必ず何かしらの報いはある
通路を抜けた先は、行き止まりだった。
それだけ言うと“ここまで長々と苦労してこれか”と思われるかもしれないが、安心していただきたい。部屋の中央には、しっかりと一本の剣が突き立てられている。
その向こう側にはちょっとだけ豪華な石製の宝箱もあったので、きっとむき出しになって存在するあの剣は、俺達の目当てのもの……『信仰の剣』に間違いないのだろう。
ここが、このダンジョンの最奥部。
ボスを乗り越えた先にある、宝箱部屋というやつだ。
「やれやれ、ようやくゴールだな」
「一時はどうなるかと思いましたが、なんとか最奥部まで来れましたね」
「つかれた」
ガシュカダルさんもなかなかやりおるわ。
地下五階。最初は“ちょっと浅くないですかねぇ”と舐めてたが、実際にダンジョンの探索をしてみると全然楽ではなかった。
予想以上の死に物狂いになってようやく突破できましたといったところである。
このギリギリのバランスを考慮した上で試練を与えたのだとしたら、まさに神業というものだろう。
「……ワタシの、『信仰の剣』」
石の床の上に綺麗に突き刺さった『信仰の剣』を前に、ギンが両手を中途半端な高さに固めたまま突っ立っている。
「さ、抜いてみろよギン。さっきの闘いを見れば、多分神様も許してくれるだろ」
「おほー?」
「……はい」
ギンが浅く頷いて、床に突き刺さった『信仰の剣』の柄を握りしめる。
そのまま大きく一息ついてから、彼女は剣を勢い良く引き抜いた。
そして、景色は光に包まれて、真っ白な世界へと移り変わる。
『ふん。まさか、たった2日のうちに成し遂げるとはな』
晴れ渡る銀色の空。
それ以外には何もない、ただただ空の輝きに満たされた世界。
このだだっ広い空間に唯一響くのは、刀装神ガシュカダルその人の声であった。
『引き抜けとは、ギンではなくヤツシロに言ったことだが……まぁ、それはどうでもいい。人の揚げ足を取る趣味も無いのでな』
「ガシュカダル様……」
神の声と共に、ギンの声も響いている。
どうやらまたしても俺は、彼女の祈りの空間に巻き込まれてしまったようだ。
「あの、ガシュカダル様。剣を粗末に扱って、ごめんなさい。いや、あの、すみませんでした……」
ギンの声はいつもの弱々しいものであったが、どこか舌っ足らずだった発音もしっかりしていて、聞き取りやすいように思える。
これは『信仰の剣』を抜いたことにより、人間らしさが戻ってきた証なのだろうか。
『斧で薪を割り、俺の剣を土に放る。まことに無作法。まことに無礼。剣を握る資格なし』
「ひい……」
『と、言いたいところだが。貴様は既に闘いの心を得て、信仰の剣を取り戻した。貴様がとんだ馬鹿者であることに変わりはないが、今回は貴様の隣に寄り添う勇ある友に免じて赦してやろう』
「あ、ありがとうございます! ごめんなさい!」
『よい』
おお、良かった。どうやらガシュカダルもギンを赦してやったようだ。
これでギンはちゃんと人として認められ、……またヘマをしない限りは、平穏に生きてゆけるだろう。
「あの、ガシュカダル様! 私、頑張ります。闘いは、怖かったです……けど、私、この剣と一緒に頑張りますから……!」
『それで良い』
「だから……本当に、ありがとうございました!」
『ふん、現金な奴だ』
ギンはお礼と謝罪を何度も何度も繰り返し、ガシュカダルはそれに対して適当な相槌を繰り返す。
まだまだ神様への信仰が薄いギンには、ガシュカダルの声がおぼろげにしか聞こえないのだろう。
『もう良いと言っているだろう』
「あの、最後に、その……やっぱり、ありがとうございました!」
『ふん』
だが、ガシュカダルの声はどこか優しく、慈愛に満ちているように、俺には思えた。
本人としたら、やはり“ありがとう”と言われて悪い気はしないのだろう。
それと同じくらい、“行動で示せ”とも思っていそうだけど。
「……ガシュカダル様、俺からも。ありがとうございます」
『やはり、貴様もいたか。ヤツシロ』
「すいません、なんか勝手にここに来ちゃったみたいで」
