「……」
が、それも歯車によって止められる。
鎌の速度が速かろうと遅かろうと、瞬間移動によって防御を行うのは変わらない。
「確かに、私の攻撃を止められる神器なんて、そうそうあるものではない……」
「……じゃあとりあえずお話だ――」
「けど、原神とは限らないわ。私と同等の力を持つザイニオルにだって、私の攻撃を防ぐくらいのことは難しくない。ステータスカードを汚染することや……」
“アンノウンカードの出目を狂わせることさえもね”と付け足して、再びリヴンの目が細められる。瞼の隙間から見える彼女の瞳は……黒いダイヤと、黒いスペードのような形を模していた。
警戒するような力強い眼差し。腸が底冷えするような、恐ろしい殺気。
何故だ。まさか原神だと伝えて、こんなにストレートに疑われるとは。
「そもそも、原神からの使命というのが胡散臭いわ。上位神でさえ一目見たことも、一言交わしたこともない存在から、使命を与えられるなんてね」
「えっ」
なにそれ初耳なんだが。
いや、こうして上位神と話していることさえも実際は有り得ないようなことだから、知らなかったのも当然なんだが……。
原神って、すぐ下の上位神たちからでさえも認識できないのか?
「ふん、随分と狼狽えているようね。まぁ、下界の人間達が知らないのも無理の無いことだわ。この世界そのものである原神と意思疎通を試みるのは、上位神であっても困難なのよ。勉強になったかしら?」
「は、はぁ……いやでも! 嘘じゃないんです! 本当なんですよ!」
いかん。このままだと無実の罪で殺されてしまう。
くそ、神様絡みの窮地に陥ったなら、とりあえず万神ヤォとかの名前を出しておけばなんとかなるかと思っていたのに……!
まさか、神様相手に“原神”の後ろ盾が通用しないなんて……!
「……ただ、こうして私の攻撃を防ぐ力が存在していることは間違いない。一番疑わしいのは、ザイニオルが“不可侵”を破って、ついに私に牙を剥き始めた、ってパターンだけど……貴方の言う通り、原神からの使命とやらも、一応の理屈は通りそうだわ」
鎌の先がコンコンと歯車を叩き、リヴンから大きなため息が溢れる。
「どの道、その守りの神器を突破するのは私だけでは無理ね。仮にザイニオルが本気で創り出した防御特化の神器なら、キルンとライカールの力も必要になるしー……」
歯車を小突いていた鎌がふわりと手元に戻り、重心が肩に預けられる。
リヴンはそのまま鎌の柄を肩の上でトントンと跳ねさせ、しばらくした後に“あ”と思いついたような声をあげた。
リヴンの左右の瞳の模様は、いつの間にか赤と黒のダイヤに変わっていた。
「信じるわけじゃないけど、あなたにとって前向きな話を聞かせてもらいましょうか」
「は……はい。俺にできる話なら」
「じゃあ、このあなたのステータスカードに書いてある『真幸神ペクタルロトル』って何?」
き、きた!
状況は結構悪いが弁明の時間が来たぞ!
「そ、その神様は幸運を司る神様でして。だからそのせいもあってあの、アンノウンカードの出が良かったんじゃないかなーと……」
「へえー、幸運をねぇ……都合がいいというかなんというか……でも、真幸神ペクタルロトルなんて聞いたことないし……」
「いや、なんていうかマイナーな神様といいますか。俺くらいしか信者のいない神様でして……」
「……ふうん」
へーこらしながら説得を試みたところ、どうやら上手くいったらしい。
リヴンは赤い鎌を手元から消滅させ、殺意の篭った目は胡散臭いものを見るような目にまで落ち着けてくれた。
瞳に浮かぶ黒いダイヤと赤いダイヤは変わりない。
「……そ。じゃあ、別に闇の力で不正を働いていたってわけじゃないと。あくまでこのペク……なんとかの力で、良い当たりを引いたと。そういうわけ?」
「はい。そりゃあもうその通りです。はい」
「ふーん。ふううーん」
すると彼女は腕を組みながら俺に近付き、ジロジロと顔を覗き込んできた。
一定距離まで近づくと歯車の盾がどこからともなく現れてくるが、彼女は器用にギリギリで盾に邪魔されない距離から、俺の目の中を覗き込むように見つめてくる。
ミス・リヴン。符神の名を持つカードの女神。
こうして面と向かい合ってみると、神様らしい美しさがよくわかる……わかるのだが……ヒステリックなところが致命的なほど残念である。
