下手な指ぱっちんをすると指を痛める
クローネはひとまず、この地に巡礼に来たことを教会の偉い人に伝えなければならないのだと、聖堂の隅っこにある関係者専用っぽい扉の向こうへと消えた。
遠方の教会を訪れることは宣教師としてなかなかウケがいいらしく、もしかしたらここまでの旅費をもらえるかもしれないと言っていた。
もちろんこれまでの馬車代やら食事代なら宿泊代がキャッシュバックされるのであれば、それに越したことはない。
しかし、お金が戻ってきたら戻ってきたで、その分クローネが張り切ってお金を出してきそうでちょっと怖い。
俺は断じて、彼女を財布代わりに使っているわけではないのだ。そう、断じて。
……いや、お金を保管する意味ではクローネに頼ってるけどな、うん。
「ねえねえ、シロ」
「ん? なんだペトル」
「これ」
「これ?」
俺たちは戻ってきたクローネが見つけやすいようにだだっ広い神殿の中でも人気のない場所で、ぼーっと突っ立っていた。
近くに本もないし、そもそも文字が読めない。かといってそこらにいる人とのんびり世間話をするには、俺達はあまりに世間を知らなさすぎる。
何もすることなくただ荘厳な神殿を眺めていた俺だったが、服の裾を引っ張るペトルに視線を誘導され、何気なくそこを見やった。
「……祭壇があるな」
「うん」
ペトルが指差す場所、そこには祭壇が置いてある。
夕時で混んでいるというのに、その周りには人がいない。奥まった場所にある祭壇なので、あまり民衆に支持されていない神様なのだろう。
で、その祭壇が一体どうしたというのだろうか。
……いや、ペトルの言いたいことはなんとなくわかる。
わかるけど、多分それはダメなやつだ。
「いや……祈るのか? ここで?」
「うん。ちょうだい」
ペトルはどこの神のものとも知れない祭壇をぺちぺちと叩き、はよはよと催促する。
……出会って最初の頃はほとんど何も言わなかったのに、どうしてこんなに祈りを求めるようになったのだか。
ていうか、そもそも祈りって神様が信者に求めるもんじゃなくね?
「いや、やっぱりそういう、他の神様の祭壇に腰掛けるってのはダメだろ……それに、ここは他の人も見てるし……」
「だってシロ、ここでくれるって言ったよ?」
「ああまあ、……言ったなぁ?」
いやだって神の家だし……そういう方便が伝わらないのは解ってて言った俺も悪いけどさ……。
「……後で飯食いにいこう? な? 金もそこそこあるし、肉とかな?」
「や。ここにいるみんなみたいに、シロのが欲しい」
ここにいるみんなって、他の神様の事か……。
そうか、ここはペトルからしてみれば、神様の食堂みたいなものだ。それを目の前で見せられたから、余計に腹が減るってことか……?
「祈って?」
「あ、おい……」
なんて考えている内に、持ち主不明の祭壇にペトルが腰掛ける。
幸いまだ誰もこちらを見ていないが、人気がないとはいえ、バレたら言い訳がきかない。信者の人でなくとも、教会の関係者に見られたら最悪磔刑にされて火炙りになるかもしれん。
「ペトル、やめよう。ひとまず降りよう」
「や! シロのいっぱいちょうだい!」
「ペトルそれは駄目だ、二つの意味で駄目な気がする。マジで俺とお前の冒険がここで終わる。ほんと止めてくださいお願いします」
俺が小声で早口に注意しても、ペトルは頑なに祭壇に据わったまま、両手をこちらに突き出して動こうとしない。
その上ペトルは目を瞑って“んー”みたいな顔するもんだから、傍から見たらとんだ冒涜的な、神をも恐れぬ二人組である。
「ペトル。わかった、すぐにやるから、そしたらすぐに降りよう。な?」
「ん」
こうなったらもうさっさと祈って霊力を捧げるしかない。
手早く済ませ、ペトルを祭壇からひょいと撤去する。これだ。これでいこう。
そうと決めたら、俺は祭壇の前で軽く頭を下げ、両手を結んで祈りを込めた。
前にも何度かやったのと同じである。霊力を捧げるような、そんな感じのイメージ。
少し集中してみれば、意外とあっさりと、俺の中から靄のようなものが漏れ出る気配を感じた。
霊力が漏れて、祭壇に座るペトルへと運ばれているのだろう。
「おほー……」
正面から、ペトルの気の抜けたような声が聞こえてくる。
どうやら俺の祈りの儀式は、順調にいっているようだ。
が、しかし。
「こらこらあなたたち。他所の神の祭壇で、一体何をやっているのでしょう?」
「!」
俺の背後から、声が聞こえてきた。
男とも女とも知れない中性的な声。しかし、はっきりとこちらを咎めるような語調に、心臓が跳ね上がる。
「あ、す、すいませ……って、え?」
磔刑か。火炙りか。市中引き回しか。
神の冒涜がどれほどの罪になるのかを想像し、恐怖しながら振り向いた俺は……そこに立つ人の姿を見て、間抜けな声をあげてしまった。
「あ、ヤォさんだー!」
「やあ、ペクタルロトル。お久しぶりですね」
「おほーっ! ヤォさーん!」
音もなく俺の後ろに立っていた人物。
それはなんと、人ではなかった。男性にも女性にも見えるが、単純な“人間”というものではない。
以前に宿屋で遭遇した最高神のひとり……万神ヤォだったのである。
「ヤォ……様。な、なぜここに? 前はスーッと消えていったのに……」
「ええ、あれは宝玉の力ですね。以前は強引に霊界へと送還されてしまいましたが……何故ここに、というのは異なことです。ペクタルロトルが腰掛けているのは、他ならぬ私のための祭壇なのですがね?」
「えっ」
きょとんとした顔で首を傾げるペトル。
わかっていてやったわけではないだろうが……いや、実際わかっていないのだろう。そんな間抜けな顔をしてやがる。
なんてところに腰掛けたんだ、お前。
「あ、あのヤォ様。うちのペトルがとんだ失礼な真似を……」
「はは、まぁ構いませんけどね。私は知りませんが、私とペクタルロトルは旧知の仲であったようですから。それより……神殿の内部とはいえ、あまり不用意に祈る姿を見せるべきではないですよ」
「え?」
ヤォの言葉で、俺ははっと気付いた。
そういえば先程からずっと、周囲があまりにも静か過ぎると。
「うわ……!?」
見回せば、俺とペトルとヤォ以外の多くの人々の動きが、完全に停止している。
他の祭壇に祈りを捧げている者も、祭壇の上に落とされようとしている空中の硬貨も、揺らめいているはずの蝋燭の炎も、全てが動きを停止し、空間に固定されているかのようだった。
「今日こうして時を止めて二人に姿を見せたのは、そういった小言を伝えるためでもあります。あなた方は、少々不用心過ぎますからね」
白黒の着物のような衣服を揺らし、ヤォはにこりと微笑む。
……小言を言うために時間を止めるって……本当に神様ってなんでもアリなんだな……。
『道理貫通。ヤォ、後は任せたぞ』




