ジャッジはスマホ片手にお前を見ている
ペトルの腹が減ったのであれば仕方がない。飯は食わねばならぬ。
が、俺とクローネはそこまで飢えているというわけでもなく、食べるとしても軽くで良い程度、小腹がすいているかどうかといったところだ。
それに、レストランや食堂などの人の多い場所で先程のような話をするわけにもいかない。
必然的に宿の一室を借り、外の屋台で購入したホットサンドのようなものをひそひそと食べることになった。
もちろん、食べるのはペトルだけ。俺とクローネは、新たにバインダーに加わったカードを整理しなければならない。
「おほおほ……」
さて、一人幸せそうにホットサンドを頬張っているペトルと、その下のベッドにぼろぼろ溢れているパンくずはまぁ良いとして、ひとまずはカードの整理だ。
「……とりあえず、コレクターレベルを上げちまうか」
「そうですね。必要となるモンスターカードは揃っていますし、コレクターレベルを3に引き上げてしまいましょう」
バインダーは、見開き中央の横一列、6ポケットが赤く染まっている。
ここに左から順にモンスターカードを、レアリティ1を3枚。レアリティ2を2枚。レアリティ3を1枚収めていくことで、バインダーのレベルを更に引き上げることが可能だ。
レベルを上げてしまうと必要となったモンスターカードは消滅してしまうが、モンスターカードなんて元々用途のないカードであるし、バインダーの容量が増える事のほうがよほどメリットになる。
であれば、さっさと済ませてしまうのが吉というものだ。
「これでヤツシロさんのバインダーはレベル3になるわけですが、コレクターレベルが4になると、スキルが使えるようになるはずです」
「おお、マジか」
カードを一枚一枚丁寧に、指定されたポケットにはめ込みながらクローネの話に頷く。
バインダーのレベルを上げればスキルを覚えるとは、随分とお得な特典である。ていうか俺まだスキル持ってないし、どんなものでもいいから手に入れたいな。
「ちなみにコレクターレベル4で習得するスキルは『カードケア』になります。お店で使っていたものと同じスキルですね」
「……ん? てことは、それがあれば自分でアンノウンカードを解除することもできるってことか」
『カードケア』。
24時間の時間経過によって石化したカードの回復や、アンノウンカードの封印を解除できるカード専用のスキルである。
「はい、その通りです。コレクターレベルという条件もあり、『カードケア』を使える人は限られてますので、買ってその場で開封できる店はなかなか無いのですが……アンノウンカードはカード専門店以外でも流通しています。つまり……」
「俺が『カードケア』を覚えちまえば、気兼ねなくアンノウンカードを開封できるってことか」
色々な店でアンノウンカードを買い、自分のスキルを使って解除し、レアカードを入手する。
……『カードケア』さえ覚えちまえば、もしかして俺ってカードマスターになれるんじゃないか。
いや、カードマスターって何?
「まぁ……それはそれで、バインダーの中身が恐ろしいことになりそうですけどね」
「はは、たしかにな……」
レアリティ4とか5のカードで埋め尽くされるカードバインダー。
なんかもう、本当にコレクターって感じだな、それ。
と、話している間に最後の一枚。
これをはめ込めば俺のコレクターレベルは3にランクアップする。
「じゃ、とりあえず次はレベル4を目指して頑張っていきますかね」
「ええ。新たな小目標ですね」
バインダーにある数々のレアカードの使い道や処理を考えることに比べれば、このレベルアップの作業は随分と気楽なものである。
実際、俺は結構軽い気持ちでその最後の一枚をはめ込んだのだ。
だというのに、突然に変な空間に飛ばされるだなんて……一体誰が想像できるというのか。
「えっ、あれっ、え!?」
最後の一枚をはめ込んだ瞬間、視界が光で満たされた。
しかしそれは一瞬だけで、すぐに焼けつくような光は収まって……視界が戻ると、景色はガラリと変わっていた。
辺り一面、カードの山。
丘陵のように起伏はあるが、地面らしい地面の全てがカードによって構成されている。
それ以外には何もない。木も生えていなければ水も流れていない。見渡す限り、乱雑に積まれたカードの世界。
空には天の川を何重にも重ねたような星海で埋め尽くされ、そこはきっと夜空であるにも関わらず、煌々とこの世界を照らしていた。
「こ、この場所は……?」
「ここは私の世界」
俺が呆然と吐き出した呟きは、背後にいる何者かによって拾われた。
聞き覚えのある女の声に、俺は無警戒にも素早く振り返る。
「符神ミス・リヴン。そう言えばこの状況をわかってくれるかしら? “闇の違反者”さん?」
足元まで届くほど長く、そして美しい紅髪。
黒いスペードと、黒いクラブのマークを宿した両の瞳。
そして目が痛くなるような……まるでトランプの絵札から抜き取ったような奇抜な色彩の、ゆったりとした奇妙なローブ。
明らかに人間ではない。俺にはわかる。
それは不思議と一目見ただけで“カードの女神だ”と理解できるような、妙齢の美女であった。
符神ミス・リヴン。
間違いない。この女が、カードの神様だ。
だとするとこの空間はミス・リヴンの世界……?
でも、どうして俺はここに……。
「キルンから与えられたスキルを使わずに、アンノウンカードの“出目”を不正に操作」
「へ?」
「その上私からの接触を、どういう力かのらりくらりと躱してみせる……そんな芸当、ザイニオルお抱えの闇の使徒にしか出来ないことだわ」
「え? へ?」
……あれ、なんかこの人、ものすごく怒ってるような……。
さっきから言ってる言葉もなんか意味がわからないし、不穏な空気も……。
いや、でも顔だけみると普通に美人だし、ひょっとしたら気のせい……。
「私が苦労して創り出したレアカードを悪用するなんてほんと……良い度胸してるわねぇ!?」
「うわぁああ!?」
あーだめだ怒ってる!
怒ってないかなって思ったけど駄目だこの人めっちゃ怒ってる!
っていうか悪用って何!? いやすみませんやっぱあれ悪用ですかすみませんマジすみません!
「お前のあらゆる力を無効にして、全ての細胞を破壊して、この世界から魂の一片も残さず裏向きに除外してくれるわッ!」
「ちょ、まっ……!」
鬼のような形相を浮かべたミス・リヴンが、掲げたその右腕から巨大な輝く鎌を生成する。
それはまさに、死神の鎌を連想させるようなものであり……なんて悠長に考えてる暇もねぇ!
「やめ、待って! 話だけでも!」
「待ったなし! 私のターン! 木っ端微塵になって死になさいッ!」
弁明の余地はなし。
哀れ蘭鉢 八代。俺の人生はここで終わる。
俺はその場にみっともなく尻もちをつき、振り下ろされる真紅の鎌を涙目で見上げることしかできなかった。
『上位神による人間への不当な攻撃干渉を検知。それは“違反行為”だ』