現実の人間社会にこんな人がいたなら、多分男運とか無さそうだ。
「……そ。まぁ、ひとまず納得しといてあげる。どこで使ってるのかは知らないけど、わりと頻繁にスキルカードを使ってくれてるみたいだしね」
「ありがとうございます!」
良かった。なんとか危機は乗り切ったみたいである。
まぁ、この気持は彼女への感謝というよりは安堵がほとんどなのだが。
「けど、あなたを信用したわけじゃないわ。暗神ザイニオルが中立である私やキルンの範疇にまで手を伸ばしてきたって線も、全然あり得ることなんだから。あいつなら、それをやりかねない」
「う……」
まじかよ……おのれザイニオル……。
ふざけやがって……良いカードの入手は俺のこの世界における唯一の生命線なんだぞ……。
それをカードの神様直々に疑われるとか……ちょっと辛すぎんだろこれ……。
「だ・か・ら! 貴方には自らの身の潔白を証明するために、ひとつ私からの試練を受けてもらうわよ!」
「えっ、また試練ですか!?」
バインダー、信仰の剣ときてまたあるのか。
しかも無実の罪を晴らすためだけの試練である。報酬も何もあったものではない。
「またって何よ、異教徒。文句あるの?」
「いや、文句といいますか……」
「アンノウンカードの不可解な大当たり、私の直接攻撃を防御するわけのわからない歯車……あんた、ものすっごく怪しいんだからね。嫌とは言わせないわよ」
「うっ」
「断るつもりならそれでもいいけど、キルンを呼びつけてでもあんたをぶっ殺してやるからね」
「……是非とも試練を受けさせてください」
「ん、よろしい」
技神ミス・キルン。
そっちも上位神と呼ばれる高貴な神々だ。さすがに上位神二人を相手にして命が助かるとも思えないし、無理して神様の機嫌を損ねる理由もない。
「闇の信徒である疑いを晴らす最も手っ取り早い方法は、闇の神々に背くことよ」
「背く……」
「そう。あなたはこれから、光輝神の聖地まで足を運んでもらうわ」
「……聖地、ですか?」
光輝神。光輝神ライカール。神聖さと光を司る上位神だ。
だがその聖地と言われても、今の俺にはしっくりこない。
「そ。ライカールの聖地。あんたのいる所からなら遠くもないし、難しくはないでしょ」
ごめんなさい。地理わかんないっす。
「今のあいつは忙しすぎてあそこから動けないけど、光の神の最上位がいる地に足を踏み入れれば、あんたが白か黒かなんて一瞬でわかるわ。どれだけザイニオルが厳重な防御や錯乱の力を使っていたとしても、ライカールだったら対抗できるしね」
……光の神のいる聖地、か。
それで上位神からの信用をもらえるなら、安いもの……なのかもしれない。
というかカードで首がつながってる状態なのに、カードの神様から疑われてたらちょっとどうしようもなさすぎる。
行くしかねえ。
「わかりました。光輝神ライカールの聖地へ行く……ですね」
「期限は無期限で良いわ。ただし、わざとダラダラと時間をかけたり、旅路が大きく逸れるようなことがあれば……わかるわね?」
「ハイ」
おそらくこの試練を軽んじれば、相当ろくなことにはならないのだろう。
肝に銘じて旅に出なければ。
「旅の間は、カードの発動もアンノウンカードの開封も自由にしていいけど……私の怒りに触れたくなければ、節度についてよく考えて行動することね」
無期限。これまでの試練と比べればさほど時間に切羽詰まったものは感じないな……。
なんてことを考えていると、俺の足元のカードの山が、ずぶりと“緩くなった”。
「う、うわっ」
足がカードの中に沈み込み、底なし沼に嵌ってしまったかのようにゆっくりと落ちてゆく。
「良い? 忘れずちゃんと試練を乗り越えるのよ」
「は、はいっ! ところであのすいませんミス・リヴン様! この沈んでるのって大丈夫なんでしょうか!?」
「大丈夫に決まってるでしょ! いちいちうるさい異教徒ねっ!」
顔までとっぷりとカードに浸かった俺が最後に聞いたのは、相変わらずガミガミと怒るミス・リヴンのヒステリックな声だった。
『攻撃反応消失。……ヤォ、我は闇の者相手に使われるものかと思っていたが』
『あははは、彼らしいのでは……』
『わからぬものだな』




