ジャッジも全てを知っているわけではない
ホルツザム周辺における討伐の仕事がない。
そりゃそうだ。
考えてみれば、王都から一歩踏み出したらすぐにモンスターが飛び出てくる環境の方が間違っている。
ここのように軍備が整っており、治安も良い街ともなれば、その周辺までもが治められているのはほとんど当然のことだろう。メイルザムの周辺にはゴブルトやグラスホッパーも湧いていたが、そこがこの世界における田舎と都会の違いなのかもしれない。
東京には野良犬もいないし、でかい蜘蛛も湧いてこないしな。いや、他の地域をディスってるわけじゃないっすよ。
「ま、無いもんはしょうがない。本当ならスキルカードとレアリティが2のモンスターカードを集めたかったが……」
「今日の所は仕事も諦めましょう。先ほどの最大規模のギルドが駄目だったのですから、今日の所は街中での準備に勤しむべきです」
「だな」
俺の旅の安全は、ほとんどカード頼りになっている。カード集めは再優先すべきことの一つだが、それができないのであれば、次点のために動く他ないだろう。
旅の支度は面倒だが、重要なもの。入念にやっておいて損はない。
「クローネ、カードを専門に扱ってる店ってわかるか?」
「はい。そうですね、一度そこへ立ち寄ってみるのも良いでしょう。行きますか」
「ごはん?」
「我慢しなさい」
「そんなー」
まぁ、丁度売りたいカードも何枚かあったことだし、金もそこそこ持っている。
カード屋に立ち寄って売買してみるのも悪くはないだろう。
ホルツザムのカード専門店、『コアスリーブ』の前までやってきた。
やはりカードというツールは人々の生活や安全において重要な位置づけなのか、その店の佇まいは外側から見ても大きく、周辺にある大衆レストランと変わらない規模である。
「でかいなー」
「上位神の神器を専門に取り扱うお店ですからね。当然、規模は大きくなりますよ」
「正直ちょっと舐めてたかもしれん」
立地もそこそこ優良で、ちょっと顎を上げてみればすぐ近くにホルツザムの雄々しい城が聳えている。
まぁ、スキルカードの物騒さを考えれば、この位置取りは当然なのかもしれないが。
俺としてはちょっとしたおもちゃ屋脇にあるトレーディングカードゲームコーナーを想像していたので、ちょっと衝撃である。
「大体、どこのカード店もこのような広さになりますね。二、三店舗しか見たことはありませんが」
「マジか……」
見れば、入り口のすぐ側には革鎧を着た人が揺り椅子に腰掛けており、俺達のことをチラチラと伺っている。
おそらく彼はこの店のガードマンのような立場にあるのだろう。
カード屋にガードマン。それもまた、ミスマッチな感じだ。
おそるおそる、未知の扉を開いてみる。
そうして店に足を踏み入れてみると、まず第一声としてありがちな“いらっしゃい”という言葉はなかった。
そのかわりに俺たちを歓迎してくれたのは、無数の人間たちの値踏みするような眼差し。
広い店内にはいくつものハイテーブルが置かれ、そこを囲む人々がカードバインダーを広げている。
暫しの間、視線はこちらに集中していたが、興味を失ったのかすぐに外され、店内は元通りの賑やかな様相へと戻ってゆく。
最初はどこか異質な空気に“雰囲気が悪いのか”と身構えてしまったが、和やかにバインダーを広げながら会話する彼らの姿を見るに、ここはそこまで感じの悪い場所では無さそうである。
「壁際には、カードのリストが貼られているようですね。売買の価格や在庫の有無はそこで確認できるみたいです。……私も初めて見ましたが、すごい人ですね」
「おおー」
ちょっと気圧されそうだったが、クローネは落ち着いた様子で中の案内をしてくれた。
心に余裕が生まれ、店内を見回してみると、なるほど。確かに壁には沢山のリストが貼り出されている。
そこにあるのは、ほとんどがアイテムカードの名前であろうか。『リトル・トーチ』や『アイシング・キューブ』といった、手に入れたことのあるカード名も確認できた。
全てが手書きであるが、値段ははっきりと書かれており非常に見やすい。
なるほど、こうやってリストを見ながらカードの売買価格を見ていけるわけだな。
『アイシング・キューブ』 買取 100カロン
『リトル・トーチ』 買取 10カロン
知っているところでは、こんな値段。