『構わん。剣を引きぬいた者こそギンであったが、試練を乗り越えたのは紛れも無く貴様だ。貴様はここに立つ権利がある。とはいえ、何の褒美もやるつもりはないがな』
「あ、どうも……」
立つとは言うものの、全身がふわふわ浮いているような感覚しかないんだけどな。
褒美も別に構わない。一人の子供がどうにか命をつなげたなら、ちょっと臭いかもしれないが、俺にはそれだけで十分だ。
『しかし貴様、なかなか良い耳をしている。俺ら神の声をそこまで鮮明に聞き取れるということは、もしや貴様は教布神の信徒か。それとも使徒か』
「いえ、違います。俺は教布神様は信仰してないです」
『ほう? では、どこぞの神の信徒だ』
「あー……」
真幸神ペクタルロトル。それが俺の信仰する神の名前だ。
この世界における頂点、原神のひとりなのだという。
しかし……今は世界のほとんど全ての人から忘れ去られてしまった、悲しくもアホな神様である。
同じ原神である万神ヤォの記憶からも忘れ去られていた辺り、きっとガシュカダルも覚えてないだろう。
『おい貴様。俺が問うている。さっさと答えろ』
なんて考え事をしていると、銀色に輝く空から光の剣が眼前まで伸びてきた。
ギラギラと煌めくエネルギー体の刃を向けられてしまっては、非力な人間に過ぎない俺じゃあもう何も抵抗できない。
別に隠すことでもないし、尋問というわけでもない。ありのままに答えてしまおう。
「俺が信仰しているのは……真幸神ペクタルロトルです」
『……真幸神ペクタルロトル?』
疑問符。ほぼ俺の予想通りの反応が帰ってきた。
次に出てくるのはどんな言葉だろう。
“そんな神はいない”と憤慨するのか。
“名も知らぬ下級の神か”と鼻で笑うのか。
どっち道あまりいい気分じゃないなぁと思っていた俺は、ガシュカダルより発せられた次の言葉で、完全に不意を突かれた。
『……その名。その神の名。確か、聞いたことがあるぞ』
「えっ!?」
驚いた。まさかペトルを知っている神様が存在したなんて。
まてよ、でも他に万神ヤォもペトルの事を知っているから、そのルートでガシュカダルにまで伝わったのかもしれない。
いや、わからん。神様の話題の広がり方が全然わからん。
「あの、ガシュカダル様。その神様をご存知なんですか?」
『……俺を信仰する一人の聖者が、その名を口にしていた。俺が知っているのは、ただそれだけだ』
「ガシュカダル様を信仰する聖者……!? あの、その人って!? その人は今どこに……」
『知らん。そのペクタルロトルとかいう神を主信仰するために、何十月か前に俺への主信仰を撤廃したからな。信徒ならば言葉を告げることもできるが、今や居場所さえもわからん』
ペトルを信仰? それに、口ぶりからして何ヶ月も、下手したら数年前に?
……ペトルを信仰したいって、つまりどういうことだ。いや、というよりどうしてその人はペトルを知っているんだ。
『その者の名はユナ。虫族の女だ。かつては剣聖としてその名を世界に轟かせた事もある、俺が認める聖者の一人であった』
「……ユナ」
ユナ。剣の聖者。つまりは剣豪。
……その人の行方を追えば、ペトルについて……ひいては宝玉についても、何かわかるのかもしれない。
『ふん。何も与えぬとは言ったものだが……どうやら、俺の言葉は十分に褒美となってしまったようだな』
「……ありがとうございます。こっちの事情ですが、かなり助かりました」
『何、気にすることはない。俺はただ、貴様が話の通じる人間だったが故に言葉を交わしただけのこと』
銀色に輝いていた空が静かにその光を弱め、段々と景色が白んでゆく。
ここにある体も、段々と現実感をなくしているかのように、虚ろになる。
どうやら神様との会話も、これで終わりのようだ。
『ヤツシロよ。俺の信徒を人の道に、剣の道に繋ぎ止めた事。貴様の名と共に覚えておくぞ』
消えかかる意識の中、最後にガシュカダルはそう言って、多分……嬉しそうに笑った気がした。
『……しかし、奴らの周囲は随分とぼやけていたな。あの靄は、一体何だったのか……』




