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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 無知と未知への恐怖心
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恐怖は無知から生まれ出る

 街中で多数の闇の信徒を撃退、討伐した私の戦果を、人々は高く評価した。

 元々“風雅の剣聖”などというおこがましい二つ名を持つ私ではあったが、今回のその賞賛ばかりは、素直に受け止めることはできなかった。


 私は、本来ならば死んでいた。

 人々はそれを知らないだけなのだ。

 あの時、もしも身に纏わりつく闇が祓われていなければ……私は間違いなく、奴らに辱められ、虫けらのように死んでいたに違いない。

 故に、私はあの闘いを自らの力で生き抜いたのではなく、救われたのだ。


 この世界を造りし原神の一。 

 真幸神(しんこうしん)ペクタルロトルの手によって。




 謎の加護が掛けられた私の愛刀は、七件目に訪れた教会の老練な教布神信徒の『聖別鑑定』によって、ようやくその力の出処が特定できた。

 加護を与えた神の名は、真幸神ペクタルロトル。

 知能無き者でも誰もが霊感的に識り、誰もが敬うこの世の頂点に存在するという最高位の神、原神の一角だ。


 原神の手によって救われた事実には驚きもしたが、同時に納得もできた。

 上位神である暗神ザイニオルの『闇夜の鎧』を打ち消す力など、この世界にはそうそう存在しないのだ。

 鑑定の結果に狼狽する教布神信徒の男とは裏腹に、私は自身の中にあった疑問が氷解してゆくのを実感していた。


 そして同時に、私は理解した。

 私はこれまでの人生を、人として精一杯にやってきたのだと思い込んでいたが……それは間違いだったのだと。


 剣を振り、人の道に背くものを斬り払う。確かにそれは尊き闘いであるし、価値ある生と言える。

 だが人の生とは、一つの価値観によって測りきれるものではない。

 人生とは剣のように、金物で出来ているわけではないのだ。

 その道がただ愚直に真っ直ぐで、一点の曇りもない鋼であるとは限らないし、それが正解であるとも限らない。

 少々恥ずかしいが、私は闇の信徒共に殺されそうになった間際に“こんなはずでは”なんて考えが頭を過ぎってしまった。

 剣の外の世界に多くの未練を残していたことを、あの時に思い知ったのだ。


 ……真幸神ペクタルロトル。

 信者でもない虫族の私に手を差し伸べ、新たな人生への気付きと未来を与えてくれた、慈悲深き女神。

 虫として生まれたのが親から授かった第一の生で、剣士として闘い続けたのがガシュカダルから授かった第二の生だとするならば、これからは始まるのは真幸神ペクタルロトルから授かった第三の生だ。


 神より与えられしこの生命。

 ならば私はこれより、真幸神ペクタルロトルへの祈りのために、残りの生を捧げよう。

 剣を納め、闘いをやめ、一人の祈る女として生きるのだ。

 霊界の彼方に存在する原神への信仰は、その霊格の高さ故にほとんど恩恵が無いと言われているが……私にとってそのようなことは関係ない。

 私は余生を、ペクタルロトルのために捧げると決めた。




 刀装神の聖地に赴き、祈り、ガシュカダルにその事を伝えると、ガシュカダルは少し残念そうな声色で、私の改宗を認めてくれた。

 主信仰を変えることは、使徒であることを放棄するということである。まして信徒であることさえやめるというのは、大抵ならばそれは、神からの離反にも近い、許されざる行為だ。

 だがガシュカダルは、私になんら神罰を下すことはなかった。

 むしろ、“貴様が決めたならばその道を征くが良い”と、背中まで押されてしまった。

 大抵は与えられた神器も一部のスキルも剥奪されるものだが、そのような仕打ちも一切ない。

 私はガシュカダルの慈悲深き決定に感動し、最後にほぼ一日分の霊力を捧げ、剣への信仰を終えた。


 同じようなやり取りで刃神ピナハへの信仰も取り下げた私は、数週間かけて旅を続け、真幸神の聖地があるという孤島までやってきた。

 原神の祭壇は固有の聖地にしか存在せず、近場や都市の教会で信仰を開始することはできなかったのである。

 他の特殊な方法によって信仰を開始するための祭壇を設ける手段はあったが、私はできるだけ信仰の開始を、神の聖地にて行いたかったのだ。


 予想以上の長旅となってしまったが、これから真幸神への信仰が始まる。

 新たな人生の幕開けを想えば、多少の旅路などどうということはない。

 孤島は小さく、人もいない寂れた場所であったが、私は小さな森だけが存在するその島で暮らす事まで考えていた。

 ほそぼそと暮らし、聖地で祈り、そして眠る。

 神に祈りを捧げる人生というのも悪くはない。いや、神より救われたこの生命を神に捧げられるのであれば、すぐにでも差し出したいくらいだ。


「真幸神ペクタルロトル……私はこれより、あなたの信徒として生を捧げます」


 森の中の簡素な石祭壇の前で跪き、祈りの言葉を述べて、祭壇の上に捧げ物の魔石を置いた。

 あとは祈り、私の霊力を祭壇に捧げれば信仰は完了である。

 これによって私は真幸神の下僕となり、彼女の手先としての人生が始まるだろう。


 ……もっとも、原神が私程度の存在に言葉をかける事などありえないだろうが……。

 たとえ一生をかけて祈り続け、その間に神からの言葉がひとつとしてなくとも、私はそれでも構わない。

 私はペクタルロトル様のために生きると決めたのだから。




 下げた私の頭から、霊力が離れる。

 祈りの心を込めた霊力は宙に浮かび、霊界へと繋がる祭壇へと吸い込まれようとしているのだ。

 この祭壇に私の霊力が触れた時、私はきっとその瞬間から……新たな人生を始めるのだ。


 尊き神に祈る日々。剣無く長閑に暮らす日々。

 それは一体、どのような人生なのだろう。


 ……楽しみだ。




『そんなー!?』




 頭の中に直接響いたのは、少女の叫び声。

 かつて路上で聞いたことのある、崇拝すべき女神の声であった。


 しかし、一体何の叫びなのか。

 私の祈りに問題でもあったのか。


 不可解な感覚に、私はゆっくりと頭を上げ、祭壇を見やると……。


「……え?」


 そこには、何もなかった。

 質素な石壇も。それがあった土の地面も。

 目の前は下草だけが生い茂る平凡な森の姿で、私の前に広がっていた。


「な、何が!?」


 見回せど、何もない。

 辺りを走れど、祭壇はない。

 孤島の全てをくまなく探しても、文字通りに草の根をかき分けても、やはりそこには一切の神的な施設は見つからなかった。


 まるでそのようなものは、“最初からこの世に存在していなかった”かのように。


「ああ、神よ……!」




 その日、世界に生きる全ての生物が、心に伸し掛かる未知の不安を覚えたという。

 この不安は一体何なのか。世界で何が起きようとしているのか。

 人も、魔獣も、闇の信徒も、神々でさえも、不安に対しては誰もが無知で、一切の答えを持ち得なかった。

 唯一、何が失われたのかを知る、この私を除いて。


「……真幸神ペクタルロトル。あなたは、もう……いえ、必ず手がかりはあるはずだ」


 その日から、私は再び旅を始めたのだ。

 無信仰の虫人として、手放すと決めたはずの双剣を携えて。



『……!? これは、何!? あぁ……世界から、何かが、失われてしまった……!?』

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