氷の方は前に売った時と同じ値段のようである。現在持っている『リトル・トーチ』は……まぁ……10カロンか。そっか。
□「リトル・トーチ」アイテムカード
・レアリティ☆
・先端に火が付いた、匙程度の長さの棒を出現させる。
まぁ、要するにこれ火のついたマッチみたいなもんだしな。
マッチ箱ですらない一本のマッチ。この世界にライターやマッチのような便利着火道具がないとは限らないが、そういったものが無かったところで、たかが一本のマッチが高くなるはずもないか。
「おほー、みんなシロのと同じ奴持ってる」
「ああ、カードバインダーな。そりゃ、カードを保管するにはバインダーが必要なんだから、みんな持ってるだろう」
リストもそれはそれでなかなか見応えがあるが、店内のスペースの殆どを占める領域は、俺と同じ客によるものだ。
「じゃあそちらの『ビッグ・アイス・キューブ』はこちらの『オート・コンプ』で釣り合うかしら?」
「ふむ……」
ハイテーブルにバインダーを広げて向かい合う人々は、カードを交換しているのだろうか。今もすぐ近くのテーブルでは、妙齢の女性と小太りの男性がバインダーを広げて交渉している。
差し出されたものは、『ビッグ・アイス・キューブ』と『オート・コンプ』。ふむ、ここらへんは昔懐かしのトレーディングカードゲームという感じだろうか。
……『ビッグ・アイス・キューブ』の絵柄は、アイスキューブよりも遥かに沢山の氷をつなげたようなもの。おそらくは、量が多くなった上位互換のアイテムカードなのだろう。
対する『オート・コンプ』は使ったことがあるのでよく知っている。便利だよねオート・コンプ。使うだけで勝手にカードが手元に飛んでくるし。
「確かにレアリティは同じ2ではありますが、そちらのカードの汎用性は低いと言わざるを得ません。私としては、別のカードを所望したいところ」
「……なるほど、確かに仰るとおりですわ」
えっ、おっさん断りよった。
『オート・コンプ』良いじゃん。あれ使うだけで拾い忘れを防止できるし、結果的に取得カードが増えるかもしれないんだぞ。
って思ったけど、俺のカードドロップ率は他の人とは違うことを思い出した。
そうだった。俺はやたらとカードがぼろぼろ落ちるけど、他の人はそうではない。だとすると、他の人にとって『オート・コンプ』の価値は、さほど高くないのだろう。
「おいあんたら、見ない顔だね。『コアスリーブ』は初めてかい?」
「あ、はい。俺は初めてです」
「おほーっ、私もー」
「そうかいそうかい」
キョドキョド見回していると、店の人だろうか。頭巾を被ったおばあさんが、にこやかな笑顔で話しかけてきた。
顔にはそれなりの皺が刻まれているが、目鼻立ちは整っており、耄碌しているような印象はない。背筋もしゃんとしているし、なかなかグイグイきそうな人である。
「私は『コアスリーブ』の店主、ツミコという者だ。悪いがこの店のルールとして、符神ミス・リヴンの信徒のみが利用できることになっていてね」
「……あっ、バインダーですか?」
「そういうことだ。店内ではバインダーを出した状態にしてもらうことになっている」
なるほど、カードの取り扱いは、持ち運びも保管もバインダーがなければ成立しない。必然的に符神を信仰していることが条件となるわけか。
「じゃあ、『バインダー・オープン』……えっと、これで大丈夫ですかね」
「うむ、よろしい。宣教師様は良いとして……そちらの……お嬢ちゃんは?」
「私、もってないよ?」
「あ、すいません。こっちのは付属品みたいなものなんで」
「ああ、良いよ良いよ。悪いことするようには見えんからね」
ツミコと名乗った店主は、ペトルのさらさらな金髪を撫で、まさにおばあちゃんらしく猫かわいがりしている。
ペトルも撫でられて気持ちいいのか、喉をゴロゴロ鳴らしそうな笑顔をうかべていた。
クローネは宣教師だから問題なし。ペトルは無害そうだから問題なし。
じゃあ俺は有害そうだったんですかねえ? ……いや、別に気にしちゃいないけどさ。
「あんたら、この店を利用するなら、店の会員として登録してもらうことになるよ。ここでは個人間のトレードや売買も、全て会員登録した上でやってもらうことになっている」
「あ、そうなんですか。じゃあ……」
「私達も、登録しましょうか。せっかくですし」
というわけで、とりあえず『コアスリーブ』で会員登録をすることにした。




